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2 1億円がほしい10人
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緑丘公園に着いたのは、ちょうど11時だった。
「だれもいないぞ。……もしかして、ドッキリなのかな?」
そのとき、春馬のタブレットがブルブルブル……と振動した。
ディスプレイに『もう引きかえせないぞ』と表示されている。
どういうことだ?
「上山秀介だな」
頭上から野太い声が聞こえてきた。
顔をあげると、2人の大男に挟まれている。
「上山秀介かと、聞いているんだ」
「は、はい……」
「声を出すんじゃないぞ」
春馬は停車してあった、黒塗りの車の後部座席に押しこまれた。
となりに野太い声の大男が座る。
彼らはなにものだ? まるでプロレスラーの悪役だな。
「ゲーム会場は遠いんですか?」
「声を出すなと言ったろう!」
「は、はい。わかりました」
うわぁ、怖い。言うとおりにしたほうがよさそうだ。
大男がアイマスクを出した。
「これをつけろ」
こんな大男が相手じゃ、抵抗する気もおきない。
なるようにしかならないか。
言われるままアイマスクをつけると、深く座りなおした。
目の前が真っ暗になる。
なにも見えないし、話もできない。
やることがないから、眠ろう。
「おい、着いたぞ」
野太い男の声で、春馬は目を覚ました。
どれくらい時間が経ったのかな?
ふいにアイマスクがはずされた。
「この状況で眠るなんて、いい度胸してるじゃねぇか」
「もう話してもいいんですか?」
「いや、降りていいぞ」
春馬は車から降ろされた。
あたりは、うっそうと生い茂った山林だ。
どこかの山奥のようだ。
その中に広大な駐車場があり、黒塗りのピカピカの車が9台もならんでいる。
春馬の乗ってきた車は一番はしだ。
「ここは、なんなんだ?」
春馬が呆然としていると、奥の車のドアが開く。
車から、背が高く、気の強そうな男子が降りてくる。
色黒で頑丈そうな体は、いかにもスポーツマンといった感じだ。
「よーやく着いたぜ。ここがオレ様の戦場だぜぇ!」
そのとなりの車から、黒ぶちメガネの神経質そうな女子が降りてくる。
「わたしの試験会場に到着ですね」
「試験だと!? ここはそんなヤワな場所じゃねー」
「弱い犬ほど吠えるものですよ」
色黒の男子とメガネの女子がバチバチ火花を散らしている。
そのとなりの車から、金髪のツインテールの女子が、クマのぬいぐるみを抱いて降りてくる。
「ステファニーちゃん、ここあが1億円をもらってくるからねぇ」
「けっ、おまえにできっかよ!」
色黒の男子は、ツインテールの女子にも文句を言う。
「いやだ。この人、こわーい」
ツインテールの女子が逃げると、色黒の男子はおもしろくなさそうな顔をする。
1台の車から、小柄な男子がおどおどした顔で降りてくる。
「こここ……ここはどこなの?」
小柄な男子はあたりをきょろきょろ見ている。
別の車から、色白の美少女が降りてくる。
「あらー、いやだわ。日差しがとても強い」
彼女は高級ブランドの服を着て、髪をまき、化粧もしている。まるで芸能人だ。
「あなた、ちょっとこの傘をさしてくださらない?」
彼女は、おどおどしている小柄な男子に日傘をわたす。
「どどど……どうして、ぼくが?」
「わたくしの白いはだを守るためよ」
「ででで……でも、どうしてぼくが?」
「わたくしは女優よ。白いはだが命なの」
「でで……でも、どうしてぼくが?」
「いいから、はやく傘をさして!」
「は、はい」
小柄な男子があわてて、美少女に日傘をさしかける。
「バカじゃねーの!」
そのとき、車から降りてきた、頑丈な体格の女子が言った。
彼女は岩のような顔に鋭い目をしていて、まわりを睨んでいる。
「最後に勝ち残るのは、あたしよ」
その陰には、いつの間に車を降りたのか、やせていて長い前髪に表情をかくした男子がいる。
彼は、存在を消すかのようにみんなから離れる。
春馬のとなりの車から、やさしそうな印象の男子が降りてくる。
「みんな、ゲームの参加者かな? たくさんいるんだね」
少年は、みんなに微笑みかける。
「ぼく、浅野直人だよ。よろしく」
「よろしく」
あいさつを返したのは春馬だけだ。
「のんきなやつらだ。まぁ、オレ様の敵じゃねぇな」
色黒の少年が、春馬と直人を鼻で笑う。
「あの建物がゲームの会場かな」
春馬は駐車場の先にある建物を見た。
山奥にあるとは思えない、大きな洋館が建っている。
三角屋根の黒いレンガ造りで、巨大なクワガタがこちらをむいているようだ。
そのとき、10台目の黒塗りの車がやってきて、春馬の横に停まる。
うしろのドアが開き、ミディアムヘアの女子が降りてくる。
彼女は大きく深呼吸すると、きりっとした顔で建物を見あげた。
「どんなことをしても……1億円を手に入れる」
彼女は小さな声でそう言った。
そのとき、ギッギッギーッ……と鈍い音があたりに響く。
「あっ、扉が……」
直人が言うと、全員が館に目をむけた。
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3 絶命館の閉じられた扉
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春馬たちは洋館の前にやってきた。
大きな扉がゆっくりと開く。
みんなが顔を見あわせていると、扉の中から女の人が飛びだしてきた。
「絶命館へ、いらっしゃ────い!」
ハイテンションだ。
「ウチはこのゲームの案内役、死野マギワちゃんやでぇ」
マギワはその場でくるりとまわり、両手を広げてポーズをとった。
まるで自分のコンサートのように、彼女はノリノリで話をする。
「マギワって変わった名前やろ? ウチ、1年が終わるまぎわに生まれたんや。それで、マギワという名前になったんや」
驚いた小柄な男子が日傘を落とす。
「ちょっと、おはだが焼けちゃうじゃない!」
「ごごご……ごめんなさい」
「もう、いいですわ。館の中に入ってもよろしいの?」
美少女がマギワに聞いた。
「どうぞ、絶命館へ! いらっしゃーい」
マギワに招かれ、スタスタと美少女が館に入る。
「おまえ、どうしてあいつの言いなりになってんだ?」
あとにつづく色黒の男子が、オロオロと傘をたたむ男子に聞く。
「よよ……よくわからないけど、彼女の押しが強くて」
「女子の押しに負けてんじゃねーよ、なさけねえやつ」
「う、うん……」
春馬たちもつづく。
「あんたも入ってな」
みんなのうしろにいた前髪の長い男子が、最後に館に入る。
ドン
大きな音を立てて扉が閉まった。
「大会が終わるまで、この扉はあかへんでー」
春馬たちは館のホールに集められた。
高い天井から豪華なシャンデリアが下がり、ふかふかのじゅうたんが敷きつめられている。
白い壁にはしみ一つなく、窓は色とりどりのステンドグラスだ。木彫りの鮭もおいてある。
「まずは、自己紹介やな。そんで、お金がほしい理由も聞かせてな。まずは、あんたやな」
マギワに指さされて、色黒の男子が胸をはる。
「オレ様は利根猛士。世界一のサッカー選手になるのが夢だ。そのためにスペインにサッカー留学したいんだ。世界中から選手が集まってすごく勉強になるんだ。でも、費用がバカ高くてな。それで、1億円がほしいってわけ」
「サッカーか、ええな。ウチもサッカーは大好きやで。次はあんたや」
金髪のツインテール女子が、スカートのすそをつまんで自己紹介する。
「宮野ここあで~す。このクマちゃんはステファニーちゃんっていいま~す。原宿で、た~くさん洋服を買いたいので、お金がほしいで~す」
「そんなの、1億円も必要ありません。1万円もあれば事足りるわ」
そう言ったのは、黒ぶちメガネをかけた神経質そうな女子だ。
「勝手に話さんといてな。それとみんなに言うとくけど、噓はあかんで。噓つきは失格や」
マギワの言葉で、春馬は固まった。
まずい。ぼくが秀介じゃないとわかったら、失格になる。
ここまできたら、秀介で通すしかない。
けど、噓をつくのは苦手なんだよな。
春馬が動揺していると、メガネの女子が自己紹介をはじめる。
「仙川文子と申します。学校ではクラス委員長をしています。両親が50年ローンで購入した2階建ての家が欠陥住宅で、かたむいて雨漏りもしています。両親は落胆して、母は自殺未遂をしました。家族が安心して暮らせる家を購入するために、お金が必要です」
次に、体の大きな女子が進みでる。
「あたしは竹井カツエ。空手の小学生チャンピオンよ。両親が詐欺にあって、家も工場もとられたんだ。父ちゃんは自棄になって酒びたり。家族のために、工場を買いもどす。それで、お金が必要なんだ」
「うわ、世間は怖いねんな~。それじゃ、次はあんたや」
マギワに指をさされ、直人が自己紹介する。
「浅野直人です。父の会社が倒産しそうで、まとまったお金が必要なんだ」
「次は、あんたやな」
マギワに指をさされて、春馬の鼓動がはやくなる。
いよいよ、ぼくだ。秀介になりきって話をすればいいんだ。難しいことじゃない。
「どうしたんや、はやく自己紹介をしてや」
黙っている春馬に、マギワがいらだつように声をかけた。
気持ちを落ちつかせ、春馬は話をする。
「上山秀介です。父さんが病気で亡くなって、母さんがぼくと妹を育てるために昼も夜も働いているんです。母さんに楽をさせてあげたくて、お金がほしいんです」
マギワがじっとしている。
どうしたんだ? おかしなことは言わなかったと思うけど……。
「次は、あんたやね」
マギワは、色白の美少女を指さした。
春馬は胸をなでおろす。
よかった。ぼくが秀介じゃないとばれなかったようだ。
美少女は、みんなを見てほほえむ。
「桐島麗華です。わたくしの自己紹介は不要ですわよね」
「どうしてや、ちゃんと紹介してや」
「だってみなさん、わたくしのことはご存じでしょう?」
麗華が言うが、みんなは顔を見あわせて首をかしげた。
だれも彼女を知らないようだ。
「わたくし、100年に一度の天才女優と言われてるんですよ?」
「知らねーよ。どんな映画に出てんだ?」と猛士が聞く。
「映画『ゾロゾロのゾンビくん』に、エキストラで出てますわ」
「そんな映画、聞いたことねぇぞ。それも、エキストラかよ!」
猛士にバカにされて、麗華はむっとした顔をする。
「しかたがありませんわ。わたくしはこの美貌ばかりが注目されて、演技を認めてもらえないんですわ。そのためにも、ここの賞金でセルフプロデュースで映画を作りたいと考えているのよ」
「へえー。せいぜい、がんばれよ。天才女優の麗華さま」
そう言って、猛士はバカにしたように笑う。
「それくらいでええやろう。次は、あんたや」
マギワに指さされて、日傘を持たされていた小柄な男子が自己紹介する。
「おおお……小山草太です。パパパ……パパが役所から1億円を横領して、ら、来週までに返さないと逮捕されるんです。それで1億円がほしいんです」
8人の紹介が終わる。
次に、前髪の長い色白の少年が自己紹介をする。
「……三国亜久斗。本気の勝負をしたくて参加した。お金はほしいけど、それよりも勝負がしたい」
いったい、どういうことだろう?
亜久斗はやけに存在感がない少年だ。なんとなく、幽霊みたいだ。
最後に、ミディアムヘアの女子が進みでる。
「滝沢未奈です。妹が病気で、手術に1億円かかるの。それでお金が必要よ」
静かだが、決意のこもった声だった。
全員の自己紹介が終わる。
「みんな、噓はついてへんな。噓つきは失格やで」
マギワは探るような視線で、1人ずつ顔を見ていく。
春馬は心臓が飛びだしそうなほど緊張したが、なにくわぬ顔をした。
「まぁ、ええわ。ウチはみんなを信用してるで。ほな、あれ持ってきてや!」
奥から、身長180センチ以上の長身の男と体重100キロ以上ありそうな太った男が、大きなワゴンを押してくる。上にかけられた布が大きく盛りあがっている。
「ウチの助手や。背の高いのが怨田君、太ってるのが鬼崎君や。みんなのお世話をするので仲ようしてやってな」
紹介された怨田と鬼崎は、どちらも怖そうな顔をしている。
「じゃじゃじゃじゃーん! これが、賞金の1億円や!」
マギワがワゴンにかけられた布をとると、1万円札の札束が山のように積まれている。
春馬は息をのんだ。
「偽物やないで、すべて本物や。ここにきて見てもええよ」
春馬たちは戸惑いながらも、ワゴンの札束を手にとる。
すべて本物の1万円札だ。
こんな大金を見たのは、はじめてだ。
「すげーぜ。オレ様は大金持ちだ」と猛士が興奮している。
「あなたのものじゃないでしょう」
文子が言うと、猛士が「すぐにオレ様のものになるよ」と言いかえす。
「これだけあれば、原宿で遊び放題だわぁ」
ここあは札束にほおずりする。
「ゲームの勝者が1人だけなら、1億円は総取りや。ぜーんぶ、自分のものになるんや」
マギワの言葉に、みんなが驚く。
「これがあれば、由佳が助かる……」
未奈がつぶやいた。
「ほな、ルールを説明するで」
マギワが言うと、みんなが彼女に注目する。
「ルールは簡単や。ゲームをおこない勝ち残っている者で賞金をわけるんや。10人が残っていたら1人1000万円。1人だけなら1億円や」
「ゲームって、なにをするのでしょうか?」
文子が質問する。
「頭脳系やったり、運動系やったり、色々や。数人が脱落するゲームもあるし、うまくいけば脱落者が出ないゲームもある」
「脱落したら、お金はもらえないんですか?」
今度は直人が聞いた。
「当然、ナシや」
「ゲームはいくつあるんですか?」
春馬の質問に、マギワはにやりと笑う。
「今日と明日でいくつかやってもらう。でも、そこまでやらんでも終わらせる方法があるんや。残っている全員で『絶体絶命ゲーム終了』と宣言すれば、そこで終わりにできる。お金をもらって解散や。ただ、1人でも『続行希望』をする者がいたら、ゲームはつづくんや」
「じゃあ今、この場で全員が『絶体絶命ゲーム終了』を宣言すれば、1000万円をもらえるんですか?」
春馬が聞いた。
「それはできまへん。最低、1つはゲームをやってもらうルールや」
マギワの答えに、春馬はため息をついた。
1000万円をもらって、すぐ帰れるかと思ったけど、そうあまくはないようだ。
「それと、1回のゲームが終わらないうちは、終了の宣言はできまへん。あと、この館から出ること、暴力をふるうことは禁止や。ルールを破ったら、レッドカードで一発退場の失格や。最悪、ゲームが中止にもなるから、気をつけてな」
ルールはわかったけど、どういうゲームをやらされるんだろう。
「最後に、招待状でも言ったけど、命の保証はできへんのでぇ」
そう言ってマギワは意味深に笑った。
マギワの話のあと、春馬たちは2階の客室に案内された。
長い廊下に面して10の部屋がならんでいて、春馬の部屋は右から3番目の『203』だった。
10畳ほどの個室には中央に大きなベッド、座り心地のよさそうなソファー、細長い引き出しのついた机、椅子がある。
壁には大型のテレビが取りつけられていて、昔ながらの振り子時計もある。
春馬は机の引き出しを開けようとしたが、カギがかかっていた。
窓には鉄格子がはまっていて、外に出られないようになっている。
「これじゃ、ここから抜けだすのはムリだな」
軽い気持ちで引き受けたが、思っていた以上に厄介のようだ。
参加者は個性が強いし、マギワは変わっているし、怨田と鬼崎は怖い。
それに、1億円を見せられたのにも驚いた。
春馬はリュックを開けて、荷物を確認する。
これは秀介が用意したものなので、なにが入っているのかよく知らない。洗面道具に着替えとお菓子まで入っている。
しかし、かんじんなものがない。
「携帯電話がないぞ」
いくら探しても携帯電話はない。車でとられたんだ。それしか考えられない。
「いやぁん! ここあのスマホがなぁい!」
そのとき、ここあの大きな声が廊下から聞こえてきた。
部屋を出ると、ぬいぐるみを抱いたここあが、泣きそうな顔で立っている。
「ねぇ、いっしょに、ここあのスマホを探して!」
「そう言われても……。ぼくも携帯電話がなくなったんだ」
「ステファニーちゃんの写真がたくさん入っているのよぅ、なくなったら泣いちゃう~」
彼女は春馬の話をぜんぜん、聞いていない。
「スマホ、どこにいったのよぉ」
ここあはしゃがみこんでゆかを探す。
そんなところを探しても、見つからないだろう。
春馬が首をひねっていると、201号室から文子が出てくる。
「紛失物ですか?」
「ぼくの携帯と、ここあさんのスマホがないんだ」
「それでしたら、わたしの携帯もありません。優秀なわたしがおき忘れたとは考えにくいので、車内で奪取されたと考えるのが妥当だと推測できます」
文子の言い方はまどろっこしいが、要するに盗まれたということか。
ほかの参加者にも聞くと、全員の携帯やスマホがなくなっていた。
「みんな、どないした?」
マギワがやってきた。
「携帯電話やスマホがなくなっているんです」
「それなら心配いらん。ウチが預からせてもらってるんや」
「どうしてですか?」と春馬が聞いた。
「これは秘密の集まりや。通報されたらおしまいや。それで、用心のためやね」
「ここあ、スマホがなかったら、生きていけなーい」
「終わったらかえすよって、それまでしんぼうしてや」
ここあはまだ不満そうな顔をしていたが、それ以上のわがままは言わなかった。
「そろそろ昼食の時間や。1階の食堂、デーニングルームに集まってや」
マギワは笑顔で参加者につげた。