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明るくてクラスの人気者の沙耶が、唯一本音を話せるのは人気配信者・ヒカリの前だけ。ある日、クラスメイトの有馬に「嘘っぽい笑顔」と言われ傷つくが、彼の抱える事情を知り少しずつ関係が変わっていき――。
『星がふる夜、きみの声をきかせて』特別ためしよみ連載第6回スタート!
※これまでのお話はコチラから
2.こんな自分、嫌いだよ
1
そして、体育祭。
個人競技はもちろんのこと、リレーや応援合戦もみんな全力を尽くし、わが青団はみごと優勝した。
ただ、有馬(ありま)くんは……。
衣装はなんとか作ったものの、練習には必要最低限しか参加せず、クラスのみんなとの溝は埋められないままだった。
「一年四組、集まって!」
青団フラッグの前で沢(さわ)ちゃんが呼んでいる。流行りのアニメのイラストが描かれた大きなフラッグ。男子四人がフラッグを広げ、その前にみんなが並ぶ。
「三、二、一、はい!」
カメラを構えた先生が掛け声をかけ、シャッターを切った。大きなイベントが終わった高揚感で、みんなテンション高い。
後片付けを終え、いったん教室に戻り、そして解散。とはいえ、みんなまだ教室に残ってわいわい盛り上がっている。
「打ち上げしようぜ~! 夕方からカラオケの予約入れるけど、行く人~!」
目立つグループの男子、東(ひがし)くんがさっそく声をあげた。
「行く行く~!」
つぎつぎと、みんな手を挙げる。
「うわ、ほぼほぼ全員じゃん。どうする? 行く?」
香菜(かな)と千夏(ちなつ)に聞かれて、わたしはうなずいた。
「もちろん」
「沙耶(さや)が行くならわたしも行こうかな」
と、まゆり。
四人でしゃべっていると、教室後ろのドアからそっと出ていく背中が見えた。
有馬(ありま)くん。やっぱり打ち上げには行かないつもりなのかな。
誘おうかと思ったけど、このあいだつっぱねられたことを思い出して、ためらってしまう。
嘘っぽい笑顔、か……。
あの時言われた言葉は、まだ胸に深く刺さっている。
同じクラスということ以外、全然関わりのない人に、見抜かれてしまった。
いつも無理して笑顔を作っていることを。
いったん帰宅してシャワーを浴び、着替えた後、学校近くのカラオケボックスに集合した。
カラオケのあとは焼肉に行くらしく、東くんはもう予約してしまっているとのこと。
「なに歌う~?」
わたしはまゆりたちと身を寄せ合いながら、タッチパネルを操作した。
もう東くんたちは歌いはじめている。
「ってか声でかすぎ」
千夏が苦笑すると、香菜が、
「千夏も負けてないっしょ。ほら、これ歌いなよ」
と、勝手に曲を入れた。
「これめっちゃ難しいじゃん! 沙耶、いっしょに歌おうよ~」
千夏に泣きつかれて、わたしは、
「いいよ~。サビしか知らないけど」
と笑った。
クラスのみんなで学校外で遊ぶのははじめてだし、香菜や千夏とだってそうだ。楽しくて、サビしか知らない難曲もノリノリで歌った。
しばらくたった頃、自分のスマホを見ていたまゆりが、
「カズくん、こっち合流したいって言ってるんだけど、いいかな?」
と、わたしたちに聞いた。
「え?」
日下部(くさかべ)が? 心臓がどくんと鳴る。
「自分のクラスの打ち上げ、もう解散になっちゃったんだって」
「いいじゃん呼びなよ。カズくんだったらみんな歓迎するっしょ」
と、香菜。
「なんで香菜がカズくん呼びしてんの」
笑いながらつっこむ。戸惑ったのは一瞬だけで、わたしはもう、「いつも通り」の笑顔を浮かべていた。
ほどなくして、日下部はほんとにやってきた。そして、ほんとにみんなに歓迎されている。
「日下部なに飲む~?」
「コーラお願い!」
「ってかこれ歌って」
「いきなりかよ」
しっとりしたラブソングのイントロが流れはじめる。
「っつか、バラードじゃん」
苦笑しつつも、日下部はマイクを手に、歌い始めた。
「けっこううまいね」
ジュースを飲みながら、香菜がつぶやく。
「ってかまゆり、目、うるうるしてんじゃん」
見ると、まゆりはほんとうにほおを赤らめて、目を潤ませている。
「さては、歌詞に自分のこと重ねてるな?」
わたしはおどけて笑った。日下部が歌っているのは、結婚式でもよく歌われる王道ラブバラード。やたら「愛してる」とか「ずっといっしょだよ」ってワードが連呼される。いくら歌詞とはいえ、日下部の声でそんなせりふが連呼されると、落ち着かない。
歌い終わると、日下部は、まゆりのとなりに腰かけた。なぜか東くんもいっしょだ。
「カズくんかっこよかった~」
東くんが日下部にしなだれかかる。
「おまえがカズくん言うなよ」
「いいじゃんみんなのカズくんってことで」
香菜が調子を合わせる。
すると、ふいに、日下部がまゆりの髪に手をのばした。
「髪になんかついてる」
「え? あ、ありがと」
まゆりは潤んだままの瞳で、日下部を見つめた。なんだかふたりのまわりだけ空気の色がちがって見える。わたしはつい、目をそらして自分のドリンクを飲んだ。
「いいな~。おれも彼女ほし~」
東くんがつぶやく。
「誰か紹介しろよ」
「紹介って……。あ。ってか、沙耶はどう?」
いきなり名前を呼ばれて、むせそうになってしまった。
「え~? 宮村(みやむら)ぁ?」
「なんなの、なんか文句ある?」
わたしは東くんを小突いた。ほんとうは日下部をどつきたかったけど。よりにもよって、なんでわたしの名前を出したの、って。
「いや、沙耶明るいし、いい奴だよ。東と沙耶、いいんじゃね?」
日下部はまったくくもりのない笑顔で、からりと言い放った。
いい奴って……。いいんじゃね? って……。
「そう言われたらお似合いな気がしてきた……。沙耶、あんま男子に興味ないって言ってたけど、東くんだったらいいんじゃない?」
まゆりまでそんなことを言う。
やめてよ。
まゆりに、「沙耶は好きな人いないの?」って聞かれるたびに、「男子にあんまり興味ないんだよね」って笑ってこたえていた。だって、そう言うしかないじゃん。
日下部のことが好きだなんて言ったら、もう、友だちじゃいられなくなる。
「宮村もよく見たらかわいいけどさ~。おれはもっと、可憐な感じのコがいいんだよね。守ってあげたくなる系?」
「失礼だなあ。よく見たら、って何よ。よく見なくてもじゅうぶんかわいいでしょ!?」
わたしは東くんにつっこみを入れた。そして、
「東く~ん。守って~」
一オクターブ高い声を出して、笑いながらおちゃらけた。
――嘘っぽい笑顔。
有馬くんのことばが、ふいによみがえる。
胸がずきっと痛むけど、気づかないふりした。
わたしの冗談で、笑顔で、みんなも笑ってくれている。まゆりも、日下部も笑ってる。だからいいんだ、これで。
「疲れた……」
帰宅して、リビングのソファにどさっと身を投げた。
もう一回シャワー浴びたいけど、体が鉛みたいに重い。こんなに疲れているのは、一日、体育祭で動きまくったからだ。単純に、体が疲れているんだ。
「ほっといてよ!」
理乃(りの)の部屋から、叫び声が聞こえた。
また、ママとバトルしてるんだ。
のっそりと起き上がる。両親は体育祭は見に来なかった。わたしが「来なくていい」って言ったから。
しばらく言い合いが続いたあと、沈黙が訪れて。理乃の部屋からママが出てきた。
「あ。沙耶。……おかえり」
力なく笑う、ママ。
「ママも大変だね」
理乃の言葉、トゲが生えまくってて、はたで聞いてるわたしですら痛いほどだもん。
「ごめんね沙耶」
「まあまあ座って」
ママをソファに座らせて、肩をもんだ。めちゃくちゃ凝ってる。
「ママの機嫌なんかとってどうすんの?」
冷たい声がして振り向く。理乃だ。理乃は冷蔵庫からペットボトルを取り出すと、グラスに注いだ。
「そんな言い方なくない? っていうか、理乃こそ、ちょっとはママとパパに優しくしたほうがいいよ。小さい頃はあんなに……」
理乃は、これみよがしに大きなため息をついて、わたしのせりふをさえぎった。
「お姉ちゃんは昔から手のかからないいい子だもんね。あたしとちがって」
理乃はわたしをちろりとにらむ。
「理乃?」
「あたし、お姉ちゃんみたいな人、大嫌い。きれいごとばっかり言って、いっつもいい子ぶっててむかつく」
――あんたみたいに、嘘っぽい笑顔なんか作れない。
わたしをにらみつける理乃の顔に、あの時の有馬くんの顔が重なった。
涙がこみ上げて、わたしはリビングを飛び出した。
部屋にこもって、クッションに顔を押し当てて、声を殺して泣いた。
日下部とまゆりの笑顔が頭の中でぐるぐる回る。
いい子ぶって、笑顔でいること以外に、わたしにできることなんてない。
みんな、勝手なことばっかり言わないでよ。
わたしだって、わたしだって……!
しゃくりあげながら、スマホを手に取る。ポラリスのアイコンに、通知マークがついている。すぐに開くと……。
――ヒカリ!
ひさしぶりに、ヒカリが配信している!
ためし読みはここまで。つづきは、本で読んでね♪
『星がふる夜、きみの声をきかせて』は2023年12月13日(水)発売!
沙耶がただひとり本当の自分でいられる相手って――。
共感とときめきMAXの恋愛ストーリーをお楽しみに‼