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【「名探偵」は1人きりじゃない。「全員主役」のミステリーがスタート!】
自閉症のアルクの毎日には「こだわり」がいっぱいで、ちょっとメンドクサイ。でも、そんなアルクだからこその「気づき」が、みんなのナゾ解きの「カギ」になるんだ! 個性凸凹なチーム全員でナゾを解く、新しいタイプのミステリー。キミにはこのナゾが解けるかな?(毎週火曜日・全3回更新)
【このお話は…】
2回連続、華麗な事件解決の特ダネをのせて、大人気になった「虹小新聞」。
今度は、クラスメイトのあいだで盗難ギワクが…この疑い、ゼッタイ晴らさなきゃ!
3 激レア☆アイテム盗難ギワク事件
平和だ……。
桐野さん……いや、もう呼び捨てでいっか。
桐野が、やたらとぼくたちに期待の目をむけてくること以外は。
「ねえねえねえ。もう謎解きの依頼はないの? 私の推理の出番は?」
「…………」
言われるたびに、オヅはしぶ〜〜〜い顔になる。
ラブレター事件を解決して以来、虹小新聞の評価はうなぎ上りだ。
新しい新聞が出ると、喜んで読むやつが、アルク以外にも増えた。
それはいいけど、オヅはネタ不足になやんでいる。
桐野からの、しつこい売り込みも、めいわくそうだ。
「また勝手に捜査協力してくれたあげく、記事に注文だされちゃ困るけえの」
捜査って……、いつからおまえ警官になった。
「しっかし……ネタがないのぉ! 事件がなさすぎるわい、この学校は!!」
とオヅが吠える。
ハハハ。だれのせいか、自覚がないらしい。
ネタ不足のオヅが、ちょっとした事件でもすぐ新聞に書くせいで、学校内でいたずらが減った。
ちょっとしたいたずらをあばかれたあげく、新聞に書かれたらかなわないもんな。
結果的に、先生たちを喜ばせる結果になってしまった。
事件なんて、そうそうおきてたまるもんか……とぼくが内心でつっこんでいるうちに、季節は夏が近づいて、プール開き前の大掃除の日が来た。
★
ぼくらの学校は小さくて、1学年2クラスしかない。
午前中、プールのなかをデッキブラシでごしごしこするのは、6年2組。
ぼくら1組は、午後。プールサイドの掃除をする予定になっている。
この割り当てをきいたとき、ぼくは内心ホッとした。
ぼくのいとこ兼親友のアルクは、池のにおいがとても苦手だ。
そして、プールのなかの掃除は、池に似たにおいがするらしい。
去年、6年生が掃除しているわきを通ったとき、思いっきり顔をしかめていた。
泳ぐのは大好きで、一度水にもぐったら、おぼれてるんじゃないかと心配になるくらい、水面に出てこないのにな。
塩素のにおいがするプールの水のにおいは、平気。
なのに、冬の間汚れっぱなしだったプールの中のにおいや、プールの横の更衣室に、かすかにたまる水のにおいは、いつもいやがっている。
湿気がこもる更衣室は、たしかにぼくでも気持ちのいいものではないけど……。
ぼくが「気になっても無視できる」くらいのちがいを「とてもつらく感じる」のがアルクだ。
2組は、ぬれてもいいように水着着用で掃除するらしい。
掃除が終わったら、先生に水をかけてもらって、騒ぐんだろうな。
楽しそうだ。だけど、アルクのためには、1組がプールサイドの掃除でよかったと思った。
体操服での作業なら、プールの更衣室に入らなくてすむ。
アルクはなにごともないときは淡々としてるけど、心配事があると、ひとりごとが止まらなくなる。
そうなっちゃうと、ちょっとめんどくさい。
においだけじゃなく、アルクは音や光、手ざわり、いろんなことに人より敏感だ。
低学年のころにくらべれば、最近では、うんとがまんできるようになってきたけど。
それでもぼくは、アルクが不安やつらさを感じることは、なるべく避けたい……と思うんだ。
プール大掃除の日の3〜4時間め、ぼくら1組は図工の課題で校内を歩きまわっていた。
校内の風景でも、人物でも、なんでもいいからスケッチをするという課題だ。
場所を変えて、何枚か描かなくちゃいけない。
ぼくが裏庭にいくと、アルクもついてきた。
いつものことだけど、一応言ってみる。
「アルク、ほかに行きたいところあったら自由に行っていいんだぜ」
「ここでいいです」
アルクはたいてい、ぼくのあとをついてくる。
「有川理人といっしょにいる」というアルクのルールを守っていると、落ちつくんだろう。
ぼくが裏庭で、ちょっとさびついた鉄棒の様子のスケッチをはじめると、アルクは、となりで、ぜんぜん違う絵を描きはじめた。
それは「6年1組の窓から見える風景」だ。
今ここで見ている風景じゃない。だけど、まるで目の前のものを描いているようにリアルだ。
アルクは「記憶している」んだ。
見なくても、頭の中に写真を撮ったみたいに、すごく正確な絵が描ける。
こんなアルクの特技を、あの天津に教えたいと思う。
おまえにこんなことできるか!って言ってやりたい。
別に「特技があるからアルクはすごい」んじゃなくて、なんの特技がなくても、ぼくにとってアルクは、大切な存在なんだけど……。
鉄棒のスケッチを終えたぼくは、アルクに声をかける。
「——今度は校庭のくすのきの絵を描こうかな。アルクは?」
きくまでもなかった。
ぼくが立つと、いっしょに立ちあがる。
裏庭から校庭へむかう通路を通っていくと、そこでクラスメートの曽良と、それから少しおくれて五木くんとすれちがった。
「おー理人。今から校庭方面か? オレは今から裏庭行くんだ。じゃあなー」
ソラはいつも、ほがらかなやつだ。
一番仲のいい川野といっしょだと思ったのに、別行動してるみたいだ。
五木くんとは、連れではないんだろうな。
たまたま場所を移動するのが同時になったのかも。
2人とすれちがった瞬間だった。
アルクが、パッと手を自分の鼻にあてた。
苦手なにおいがするとき、アルクは鼻をおおって守ろうとする。
遠慮なく、「くさい」と口にしちゃうときもあるけど、今日はがまんしたようだ。
2人が完全に遠ざかってから、ぼくは言う。
「——だめだよ、アルク。クラスメートにむかって、くさいなんて言ったら。……いや、クラスメートでなくても、とにかく、だれかにくさいなんて言ったらだめだよ」
「言ってません」
まあ、たしかに、言ってはいないか。
「鼻をおおうのって、『くさい』って言ったのと同じことになるんだよ」
言いながらぼくは、見えなくなったクラスメートのほうを振りかえった。
さっきすれちがった、五木くん。
彼のことを、「ゴキ」って呼んで、いじるやつがいる。
漢字の読み方を変えただけと言えばそうだけど、やっぱり、あまり口にしてうれしい音じゃない。
仲のいいやつなら、ぼくはあだ名か呼び捨てで呼ぶけど、五木くんは「イツキ」と呼ぶほどは親しくない。
——その五木くんが、今日着ていた服は、昨日も着ていたものだ。
一昨日も、着ていたのを覚えている。
同じ服を何枚も持っているわけじゃないことは、一昨日の給食で出たミートソースがちったしみが同じ場所にあったから、わかる。
ようするに、着がえてない。
このところ、だいぶ暑くなってきて……ほんのりにおった。
以前は、こんなことなかった。
最近の五木くんは、髪の毛もなんだか、べたついている。
このあいだは、保健室の吉野先生が、五木くんを呼んでいるところをみかけた。
そのあと、五木くんの髪はさらさらになっていた……。
ぼくは「ゴキ」だなんて呼んで、いじわるする気にはならない。
だけど、なかよくするような接点もない。
五木くんはいつも静かな子で、口数が少ないから、なにに興味があるのか、なんの話をしたらいいのか思いつかない。
だけど、そんな五木くんに災難が降りかかったんだ。
★
「ゴ〜キ! オレの本、盗んだだろ!」
2組の武田が、昼休みに1組の教室まできて、大きな声で言った。
オヅが、すばやく立ちあがった。
五木くんをかばうためっていうより、また、新聞記事のためなんだろうな。
アルクも同時に立ちあがった。手を鼻にあてている。
武田とその仲間たちは、アルクの横を通り抜け、五木くんをとりかこんだ。
「と、と、と、とってません……」
五木くんの声は、蚊がなくように小さい。
「オレらが、プールの掃除をしているとき、ゴキが更衣室に入ってったって、ソラが証言してるんだ、まちがいねーよ!」
ソラが?
そう言えば、図工の時間、すれちがったとき、ソラのそばに五木くんがいたな……。
そのとき、ソラがぼくに声をかけてきた。
「あ、理人。おまえも見ただろ、ゴキが更衣室のほうから来たの?」
……武田だけじゃなく、ソラまで「ゴキ」って呼ぶのか。
ぼくは、いやな気持ちになった。
「見てないよ。すれちがっただけじゃないか」
「で、で? なくなったもんは、なんなんじゃ?」
オヅが、取材記者っぽく話に割りこんできた。
「ポケTゲームの特典ガイドブックだよ」
「あー、あの抽選であたる激レアなやつか。武田、あたったんか、すごいな!」
スマホで遊べる大人気の位置情報ゲームで、アプリを起動させながら歩きまわると、宝物をゲットできる。
宝物と言っても、もちろんゲーム上のことだ。
でも、その宝物によっていろんな能力を身に付けることができて、バトルで有利なんだそうだ。
スマホを持ってないぼくには関係ないけど。
どこへ行くとなにがゲットできるかを知るには、偶然か、口コミがたより。
その攻略本の抽選プレゼントのCMを最近見た。
「でも、そんなもの、なんで学校に持ってきて、なんで更衣室に持ってったんだよ」
「オレがあたったって、みんなが信じないからさ、見せてやろうと思って。プールの掃除の間に盗まれたらいやだし、教室においておかなかったんだ」
そのとき、女子の声がわりこんできた。
「ばっかねータケダ。五木くんが、そんなもの、とるわけないじゃない」
桐野だ。
「五木くんはスマホ持ってないんですもの。ゲームができないんだから、いらないでしょ」
そのセリフ、オヅも言おうとしていたらしく、ちょっとくやしそうに桐野をにらんでいる。
武田が胸をそらして、桐野を見下ろす。
「ばっかだなあ。高く売れるんだよ! それに桐野、おまえ、他人事みたいに言っているけど、おまえも容疑者の1人なんだからな!」
「はぁ? なに言ってるの?」
容疑者って……。
「だって、おまえも男子更衣室に入っただろ!」
「ん? ……ああ。だって私、風邪ぎみだから、水着にはならなかったし。プール備品の文字の消えかけているのを書きなおす係だったでしょ。マジックをとりに行って、プールにもどるとき、男子更衣室を通過するのが近道なんだもの。だれもいない時間だったし、いいじゃない」
「今んとこ、オレらが掃除中に、更衣室に入ったのは、桐野とゴキだけなんだ! おまえらのうちのどっちかが盗ったんだろ!」
「ボ……ボクは更衣室に入ってないよ」
「私だってとらないわよ、そんなもの。私はスマホを持ってるけど、ゲームはしないもの。そもそもゲームのタイトルが『ポケT』って。Tはトレジャーの略かもしれないけど、ポケットティッシュみたいでダサい名前って思ってたもの」
「でもな、桐野、その本が入ってた袋、トレジャーエンジェルの限定袋だぜ?」
武田がじろりと見ると、
「ええっ! それはほしいわ。トレジャーはトレジャーでも、そっちはほしいわ!」
目が輝いてる……。
——桐野は、演技ができるタイプじゃない。
最近人気のアニメの限定袋ならほしい! っていうのは本心だろう。
っていうことは、「盗んでない」のも本当だろう。
「そういえば、ゴキの妹が、うちの妹のトレジャーエンジェルのペンケース、うらやましそうに見てたって聞いたぞ。もしかしてゴキ、妹のために限定袋がほしかったとかじゃないか?」
ソラが言って、みんなの目が五木くんにむかう。
武田が言う。
「なあ、ゴキ。袋はやるからよ、せめて、本かえしてくれよ」
まるでゴキが盗んだことが決定してるみたいな言い方だ。
「ボ、ボクじゃない」
「じゃあ、犯人は桐野だっていうのかよ?」
「き……桐野さんはそんなことするヒトじゃないよ……」
五木くんは、武田の目をしっかり見て言った。
結局、五木くんは認めず、本も出てこないまま、放課後になった。
武田も、先生には言わなかったらしい。
そんなものを学校に持ってきてたのかと叱られるだろうし。
五木くんを犯人あつかいする空気だけ、そのまま教室に残ってしまった。
でも、ギワクの根拠は、ソラの目撃情報だけだ。
桐野なんて、更衣室へ入ったことを本人も認めているのに、五木くん犯人説のほうが有力っていう空気だ。
気に入らない……。
さいわいだったのは、1組の終わりの会のほうが早くて、武田たちがうちのクラスにおしかけてきたときは、五木くんは帰ったあとだったってことだ。
だけど……。