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ものがたり

『ふしぎアイテム博物館』先行ためし読み連載 第2回 計算鬼②


* * * * * * *

 

 それから、わたしは計算鬼の力をフルに活用した。

 算数の授業で当てられても、宿題をたくさん出されても、もうおそれることはなかった。

 そしてもちろん、テストのときも。

「すごいじゃないの南原さん!」

 ある日。クラスでただひとり、抜き打ちテストで百点満点を取ったわたしを、先生は絶賛してくれた。

「また有理!?」「いったいどうやって?」「ぜんぜん勉強してるように見えないのに!」

 ざわつくクラスメイトたち。

 そう、正解!

 まったく勉強なんかしてない!

 わたしはただ、計算鬼にだけ聞こえるように、テスト問題をささやいただけ。

 二桁の割り算も、面積も、角度も、折れ線グラフも、中学受験レベルの難問だって、計算鬼は完璧に計算をして、わたしにコッソリ教えてくれる。

 いつしかわたしは、クラスメイトたちから尊敬されるようになった。

 それは、算数の成績がトップになったからじゃない。

 計算鬼によって、わたしがあらゆる情報を、だれよりもはやく手に入れているからだった。

 空を見せれば降水確率を、献立(こんだて)を見せればカロリー合計を、人を見せれば何歳かを、計算鬼は一瞬で計算してくれたんだ。

 完璧な計算は、完璧な数字をくれる。完璧な数字とは、信頼できるたしかな情報!

 まさか計算鬼が、こんなに便利なものだとは!

 カロリーが意外と高い食べ物を知っていたり、テレビの天気予報よりも正確に天気を言い当てたりしたわたしは、勉強以外でも注目されるようになった。



 ――お殿様などの数々の支配者が使ってきた、歴史あるアイテムよ。

 館長さんの言葉はほんとうだった。

 きっとお殿様も、計算鬼を使って、人々から尊敬されていたんだろうな。

 計算鬼を、手放したくない。

 いつしか、わたしの心に、そんな気持ちが芽生えていた。


* * * * * * *


 ある日の放課後。

 考えごとをしながら、夕暮れの薄暗い道を、わたしはひとり下校していた。

 メイさんと約束した一ヶ月まで、あともう少し。

 どうにかして、貸し出し期間を延長してもらえないかな。はじめにそう考えた。

 どうにかして、計算鬼をもらえないかな。次にこう考えた。

 どうにかして、計算鬼を返さずにすむ方法はないかな。最後には、こう考えていた。

 アイテムは人に使われてこそ、館長さんもそう言っていたじゃないか。

 だから、わたしがずっと使えばいい。

 そうだ。わたしが授業準備室に近づかなければ、返さなくてすむのでは?

 ……いや、でも、メイさんのほうから、計算鬼を回収しに来ちゃうよね。

 博物館にはたくさんのアイテムがある。わたしの居場所を探すアイテムだってきっとある。

 やっぱり、もらえるように説得する作戦で行こう。

 うん。大丈夫、わたしには計算鬼がある。

 計算鬼が、作戦の成功確率を教えてくれる。

 作戦を練るために、はやく家に帰りたくなったわたしは、近道をすることにした。

 通学路を外れて、雑木林をつっ切る。

「うん?」

 木々の間を抜ける途中、一瞬、なにか見えたような。

 立ち止まって、そちらをじっと見る。

「あっ」

 一本の古い木の幹に、計算式が書かれていた。

 いや、書かれていたっていうか、刻まれていたが正しい。

 木の幹に、彫刻刀かなにかで、1=1+3と刻まれている。



「いや、まちがってるし」

 4でしょ、4。それに、なんで1=からはじめるんだろ。ふつう1+3=でしょ?

「ねえ計算鬼、まちがってるよね?」

 ポケットから計算鬼を取り出し、計算式を見せる。

 でも、計算鬼はなにも言わずだまっている。

「計算鬼? どうしたの? ほら、この計算式、答えは4だよね?」

 やっぱり、計算鬼はなにも言わない。

 え? まさか故障? こんな幼稚園レベルの計算ができないなんて。

 もう一度、計算鬼に問いかけようとした、そのときだった。

 ふいに、視線を感じた。

 なにかが、わたしを、見てる。


 ガサッ、ガサッ。


 そして聞こえる、草や葉っぱがゆれる音。


 ガサッ、ガサガサガサッ。


 なにか、大きなものが、動く音。

「だ、だれかいるの?」

 辺りをキョロキョロうかがっても、視線の正体は見つからない。

 それでも、確実に、なにか、いる。

 なにかが、じっと、わたしを、見てる。

 背中に、ゾッと寒気が走った。

 帰ろう。帰らなきゃ。ここから、いますぐ、はなれなきゃ。

 そう思って、視線をもどす。


「ひぃっ」


 わたしの口から、悲鳴がもれた。

 だって、目の前に、バケモノがいたから。

 ……いや、ちがう。

 バケモノじゃない。イノシシだ。バケモノかと思うくらいデカい、巨大イノシシ。

 よく見ればイノシシの足元には、お菓子の袋が散らばっている。

 ――そうですね、すぐ帰ります。最近、なんだか物騒ですし。

 ――物騒?

 ――わたしの近所で、建物の壁が壊されたり、窓が割られたり、ゴミ箱が荒らされたり、物騒な事件がつづいてるんです。

 よみがえる、あの日の会話。

 もしかして、みんな、イノシシのシワザだったの?

 「プギィィィィッッッ!!!!!!!!!!!!」

 毛を逆立てながら、イノシシは鳴く。

 威嚇(いかく)するように、鋭いキバをむき出しにする。

「や、やだっ。助けてっ」

 恐怖で、足が、動かない。

「だめっ。来ないでっ」

 イノシシが、ゆっくり、こちらに迫る。

「そんなっ。やだっ」

 足、お願い、足、動いてっ!

「逃、逃げっ」

 はやく、はやくっ、逃げなきゃ――あ。

 そうか。そうだったんだ。

 イノシシが、わたしに向かって飛びかかる、その寸前。

 わたしは1=1+3の、ほんとうの意味に気づいた。




<第3回へつづく> 4月16日公開予定



『ふしぎアイテム博物館』は4月10日(水)発売予定!


作: 星奈 さき 絵: Lyon

定価
792円(本体720円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046323019

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