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明るくてクラスの人気者の沙耶が、唯一本音を話せるのは人気配信者・ヒカリの前だけ。ある日、クラスメイトの有馬に「嘘っぽい笑顔」と言われ傷つくが、彼の抱える事情を知り少しずつ関係が変わっていき――。
『星がふる夜、きみの声をきかせて』特別ためしよみ連載スタート!
1.眠れない夜の星―1
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塾が終わって、自転車に乗ろうとしたタイミングで、通知音が鳴った。
コートのポケットからスマホを取り出す。もう夜の十時だ。ぼんやりとした闇の中、画面がぴかぴか光っている。
つけていた手袋をはずして、スマホをタップする。ひどく寒くて指先がこごえそうだ。
届いていたのは、親友のまゆりからのメッセージ。目にした瞬間、脳がショートした。
――わたし、日下部(くさかべ)くんとつきあうことになった。
え?
なんで今? まゆり、受験が終わるまで告白はしないって言ってたのに。
まゆりのメッセージは続く。
――放課後、帰るタイミングがいっしょになって。いろいろしゃべってたら、おれたちつきあう? みたいな流れになって。
流れ。流れってなに?
頭のうしろがしびれたみたいにジンジンする。
なにか返信しないと。かじかんだ指先で、文字を打ち込む。
――よかったね!
――明日、学校でくわしく聞かせて!
送信したあとで、明日から冬休みで学校はないってことに気づいた。
まあいいや、とりあえず帰ろう。
そっか。まゆり、日下部とつきあうんだ。
よかったじゃん。日下部のこと、ずっとかっこいいって言ってたもんね。
手袋をはめて、マフラーを巻き直し、サドルにまたがる。
ふいに、日下部の、太陽みたいな明るい笑顔が脳裏によみがえった。振り払うようにペダルをこぐ。
失恋したのに、ふしぎと涙は出なかった。
ただ、ずっと頭がしびれている。
家のドアを開けると、にんにくとスパイスの香りがわたしを包み込んだ。ママが焼いたチキンの香りだ。
今日は終業式で、クリスマスイブ。中三、受験生のわたしにはそんなの関係ないってやさぐれてたけど、チキンとケーキだけは楽しみにしてた。
「おかえり沙耶(さや)。チキンあたため直すから食べて」
ママが出迎えてくれる。いつも仕事で忙しいのに、わたしのリクエストにこたえて、前の日から骨付きチキンにスパイスをもみ込んで、時間をかけて焼いてくれた。
食欲なんてどこかに飛んでいってしまってたけど、ちゃんと食べなきゃね。
自分の部屋に荷物を置いて、コートを脱ぐ。リビングに行くと、テーブルにはチキンのお皿とサラダの小鉢、ケーキのお皿が置いてある。
「パパは?」
「忘年会だって」
「ふうん」
「ごはんかパン、いる?」
「いらない。塾行く前におにぎり食べたから」
ほんとうは何ひとつ胃に入りそうになかったけど、心配かけたくない。ただでさえ受験生ってことで気をつかわせてるのに。それに……。
バタン! とドアが閉まる大きな音がした。
反射的に肩がびくっとふるえたけど、すぐに「ああ、また理乃(りの)の機嫌が悪いんだ」と悟った。ふたつ年下の妹の理乃は、ここのところずっとイライラして両親に当たり散らしている。
「理乃! いつまで拗ねてるの!」
怒鳴りながら、ママは理乃の部屋に行った。
いわゆる反抗期ってやつなんだと思う。わたしにはそんなのなかったし、これからも訪れそうにないけど。
パパもママも理乃にかかりきりだ。わたしまで負担をかけたくない。
ひとりになったリビングで、もそもそとチキンを食べる。テレビの中で、デビューしたばかりの五人組アイドルが、クリスマスバラードを歌っている。センターの子が日下部に似てるって、まゆりが言ってたっけ。
だめ。思い出すな。
一生懸命食べたけど、チキンもケーキも味がしなかった。噛むのも飲み込むのも、すごく時間がかかってしまって、まるで歯医者さんで麻酔をした後みたいだ。
あたたかいお風呂にゆっくり浸かって、今日は早く寝よう。
そう思った。
なのに、眠れない。
ベッドの中で寝返りばかり打っている。ずっと頭の中がしびれている。
日下部とは中学に入ってから仲良くなった。背が高くて明るくて、陸上部のエースで、とにかく人目を引く。いつだってクラスの中心で光を浴びているような奴で、かっこいいのにふざける時は全力でふざけて、バカみたいな冗談を言ってはわたしを笑わせた。なのに走っている時はキリッと前だけを見据えてて……。
いつの間にか好きになってた。
だけど、ずっと気持ちを隠していた。
日下部とは友だちだし、それに、まゆりも。
まゆりも日下部のことが好きだって、言ってたから。
実はわたしも好きなんだって、言えないまま時は過ぎ、三年生になって、三人でいっしょの高校に行きたいねって、勉強もがんばってた。
スマホを開く。メッセージアプリのトーク画面。
おれたちつきあう? って流れになって……かあ。
ふいに息苦しくなってアプリを閉じた。気晴らしに他のSNSでも開こうかと思ったけどやめた。なんとなく友だちやクラスメイトと離れた場所に居たかった。つながりたくなかった。
だけどひとりになりたくない。
いったいわたしは、どうしたいんだろう。
スマホ画面に並んだアプリのアイコン。ふと、その中のひとつに目が留まった。
なんだっけ、これ……。ポラ、リス?
思い出した。ポラリスのアプリ入れてたんだった。
ポラリスは音声特化型の配信アプリ。友だちに配信はじめたから聴いてって言われて入れたけど、その子はすぐに飽きてやめてしまっていた。わたしもそれから開くことなく放置してたんだけど……。
イヤホンをつけて、ポラリスを開く。
今ライブ配信しているコンテンツのアイコンがずらっと並んでいる。なにか聴いてみようか。いろんなカテゴリがあるけど、……雑談系かな。だけどにぎやかで明るい声を聴く気分じゃないし、おだやかで落ち着いた雰囲気のトークがいい。
あ。これ……、いい感じかも。
それは星空を切り取ったみたいなアイコンで、配信タイトルは「眠れない夜の星」。配信者は……「ヒカリ」。
この人、「ヒカリ」も、わたしみたいに眠れない夜を過ごしてる?
わたしは「眠れない夜の星」に入った。
第2回へつづく(12月7日公開予定)
『星がふる夜、きみの声をきかせて』は2023年12月13日(水)発売!
沙耶がただひとり本当の自分でいられる相手って――。
共感とときめきMAXの恋愛ストーリーをお楽しみに‼