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7 嘘発見テスト
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春馬たちはホールにやってきた。
マギワはゲームの準備があると言って、『真実の部屋』に入っていった。
残された7人は青ざめた顔をしている。
ここあ、猛士、文子が脱落した。
3人は生きてない。
「もう終了宣言をしよう」
春馬が提案した。
「ぼくも同じことを考えてたよ」と言ったのは直人だ。
「わたくしもですわ。あなたもそうしなさい」
麗華が言うが、草太は迷っている。
「でで……でも、ぼくは1億円が……」
草太と同じように、カツエも悩んでいるようだ。残り1人、亜久斗は無表情だ。
「あたしは……続行希望」
未奈の言葉に、春馬はギョッとなり、
「ちょっと待てよ。負けたら、殺されるんだぞ!」
「負けなければ殺されないわ。……あたしは負けない」
未奈はきっぱりと言いきる。
「そうか、未奈はどうしても1億円が必要なんだね」
やわらかい口調で直人が言うと、未奈は「そうよ」と頷いた。
「それなら、ぼくにまかせてくれないか」
「どういうこと?」
未奈はいぶかしげに聞きかえした。
「ぼくの父さんの会社が倒産しそうだというのは言ったよね。でも、1億円あれば、持ち直すんだ。そうしたら、父さんの所有している特許で、すぐに世界中からお金が入ってくる」
直人はやさしい口調で話をつづける。
「みんなのお金を貸してくれたら、1週間後には、みんなが必要なだけ、お金をわたすことができる。だから、ここでゲームを終わらせて、ぼくに賞金をあずけてくれないか」
「あたしのお金をわたしたら、1週間後に1億円をくれるっていうの?」
「そうだよ」
「でも、そんな大金……」
未奈が言うと、直人は笑顔になる。
「なにがおかしいのよ」
「みんな、1億円は大金だと思っているようだけど、1年で90億円以上もらっているサッカー選手だっているんだよ。世界から見たら、1億円はたいしたお金じゃないんだ」
「そうなんだ……」と未奈。
「1回の手術で1億円が必要なんだよね。それは逆に、1億円もらう医者がいるってことでしょう」
「……そうか。そう言われたら、そうよね」
未奈は、直人の話に納得する。
「あたしもゲーム終了でいいわ」
未奈が言うと、迷っていた草太とカツエも「ゲーム終了」に賛成する。
「これで全員が、ゲーム終了だね」と直人。
「いいや、亜久斗がまだだよ」
春馬が言う。そういえば、亜久斗の姿が見えない。
彼はみんなから離れて、ホールのすみにいた。
「亜久斗、今の話を聞いていたかな?」と春馬。
「聞いていた」
「ゲーム終了の宣言をするんだ。亜久斗も賛成だろう」
「……続行だ」
「えっ!」
春馬が驚いていると、直人が亜久斗の前にいく。
「亜久斗は、いくら必要なの?」
「金は関係ない。おれは、君が信用できない」
「どういうこと? ぼくのなにが信用できないの?」
直人が聞いても、亜久斗はそれ以上は言わない。
春馬は頭をかいた。
1人でも続行を希望する者がいたら、ゲームは終了できない。
そのとき、『真実の部屋』からマギワが出てくる。
「第3ゲームが用意できたでぇ。みんな、入ってな」
マギワに言われて、7人は『真実の部屋』に入った。
薄暗い照明の下に、机、椅子、教壇があって学校の教室のような部屋だ。
春馬は落ちつかなかった。
ここは、なんなんだ……。
部屋はふつうだが、ゆか、壁、天井に、大小さまざまな、無数の目玉の絵が描かれている。
まるで四方八方から、だれかに見られているようだ。
「みんな、席に着いてや」
教壇のマギワに言われて、それぞれが近くの席に着く。
「第3ゲームは、思考力テストや。みんなにはペーパーテストを受けてもらうでぇ」
マギワは、手に持ったテスト用紙をひらひらさせる。
「賢い子は助かり、そうでない子は、さよならや」
春馬は顔をくもらせた。
学校の成績は悪くないけど、運動ほどは得意じゃない。
クイズやなぞなぞなら自信があるけど、テストは暗記した結果を書くだけだから、退屈だ。
マギワがテスト用紙を配ろうとしたときだ。
怨田があわてた様子で、部屋に入ってきた。
なにかあったのかな?
怨田に耳打ちされ、マギワは驚きの表情をする。
「なんやて! それはほんまか!?」
「まちがいありません」と怨田はうなずいた。
「そうか、しょうがないな。それなら、あれを用意してな」
「承知しました」と怨田は部屋を出ていく。
やっぱり、なにかあったようだ。
「みんなに悲しいお知らせや。この中に、噓つきがおることが判明した」
春馬の全身から、汗が噴きだす。
おそれていたことがおきてしまった。ぼくが秀介じゃないと、ばれたのだ。
鼓動が一気にはやくなる。
「前にも言うたやろ、噓をついた者は失格やて。ここで脱落や」
春馬は震える体を必死におさえる。
失格、脱落。
それは、死を意味する。
こんなところで死にたくない。
どうしたらいいんだ?
逃げだすにしても、館の扉にはカギがかかっているし……。
結局、春馬はなにもできない。
怨田と鬼崎がビーカーのようなコップを持ってくる。
「これから、みんなに特殊な液体の入ったコップを配るで」
マギワが言うと、怨田と鬼崎がみんなの前にコップをおいていく。
「FBIが開発した噓を発見する液体や。その名も『噓発見液』やぁ」
ネーミングはストレートすぎて最悪で、みんなはまったくの無反応だ。
「──ノリが悪いなぁ。まぁ、ええわ。とにかく、この液体は噓つきの指には黒くつき、正直者にはつかへん」
春馬の前にもコップがおかれた。
指を入れたら、嘘をついていることがばれてしまう。
どうすればいいんだ。考えるんだ、なにかいい方法はないかな。
もしかして!
春馬はコップを見た。
コップの3分の2くらいまで黒い液体が入っている。
いいことを思いついたぞ。指を入れるふりをして、曲げて入れなければいいんだ。
これは、意外と簡単に逃れられるかもしれないぞ。
「ほな、指を入れてや」
指曲げ作戦を実行しようとした春馬だったが、まわりの視線を感じる。
ぼくの思いすごしだ。
壁に目玉の絵が描かれているから、見られているように感じるだけだ。
それでも春馬は、寸前でためらった。
心臓が、早鐘のようだ。
指を曲げて液体に入れないというので、本当にいいのかな?
よーく考えるんだ。
こんな簡単な方法で、逃れられるはずがない。
でも、単純な方法というのは意外と思いつかないのかもしれない。
でもでも、それもすべて計算の内だとしたら。
でもでもでも……、あぁ、どうすればいいんだ。
こうなったら、直感だ。
マギワに言われた通り春馬は、覚悟を決めて黒い液体に人差し指を入れた。
ぬるっと湿った感触がある。指に黒い液体がついたはずだ。
「そしたら、1人ずつ『噓はついてまへん』と言ってや」
前の席に座った麗華から順番に「噓はついていません」と言っていく。
そして、春馬の順番になる。
心臓が、胸を破って飛びだしそうだ。
「ううう……噓はついていません」
どうにでもなれという気持ちで言った。
そして、7人が言い終わる。
「みんな、指をあげてもええよ」
マギワに言われて、全員が指をあげる。
春馬も指をあげた。
予想はしていたが、人差し指は真っ黒だ。
終わりだ。
これでゲーム・オーバー。
そして、ぼくは殺される。
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8 意外な裏切り者
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「──────えっ、どうしたんだ! みんな、真っ黒じゃないか!!」
大きな声を出したのは直人だ。
なになになに……。みんな、真っ黒だって?
春馬がまわりを見た。
未奈も、麗華も、草太も、亜久斗も、カツエも、人差し指が黒くなっている。
黒くないのは直人だけだ。
「噓をついてないのは、ぼくだけ……!? みんな、噓をついてたの!? そんなまさか!」
直人が興奮して話しつづける。
ほかの6人は言葉も出ない。
「信じられないよ。でもこれで、ぼくが1億円を手にするんだよね。うれしいな。やった!」
マギワは冷たい目をしている。
「第3ゲームの脱落者はあんたや。……浅野直人」
はっ???
なにがおきたのかわからず、春馬はぽかんとした顔をした。
それは、ほかの者も同じだ。
「みんなが指を入れたのは『噓発見液』なんかやない。そんな液体は、ないんや」
マギワの説明に、春馬は納得がいかない。
それなら、どうして直人の指に液体がつかなかったんだ!?
……あっ、もしかして!
春馬はようやく、からくりに気がついた。
「どういうことですか? ぼくは噓をついていませんよ。指だって、ほら」
直人は、きれいな人差し指を誇らしげに見せた。
「それが証拠なんや、直人。みんなに配ったのは、ただの墨汁や」
「墨汁だって!?」
マギワの説明に、直人は信じられないという顔をする。
「墨汁に指をつけると、黒くなるのはあたりまえや。黒くなってないのは、液に指をつけなかったからや。あんた、指を入れるふりをして曲げたんやろう?」
春馬の背中に、汗が流れた。
──トラップだったんだ。
危なく、引っかかるところだった。
「なぁ、直人。どうして指をつけなかったんや?」
「それは……」
直人は言いかえせない。
「ウチが教えたろうか。それは、噓をついているからや。そうやろ?」
マギワに問い詰められて、直人の顔色がみるみる青ざめていく。
「ぼくは……だまされたのか」
「人をだまそうとするから、逆に自分がだまされるんや。策士策に溺れるというやろ」
「……知ってるってこと?」
直人は今までとはちがう低い声で言った。
「ぜーんぶ、お見通しやでぇ」
春馬にはさっぱり意味がわからない。
「直人、どういうこと?」
春馬が聞くと、直人は異常な声で笑いだす。
どうしたんだろう。脱落と言われて、おかしくなったのかな?
「へへへへ……。秀介、おまえってお人好しだな」
「えっ?」
春馬には、まだなにがおきているのかわからない。
「あと少しで1億円が手に入ったのに……。亜久斗のせいで……計画が台無しだ……」
「直人、どういうことだ?」
「ぼくはもう終わりだ……。殺されるんだ」
直人の耳に、春馬の質問は届いてない。代わってマギワが答える。
「ぜーんぶ、嘘やったんや。浅野直人の父ちゃんは、会社経営なんてしてへんのや」
みんながどよめく。
「……ぼくのパパは詐欺師だ。人をだまして金を奪うのが仕事なんだ。ぼくは立派に親の才能をうけついだわけだよ。へへへへ……」
「直人は、ぼくたちをだましていたの?」
「へへへへ……そうだよ。悪かったねぇ」
「でも、螺旋塔で、ぼくと未奈を助けてくれたよね」
「おまえって、ほんとにバカだなぁー!」
「えっ?」
「おまえたちを助けたわけじゃねぇーよ! スポーツ万能の猛士と、成績優秀の文子は強敵だ。だから、はやい段階で脱落させておきたかっただけだ。協力、ありがとうよ」
信じられない。
これが、直人の本心だなんて……。
「お金をわたしたら、あとで1億円をくれるというのも、噓なの?」
未奈が怖い顔で聞いた。
「そんな話、この世界にあるわけないだろ! 金をもらったらバイバイだ」
「そんな……」
未奈は歯を食いしばって怒りをおさえている。
「おまえ、妹を助けたいんだよなぁ」
「だから、なによ」
「泣けるねぇ。でもぼく、そういうくっさぁーい話は、大っ嫌いなんだよ!」
べーっと舌を出した直人に、未奈はがまんの限界を超した。
「ゆるせない!」
未奈は顔を真っ赤にして直人にむかっていく。
「未奈、暴力はダメだ! 失格になる!」
春馬がさけんだが、間に合わない。
「浅野直人、失格や!」
マギワが早口で言った次の瞬間、未奈の平手が直人のほおを直撃した。
あぁ、やってしまった。
春馬は頭を抱えた。
「いってぇ……」
と言いながら、直人は笑っている。
「へへへへ……、地獄への道連れができたぞ。おまえも暴力で失格だ! くすくすくす……」
春馬も堪忍袋の緒が切れた。
「ぼくだって、おまえはゆるせない!」
直人にむかっていこうとした春馬だが、足もとでバチンと火花が散った。
「うわっ!」
マギワがムチをふるったのだ。
「あんま騒がんといてや。鬼崎、はよう浅野直人を連れてって」
マギワに命令されて、鬼崎が直人を連れていこうとする。
「待てよ、あいつも失格だろう!?」
直人が未奈を指さす。
「なんでや? 彼女は噓はついてへんで?」
「あいつはぼくを叩いた。暴力は失格ってルールだろ!?」
くやしいけど直人の言うとおりだ。
彼女はルール違反をした。
「なんや、そんなことか。彼女は暴力をふるったようやけど、それはアンタが脱落したあとや。脱落者は、ここにはいない存在や。いないものを叩いても暴力にはならへん。そうやろ」
「なんだって!?」
マギワに食ってかかる直人を、鬼崎はひょいと肩にかつぐ。
「あいつも失格のはずだ! そうだろ!?」
鬼崎が、騒ぐ直人をかついで部屋を出ていく。
「おとなしそうな少年やと思ったのに、人は見かけによらんなぁ。みんなももっと、気いつけなあかんでぇー」
言い終わると、マギワは口に人差し指を当てて、静かにするようにという仕草をした。
なんだろう?
しーんとした館の奥から、直人の絶叫が聞こえてきた。
「いやだぁ……、やめてくれぇ。助けてぇぇぇぇぇ……」
春馬は全身に鳥はだがたった。
あの声はただごとじゃない。直人になにがおきたんだ?
悲鳴が聞こえなくなると、重苦しい沈黙になった。
「第3ゲーム、思考力テストは終了や。脱落者、浅野直人。残ったのは上山秀介、滝沢未奈、桐島麗華、小山草太、三国亜久斗、竹井カツエの6人や。1人あたりの賞金は約1666万円やな」
マギワが言うが、6人は呆然としている。
「そうや、これ捨てておいてな」
マギワは持ってきたテスト用紙を、麗華にわたして出ていく。
春馬はもやもやしていた。
やさしかった直人が、じつはぼくたちをだましていた。
ゆるせない。でも、そんな彼も殺された。
噓をついただけで殺されるなんて、あんまりじゃないか。
「これって、どういうことですの?」
テスト用紙をわたされた麗華が言った。
「白紙ですのよ。これ、なにも書いてませんの」
麗華がテスト用紙をみんなに見せる。
ただの白い紙だ。
「どういうことだ?」
春馬は首をひねった。
「ままま……、まちがえて、ただの白い紙を持ってきたんじゃないですか」
草太が言うが、「いいや、ちがうな」と春馬は否定した。
マギワはそんなミスはしないだろう。
それに、用紙をおいていったのも変だ。
「もしかして、最初からテストはなかったのか。いや、そんなことが……でも……」
春馬はつぶやきながら考える。
黙っているより自問自答したほうが、考えがまとまるからだ。
「なにをぶつぶつとおっしゃっているの?」
そう言いながら、麗華が春馬の前にやってきた。
薄暗い照明の下、青白い顔の彼女は可憐で魅力的だ。
春馬は以前に読んだミステリー小説を思いだした。
主人公の探偵に、美しい女性の依頼人がやってくる話だ。
あの小説、犯人は依頼人の女性だった。
「どうなさいましたの?」と麗華が聞いた。
「あぁ、そうだった。マギワさん、第3ゲームは思考力テストだって言ってたよね」
「確かに、そうおっしゃっていましたわ」
「『噓発見液』が、思考力テストだったんだ」
「どういうことですの? わかりやすく説明してくださらない?」
「説明は得意じゃないんだけど……」
「おねがいしますわ」
麗華が顔をのぞきこんでくる。
美少女に見つめられて、春馬はドキリとなる。
「それじゃ、ぼくの考えを言うよ」
麗華だけではなく、草太やカツエも興味があるようだ。
「だれだって、多少の噓をついているだろう」
「あたしはなにもついてない」
未奈が言いかえした。
「そういう人もいるけど、少しでもうしろめたいことがあったら噓発見液から逃れたいはずだ」
実際、ぼくがそうだった。
「『噓発見液』は、悪賢い人間は、直人のように指を曲げて逃れようとする。でも、賢い人間だったら、罠だと気づいて液に指を入れる」
「悪賢い人を見つけるゲームだったわけですのね」
「そういうことだ」
「ところで、賢くない人はどうなるんですの?」
「そういう人は、すなおに液に指を入れて黒くなる。結果は賢い人と同じだ」
「わかりましたわ。ひとこと言わせてもらいますと、わたくしは噓はついていませんのよ。それで、迷うことなく指を入れたんですのよ」
そう言うと、麗華は部屋を出ていった。
「じじじ……自分は愚かじゃないと、いい……言いたかったようですね」
草太がにやにやしながら言った。
「おおお……愚かでも、かわいければ、ぼくは好きだけど……」
「バカじゃん。きれいな顔なんて、ただの生まれつきじゃねぇか」
カツエはそう言うと、不機嫌そうな顔で部屋を出ていった。