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明るくてクラスの人気者の沙耶が、唯一本音を話せるのは人気配信者・ヒカリの前だけ。ある日、クラスメイトの有馬に「嘘っぽい笑顔」と言われ傷つくが、彼の抱える事情を知り少しずつ関係が変わっていき――。
『星がふる夜、きみの声をきかせて』特別ためしよみ連載第3回スタート!
※これまでのお話はコチラから
1.眠れない夜の星―3
2
「沙耶!(さや)」
わたしを見つけたまゆりが、ぴょんぴょん跳ねながら手を振っている。
「まゆり!」
叫んで、まゆりのもとに駆け寄った。
この高校は、入学式当日にクラス発表がある。今、体育館前のロビーで受付をすませて、発表されたクラス名簿をチェックしたところ。わたしとまゆりは一年四組だった。
「同じクラスだなんて奇跡だよ~! めちゃくちゃうれしい」
「まゆり、まじで泣いてない? だいじょぶ?」
まゆりの頭をよしよしと撫でる。生まれつき色素がうすくてほんのり茶色がかった髪は、ふわふわとやわらかくて、まるで子犬みたい。
「だって、新しいクラスに誰も知ってる人がいなかったらどうしようって不安だったんだもん。うちの中学出身の子、少ないでしょ?」
「そうだけどさ。まゆり、愛されキャラだからすぐ友だちいっぱいできるって」
「愛されキャラは沙耶のほうじゃん。明るくって、しっかり者で、みんなに好かれてて……。わたし、いつも沙耶に助けられてる」
「そんなことないってば~。まゆり、わたしのこと買いかぶりすぎ」
照れくさいよ。わたしは苦笑して、
「っていうか日下部(くさかべ)は? 何組だったの?」
話を変えた。
「五組。となりだよ」
「また同じクラスだったらよかったのにね」
「沙耶だけじゃなくってカズくんもいっしょがいいだなんて、さすがにそれは欲張りすぎだよ」
まゆりはえへへと笑った。
この間まで、「日下部くん」って呼んでたのに。いきなりの名前呼びに胸がちくっとうずく。
「あっ。うわさをすれば」
新入生の群れの中に、ひときわ背の高い後ろ姿を見つけた。いまだにわたしは、日下部のすがたを誰よりも速くキャッチしてしまう。
「カズくん!」
まゆりが叫んだ。ほかの新入生や保護者が、いっせいにこっちに視線を向けた。
「ちょ、まゆり。めっちゃ目立ってる」
「やば……。つい」
まゆりは真っ赤になって縮こまった。
「カズくんって、おまえな。親も来てんのに恥ずいだろ」
まゆりの背後から大きな手が伸びてきて、まゆりの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ひゃあっ! やめてよ! 前髪くずれるじゃん!」
後ろを振り返って、まゆりはぷくっとほっぺをふくらませた。
「ごめんごめん」
日下部は目じりを思いっきり下げて、にこにこ笑ってる。まゆりのことが可愛くて仕方ないんだろうな……。
「おす、沙耶」
わたしと目が合うと、日下部は軽く手を上げた。
「いかにも『ついで』って感じであいさつされてもね」
「実際『ついで』だしな」
「なんなのムカつく」
笑いながら、軽く蹴るマネをしてやろうとしたら、日下部は身をよじってかわした。
――受付を済ませた新入生の皆さんは、自分の教室に移動してください。保護者の方は体育館へお入りください。
アナウンスが流れる。
「行かなきゃだね」
まゆりの手を取る。
「っつか、沙耶」
ふいに、日下部がつぶやいた。
「なに?」
「髪切ったんだな」
「あ……」
春休みにボブにした。入学式前にも会っていたまゆりはそのことを知っていた。でも、髪を切ってから日下部と会うのは、これが最初だ。
「髪乾かすの大変でさ」
耳下でそろえた髪を指先で撫でる。なんだか妙に決まり悪かった。
「いいんじゃね? 似合ってるよ」
日下部はにいっと笑った。
「べつに、あんたに褒められてもね」
憎まれ口をたたきながらも、わたしの胸は鳴っていた。
顔が熱い。まゆりに気づかれないように、わたしは顔を伏せて、小さく深呼吸した。
こんなふうに、わたしの高校生活はスタートした。
なにもかもが中学の頃とちがう。
授業は中学の頃より難易度も進むスピードもぐんとレベルアップして、ついていくのが大変そう。
まゆりといっしょにいろんな部活を見て回って、体験入部なんかもしてみたけど、勉強と両立できるか不安で、とりあえず保留ってことにした。
最初は慣れるのに精いっぱいだったけど、それでも、一年四組はすごく雰囲気がよくて、ちがう中学出身のみんなともあっという間に打ち解けた。
「ねえねえ、まゆりって彼氏いるの?」
昼休み。教室で机を寄せ合って、お弁当を食べながら、香菜(かな)が言った。香菜はショートカットのさばさばした雰囲気の子だ。
「五組の背の高い人だよね? イケメンだって、みんな騒いでるよ」
好奇心で目を輝かせながら身を乗り出したのは千夏(ちなつ)。体は小さいけど声は大きくて、クラスのムードメーカー的存在。
まゆりは、ほおを赤く染めながらうなずいた。
「やっぱり!」
香菜と千夏の声がぴったりそろった。
「ねえねえいつからつきあってるの? 同じ中学なんだよね? どっちからコクったの?」
千夏は堰(せき)をきったように質問を浴びせた。真っ赤になったまゆりは、
「沙耶ぁ~。たすけて~」
と、わたしの腕にぎゅっとしがみつく。
「沙耶がかわりに説明してくれてもいいんだよ?」
と、香菜。
「えー? いいのー? 洗いざらい話しちゃうけど」
いたずらっぽく笑ってみせると、まゆりはぶんぶんと首を横に振った。
その時、日下部がうちの教室に入ってくるのが見えた。
「あ。ちょうどよかった。まゆりのカレシが来たよ」
小さく日下部を指さすと、香菜と千夏が色めきだった。日下部は、照れくさそうにほほ笑みながら、わたしたちのほうへ歩いてくる。
すっと息を吸い込み、頭の中のスイッチをぱちんと押した。
「日下部~! 今から緊急記者会見だからよろしく~」
にーっと笑いながら日下部に手招きする。
「はあ!? なんだよそれ」
「ここにいるふたりが、あんたとまゆりのなれそめを知りたいんだってさ~」
「ちょっと沙耶ぁ~」
まゆりはますます縮こまりながら、わたしの背中の後ろに隠れた。
恥ずかしそうにしながらも、香菜たちの質問に、まゆりはちゃんとこたえた。時々日下部と目を合わせながら。
わたしも笑顔でうなずいたり、香菜たちといっしょに黄色い声をあげてみたりした。
大丈夫、慣れてる。中学の時もこんな感じだったもん。
わたしは今まで学校では一度も泣いてないし、誰かに気づかれたことだってない。
大丈夫、そのうち痛みは消える。胸に刺さったトゲごと、溶けてきれいになくなってしまう。そう自分に言い聞かせている、いつも。
そのうち、教室にいたほかの生徒たちもわらわらと集まってきた。
日下部は圧倒的なコミュ力の高さで、うちのクラスにも光の速さで溶け込んでしまった。
話題は日下部とまゆりのことから離れ、先生のものまねとか、部活でのエピソードなんかにうつっていった。
そっと、自分の中のスイッチをオフにする。
ふうっと息を吐いて、立ち上がる。
「あれ? 沙耶、どっか行くの?」
「ん。ちょっと歯磨き」
にっと笑うと、わたしは教室後ろの自分のロッカーに向かった。リュックにお弁当箱を仕舞い、ポーチを取り出す。
すると、背後で、ばさっと何かが落ちる音がした。すぐに振り返る。
そばにいた男子生徒がプリントのたくさん入ったファイルを落としたらしく、しゃがみこんで、散らばった中身を拾っている。
「手伝うよ」
わたしもすぐにその場にしゃがんだ。
男子生徒は、ちらりとわたしを見やって、すぐに床に視線を戻す。
この人。たしか名前は……有馬恒星(ありま こうせい)、くん。わたしはまだ話したことがない。
少し切れ長の、大きな目。さらりとした、黒く艶のある髪がその目にかかりそうで、有馬くんはうざったそうに前髪をはらった。
「あの、これ」
拾い集めたプリントを有馬くんに差し出す。有馬くんはふたたびわたしを見た。
わたしは、なんとなく、いつもの癖で、笑みを浮かべた。
有馬くんがなにかを言おうと口を開いた……ように見えた。
でも、すぐにきゅっと口を引き結んで。ひったくるようにわたしの手からプリントをさらうと、立ち上がってすぐにその場を去ってしまった。
「え?」
思わず、小さな声がこぼれ出る。
わたし、何か変なことした?
別にお礼を言ってほしくて手伝ったわけじゃないけど、無視はなくない?
あの態度はあんまりだよね?
だんだんムカムカしてきた。ごしごしと歯磨きをして、教室に戻る。
まゆりと日下部はみんなの輪から離れ、どこかに行ってしまっていた。ちょっとだけ、ほっとしてしまう。
一方、有馬くんは窓際にある自分の席に戻っていた。ひとりでほおづえをついて、ぼんやりと窓の外を見つめている。
「沙耶、どしたの?」
千夏に声をかけられる。
こたえに詰まって口ごもっていると、千夏はわたしの視線の先をたどって、
「有馬って、いつもひとりだよね」
と、ささやいた。
小さくうなずく。有馬くんは休み時間も、あんなふうにいつもひとりで居て、だれとも話しているのを見たことがない。
「まだ学校に慣れていないのかな。同じ中学出身の友だちが誰もいないとか?」
わたしはつぶやいた。だからって、無視されるいわれはないけど。そんな言葉は胸の中に飲み込んだ。
千夏はあははっと笑った。
「沙耶はほんとにいい子だね~。別に友だちでもない男子の心配なんかして」
「別に心配なんて」
千夏はわたしの背中をバシバシとたたいた。
「まゆりも言ってたよ? 沙耶はみんなに優しいし、めちゃくちゃいい子なんだよって」
「そんなことないってば」
ほんとうに、そんなことない。
だって。わたしはみんなに、ほかでもない親友のまゆりに、嘘をついている。
嘘をついて、笑っている。
第4回へつづく(12月9日公開予定)
『星がふる夜、きみの声をきかせて』は2023年12月13日(水)発売!
沙耶がただひとり本当の自分でいられる相手って――。
共感とときめきMAXの恋愛ストーリーをお楽しみに‼