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ものがたり

配信アプリ×青春=すれちがい胸きゅんラブストーリー!『星がふる夜、きみの声をきかせて』【特別ためしよみ連載】第2回



明るくてクラスの人気者の沙耶が、唯一本音を話せるのは人気配信者・ヒカリの前だけ。ある日、クラスメイトの有馬に「嘘っぽい笑顔」と言われ傷つくが、彼の抱える事情を知り少しずつ関係が変わっていき――。
『星がふる夜、きみの声をきかせて』特別ためしよみ連載第2回スタート!

 

※これまでのお話はコチラから
 

1.眠れない夜の星―2


――はじめての配信で、ちょっと要領得ないんだけど。
 飛び込んできた声は、低めの、たぶん男の人のもので。すっと耳に馴染むやわらかさがあった。
――何話そう? うーん、とりあえず質問にお答えします。答えられる範囲で、だけど。
 ヒカリは小さく笑った。でも、ぜんぜん騒々しくない。静かな湖にわずかに広がったさざ波みたい。……心地いい。
 質問、かあ。
 入室したと同時にトーク画面が開いて、リスナーがコメントを自由に書き込める仕様になっている。でもここで配信者に直接メッセージを送れるわけじゃないみたい。
 ひさしぶりにログインしたから、やり方がよくわからない。アプリのヘルプに目を通す。専用のメールボックスから「質問」するみたいだ。
 ヒカリのトークは続く。
――メイさんからのご質問。ありがとうございます。僕の年齢ですか? すみません、非公開ってことで。あ、でも十代です。
 十代なんだ。高校生ぐらいなのかな。声も話し方も穏やかだから、きっとわたしより年上なんだろうな。はじめての配信って言ってたけど、こんなに落ち着いて噛まずに話せてすごいな。
――なんで配信はじめたのかって? それはですね、まあ……。気晴らし、じゃないですけど。僕は、ずっと暗いトンネルの中にいるみたいな日々を過ごしてて。それをちょっと変えたかった、みたいな感じですね。
 暗いトンネルの中。
 そのワードが、引っかかった。この人にも、きっといろいろあるんだ……。
 顔もわからないし、本名も、年齢も、どこに住んで何をしている人なのかもわからない。だけど、わたしと同じように、人に言えない「なにか」を抱えているのかも。
 わたしはメールボックスを開いた。
 画面をタップして文字を打ち込む。
 送信。
 どきどきしていた。
――あ。新しいご質問が届きました。ひよこさんからです。
 ひよこ。わたしのユーザーネーム。由来は、お気に入りのキャラクター、「まんまるひよこ」。グッズもけっこう持ってる。
――今日、片想いしていた彼が、親友とつきあうことになりました。わたしの気持ちは、誰にも言ってないし、これからも言えません。どうすればいいですか?
 ヒカリのやわらかな声が、わたしの「気持ち」を読み上げる。
 どうすればいい? なんて聞かれても困るよね。「知らねーよ」の五文字で終わるよね、きっと。
 でもわたしは吐き出したかった。知らない人相手なら言えると思った。
――どうすればいいんでしょうね……これは。
 ヒカリはこたえる。その声が、わずかに困惑してるのがわかる。ごめんなさい、困らせて。このメッセージは、このまま放置でいいから。
 ぎゅっと目をつぶる。だけどヒカリのトークは続いた。
――僕には人を好きになった経験は、まだなくて。だから的外れなことを言ってしまったらごめんなさい。
 うすく目を開ける。
――ひよこさんは、これからも自分の気持ちを言うつもりはないってことですよね? それって、親友さんのためですよね、きっと。親友さんに幸せになってほしいから。
 そう、だよ。まゆりはわたしの友だち。なんで同じ人を好きになってしまったんだろう。こんなところまで気が合わなくてもいいのに。
――そんな親友がいてうらやましいなって思うよ。自分の気持ちを殺してまで、幸せを願えるような存在が。
 ふとんをかぶって、ふるふると首を横に振った。
 そんなにきれいな気持ちじゃないよ。だって、今わたし、後悔してる。
まゆりに気持ちを打ち明けられた時に、どうして「わたしも日下部(くさかべ)が好き」って言えなかったんだろうって。
 ずっとしびれていた頭の中が、霧が晴れるようにクリアになっていく。
そうだ、わたし、後悔してる。日下部をとられたくない。
 胸が痛い。息が苦しい。
――でもさ。
 イヤホン越しに届く、ヒカリの声。
――苦しいでしょ、自分の気持ち、誰にも言えないのって。
 そうだよ。苦しいよ。この先ずっと、この苦しさは続くの? いつかは慣れるの? いつかって、いつ?
――僕も配信続けるから、ひよこさん、ここで吐き出しなよ。なにひとつ気の利いたことは言えないけど、聞くから。
 聞くから。
 そのことばが鼓膜に触れたとたん、張っていた糸が切れた。鼻の奥がつんと痛んで、目頭が熱くなる。
 涙が、こぼれる。
 ありがとう、ヒカリ。やっと泣けたよ。
 感情が戻ってきて。痛くてたまらないけど、やっと泣けたよ……。

 それがわたしの、ヒカリとの出会いだった。

 ヒカリが配信するのは、決まって夜だ。それも、二十二時から二十三時ぐらい。ポラリスには収録した音源を配信する機能もあるけど、ヒカリはライブのみ。
 一週間に一度ぐらいのペースだけど、曜日は決まってない。しいて言えば金曜や土曜が多い。平日の昼間は学校があるんだろう。きっとヒカリは高校生だ。
 わたしが「受験勉強がきつい。なんのために高校行かなきゃいけないのかわからない」って愚痴を送ったことがあった。
 するとヒカリは、めちゃくちゃ共感してくれた。わかる、わかるよ、って。
 きっとヒカリも乗り越えてきたんだよね。それが去年のことなのか、おととしのことなのかはわからないけど。
 わたしの「失恋」のその後も気にかけてくれていた。
 日下部とまゆりの交際は順調で、というか、バカップルってまわりにからかわれるぐらい仲良しで、つらくないって言ったら嘘になる。
 でも、ヒカリが聞いてくれた。
 ヒカリの声を、聴けた。
 だからわたしは踏ん張っていられた。そう思う。
 三月。受験が終わり、わたしは無事、第一志望に合格した。
 もちろんヒカリに報告した!
――おめでとう! ひよこさん、めちゃくちゃがんばってたもんな。
 ヒカリの声もいつもよりふわふわと高揚していた。
 自分のことみたいに喜んでくれてうれしい。
――ありがとう、ヒカリ。高校生活がんばるよ。好きなことも、好きな人も見つけて、新しい自分になる!
 わたしはそんなコメントを返した。
 
 卒業して、桜が咲いて。新しい制服が届いて。背中まであった髪を切って、耳下のボブにした。
 四月。入学式。
 新しい自分になる。
 日下部のことを忘れる。
 そう決意して、わたしは、高校の門をくぐった――。


第3回へつづく(12月8日公開予定)

 

『星がふる夜、きみの声をきかせて』は2023年12月13日(水)発売!


沙耶がただひとり本当の自分でいられる相手って――。
共感とときめきMAXの恋愛ストーリーをお楽しみに‼


著者:夜野 せせり イラスト:雪丸 ぬん

定価
1,320円(本体1,200円+税)
発売日
サイズ
B6判
ISBN
9784046831477

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