3 行成と放課後デート?
「あっ、まなみと若葉じゃん!」
下校中、明るい声に呼ばれて振りかえる。
へそ出しトップスに革のミニスカート+あみタイツ、ゴツめのアクセサリーをたくさんつけた、個性的なファッションの美人が手を振っていた。
この人は、尊の六つ上のお姉さん……
「彩夏(あやか)ちゃん!」
「久しぶり! 二人ともセーラー服似合ってるね」
若葉ちゃんと二人まとめて、彩夏ちゃんにハグされる。香水のニオイにクラッとした。
「最近ぜんぜん家に来ないでしょ。さびしいよー」
「あはは、そういえば行けてないね」
「ま、男子と女子だとずっと仲良しってのもむずかしいかー」
からっと言われたけど、ちょっとショックだった。男子と女子だと、むずかしい……。
「あっ、でも尊、一昨日までまなみのおばあちゃんのとこに、お邪魔(じゃま)してたんだっけ」
「はい、私と行成もいっしょに」
「いいねー、楽しそう」
「でもついさっき尊とケンカした。あいつほんと、デリカシーなさすぎ!」
ぶっちょう面でわたしが言うと、彩夏ちゃんは「あいかわらずだねー」と笑った。
「尊は生意気だけど、テキトーに付きあってやって。もしゼッコウしても、いつでも遊びにきていいからねー」
ポンポンとわたしの背中を軽くたたいてから、さっそうと去っていく彩夏ちゃん。
尊は「クソ姉貴」とか言ってるけど、いつもエネルギーにあふれてて、カッコいいお姉さんなんだよね。
「鈴木が事件にあったのは連休最終日、日曜の午後五時前くらい。彼女とデート中、風ノ宮公園の時計台のあたりを歩いていたら、突然すごいスピードのなにかが鈴木に向かって飛んできて、右腕にビビッと強い痛みを感じたらしい」
火曜日。鈴木くんのお見舞いに行った尊から、事件のくわしい話を聞いた。
鈴木くん、デート中だったんだ……恋人いるとかあこがれる~、とか言ってる場合じゃないか。
「すぐに体が熱く、だるくなって、四十度近い高熱になった。それが一晩続いて、今は三十七度台後半に落ちついてるらしい。ウワサに聞いた通り、体にキズは残ってないけど、痛みを感じた右腕の服の上から、紫のクレヨンのようなもので線が描かれてたって」
紫のクレヨン……?
「直接なぐられたり、切られたりとかじゃなくて、紫の線を付けられたら寝こむっていうなら、やっぱり悪霊(あくりょう)のしわざかもね」
腕組みしながら、若葉ちゃんが言う。
「ここからは新情報。被害者はどうも鈴木だけじゃないらしい」
「えっ、そうなの!?」
「鈴木が襲われる直前、近くいた別の二組の男女のカップルのうち、男の方がつぎつぎにうめき声を上げてたおれたらしい。何が起こったのかビックリしてるヒマもなく、鈴木も襲われたって言ってた」
つまり、襲われた被害者の共通点は、デート中の男性ってこと?
放課後、時計台を中心に、みんなで風ノ宮公園を調べてみる。
だけど、あやしいものは見つからなかった。
まあ、風ノ宮公園ってほとんど森の中にあるような広~い公園だから、調べきれてないところもいっぱいあるんだけど。
事件のウワサが広まってるのか、園内のひとけは少なくて、カップルも見当たらない。
しばらく張りこんでいたけど、なにもヘンなことは起こらなかった。
「指輪は悪霊を呼びよせる、とか言ってたけど、そう簡単には出てこねーか」
「困ったね~。次、どうしよう?」
時計台の前に広がる大きな池をながめながら、ため息をつくわたし。
水中には、立派なコイがたくさん泳いでいるのが見えた。
「捜査(そうさ)の基本は現場と周辺住民への聞きこみだが、公園が広すぎて周りの家は現場から遠いしな」
行成が言うと、若葉ちゃんが「あ。そうか」とパンと両手を合わせた。
「周辺じゃなくて、公園に住んでる人たちに聞けばいいんだよ」
「住んでる人……?」
「正確には人じゃないね」
目をまたたくわたしたちに、ほほ笑む若葉ちゃん。
「ほら、今のわたしたちが話を聞ける相手は、人だけじゃないでしょ」
……なるほど! そういうことか。
「すみませーん。ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど……」

わたしが池に向かって呼びかけると、わらわらとコイが集まってきた。
『なんだい、おじょうちゃん』
「わたしたち、最近このへんに現れるという飛行物体について調べているんですけど……」
『ああ、少し前から出るようになった、あのやたらめったら速いアレか……』
『速すぎて、何度見ても全然わからんよね』
コイたちは興味なさそうに、はなれていく。
残念……全く参考にならなかった。
「カップルが襲われるんだろ? なら、オトリ調査してみるってのはどうだ?」
「アリかも!」
尊のアイディアに、三人とも賛成する。
「じゃあカップル役はオレと──」
尊と目が合って、わたしはプイッと顔をそむけた。
「わたしはイヤだよ。こんなデリカシーのない男子と恋人のフリとか」
ファーストキスのうらみは、そう簡単には消えないんだから!
「は? オレだっておことわり。こんな色気のない女子と歩いてても、恋人に見えないだろうし」
「~~だまれ、こわっぱ!」
「もう、二人ともケンカはやめなよ」
「尊……おまえ、そういうとこだぞ」
若葉ちゃんが間に入って、行成があきれた様子で尊を見る。
「なっ……今のは──」
「俺とまなみが恋人役をしよう。まなみの指輪以外も悪霊を昇天(しょうてん)させられるか、まだはっきりしていないから、まなみはオトリの近くにいたほうがいい」
言いかえそうとする尊をさえぎって、行成が言う。
若葉ちゃんも「そうだね」とうなずいた。
「明日は授業が五時間目までだし、放課後デートってことでいいんじゃない?」
わたしと尊はぶーたれたまま、「「りょーかい」」と答えた。
水曜日、放課後。
わたしは行成と手をつないで、風ノ宮公園の池の周りのお散歩コースを歩いていた。
「なんかこうしてると、幼稚園のころを思いだすね」
「たしかに……まなみは運動能力のわりに尊と無茶しがちだったから、いつも若葉がハラハラしてたな」
「そうだったかも。若葉ちゃんはあのころから、みんなのお姉ちゃんって感じだったもんね。行成はいつもどっしりかまえてた気がする」
「……まなみが木から落ちて骨折した時は、心臓が止まるかと思ったけどな。あの時は尊もかなり落ちこんでたっけ」
「あー、尊にさそわれて高いとこまで登ったからね」
ボロボロなみだをこぼしながら、何度も「ごめん」って謝ってた尊の顔を思いだして、なつかしくなる。
尊があんなに泣くのを見たのは、二回だけだな……。
ちなみに今、尊と若葉ちゃんは少し離れた茂みから、わたしたちを見守ってる。
チーム㋐(マルア)を作って、また四人でいっしょに過ごす時間が増えてきたのは、ちょっとうれしいかも。
──「男子と女子だとずっと仲良しってのもむずかしいかー」
ふいに、彩夏ちゃんの言葉が頭をよぎった。
──「好きです! 私を神崎くんの彼女にしてください!」
……尊、あんなこと言われても、ほとんど動揺してなかったよね。
それに、淡々として、落ちついていて、今まで見たことない顔をしてた。
わたしが知らないところで、何度も告白されてるのかな……?
尊とは、赤ちゃんのころからの付きあいで。
無意識に、なんでも知ってるようなつもりになってたから、けっこうショックだった。
尊に彼女ができるとか、想像したことなかったけど……もしかしたら、時間の問題かも?
そうなったら、今以上にいっしょに過ごす時間はなくなるんだろうな……。
彼女からしたら、自分以外の女子には近づいてほしくないって思うはずだし……。
想像すると、さびしくて、胸がモヤモヤしてきた。
「まなみ、どうした?」
「……変わっていくのはイヤだな。ずっと、みんなでいたいのに……」
歩みを止めて、わたしがそう言うと、行成は少し目を見はってから、わたしの手を引いた。
「座るか」
そばにあったベンチに、ならんで腰を下ろす。
池の水面が、日光を反射してキラキラ輝いていた。
「何かあったのか?」
「ん~、まあ、いろいろ……」
尊は友だちがたくさんいるけど、一番の親友は行成だ。
でも、告白とかプライベートなことは、いくら行成にでも勝手に話さないほうがいいよね。
言葉をにごすと、行成もそれ以上は聞こうとせずに「そうか」とうなずいた。
「……俺も前、親から『いつまでも仲良しこよしというわけにはいかない』って言われたな」
「あ……もしかして、中学受験の時?」
今鷹家(いまたかけ)のお手伝いさんから、教えてもらったことがあった。
行成の両親は行成に、私立の名門校に行ってほしかったんだって。
合格できる学力はあったらしい。だけど、行成はお父さんたちを説得して、地元の中学校に行くことにしたんだって……わたしたちと、はなれたくないから。
本人は「勉強はどこでもできるし、通学時間がかかるのがイヤだった」って言ってたけど……。
今も行成はわたしの質問には「さあ」とだけ答えて、話を続ける。
「『成長とともに環境(かんきょう)も付きあう人も変わっていくもので、それが当たり前だ』とも言われた。そういうことも多いんだろうけど……俺は、そういう〈当たり前〉に従うつもりはない」
行成……。
「そんなことを言いながら、しばらくはまなみたちとまともに話せてなかったけどな。田舎にさそってもらって、またこうして集まるようになると、やっぱりいいなって思った。……事件が全部解決しても、こういう時間は作っていきたいよな」
やわらいだ表情でそう言われて、すごくうれしくなった。
「うん! わたしも同じこと思ってたよ」
「……成長ってのは変化することだから、どうしたって子どものころと同じままってわけにはいかないし、当たり前にそばにいることはできなくなる。だけど、ずっと変わらないものもきっとある。だからさ……自分がどうしたいか、何が大事かってことを忘れなければ、変わることをこわがらなくてもいいんじゃないか?」
「…………うん」
淡々(たんたん)と、でも優しい眼差(まなざ)しでつむがれる言葉たちは、じんわり心にしみこんでいった。
ずっとみんなでいたいって、そう思ってるのは、わたしだけじゃないんだ……。
「そうだね!」と勢いをつけて、ベンチから立ちあがる。
「ありがとう、行成」
笑顔になったわたしに、行成もほほ笑みを浮かべて腰を上げる。
「たとえ他に恋人ができても、大切な存在ってのは変わらないよね」
「………………そうだな」
あれ? なんか今、みょうな間があった?
「え、恋人ができると、やっぱり幼なじみなんてどうでもよくなる!?」
「いや、そんなことはない。行こう」
そこはきっぱり否定すると、手を差しだす行成。
また歩きだしてしばらくして、横からぼそりとつぶやきが聞こえた。
「……あいつもあんな態度じゃ伝わらないよな……」
「なんの話?」
「なんでもない」
首をかしげるわたしに、行成はそっけなく答えてから、小さくため息をもらした。
第4回へつづく(5月2日予定)

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