
『ふしぎアイテム博物館』に迷い込んだ有理さん。
やさしそうな「助手」のメイに声をかけられて、
この博物館の館長さんに会うことになったけど――?
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第1話 計算鬼②
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メイさんに案内されて、わたしは博物館の奥へ奥へと入っていった。
やがてたどり着いたのは、金色の飾りがちりばめられた、それはそれは立派な扉の前。
「ごきげんよう」
扉を開け、部屋の中に入ったとたん、声をかけられる。
「ようこそ、私の博物館へ」
声の主は、美少女だった。
宇宙のような黒髪に、雪のような白い肌、宝石のように輝く目。
そんな圧倒的な美少女が、ソファーの上で優雅にくつろいでいる。
「私の名前は、宝野(たからの)ヤカタ。ふしぎアイテム博物館の館長よ」
館長さんの見た目は、中学生くらいにしか見えない。
でも、わたしは、目の前にいる美少女が館長なのだと、すんなり納得してしまう。
だって、あまりにもこの美少女が、博物館の雰囲気になじんでいたから。
館長さんは黒いドレスを着ていた。
ダークな雰囲気をかもしつつ、ゴージャスな華やかさもあって。
美しい顔と合わさって、まるで物語の世界から抜け出してきたお姫さまのよう。
ふつうじゃない博物館には、これくらいふつうじゃない館長がいて、当然とさえ思った。

「ひさしぶりのお客さまね。お名前を聞いてもいいかしら?」
わたしがソファーに座るのをまってから、館長さんは言った。
「あ、えっと、南原有理(なんばら ゆり)、です」
「南原、有理……すてきな名前だわ」
そう言って、館長さんはほほえんだ。
わたしはその美しい笑みを見て、なぜか、おちつかない気持ちになった。
どうしてだろう。
ほめてくれたのに、笑いかけてくれたのに、この人に名前を知られるべきじゃなかった――そんな気持ちになるなんて。
「緊張しなくていいのよ有理さん」
「あっ、いや、緊張なんて――」
「名前なんて、しょせんは飾りなのだから」
「っ!」
どうして、この人……!
館長さんは、もう一度ほほえんだ。こわいぐらいに、美しい笑みで。
「ねえヤカタさまっ」
とメイさんが言う。
「そろそろ本題に入れば? 有理ちゃんだってヒマじゃないだろうし」
「ふうん? 私はけっこうヒマよ?」
「ヤカタさま~っ?」
「はいはい。わかったわ。私の助手はいつも正しい」
メイさんにジト~ッとにらまれ、館長さんは参りましたと手を上げる。
「さて。さてさてのさて。メイの言うとおり、本題に入りましょう。私だって、その話をしたくなかったわけではないわ。ただ、楽しみは最後に取っておきたかったの」
本題? 楽しみ? いったい、なに?
「ねえ、有理さん」
「は、はい……なんですか」
「ふしぎアイテム博物館のアイテムたちを見て、あなたはどう思ったのかしら」
「どうって、えっと、その名のとおりフシギだなって……」
「それだけ?」
館長さんの大きな目が、わたしをのぞきこむ。
その瞬間、体がゾクっと震えた。電気のようななにかが、全身を走った。
「ほんとうに、それだけかしら?」
大きな大きな、見ているこっちが吸いこまれそうになる目。
「……それだけじゃなくて、その、ウソとは、思えませんでした」
その目に見つられると、なぜか勝手に口が動いた。
「無視されるメガネとか、貯金できるハサミなんて、ありえないのに。でも、展示されたアイテムたちを見ていたら、ウソとは、ぜんぜん、思えなくて……」
「うれしいわ。それだけ、私のコレクションしたアイテムたちが、魅力を放っていたのね?」
わたしはうなずいた。それを見て、館長さんも満足げにうなずいた。
「ねえ有理さん。あなたに博物館のアイテムを貸してあげる」
「え?」
思ってもみない言葉だった。
「わたしに、貸す? どうして、ですか?」
「私ね、思うのよ。アイテムは使われてこそだって。人が使うためのアイテムなのだから、アイテムの真の価値は、使ってみないと発揮されない。どう? ちがうかしら?」
「それは、そうかもですけど……」
「せっかくのすごいアイテムなのに、ただ飾っているだけなんてもったいないわ。アイテムの魅力がわかる有理さんに、私の愛しいアイテムをぜひ使ってほしいの。ねえ、有理さん、なにかこまっていることはない? 悩みの一つや二つ、あるでしょう?」
「それは……」
頭の中に、算数のテストが浮かぶ。
「あるのね? なら、話して」
館長さんは、グッとこちらに身を乗り出す。
「有理さん、話して」
館長さんの瞳に、わたしが映る。
まただ。その大きな目に見つめられると、ゾクゾクっと体が震える。
「わたし、算数が、苦手で……」
わたしはいつの間にか、悩みを打ち明けていた。
「テストも、ぜんぜんできなくて、お母さんには怒られて……だけど勉強する気もなくて……」
「ねえ有理さん、あなた運がいいわ。とっておきのアイテムがあるの。メイ、あれを持ってきて。わかるでしょう?」
「りょーかいっ」
メイさんは部屋を出て、そしてすぐにもどってきた。その手に、なにかを持ちながら。
館長さんはそのなにかを受けとり、わたしの前に差し出す。
それは、スマホサイズの電卓だった。でも、ただの電卓じゃない。キバとツノが生えた、鬼の顔が描かれている。

「どうぞ有理さん。計算鬼(けいさんき)よ」
「計算機?」
「いいえ、計算鬼。計算をする鬼。ありとあらゆる計算を完璧にこなして、あなたに教えてくれる鬼。このアイテムがあれば、もう算数のことで悩まずにすむわ」
ウソだとは、思えなかった。
ほかの展示物と同じように、計算鬼には独特のオーラがあった。
「館長さん、ありがとう、ございます」
気づけば、わたしは計算鬼を握りしめていた。
「どういたしまして。これはね、元々はそろばんだったのよ。でも、時が経つにつれて、いまの電卓の形になったの。お殿様などの数々の支配者が使ってきた、歴史あるアイテムよ。大事(だいじ)にしなきゃ大事(おおごと)ね」
「……あの、館長さん、一つ聞いていいですか?」
「なにかしら?」
「えっと、館長さんて、中学生ぐらいですよね? メイさんも若いし、だから、その……」
「私とメイが、何者なのかってこと?」
わたしはうなずく。
「うふふ。うふふふふふふふふふふふっ」
館長さんは笑う。
上品で、きれいで、でもそれ以上に〝なにか〟が隠された、ミステリアスな笑み。
「ねえ有理さん、そんなことどうでもいいと思わない? 私は、私。メイは、メイ。それ以上でも、それ以下でもないわ。大切なのは、私はアイテムを貸したくて、あなたもそれを望んでる、その事実じゃないかしら?」
なにかを、はぐらかされた気がした。
でも、たしかにわたしは、計算鬼を望んでいる。
たとえ、館長さんが何者であろうと。
「それではごきげんよう有理さん。計算鬼を使ってみた感想を、いまから楽しみにしているわ」
やがて、そんな言葉を背に受けながら、わたしは館長室を出た。
* * * * * * *
「その扉から出れば、有理ちゃんがいた場所にもどれるからね」
博物館へと通じていた扉までお見送りしてくれたメイさんが言う。
「アイテムを返すときは、もう一度同じ扉を開けるといいよ。貸し出し期間は……うん、一ヶ月でどう?」
わたしはうなずいた。それだけあれば、次のテストに間に合う。
「それでは、メイさん、いろいろ、ありがとうございました」
「こちらこそ、ヤカタさまのワガママに付き合ってくれてありがとう。ずいぶん長く引き留めちゃったね」
「そうですね、すぐ帰ります。最近、なんだか物騒ですし」
「物騒?」
「わたしの近所で、建物の壁が壊されたり、窓ガラスが割られたり、ゴミ箱が荒らされたり、物騒な事件がつづいてるんです」
そもそも、わたしの住んでるところって山の近くで、夜道は真っ暗になっちゃうから危ないんだ。
「ねえ有理ちゃん」
わたしが扉のノブをつかんだ瞬間、後ろからメイさんの声が聞こえた。
「わたしはヤカタさまの助手だから、こんなことは言わないほうがいいんだけど、でも、一つだけ言わせて。どんなに便利なアイテムも、決して万能じゃない。アイテムを頼るのはいいけど、アイテムに頼りすぎちゃダメだよ」
こんなことは言わないほうがいい? なんで言わないほうがいいんだろ?
意味はよくわからなかったけど、とりあえず「はい」とうなずく。
それから、もう一度お礼を言って、わたしは扉を開ける。
扉の先にあったのは、見慣れた校舎の廊下だった。
……うん。無事に、もどって来られたみたい。
ふり返っても、メイさんはいない。
わたしの目に映るのは、授業で使われる備品が置かれた、授業準備室の光景だけ。
夢だったのかな、一瞬そう思う。でも上着のポケットにはちゃんと、計算鬼が入っていた。
「70mのリボンから14.3mと23.6mのリボンを切り取りました。残りは何mですか?」
わたしは小声でたずねた。
すると、ポケットに入れた計算鬼も、小声で『32.1m』と答える。
やっぱり、ほんとうだった。
館長さんの言っていたことは、ほんとうだった。
博物館のアイテムを見て、本物だと思ったわたしの気持ちも、まちがってなかった!
これさえあれば、わたしはもう、算数で悩まなくてすむ……!
興奮したわたしは、ポケットの上から、計算鬼をギュッと握りしめた。
興奮しすぎて、DVDを授業準備室にもどすのを忘れていることに気づいたのは、家に帰ってからのことだった。