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4 恐怖のゲームはとつぜんに
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「これ、まちがえてるな」
食堂の前で春馬が言った。
ドアに『ダイイングルーム』と書かれたプレートがついている。
「マギワさんはデーニングルームと言ってたね」
声をかけられてふりむくと、丸顔でふわりとしたウェーブの髪形の直人がいる。
「正確にはダイニングルームだよね」と直人。
「ここにダイイングルームって書かれてるんだ。これじゃ、まるでダイイングメッセージだ」
「それ、どういう意味?」
「ミステリー小説で、被害者が死ぬ前に犯人を知らせようとして残すメッセージだよ」
「秀介は、ミステリー小説を読むの?」
「えっ?」
「だから、秀介はミステリー小説を読むの?」
おっと、ぼくが秀介だった。
「う、うん。シャーロック・ホームズとか明智小五郎は大好きなんだ」
「すごいな。ぼくは漫画専門だよ」
「ダイイングルームって、ちょっと不気味な感じがするんだよなぁ」
春馬が腕を組んで考えこんでいると、猛士や麗華たちがやってくる。
「ただの書きまちがいだろーが。それより腹へったぜ」
猛士はズカズカと食堂に入っていく。
「……こんな立派な館なのに、書きまちがいなんてするかな?」
納得はいかなかったが、春馬もみんなと食堂に入った。
この部屋もふかふかのじゅうたんが敷いてあり、中央に大きな丸テーブルがある。
「ここの雰囲気、天才女優のわたくしのイメージにぴったりですわ」
麗華が楽しそうに席に着く。
「だれが女優だって? 痛い女」
カツエがわざと聞こえるように言った。
「しょうがないわね。わたくしのような美貌があると、嫉妬されるのよね」
麗華が言いかえすと、カツエがギリギリと歯ぎしりしている。
女優(自称)の麗華と、女子空手チャンピオンのカツエは、犬猿の仲のようだ。
みんなが席に着くと、怨田と鬼崎がメニューを持ってくる。
メニューには、11種類の料理が写真つきでのっている。
① 博多名物の豚骨ラーメン
② ご飯がパラパラの高級チャーハン
③ 牛肉がごろごろ入ったカレーライス
④ こだわりの豚肉を使ったカツ丼
⑤ 最高級の鶏肉を使用した唐揚げ定食
⑥ イタリア風の本格ピザ
⑦ 肉汁たっぷりの最高級ハンバーグ
⑧ 昔ながらのオムライス
⑨ 旬の野菜と海老の天丼
⑩ 名門店のそば
⑪ ヘルシーで女性に人気のサンドクイッチ
※料理はそれぞれ1人分しか用意していません
※2人が同じものを注文することはできません
「1人分しかないならはやい者勝ちだぜ。オレ様はげんを担いで④のかつ丼だ!」と猛士。
「あたしは⑦の最高級ハンバーグ。大盛りにしてね」
そう言って、カツエが力こぶを見せつけた。
「ステファニーちゃんは、なにが食べたいのぉ?」
ここあはぬいぐるみに聞いてから、「そう、パンケーキがいいのぉ」と言う。
「メニューをよう見てや。パンケーキはないやろう」
マギワに注意され、ここあは口をとがらせる。
「それじゃ、⑪のサンドイッチにするわ」
「おおきに、⑪のサンドクイッチやな」
ここあとマギワのやりとりを聞いて、春馬はなにか違和感を覚えた。
なんだろう、このもやっとした気持ちは……。
「秀介、はやく決めないと、好きなものをとられちゃうよ」
直人が話しかけてきた。
「そうだね。それじゃ、ぼくは唐揚げ定食にするよ」
10人は好きな料理をたのんだ。
すぐに、怨田と鬼崎が10人の料理を運んできた。
春馬は唐揚げをひと口食べて、ほおが落ちそうになった。
「直人、この唐揚げ、最高においしいよ」
「ぼくのカレーライスも、すごくおいしい」と直人が言う。
春馬はみんなの食事する姿を見た。
どの料理もおいしいようだな。みんなは夢中で食べている。
そのときだ。
「うぅぅぅぅぅぅ……」
とつぜん、ここあが、うめき声をあげて立ちあがった。
クマのぬいぐるみが、ゆかに落ちる。
「くくく……くる……くる……くるしい……」
ここあはそのまま、ゆかに倒れこんだ。口から泡を吹いている。
「どうしたの?」
春馬が駆け寄るが、様子がおかしい。
白目をむいて、手足を激しく痙攣させている。
まるでゆかで踊っているようだ。
「救急車だ! マギワさん、救急車を呼んでください!!」
しかし、マギワは平然としている。
「マギワさん、どうしたんですか!?」
「すぐに動かなくなるで、必要ないな」
「えっ?」
ここあは、だらりと舌を出して動かなくなった。
「第1ゲーム終了~~~!」
マギワが大きな声で言った。
「鬼崎、処理してや」
鬼崎がやってきて、動かなくなったここあを、かるがると片手で持ちあげて食堂を出ていく。
怨田はなにごともなかったかのように、テーブルをかたづけている。
「マギワさん、今のは……。ここあさんはどうなったんですか?」
「見ての通りや。宮野ここあは、ここでゲーム脱落や」
「どういうことですか?」
「どうもこうもないわ。最初の脱落者や」
「彼女、死んだんですか!?」
春馬がマギワにつめよろうとすると、バチンと音がして春馬の足もとで火花が散った。
「うわぁ!」
春馬はその場に座りこんだ。
マギワが、かくし持っていたムチをふるったのだ。
「ウチの半径1メートル以内に近づいたら、失格にするでぇ」
度肝をぬかれた春馬は、その場を動けない。
「忘れものがあるな。これは目ざわりや」
マギワがムチをふると、ゆかに落ちていたぬいぐるみが宙にういた。
目にも留まらない速さでムチが放たれ、ぬいぐるみは粉々に切り裂かれた。
「また、しょーもないもんを斬ってしもーた。……ってね」
春馬は後悔した。
これは、とんでもないところにきてしまった。
「驚かせてしまったようやね。じつは、昼食は、ぬき打ちのゲームやったんや」
みんなはまだ呆然としている。
「第1ゲームは、洞察力を試すテストや。いかに安全な料理を選べるか。これは人生でとても大切なことや。宮野ここあは、それに失敗したわけやね」
「毒が入っていたんですか?」
春馬がみんなを代表して質問した。
「みんな、驚きすぎやろ。ルール説明で『命の保証がなくてもかまわないこと』ってちゃ~んと言っておいたやろ」
春馬は体が震えていた。
あれは、おどしじゃなかったんだ。
「この大会は危険すぎる……。負けたら、殺されるんだ!」
大きな声を出した春馬だが、ほかの参加者の反応はうすい。
「そんなこと、みーんな気づいてるぜ」
猛士がぶっきらぼうに言った。
「そうか、そうだよね」
春馬は気持ちを落ちつかせる。
「この大会の賞金は、1億円や。大人でもなかなか手に入らない大金や。まして、子どもがもらえるなんて、ふつうでは考えられまへん。ちっとくらい危険なのは、あたりまえやろう」
マギワの説明は納得のいくものだが、春馬はまだ現実を受け入れられない。
「わたくしにはムリですわ。これで、帰らせてもらいます」
麗華は部屋を出ていくが、マギワは気にも留めない。
「宮野ここあが脱落して、これでみんなの1人あたりの賞金は……約1111万円になったわけやね」
マギワが説明しているところに、麗華がもどってくる。
「ちょっと、どういうことですの! 扉が開かないわ!」
「大会が終了するまで、外に出られんと言ったはずや」
マギワの冷たい言葉に、麗華は泣きそうな顔になる。
「それなら、わたくしはどうすればよろしいの?」
麗華がおびえた声で聞いた。
春馬も同じ気持ちだ。このままゲームをつづけなければならないのか……。
いや、待てよ。そうだ、いいことがある。
「ここで『絶体絶命ゲーム終了』を宣言すればいいんだ!」
「あなた、秀介でしたわね。よく気がつきましたわ」
麗華は、ほっとしたように言った。
「みんな、『絶体絶命ゲーム終了』を宣言しよう」
メンバーを見まわした春馬が意気ごんで言うが、猛士は鼻で笑っている。
「今、終わっても1000万とちょっとだ。オレ様にはまだまだ足りねぇー!」
「もしかして、まだつづけるつもりなの!?」
春馬が驚く。
「マギワさん、続行で!」
「ちょっと待って、もう少し考えてよ!」
「おめぇ、ピーピーうるせぇんだよ!」
「続行でいいんやな?」
マギワに聞かれて、「続行だ!」と猛士が答える。
「1人でも続行希望がいたら、ゲームの終了はできまへん。残念やったな」
マギワに言われて、春馬はむっとなる。
「次のゲームは、地下室でおこなうで。午後3時に集合や。それまでは自由にしててな~」
マギワが出ていくと、気まずい空気になった。
「ここあさんのことは忘れよう。ぼくたちには、なにもできないよ……」
みんなの気持ちを察したように、直人が言った。
春馬は黙って食堂を出た。
春馬は1人で、館を探索することにした。
館の時計は、2時を示している。次のゲームまで1時間ある。
入り口の大きな扉の前にきたが、ここはカギがかかっていて開かない。
だだっ広いホールには古くて大きな柱時計があり、アンティークのソファーセットがおかれている。
左手には、2階と地下へいく階段がある。階段の横に小さなドアがある。
「ここは物置だろうな」
ホールの右手には、食堂といくつかの部屋がならんでいる。
ドアが閉まっているので、どういう部屋かはわからない。
中央の奥に、大きな扉がある。
「ここはなにかな?」
奥の扉を開けようとするが、ここにもカギがかかっている。
窓から外を見ると、扉の先にはわたり廊下があり、高い塔につながっている。
「あの塔はなにかな?」
春馬はホール右手の奥にいく。
『真実の部屋』『時計の部屋』とドアにプレートがついている。さらに廊下を進むと、つきあたりに『弱肉強食の部屋』とプレートのついた部屋がある。
どの部屋もカギがかかっていて、中には入れない。
だれが、山の中にこんな洋館を建てたんだろう?
10の客室、いくつかの謎の部屋、食堂、わたり廊下の先にある塔……。
お金持ちの別荘、ホテル、映画のセット……。
または……この『絶体絶命ゲーム』のために建てられたのか?
それなら、だれが、なんのためにこんなゲームを?
いくら考えても答えは出ない。情報が少なすぎる。
春馬は廊下の窓も調べた。
鉄格子がはまっていて、カギもかかっている。
「これじゃ、抜けだすのはムリだな」
春馬は202号室の前にやってきた。ここあの部屋だ。
ドアをノックするが、反応はない。
「開けるけど、いいよね」
一応、確認してからドアを開けた。
だれもいないし、彼女の荷物もない。
ソファーや机を調べるが、ごみ1つ落ちてない。
春馬はベッドも調べる。まくらを持ちあげると、
「──なにやってるの?」
うしろから声をかけられて、心臓が飛びだしそうになった。
ふりかえると、未奈が立っている。
無表情だけど、どうやら怒っているようだ。
「ここで、なにしてるの?」
「なにって、ここあさんの部屋を見ているんだ」
「この部屋にくる前、建物の中を歩きまわってたわね」
「3時までは自由だって、マギワさんが言ってただろう」
「あなた、なにもの?」
ドキッとする。
まさか、彼女はぼくが秀介じゃないと知っているのか?
「ただのゲーム参加者だよ」
「本当?」
「本当だよ。招待状を受けとって、ここに来たんだ」
「ふ~ん……」
なにが、ふ~んだよ。もういってくれよ。
「あなた、ゲームを終わらせたいの?」
うわぁ、意外と勘が鋭いな。
「やめてよね」
「やめてって、なにを?」
「あたしには、どうしても1億円が必要なの。中途半端なところでゲーム終了になるようなことをしたら、ゆるさない」
こまったな。
彼女がいる限り、絶体絶命ゲームを終わらせることはできないようだ。
「聞いてる?」
あれ?
よく見るとカワイイぞ。笑顔でいれば、男子から人気が出そうなのに……。
「なによ。どうして、あたしの顔をじろじろ見てるのよ」
「見てないよ。それよりも、ぼくがなにをやっても勝手だろう」
「勝手じゃないわ。みんな、お金が必要でここにきているの。おかしな真似はしないで」
「おかしな真似って、なんだよ」
「あなたって、本当にお金が必要なの? なんか、そう見えないんだけど」
うわぁ、痛いところをつかれた。
ここはごまかさないと。
「そんなことないよ。でも、わかった。おかしなことはしないよ。約束する」
あわてた春馬を、未奈は疑いの目で見る。
「まぁ、いいわ。約束だからね」
未奈は、捨て台詞で部屋を出ていった。
なんだよ、あいつ。
彼女は勘が鋭いし、押しも強いな。
かかわらないほうがよさそうだ。
第2回へつづく(4月15日公開予定)
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