★
アルクといっしょに、待ち合わせの公園にいく。
ほどなくオヅが来た。
「先生に手紙をわたして、これまでの状況、話しておいたけぇ。それから、オレなりに3人の共通点、4人の共通点を考えていたんじゃけど、たいしたのが浮かばないんじゃ。3人は同じ塾じゃけど、桐野は行ってないし。あ、そうそう、喜多川くんとマルは同じ自転車じゃ。あれ、かっこいいけど高けえのぉ。うちの母ちゃんは絶対買ってくれんわ」
「同じ塾……それが一番大事な共通点だったかもね。ぼくが最初に気づいたのは、数字と方角なんだ」
喜多川一也
丸谷信二
三田東
桐野美波
4人には、キタ・ニシ・ヒガシ・ミナミが、名前のなかに隠れている。
3人には、一二三がふくまれている。
「喜多川くんがケガしたのは塾より北じゃし、ミタは塾より東でケガしたんじゃ。方角も関係あるんじゃないかのぉ」
「どこでケガするかなんて、しかけた人間にもわからないから、方角は無関係だ。そもそも桐野さんも、この事件に無関係だ」
「へ、なんでじゃ? ラブレターをもろうてるのに?」
オヅが間のぬけた声を出した、そのとき。
そこへ、桐野さんがやってきた。
差出人がわかったと言って、ぼくが呼びだしたからだ。
「こんなところに呼びださなくても、メッセージで教えてくれたらよかったのに」
わざわざ呼ばれたことに、ちょっと不機嫌そうだ。
「で、だれなの。ラブレターの差出人は」
桐野さんの大きな瞳の奥に、真実がうつってないか。
見つめてみたけど、なにも見えない。
証拠も、自信もないけど、ぼくの考えを言うしかない。
「ぼくの推理では————差出人は、桐野さん自身だよね?」
桐野さんの目は、一瞬さらに大きくなって、またなにごともなかったようにポーカーフェイスにもどった。
「桐野さん、気づいたんだよね、ラブレターをもらったって騒いでた3人の名前のなかに、たまたま方角が入っていることに。そして、自分の名前にも、その方角が入っている。それで、このラブレター事件に便乗しようと思ったんだよね。自分だけ女子で、1人の人間がラブレターを書いてるって設定はちょっと不自然だけど、どうもこのラブレターは、本気っていうより、不幸の手紙っぽいところがある。それなら便乗できるって。
なぜ便乗しようなんて思ったか。それは、3通のラブレターからキラキラの香りがしたからじゃない? キラキラの香りの手紙は、願いがかなうって言われて人気だけど、キラキラの香りの手紙を受けとったら悪いことがおきるってイメージがつけば、キラキラの人気が下がるかもしれない。それが目当てだったんじゃない?」
桐野さんは数秒間、ぼくをにらみかえしていた。
けど、すぐにケラケラ笑いはじめた。
「有川くん、すごーい。本当に探偵なんだ」
あたった……あたったのか?
「そう。立石化粧品屋さんだっけ。ただでためさせてくれるから、もー、あっちこっちでみんな、キラキラの香りをさせてるの。でも私、あんな安物とはいっしょにされたくないのよね」
「ピンクローズドリーム」
「あら。探偵さんって、そんなことまでわかっちゃうの。私がママに買ってもらってるパフューム、PRDの香り、キラキラとちょっと似ているの。めいわくよ。『美波ちゃんもキラキラ使っているんだね!』なんて言われちゃって。ちがうつうの!」
桐野さんが、鼻息をあらくする。
「だからキラキラをイメージダウンさせたかったわけね」
「そ。適当なときに、ケガしたふりしてね、『キラキラの香りのラブレターをもらうと不幸がおこるらしい』って騒いで、うわさにしたかったの。そして、みんながキラキラ使わなくなって、香りを忘れたころ、PRDを私は使えばいいでしょ。でもねー、私がもらうラブレターなら、内容は、あの3人がもらったのみたいな、そっけないのはいやだわ。だから熱烈なのを書いたの。でも、そしたら、もっとみんなにこの事件のことを知ってもらいたくなって……それでオヅくんにたのんでみたわけ。あなたたちが動くと目立って、うわさになりそうでしょ」
熱烈……だったかな? あの手紙。
「見事、正解よ、探偵さん! お礼はどうしたらいいの?」
「それはええから」
ぼくより先に、オヅが桐野さんに答えた。
「そのかわり、事件が全部解決したらこれ、新聞に書いてええ?」
「え———っ。どうしようかな? 私が悪者にならないように、上手に書いてくれる?」
図々しいことを言うなあ。
オヅが、「ええっと……」と、あいまいな返事をして鼻をかいた。
帰りかけた桐野さんが数歩歩いてから振りかえり、頬に片手をあてて、かわいらしく言った。
「ところで、探偵さんたち。あとの3人にラブレターだした相手のほうは、わかったの? あれは、私じゃないわよ」
そうだ。
男子3人がもらったラブレターは、桐野さんが書いたものじゃない。
ラブレターは、塾でかばんに入れられた。
桐野は塾には行ってない。
わかってる……けど、犯人はまだ不明だ。
答えられないぼくらに、桐野さんがクスッと笑った。
「あのラブレターを書いたのは、男子だと思うわよ」
得意そうにくちびるのはじを上げた桐野さんに、ぼくらは目を丸くする。
「な、なんでわかるんじゃ?」
「そんなの、ちょっと推理すればわかるわよ。——女子が、あの3人にいたずらでラブレターを書くなら、きっと手書きにするわよ。わざとかわいい文字でね、ハートとかも入れちゃって。いろんなカラーペンも使って。でも、あれはパソコンで打った文字だったでしょ。女子からだって思わせるために、わざと香りをつけたんだと思うの。犯人は、あの3人が女子からラブレターをもらったってうかれるところを、かげから見て楽しもうとしたんじゃない?」
桐野さんがサラサラと推理を披露する。
「でも、手に入りにくい『キラキラ』のパフュームを、男子が持ってるとは思えないでしょ。お姉さんか妹がいて、キラキラを持っているか……でなかったら、立石化粧品店でキラキラを使わせてもらったんじゃないかと思うのよ。だから一応、立石で、『最近、手紙にパフューム使った男子がいなかったか?』って、きいたらどうかしら」
「桐野———おまえって、おしゃれしか興味ないアホだと思ったら、じつはかしこかったんだな——」
……オヅ、それはぼくも一瞬思った。
だけど、口に出すのはやめておいたほうがいいと思うのだが……。
「まあね」
桐野さんは、ふふんと鼻で笑って、帰っていった。
ええっ。怒らないのか。
もしかして、ほめられてると思ったのか?
桐野さんって……利口かアホかわからん。
★
立石化粧品店のおばちゃんは気のいい人で、化粧品店なのに店先でなぜか売っているアイスを、たまに買うだけのぼくらのことも、ちゃんと覚えていた。
そして「いつか恋人ができたらプレゼントはここで買うこと」を条件に情報提供してくれた。
この店にはアイスだけじゃなく、ファンシーグッズもおいてあって、小学生もよく出入りする。
「キラキラを使った男子、ねえ……。いたわね」
「「えっ!!!」」
ぼくとオヅは、思わず身を乗りだした。
「虹丘小の子ではなかったわ。これまで顔を見たことないもの。こんなに学校に近いし、1学年2クラスの小さな学校だもの。たいていの子の顔は覚えているんだけど。特徴って言われても……目が2つに、鼻が1つ、そうね口も1つだったわ」
「「…………」」
「あ。そうそう。これから塾だったのかな。青葉塾のテキストがはみだしたバッグを持っていたわ。あそこのテキストって表紙が真っ青でしょ」
「写真を見たら、その子かどうかわかりますか」
「んー。多分ね」
公園にもどって、オヅはリュックからデジタルカメラと使い捨てカメラを取りだした。
「青葉塾の入り口は、3カ所あるんじゃ。正面、裏口、それから横に坂道があるじゃろ。直接2階に入る入り口もあるんだ。その3カ所に分かれて、入っていく虹丘小以外の学校の男子全員の写真を撮ろうぜ。それを立石のおばちゃんに見てもらおうや」
「それはいいんだけどなオヅ、おまえ大丈夫なのか?」
オヅの家は遠い。
今日は放課後いきなりぼくんちに来て、うちで預かっている、自転車で行動している。
帰りはかなり遅くなるんじゃないか?
「ああ、心配いらんけ。『今日は理人が1人で留守番することになって不安がっとるから、つきあってやるんだ』って言っておいたけ。帰るときは電話したら、母ちゃんが迎えにきてくれるけ」
おい。つくなら、もっとマシなうそにしろよ。
オヅはスマホのカメラで、ぼくはデジカメ、アルクは使い捨てカメラを持って、3カ所に分かれた。
オヅは自分の持ち物に油性マジックでサインとにがお絵を描く。カメラに描かれたオヅの顔も緊張して見える。
隠し撮りなんて、してもいいのか?
心臓がバクバク言っている。
撮影をはじめて、まだ10分しかたってないのに、オヅが、ぼくの持ち場へやってきた。
「おい、オヅ……」
「のぉ、理人。これ、見てみいや」
オヅのスマホ画面に映っているのは、うちの学校じゃないヤツだ。あ……!
「な?」
こいつの乗っている自転車が、喜多川くんとマルのと同じだ。
けっこう高い自転車で、あまり見かけない。
そして、履いている靴は、ミタと同じやつだ。
「——オレ、今からこの写真を見てもらいに、おばちゃんとこ行ってくる」
「ぼくらも行くよ」
と言うと、オヅは首をふって言った。
「それより理人、オレ、ちょっと気になったんじゃけど。喜多川、マル、ミタって順番に事件があったじゃろ。一二三の順番だったじゃろ。次に四がつく名前のやつがねらわれるってことはないんじゃろうか?」
オヅの質問に、ぼくは首をひねる。
「ぼくらの学校の児童だけねらわれているだろ。ぼくらの学校の6年に四がつく名前の子はいないだろ? 五は2人いるんだけどね、青葉塾には行ってないし」
すると、オヅが言った。
「いや。四がつく名前のやつ、おるんよ。2組の貫井、母さんが再婚して最近『四谷』って名字になっとるんじゃ。理人、知らんかったか? しかも最近、この塾に通いはじめたんじゃ」
「!」
貫井の家は坂の上で、2階玄関から入る可能性が高い。
2階玄関には——アルクがいる!
「貫井がもう来たか、アルクにきいてみよう。貫井をつかまえられたら、ラブレターをもらってないかって、きいてみる!」
「じゃ、オレは立石のおばちゃんに写真を見てもろうてから、もどってくる!」
ぼくとオヅは、うなずきあって二手に分かれた。
塾の建物は、変わった形で、2階玄関は1階の玄関とはまるで方向がちがう。
横は車が1台通るのがやっとのほそい坂道で、アルクはその道から撮影しているはずだ。
いるはずの場所に——アルクはいなかった。
えっ、どこだ?
ぼくはあたりを見まわした。
アルクはトイレが近いほうだ。緊張すると、特に近くなる。
公園のトイレにでも行ったんだろうか。
塾の授業がはじまる時間がすぎて、もう、入っていく子はほとんどいないから、ぼくと入れちがいに正面へむかったんだろうか。
貫井も、もう中にいるんだろうな……。
貫井をよびだしてまで、たずねることでもない。
そのとき、男子が1人、目立たないように塾の建物から出てきた。
靴が、ミタと同じ靴。あの、写真のやつだ。
とっさに隠れたぼくには気づかず、まわりに、だれもいないことを確認すると、そいつは自転車おき場へとむかった。
帰りは親に車で送迎してもらう子も多いけど、家が近い男子は自転車を使うやつもいるらしい。
そいつが近づいた自転車に、見覚えがあった。
電動式のママチャリで、貫井が、
「かっこよくないけど、これすげー楽なんだぜ。オレんち、坂の上だけどこれならスイスイさ」
と自慢していたからだ。
そのタイヤに、そいつがなにかしようとしている。
ぼくは、デジカメを取りだした。
気づかれないように撮影する……つもりが、あたりの薄暗さが増していて、自動でフラッシュが光った。
「「!?」」
今まで光らなかったから、フラッシュの設定を解除してないことに気づいてなかった。
そいつが振りむいた。
全速力で走れば、逃げられるだろう。
この写真を先生にわたして、注意してもらえばいい。
それで事件は解決。
新聞にのせるときは、一応個人が特定できない写真にしないといけないだろうけど、特ダネであることにはちがいない。
オヅも満足するだろう。だけど……。
ぼくはそのまま、そいつを見つめた。
足がすくんだんじゃない。
こいつと話してみたくなったんだ。
なぜこんなことをしているのか、を。
「それ、貫井の自転車だろ。おまえの4番目の被害者か」
「へえ? おまえ、なにをどこまで気づいてる?」
そいつは堂々と立ちあがって、ぼくにむきなおった。
やつも逃げないし、言い訳もしない。
うす暗くなってきたあたりで、そいつの目が光った気がした。
「——この塾に通う虹丘小の生徒に、うそのラブレターを出しただろ。そしてその名前のなかの数字の順に、悪質ないたずらをしてるんだよね? 自転車と靴が自分と同じで、むかついた? ラブレターをよそおったのは、相手の心を乱すためか? 勉強のライバルが減るもんな」
ぼくが言い終えると、そいつはおかしそうに大笑いをはじめた。
笑いすぎの涙をぬぐいながら言う。
「ライバル? ダントツ1位のオレに、そんなヤツいるかよ。あいつらは、この塾じゃあ劣等生だぜ。それがいらつくんだよね。価値のないやつがへらへら平気で交ざってると、すんごく邪魔だ。ここに来なくなるように、心のダメージを負わせてやろうかなって思ってね、ちょっと持ちあげて、落とすことにしたんだ。それがラブレター作戦ね。ラブレターでうかれさせておいてから、心をえぐるような手紙をおくって傷つけてやろうって。だけどね、2通目の手紙を送る前に、気づいたんだ。名前に数字が入っているってことに。だったら、その順にトラブルがおこったら、おもしろいじゃないかって思って、作戦変更さ。優秀でもないくせに、オレと同じ自転車や靴だってことにもむかついてたしね。自転車をパンクさせるのは簡単だったけど、同じ学校じゃあないのに、靴に切れ目を入れるのはちょっと難しかったね。3人で終わる予定だったのに、四谷くんがこの塾に通いはじめただろ。せっかくなら、仲間にいれてあげなくっちゃって思ってね」
なんだ、この気持ち悪いほどの饒舌さは。
「————なんて、オレが言うと思った? 優等生のオレがそんなことするわけないでしょ。悪いことをすれば、受験にも不利になるしね。学校でもいじめなんてぜんぜんしてないよ。言いがかりはやめてほしいな」
「自分の学校でいじめをして先生にばれたら受験にさしつかえるから、よその学校の子をいじめるわけか?」
「いじめられたって、本人が言ったかな? 言ってないよね。まぬけだから、気づいてさえないんだよな。ほら、いじめなんてないんだよ」
「証拠がある」
「さっきの写真か? ばーか。そんなの証拠になると思ってんの。まだ自転車はパンクしてないしね。オレはここにしゃがんだだけさ」
そこへ、アルクが近づいてきた。
「理人くん……」
「どこ行っていたんだ?」
「バイクがきて、こわかったです」
脈絡なく、アルクが言う。
アルクは大きな音のバイクが嫌いだ。
音も苦手だし、小さいときバイクに接触されてから、スピードを出して近づくものを怖がる。
おそれるあまりパニックをおこして、かえって危険な目にあうときさえある。
そこへ、遠くから聞こえていた救急車のサイレンの音が近づいてきた。
アルクはあわててイヤマフをはめた。
救急車の音も、アルクは苦手だ。
「障害があるのか?」
そいつが、ずけずけときいてきた。
ただ、にらみかえすぼくの目を見て、そいつはニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「そのヘンテコなしゃべり方、音でパニックおこしそうになるとこ。障害だよね?」
「——それがどうした」
「いや、別に。ただ、おかしくって……。そいつ、おまえの兄弟? 友だち? そんな役立たずを連れてセイギの味方みたいなことしてるなんて、笑えるな」
役立たず?
ドクン
頭に血がのぼっていくのを感じた。
「だってそうだろ。勉強も、人並みのこともろくにできないやつに、なんの価値がある」
アルクは苦手科目や苦手なことは多いけど、得意なことは、かなりできる。
勉強だって、ビリじゃない。
そう言いかえそうとして、やめる。
そうじゃない。
勉強ができるかどうかで、人の価値がきまるわけじゃない。
こいつが知らないといけないことは、そういうことだ。
ぼくがすぐに反論しなかったから、やつはいい気になったみたいだ。
「勉強できないやつが交ざってたら低レベルな塾だと思われるだろ。運動のできないやつがいたら、運動会で負ける。それって、だめなやつは邪魔だってことだろ。オリンピックでもなんでも見てみろよ。1位をとったやつはすごいって言われるけど、2位3位って、順に評価がさがっていくもんだろ。世の中は『優秀なものじゃなきゃダメ』って言ってるんだ。だからさ、優秀でないやつらは邪魔だから塾をやめてほしかったんだよね。まさかケガしてもやめないなんてね」
「おまえはオリンピックのなにを見てるんだよ。1位になる人がすごいんじゃない。1位をとるための過程がすごいんだろ。実力と運をひきよせる努力がすごいんだ。2位だって3位だって、何位だって、そこにいたる努力の尊さは価値が低いわけじゃない。それぞれがどれだけ努力しているかなんて、おまえはわかってないだろ」
「なにきれいごと言ってんだよ。こんなやつらはいないほうが世の中のためなんだ」
怒りが、一気にマックスになった。
そいつを、なぐろうと思った。人をなぐったことなんか、ないけど。
ぼくが、そいつにむかって接近したときだ。
「うわああああ———」
アルクが、叫び声をあげた。
アルクはぼくをとめようとして、ぼくとそいつに、ぶつかった。
「理人くん。暴力はいけません」
アルクが、ぼくに言う。ぶつかったはずみで、
イヤマフが、はずれていた。
「おまえこそ、暴力じゃないか。死ねよっ」
アルクにぶつかられたそいつが叫んだ。
死ね。
その言葉に、さっとアルクの顔色が変わった。
アルクは、言葉をそのままの意味に受けとる。
そいつは本気で「死ね」と命令したわけじゃない。
だけど、アルクにとってその言葉は、本物のナイフをつきたてられて言われたような恐怖を感じるんだ。
「わあああああああ」
恐怖で震えあがりながら、アルクは自分のひたいを自分のひざに打ちつけはじめた。
容赦のない、いきおいで。
「アルク……アルク、大丈夫だ、アルクは死なない、大丈夫だ」
こうなるとぼくは、アルクの背中に手をあてて、落ちつくまで見守ることしかできない。
「な、なんだ、こいつ……気持ち悪いな」
そいつの言葉に、アルクの心配より、そいつへの憎しみのほうが一瞬で上まわった。
アルクの背中から手をはずして、ぼくは立ちあがる。
「————おまえの人生、本気でつぶす。受験なんて、できないようにしてやる」
自分でもぞっとするような低い声がでた。
今まで感じたことのないような、怒りだ。
「ふっ……。写真だろ? そんなの証拠になるかよ。まだパンクしてないんだし。塾でも1位、スポーツ万能、児童会長もやってんだぞ、オレ。その叫びまくっているやつやおまえと、オレ、大人はどっちを信じると思う? オレが偽ラブレターやパンクの犯人だなんてだれが信じるか」
ぼくはアルクのポケットからICレコーダーを取りだした。
アルクは、目で見た情報を記憶したり、処理したりする能力はおどろくほど高い。
でも、耳から聞いたことは覚えにくいらしい。
だから、1人きりで行動するときは、これを持ち歩いている。
アルクが来てからのここでの会話は、これに録音されているはずだ。
「————これがあれば、大人だって信じてくれるだろ。ケガしたやつには、警察に被害届けを出せってすすめるよ。おまえ、詰めがあまいな。あったま悪いんじゃないの」
ぼくは、わざと言ってやる。
そいつの顔が怒りにゆがんだとき、ふいにアルクが起きあがった。
パニックは収まったようで、いつものしずかな目をして、そいつに顔を近づけた。
「な、なんだよ」
ただ、そいつの目をのぞきこんでる。
アルクは、人の目を見るのが苦手だ。
たまに人の目を凝視するときも、目を見ているというより、瞳を通りこして、ずーっと奥を見ているような顔をする。
ぼくらには見えない、なにかを見ているような——。
アルクは、くるりとむきを変えて、ぼくの手からレコーダーを取りあげた。
あまりに動きが自然で、流れるようだったので、素直にわたしてしまった。
自分のものだから使い慣れている。
アルクはいくつかのボタンを押すと、満足そうにポケットに入れた。
「ちょ、ちょっと待てアルク。それ、いるんだってば」
アルクのポケットからレコーダーを取りだすと……録音が消されていた。
「ああああっ、アルク、おまえっ」
口に出さなければよかったのに、ぼくは思わず叫んでしまった。
それで、そいつも事態に気づく。
「ふふっ。もしかして、そのガイジが、まちがって消去したのか?」
アルクのしでかしたことで、血の気が引いていたけれど、「ガイジ」という言葉に、その血がまた頭に上ってくる。
自分の顔は見られないけど、きっと目まで赤くなっている。
「ガイジ」——障害児の略。
だれかをバカにするとき、使うやつらがいる。大嫌いな言葉だ。
怒りのあまり言葉がでないぼくに代わって、アルクが答えた。
「消しました」
アルクはうっかりまちがったんじゃない。
消そうと思って、消したんだ。
それにやつも気づいたのだろう。やつの顔から笑みが消えた。
「なぜだ」
アルクは、またそいつの目の奥のずうっとむこうを見てこたえた。
「かわいそうだから」
アルクの言葉にかぶさるように、
「ば……っ、バカにするなよっ!」
と、そいつは、怒りをふくんだ声で叫んだ。
これまでの人をバカにしたような言葉も。攻撃的な言葉も。
どれも、こいつをおおっている着ぐるみのようなものなのかもしれない。
そのすべてがはがれ落ち、たった7音、そいつの口から出た言葉は、静かな声なのに怒りがむきだしだった。
空気がそのまま冷たく固まった。
そこへ、オヅの声が近づいてきた。
「おーい、おばちゃんが証言してくれたぞー。写真のやつがキラキラを手紙にかけたのを覚えてるってー」
オヅが、自転車をとばしてもどってきたんだ。
オヅは、ぼくらのそばにその「やつ」がいるのを見て、ぎょっとした顔をする。
一瞬逃げたそうな顔をしたあと、勇気を奮いおこしたらしい。
「独占インタビューさせてくれないか? なぜあんなことしたのか」
こんなタイミングで突拍子もないことを言うな、オヅ!
いきなり言われて毒気をぬかれたのか、そいつは、無言でこちらをにらみ、塾へともどっていこうとする。
その背中に、オヅが、
「このことは先生に伝えるから」
と声をかけた。そいつの肩はぴくりとも動かなかったが、
「テンシンくん、さようなら」
アルクの言葉には、言い終わらないうちに振りむいて、
「アマツだ!」
と叫んだ。
アルクはそいつの靴に目をやっている。
かかとの靴底に近いところに小さく「天津」と書いてある。
天津甘栗の天津、か……。それ言うと絶対怒るな……。
「栗みてえな名前だな」
あっ、オヅが口に出した。
だけど、今度は振りかえらず、天津は行ってしまった。
『呪いのラブレター事件の真相』
一郎くん(仮名)二郎くん(仮名)三郎くん(仮名)に、差出人不明のラブレターが届いた。そののち、一郎くん二郎くんは自転車のパンク、三郎くんは靴の破損という不幸な事件に見まわれた。
ラブレターではなく、呪いの手紙だったのか?
だが、6年2組の桐野美波さんが、これは同一犯によるいたずらで、犯人は男子ではないのかと推理した。
その推理を参考に我が新聞チームが聞きこみをした結果、Aという人物が捜査線上にあがった。
張りこみの結果、たまたま四郎くん(仮名)の自転車をパンクさせようとしているAを発見。その後、我が新聞チームの探偵のたくみな誘導尋問によって、Aはその犯行を自供、事件の解決にいたった。
なおAの本名は公表しないが、虹丘小の生徒ではないことを、念のためつけくわえておく。
なお、桐野さんにも差出人不明のラブレターが届いていたが、これは当事件とは無関係で、桐野さんのファンからのものだと思われる。
事件は解決したけど、理人にとって「絶対にゆるせないヤツ」が現れてしまった。
この天津という子、これで終わるはずもないぞ…⁉
次も新たなナゾが。お楽しみに!
(次回更新は2月6日(火)公開予定)
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