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12 悪魔は夜にやってくる
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「助かった。カギを開ける人がいないか、待っていたの」
未奈は部屋の奥へ入っていく。
「なんだよ、勝手に入ってきて」
そのとき、バタンと音がしてドアが閉まった。
「あれ?」
春馬はもう1回、カギ穴にカギをさしこんだ。しかし、ドアは開かない。
「1回しか開かないみたい」
「えっ、どういうこと?」
「1時間くらい前、いきなり部屋の机の引き出しが開いたのよ。そうしたら……」
未奈の部屋でおきたことは、こことほとんど同じだった。
「時計、壊したのね」
未奈は分解された時計を見て言った。
彼女の部屋のカギは時計を分解しなくても見つかったという。
「そのカギを使って廊下に出たら、ドアが閉まってロックされたの」
「閉めだされたわけか」
「うるさいな。それで……廊下にいるのが見つかったら失格になるから、だれかドアを開けないか待っていたの」
「どうして部屋から出たんだよ。こんなのトラップに決まっているだろう」
「出たものはしょうがないでしょう」
未奈は開きなおる。
「あの手紙に、噓つきだと書いてあっただろう」
「あたしのには書いてなかった」
春馬は封筒を出した。
「これと同じものが入っていたんだろう」
「そうよ。どこに噓つきって書いてあるのよ」
「封筒の裏に『どぼじろうのはまり』と書いてあるだろう」
「それがなに?」
「アナグラムだ。文字を入れかえると『泥棒のはじまり』だ。それは……」
「そんなの、気がつかないわ。それより、おかしなことがあるの」
「なに?」
「部屋から出たとき、図面の矢印の場所を調べてみたんだけど、ドアは開かなかったの」
「開ける方法があるんじゃないのかな?」
「かもしれないけど……。ふぁぁぁぁ……」
未奈は大きなあくびをした。
「朝までここにいるしかないみたいね。悪いけど、ゆかを貸してもらうわ」
未奈はゆかにごろりと横になった。
「ベッドを使っていいよ」
「ここでいい。妹のつきそいで病院のゆかで寝ているから慣れてるの」
春馬が声をかけようとしたが、未奈はすでに寝息を立てている。
「すごい睡眠力だな。いくら夏でも、それじゃ冷えるだろう」
春馬は、未奈に毛布をかけてやる。
彼女の目の下にはクマができている。相当、つかれているようだ。
それにこうやって見ると、彼女はきゃしゃだ。
「……由佳……」
未奈が寝言を言った。
「………………おねえちゃんが、助けるからね…………」
彼女の妹は、1億円がないと手術できないと言っていた。
妹を助けるために、自分の命もかえりみずにゲームに挑んでいるのか。
ぼくも力になってあげたい。でも、ゲームで負けると殺される。
それなら、勝ち残るしかないんだ。
世の中って、どうしてこんなに残酷なんだろう。
そのとき、部屋の明かりが消えた。消灯時間ということだろうか……。
ブ───────ン……
なにか機械の音がして、春馬は目を覚ました。
この音はなんだろう?
目を開けると、テレビがついている。
春馬がおきると、未奈もおきてきた。
「なに?」
「わからない。いきなり、テレビがついたみたいだ」
テレビには、画素の粗いモノクロ映像が映っている。
テレビに映っているのは、この館のホールだ。
「監視カメラの映像みたいだな。どうして、こんな映像が流れてるんだ」
「まるで、ホラー映画ね」
未奈が怖いことを言った。
テレビの中に、階段を下りてくる人が映る。
きれいな足に、かわいい洋服を着ている。
「これ、麗華だ」
1階に下りてきた麗華は、階段下にある秘密の出口の前にいく。
「そこは開いてないわ」
未奈が言うが、麗華はそのドアを開けた。
「あたしがいったときは、開いてなかったのよ」
麗華はそのドアから外に出ようとする。
「まずいぞ。これはトラップだ。……麗華、もどるんだ!」
しかし、彼女はそのドアから外に出る。
画面の映像が切りかわり、外のカメラの映像になった。
館から出てきた麗華が、夜道を歩いていく。
その様子をカメラが追っている。
麗華は、館の前に停めてある自転車を見つける。
「あんなところに、だれの自転車だろう?」
麗華は自転車に乗って走りだした。
「これなら逃げられるかもしれないわ……」
映像が切りかわり、麗華の緊張した顔がアップで映る。
「いや、これって、おかしいぞ」
「どこがおかしいの?」
「撮影しているカメラは、どこにあるんだ?」と春馬。
テレビには、自転車をこぐ麗華の顔が映っている。
自転車に、カメラが取りつけられているのだ。彼女の行動は、仕掛けた者の想定内だ。
「はぁはぁはぁはぁ……」
麗華の荒い息づかいが、スピーカーから聞こえてくる。
かわいた道路を麗華の自転車が走っていく。
「いやだ……来ないで。……どこかにいって……」
麗華の声がスピーカーから聞こえてくる。
なにがおきているんだ。麗華の様子がおかしい。
そのときうぅぅぅぅぅ……という獣のうなり声が聞こえてきた。
麗華のうしろに大きな犬が映る。
「野犬だわ!」
未奈がさけぶ。
数匹の大型犬が、麗華の自転車を追いかけている。
「はっはっはっはっはっ……」
麗華の息はどんどん荒くなり、ひたいから汗がしたたり落ちる。
わんわんわんわん!
犬がほえたてている。
「いや……いや……いや……」
麗華が必死で自転車をこぐ。
わんわんわん!
大きな野犬が麗華に襲いかかる。
「危ない!」
テレビ映像を見ていた未奈がさけぶ。
麗華がハンドルを切って、野犬をかわした。
「やった!」
春馬はおもわず声をあげた。
しかし、麗華のピンチはまだ終わらない。
わんわんわん! わんわんわん! わんわんわん!
無数の野犬が、彼女を追っている。
「こんなところで、死ぬなんて……いやよ……!」
麗華がつぶやきながら自転車をこぐ。
「わたくしの才能を……散らせる……なんて……!」
そのとき、自転車がバランスをくずす。
「……こんなところ……来なきゃよかった……死にたくない……死にたくない……!」
必死で自転車を走らせる麗華、その表情がゆがむ。
わんわんわん! わんわんわん! わんわんわん!
わんわんわん! わんわんわん! わんわんわん!
野犬が自転車に体当たりをしてくる。
「いや、いや、いや……、いやぁぁぁぁぁぁぁ……」
とうとう、自転車が転倒した。
テレビ画面に、かわいた道をはって逃げようとする麗華が映る。
うぅぅぅぅぅぅぅ……
大きな野犬が牙をむきだしにして、麗華をにらんでいる。
次の瞬間、野犬がいっせいに襲いかかっていく。
「ああああああああああああああ……!」
麗華の断末魔のさけびが響く。
びしゃっ!
飛び散った血がカメラにかかった次の瞬間、ブツッと映像が消えテレビ画面は真っ暗になった。
「こここ……これって……。これがマギワさんの言っていた悪魔か……」
震える声で言った春馬は、頭を抱える。
未奈も真っ青な顔で動けない。
そのあと、2人は眠れなかった。
朝7時にドアのロックが解除になると、未奈は無言で部屋を出ていった。
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13 ゲームは終わらない
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午前9時、参加者は1階の食堂に集められた。
「みんなに、残念なお知らせや」
マギワがやってきて言った。
「桐島麗華が行方不明や。どうも、館から逃げだしたようなんや」
その情報は、ここにいる全員が知っている。
麗華は野犬に襲われて死んだ。
「ドアも窓もあかへんはずやのに、どうやって外に出たのか不思議やな」
しらじらしく言うマギワに、春馬は少し腹がたった。
「れれれれ……麗華さま……どどど、どうして……」
草太が目に涙をためて言った。
「逃げだすなんて、バカじゃん」
カツエが吐き捨てるように言うと、草太がにらんだ。
「あたし、あの女が嫌いだったの。いなくなって、せいせいしたわ」
「そそそそ……そんな……」
草太は言いかえしたいが、カツエの迫力ある顔とごつい体にしりごみする。
「桐島麗華がいなくなって、残ったのは5人や。上山秀介、滝沢未奈、小山草太、三国亜久斗、竹井カツエ、1人あたりの賞金は2000万円や」
金額を聞くと、未奈、草太、カツエの表情が少しゆるんだ。
そのとき、怨田と鬼崎が朝食のプレートを運んでくる。
トースト、スクランブルエッグ、ソーセージ、サラダ、オレンジジュースがのっている。
「朝食や。心配せんでもゲームやない。毒は入ってへん」
マギワが言うが、みんなはすぐには手をつけない。
「心配性な。もうぬき打ちゲームはないねん。そやから、安心して食べてええで」
そこまで言われて、ようやく5人は朝食に手をつけた。
全員が食べ終わったが、だれも死ななかった。
「みんなに提案があるんだ。ここでゲームを終了にしよう」
春馬が言うと、今まで続行を希望していた未奈が顔をくもらす。
草太とカツエも考えこんでる。
昨夜の麗華の映像は衝撃だった。これ以上ゲームをつづけようとは思わないはずだ。
「みんな、死にたくないだろう。今ここでやめても、2000万円もらえるんだよ」
すると、未奈が小さくうなずいた。
希望が出てきた。未奈が終了に賛成なら、全員が終了を選ぶかもしれない。
「……つづける」
しかし、ぼそっと言ったのは亜久斗だ。
春馬はがっかりした。また亜久斗だ。彼はいったいなにを考えているんだ。
「ゲーム続行で決まりやな。そうや、知らせたいことがあったんや。ゲームは残り2つや」
「の、ののの……残り2つ……」
最初に反応した草太は、あいかわらず声が震えている。
春馬は希望を持った。
残り2つなら、勝ち残れるかもしれない。
「それじゃ、部屋を移動や。時は金なりやからな」
マギワに案内されて『時計の部屋』という円形の部屋に入った。
中央に丸テーブルとそれをかこんで椅子があり、ゆかはくもったガラス張りになっている。
「今日、最初のゲームは協調性のテストや。ここで脱落者を1人決めてほしいんや」
「決めるって、ぼくたちで、ですか?」
春馬が目をまるくして聞いた。
「そうや。5人で決めてほしいんや。制限時間は40分や」
マギワはそう言うと、バチンとムチをふるった。
ゆかのくもりガラスが透明になり、その下に巨大な時計がある。
時計の長針と短針が12を指している。
「ありゃ、時間をあわせてないやないか。怨田!」
やってきた怨田に、マギワは時間をあわせるように指示する。
「マギワさん、ゆかのガラスを開けるボタンを押していてください」
「ああ、そうやったね。これがめんどうなんや」
マギワが壁のボタンを押すと、ゆかのガラスのロックが解除される。
怨田がガラスを開けて、時計の針を10時20分にあわせる。
その間、マギワはボタンを押しつづけていた。
「あわせました」と言って、怨田は開けたガラスから離れる。
マギワが指を離すと、ガラスがいきおいよく閉まってロックされる。
ガラスに挟まれたら、たいへんなことになりそうだ。
「11時までに、脱落者を1人決めてな」
「決められなかったら、どうなるんですか?」
春馬の質問に、マギワはにやりと笑う。
「脱落者を決められないような優柔不断な者に、1億円を手にする資格はない。全員が脱落や」
みんなの顔がこわばった。
「第5ゲーム、協調性テストのスタートやぁ。よろしゅうやってな」
マギワが出ていくと、重苦しい沈黙が降りてきた。
春馬、未奈、草太、カツエが落ちつきなく視線を動かしている。
落ちついているのは亜久斗だけだ。
長い沈黙がつづく。
脱落する1人を決めるというのは、死んでもいい人間を1人決めることだ。
そんなことはできない。でも、できないと全員脱落。
それじゃ、だれを選ぶんだ。いや、選ぶだけじゃない。選ばれるかもしれないんだ。
どうすればいいんだ。
春馬が視線を落とすと、未奈、草太、カツエもつられて視線を落とす。
自然とゆかの下の時計に目がいく。10時25分。残り35分。
みんなの緊張が高まっている。空気が重たい。沈黙が痛い。
「だだだ……だから、ゲーム終了にすればよかったんだっ!」
緊張にたえられなくなった草太が、大きな声を出した。
「今さら、おせぇんだよ!」とカツエが言いかえす。
「どどど……どうするの、どうすればいいの……どうしたらいいんだよう……」
「力ずくで決めたらいいんじゃねぇの」
「暴力は失格よ」
未奈がぶっきらぼうに言った。
「格闘技だよ。それなら暴力じゃねぇ」
「それって、空手をやってるカツエが有利だよね」と春馬。
「どうしてだよ。あたしは女子だよ。だんぜん、男子が有利だろう」
「はははは……反対!」
草太が訴えるように大きな声で言った。格闘技なら、小柄な彼は不利だ。
「決められなかったら、全員、脱落だ。それでもいいのかよ」
「それはこまるけど……。でも、格闘技には反対だ。未奈はどう思う?」春馬が聞いた。
「あたしも反対」
「わかったよ。それじゃ、格闘技はなしにするよ。……じゃあどうするのさ?」
カツエはむくれた顔で言った。
「やっぱり、多数決じゃない」
未奈が言うと、草太が顔をあげる。
「たたた……多数決なら、びょびょ平等だ。多数決に賛成」
多数決なら簡単だ。
でも、多数決で脱落を決められた者にとって、これほど辛いことはない……。
春馬が迷っていると、「それじゃ、多数決で決まりだね」とカツエが宣言する。
「待ってよ。全員の意見を聞かないと……」
「あたしを入れて3人が多数決でいいって言ってるんだから決まりだろ。亜久斗もいいよね?」
カツエが聞くと、亜久斗はうなずいた。
そのとき、マギワが部屋に入ってきた。
「なんですか?」
カツエが不機嫌そうにマギワを見た。
「これ、必要やろ」
マギワは投票に使えそうな紙とえんぴつをカツエにわたした。
「カツエ、いきなり元気になったやないか」
「悪いですか」
「あんた、麗華にコンプレックスがあったんやろう。いなくなったら、がぜんやる気になったな」
「そんなこと……」と言って、カツエは口ごもる。
「まぁ、がんばってな」
マギワが部屋を出て、また参加者だけになる。
「……それじゃ、紙とえんぴつを配るよ」
「ちょっと提案があるんだ」
亜久斗が手をあげて、話しはじめた。
「1回目は予備投票にして、最終投票は、制限時間の1分前にしたらどうだろう」
「どうしてだよ?」とカツエ。
「たった1回の投票で脱落が決まるなんて、選ばれた者がかわいそうだろう」
「ふーん、そういう考えもあるね。いいよ、それじゃ投票は2回だね」
「1回目の予備投票はすぐにして、最終投票は10時59分。選ばれた者は、すなおに結果に従ってもらう。絶対にね。……それでいいかな」
今まで黙っていた亜久斗だが、意外と話は達者だ。
「勝手に仕切るんじゃないよ。まぁ、でも、それでいいわよ」
カツエが勝手に決めた。
そして、1回目の投票が行われた。