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※本記事内に出てくる「謎」の文字は、正しくは「二点しんにょう」
「謎解きカフェ」にお客さん。なにやら手紙を持ってきたみたい……。
※第1~2回を読む
2. たんじょうびにほしいもの
【問題編】
「孫からこんな手紙が来てね」
そう言って『カフェ・スカーレット』に飛び込んできたのは、安藤さん——シャーロック・ホームズ好きな、ご近所の時計屋さん——だった。
六時半のオーダーストップまであと少し。カフェは空いていて、テーブル席に二、三組のお客さんがいるだけだ。
「へえ、お孫さんから。よかったですねえ」
ドリッパーとポットにお湯を注いで温めながらパパが言う。安藤さんは常連さんで、いつも浅煎りのブレンドコーヒーを飲む。
「いやあ、それがね、さっぱり訳がわからないんだよ」
カウンター席に座った安藤さんは、なぜか困り顔で肩をガックリと落としている。お孫さんから手紙が来たら、普通はうれしいと思うんだけどな。
「あ、安藤さん、こんばんは」
客席から食器を下げてきたリンが(どうしたの?)という顔でこっちを見る。私は肩をすくめてみせる。
ママは用事で出掛けていて、シロちゃんもバイトの日じゃないから、本日のカフェのスタッフは、私とパパと、めずらしく部活がなくて早く帰ってきたリンの三人だ。
「わからないって、何がですか?」
パパが尋ねると、「これなんだけど」と、安藤さんは封筒の中からもう一枚、サイズが一回り小さい封筒を取り出した。
「お、封筒の中からまた封筒が。なんだか謎めいていていいですねえ」
パパの声がちょっと弾む。
外側の封筒には大人の人——多分安藤さんの娘さんの字で、宛名と差出人の住所と名前が書いてあるだけ。とくに変わった様子はない。
内側の封筒には、
「おじいちゃんへ
たん生日にほしいものだよ
さなより」
と、小さい子が一生懸命書いたらしい濃い鉛筆の字がある。
封筒は二つとも縦長で、よく見る白い無地の定型サイズのものだ。
「さなは北海道に住んでいる下の娘の子で、来週八つになるんだ」
「来週? なら急いでプレゼントを送らないと」
カウンターの内側の私に食器を渡しながらリンが言う。
「そうなんだ。去年までは今頃の時期に電話がかかってきて、人形だの文房具だの、欲しいものを教えてくれたから、誕生日に間に合うように送ってたんだが、今年はこんな手紙が来て……」
「何がほしいって書いてあるの?」
「それが、わからないんだ」
安藤さんは内側の封筒から、四つ折りにされた便箋を取り出し、カウンターの上に広げた。小さな女の子が好きそうなイチゴの模様の便箋に書かれた文章をリンが読み上げる。
「おじいちゃん、お元気ですか? さなもパピコもパパとママも、とっても元気です。このあいだのみかづきのばんに、にがいチョコレートを食べたよ。パパはいねむりぼうしになるねと言ってから、コーヒーものみました。わたしはよるはねむくてもいいと思うけど。がっこうの遠足で五月二十二日にほし山動物園に行って、やまあらしと、かわうそを見ました。かわいかったよ。カピバラもいました。」
「え、これだけ?」
リンが目を丸くする。便箋を裏返しても他には何も書いてない。リンはカウンターの内側の私とパパにもよく見えるように、便箋をこちら向きに置いてくれる。
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「そうなんだよ。これしか入ってないんだ」
安藤さんが封筒を逆さまにして振ってみせる。
「おじいちゃんはミステリー好きだって、娘がさなに話したらしくて、だから、多分謎解きになってるんじゃないかと思うんだが、ヒントも見当たらんし、正直さっぱりわからん」
「お待たせしました」
パパが淹れたてのコーヒーを安藤さんの前に置いてから、「パピコっていうのは?」と尋ねた。
「娘たちが飼ってる犬だな。柴犬ぽい雑種の」
「犬、ヤマアラシ、カワウソ、カピバラ、この短い文の中に動物が四種類もいる」
リンが指を折って数える。
「犬以外はみんな齧歯類?」
「いや、カワウソは食肉目イタチ科だよ」と、博学なパパ。
「ふーん、だけど割と地味な感じの動物ばっかり。さなちゃん、ライオンとかゾウとか好きじゃないのかな?」
リンの疑問に、「この星山動物園ってわりと小さなところで、あんまり大型の動物はいないんだよ」と安藤さんが答える。
「ああ、でも前にぬいぐるみをねだられた時も、オオアリクイのが欲しいって言われて探すのに苦労したなあ」
「じゃあ、今回もカピバラのぬいぐるみが欲しいとか?」
リンったら、適当なことを。
「いや、違うだろう。そんなの謎解きでもなんでもない」
パパが首を振る。
そうだよね、この手紙にはきっと何かが隠されている。
私は食器を洗いながら、封筒と便箋とそこに書かれた文字を眺めた。ところどころに消しゴムの跡があり、苦労して書いたのがよくわかる。
さなちゃんは、この手紙で何を伝えようとしてるんだろう? 小さい子がこんなにがんばって書いたんだから、解いてあげなくちゃ。
「でもさ、さなちゃんには謎なんてまだ作れないんじゃないかなあ。ほら、自分のこと『さな』って言ったり『わたし』って言ったりしてバラバラだし、『動物園』なんて難しい漢字をちゃんと書いてるかと思うと、『みかづき』『がっこう』『ほし』とかは平仮名で書いてるし。まだ八歳——小学二年生じゃ、仕方ないと思うけど」
リンがそう指摘する。
確かにその通りだ。だけど、きっとそれはこの謎を作るために必要な……。
あ、そうか!
私はあることを思いつき、首を伸ばして、もう一度手紙の文字をよく見た。ええと、うん、やっぱりそうだ。だけど、洗い物しながらだと解くのが難しいな。
「そうだなあ、リンちゃんの言う通りかもしれない」
安藤さんがため息をつく。
「仕方ない、さなに降参だって電話して、答えを教えてもらおう」
「ちょっと待って!」
私は、あわてて安藤さんを止めた。まだちゃんと解けてないけど、さなちゃんの書いたその手紙は、ちゃんと立派な謎になってるし、ヒントだってあるよ。
「あのね……」
洗い終わったカップをラックに伏せ、手を拭いてから、私は便箋を指差した。
「え、これだけ?」そう、これだけのヒントで、アイは謎を解いちゃいます。
解決編は、4月27日(木)公開!