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明るくてクラスの人気者の沙耶が、唯一本音を話せるのは人気配信者・ヒカリの前だけ。ある日、クラスメイトの有馬に「嘘っぽい笑顔」と言われ傷つくが、彼の抱える事情を知り少しずつ関係が変わっていき――。
『星がふる夜、きみの声をきかせて』特別ためしよみ連載第5回スタート!
※これまでのお話はコチラから
1.眠れない夜の星―5
3
「ストップ、ストップ」
音楽が止んだ。
「さっきの振り付け、間違ってる人がいる。右手が先だよ!」
体育祭実行委員の沢(さわ)ちゃんが叫んだ。
放課後の教室、体育祭の応援合戦で披露するダンスの練習をしている。
体育祭は五月の第三週。この間入学式が終わったばかりなのに、もう体育祭だなんて早すぎる。
「このへんでちょっと休憩しよっか」
沢ちゃんが言った。わたしはまゆりたちと輪になって座り、水筒のお茶を飲んだ。ほかのみんなも、めいめいに休憩したりおしゃべりしたりしている。
「ダンス、難しくない? 手の動きとかけっこう細かいし」
と、香菜(かな)。まゆりもうなずいた。
「わたし運動神経悪いから、体がついていかない~」
「じゃあわたしが教えるよ、まゆり。肩の動きは、こう!」
わたしは立ち上がって、適当にゆらゆら踊り始めた。香菜も千夏(ちなつ)も吹き出した。
「なにその動き~。オリジナルすぎ」
そばで輪になっていた男子たちも、
「宮村(みやむら)、ウケる。おれらが三年になったらおまえが振り付けすれば?」
とからから笑った。
「いいよ~。でも、わたしの才能に、みんなついてこれるかな?」
そうこたえると、みんなひときわ大きく笑った。
体育祭の目玉は、ハデハデな応援合戦らしい。わたしも去年の動画を見せてもらったけど、迫力たっぷりの演舞や、躍動感あふれるダンスはレベルが高かった。
でも、とにかく時間がない。あと三週間で、三年生の応援団の人たちが作った振り付けを覚えて、完璧に踊れるようになって、しかも衣装や小道具も手作りしなきゃいけない。
基本、放課後は毎日練習か作業。部活に入っている人も、なんとか時間をやりくりして参加している。ん、だけど……。
「ってか、有馬(ありま)、今日もいねーの?」
さっきまで明るく笑っていた男子のひとりが、急に声をひそめた。
「一回も練習参加してねーよな? 部活忙しいとか?」
「あいつ帰宅部のはずだけど」
「は?」
「つーか協調性なさすぎじゃね? おれらが話しかけてもうんともすんとも言わねーし。スルーされたこっちがバカみてーだよ」
男子たちはぶつぶつ文句を言い始めた。文句っていうか、悪口じゃん。
なんか、こういうの、嫌だ。たしかにわたしも有馬くんに冷たい態度をとられたことはあるけど、本人に言うんじゃなくて陰で文句言うのは、ちがう。
むっとした気持ちが顔に出ないように、あえて笑顔を作り、
「まあまあ。なにか事情があるのかもしれないよ」
と、やんわりとたしなめる。すると千夏が、
「ほんとに沙耶(さや)はいい子だね~。サボリくんのことかばうなんてさ」
と、わたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「べつにそんなんじゃないよ」
どんな顔していいかわかんなくて、とりあえず笑った。
かばうとか、そういうんじゃなくって。ただ、クラスの誰かが陰でごちゃごちゃ悪口言われてるって状況が好きじゃないだけ。
「そろそろ練習再開するよ~」
沢ちゃんが叫ぶ。
それで、この話はここで途切れた。
有馬くん、危なっかしいな。このままじゃますますクラスで孤立してしまうよ。
こういう時、どうしたらいいんだろう。ヒカリに相談してみようか。そんな考えがちらりと浮かんだけど、すぐに否定した。
最近、ヒカリの配信がない。
途切れるかもしれない、と本人が前に言っていた通り、週末の夜にもヒカリは現れなくなった。
きっと、プライベートが本格的に忙しくなったんだ。
ヒカリにも自分の生活があるんだから、声が聴きたいなんてぜいたく言っちゃけないってわかってる。それでもさびしい。
妄想の中のヒカリが、「待っててね。すぐ戻ってくるから」って、わたしににっこりと笑いかける。
ため息がこぼれる。ヒカリのプライベートって、いったいどんな感じなんだろう。
次の日の放課後。
ダンスはおのおの自主練するってことで、今日はダンス衣装の準備にとりかかることになった。デザインは先輩たちが決めている。この前見本を見せてもらった。女子も男子も、プルオーバーとパンツだ。かんたんな作りだって聞いたけど、裁縫が苦手なわたしにとっては難易度高い……。
「型紙もあります~! 生地も、三年応援団の先輩から配布してもらいました。基本、自分の衣装は自分で縫って管理してくださいね!」
教卓の前で、沢ちゃんが生地を広げている。鮮やかなブルーのサテン。うちのクラスは青団だ。
「とりあえず一人分ずつ切った布を配るんで、今日中に型紙写しちゃってください! 布が足りなくなったら言ってね」
「布に型紙写すってどうやんの?」
「ってかサイズはー? 型紙何枚あんのー?」
一気に、がやがやと騒がしくなった。
「……あ」
喧騒の中、有馬くんが教室をすっと抜け出すのが見えた。
「沙耶?」
まゆりが小さく首をかしげる。
「ごめん。すぐ戻るから」
有馬くんを追って、わたしも教室を出た。
廊下の真ん中を歩いている、有馬くんの後ろ姿を追いかける。
有馬くんの背中はまっすぐに伸びている。まるで武道をやっている人みたいにぴんと姿勢が良くて、どこか凛とした空気をまとっていた。
そういうところが、まるで他人を拒絶しているみたいに見えるのかもしれない。
「有馬くんっ」
叫ぶと、有馬くんはぴたっと歩を止めた。ゆっくりと振り返る。
「……なに?」
「え、えっと」
お、怒ってる? 声が低くて、ぴりついているような感じがする。
ヒカリと声が似てる気がしなくもないけど、やっぱりちがう。ヒカリの声にはトゲなんて生えてない。
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「あの。体育祭の準備だけど……。参加、したほうがいいんじゃないかなって」
有馬くんはなにも答えない。顔色もよくないし、なんだか少し疲れているように見える。
「その、練習とか、一度も来てないじゃん? 体調が悪いとか、ほかにもなにか事情があるんだったら、ちゃんとみんなに言ったほうがいいよ」
「なんで?」
「なんで、って……」
まさか悪口言われてるからだなんて、言えない。
「え、えっと。はじめてのおっきな行事だし、クラスみんなで団結して協力し合わなきゃいけないじゃん? だからその」
「和を乱すようなこと、すんなって?」
「み、乱すっていうか。あっ、もしかして、『みんないっしょに』練習するとか、そういう空気が苦手なの? だったらわたしがみんなに適当に言い訳作って言っておこうか」
「いいよ、そんなことしなくて」
有馬くんは小さくため息をついた。
さらりとした長めの前髪の奥の、切れ長の目が、気怠そうにわたしを見つめる。
「お、おせっかい、だよね……」
「まあな」
猛烈に、声をかけたことを後悔していた。うつむいて、自分のつま先を見つめる。
「おれのことはほうっておいてくれていいから。誰に悪口言われたって知らねえよ」
「し、知らないはないんじゃない!?」
わたしは顔を上げた。
「なんでそんなに投げやりになってんの!? まだ高校生活はじまったばっかりなのに、そんな態度じゃもったいないよ。もっと笑って、自分からみんなの輪の中に入っていくとか……」
「あのさ」
有馬くんはわたしの話を、うざったそうにさえぎった。
「おれはみんなの輪の中に入ろうなんて思ってねーから」
「でも」
「笑うなんて無理。あんたみたいに、嘘っぽい笑顔なんか作れない」
嘘っぽい、笑顔。
まさか有馬くんに図星を突かれるなんて。
動けないわたしを置いて、有馬くんは去っていった。
第6回へつづく(12月11日公開予定)
『星がふる夜、きみの声をきかせて』は2023年12月13日(水)発売!
沙耶がただひとり本当の自分でいられる相手って――。
共感とときめきMAXの恋愛ストーリーをお楽しみに‼