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【怪盗レッド・少年探偵 響の秋木真さんの贈る、だれも見たことのない新ヒロイン!!】
「名探偵のひとり娘」なのに、夢を認めてもらえない七音(なお)。でも、かまわない。あたしなりのやり方で、探偵を目指す――!
新シリーズを、どこよりも早くためし読みしてね!(全4回)
【このお話は…】
あたしは深沢七音。小学生だけど、探偵よ。知らないって?
くやしいけど、今はしかたない。
でも、覚えててね。
いつかきっと「七音だからこそ、まかせたい」って、頼りにされるようになる。
いまは、「少年探偵・白里響のオマケ」みたいに思われていても、ね――。
0 あたしのなりたい「探偵」って?
「この事件の犯人は、あなたね!」
あたし――深沢七音は、1人の中年の男性を指さす。
ここは、とある屋敷の大広間。
とつぜんの病気で、ここの当主が亡くなり、ゴタゴタしていたどさくさに賊が入りこみ、屋敷の中から、高価な宝飾品が盗まれた――というのが、警察の捜査。
だけど、あたしの推理では、それはちがう。
一見、宝飾品とはまったく関係ないように見えた、名もない絵画が燃やされていた件。
それが――事件のカギだって。
あたしに指をつきつけられた中年男性は、あきらかにうろたえてる。
大広間にいた人たちが、ざわつきながら、あたしたちを見る。
「ど、どうして、わたしが……?」
「気づいてないのね。あなたは、大きなミスを1つ犯したわ。事件後、事件に使われたライターが見つかった場所に立ち入れたのは、あなただけなの」
「そ、そんなはずは……使用人たちも入れたはずだろう」
中年の男性は不満そうに声を荒らげる。
あたしは、左右に首をふる。
「使用人さんたちのアリバイは、すべて確認済みよ。しかも、鍵は共同で管理されていて、鍵を自由にもちだせる時間に、1人で行動していた使用人さんは、存在しなかったわ」
「だからって、なぜわたしだ! 小娘の探偵ごっこで、失敬な決めつけを……おまえの保護者はどこだ!?」
「決めつけ? それはどうかな。――あなたが絵画を燃やしたのは、ほかの宝飾品を盗むときに、うっかり絵に指紋をつけてしまったからだったのね。名も無い作品だから、あなたは気に留めずに燃やすことにした。でも、その絵画の燃え残りが、ある女の子によって拾われていたの。その燃え残りには、あなたの指紋が残っていた。――あなたは、美術品の保管庫には、いっさい立ち入ったことはないと言っていたのに!」
あたしは、中年の男性……いや犯人を、まっすぐに見つめる。
証拠はそろってる。
言いのがれは、できないんだから!
「そんな、まさか…………」
あぶら汗を流して動揺していた犯人が、とつぜん、あたしにむかって突進してくる。
「いや、そんなはずはない! 言いがかりだ! すべておまえのでっち上げだろうが!」
おっと、往生際のわるいおとなだね。
あたしがかまえをとった、そのとき。
「警察だ!」
「逮捕する!」
大広間に、おおぜいの刑事たちが、なだれ込んできた。
刑事たちが犯人に押しよせて、あっという間に手錠をかける。
あたしがおどろいていると、刑事たちのうしろから、白いジャケット姿のあいつ――白里響がゆうゆうとした足取りで現れる。
……大広間の外で、ひかえてたってわけ。
したたかな響らしい。
大広間は、とつぜんの逮捕劇に、ざわついている。
まるで、ドラマみたいな光景。
だけど、これは現実なんだ。
そして、あたしと響は、刑事でもなんでもなく――ふだんは、ただの小学6年生。
特別な捜査許可をもらって、「探偵」として、警察に事件解決の協力をしている。
「――七音、謎解きは、警察がくるまで待つべきだろう。1人で犯人にたちむかうなんてリスクが大きすぎる」
響があたしに近づいてきて、言う。
それは……。
事件にかかわった女の子が、犯人にむかって、直接、質問をぶつけようとしていたからだ。
質問は、犯人にとってまずい事実に、女の子が気づいていると伝えてしまうものだった。
そうなれば、その子の身が危うくなる。
女の子が傷つけられる前に、動かなきゃって思ったんだ――だけど。
「…………わるかった。反省してる」
あたしは、言いわけせずに、かるく頭をさげる。
このタイミングが本当によかったかと言われれば、うなずけない。
犯人はつかみかかろうとしたけど、あのていどなら、あたしにもさばけたって思うし……。
もしかしたら、だれかをまきこんで怪我をさせたかもしれないし。
「響が、いいタイミングで警察を突入させてくれて、助かった。ありがと」
響にお礼を言うなんて、くやしいけど。
あたしが少し目をそらしたまま言うと、響はかるくうなずいた。
いばってるわけじゃないのは知ってるけど、やっぱりえらそう。
そのまま、きびすを返して、刑事さんたちのほうにむかう。
「それで警部、このあとのことですが……」
響は、話しながら、刑事さんたちと大広間を出ていく。
――警察への「特別捜査許可証」を持っている響と、なにもないあたしでは、やっぱり影響力が、まったくちがう。
しかたないけど……やっぱりくやしいな。
ううん。
ちがう、今あたしが考えるべきことは。
あたしは大広間内に、さっと視線をめぐらす。
……いた!
豪華なソファのうしろにかくれるように、しゃがんで泣いている女の子。
「うっうっ……お父さんの大切な絵が……」
おとなたちの耳にはきこえないくらいの、小さな泣き声。
犯人に質問しようとしていた、女の子。
犯人が燃やしたのは、亡くなったお父さんが描いた絵だったんだ。
高値でとりひきされるような価値はなくても。
あの子にとっては、かけがえのない1枚だったの。
「ごめんね……守ってあげられなくて」
あたしは女の子のそばによる。
「お姉ちゃん……!」
女の子の泣き声が大きくなって、あたしの胸に抱きついてきた。
あたしはただ、抱きとめる。
犯人は、つかまった。
だけど、永遠に取りもどせないものがあって、かんたんには消えない悲しみが残った。
探偵の役割は、犯人を見つけだすこと。
だけどそのとき、あたしは思ったんだ。
あたしは、泣く人がいなくなることを目指して、探偵になりたい。
この子の涙を、あたしは絶対にわすれない。
――人の気持ちによりそう、探偵になるんだって
1 パパの「特別捜査許可証」
……パパ?
ぼんやりとした頭の中、ぼさぼさの頭と無精髭の男の人が立っている。
あたしのパパであり、「名探偵」として、日本中に、その名が知られる小笠原源馬が。
パパはあたしから少しはなれた場所で、きびしい横顔を見せている。
きっと、捜査のことを考えてるんだ。
話しかけられない……。
そのとき、あたしのとなりから、パパにむかって走っていく人がいる。
――響!
ちょっと、待ってよ! あたしもいっしょにいく!
かけよりたいのに、どうしてだか、あたしの体は動かない。
口を開くけど、声が出ているのか出ていないのか、わからない。
パパは、すぐに響にうなずいて、熱心に話しこんでいる。
すると、ふとパパが気づいたように顔を上げて、あたしを見る。
その瞬間、パパは、「探偵」じゃなくて、「七音のパパ」の顔になった。
パパ、あたしも捜査する! 連れていって!
あたしはさけぶ。
だけど、パパは小さく、でもきっぱりと首を横にふると、あたしに手をふり、背をむけた。
歩いていってしまう――響とならんで。
パパ……待って!!!
あたしは、遠ざかっていく2人の背中を、見つづけることしかできなかった。
「――七音。いつまで寝てるの、おきなさい。七音」
声がきこえて、あたしはうすく目を開ける。
目のはしにたまっていた涙を、そっとぬぐう。
……そっか。
今のは夢だったんだ。
見あげると、ベッドの横には、あたしのママ、深沢果歩が立っている。
肩より長い髪に、襟のついた白いシャツに、スカート姿。
これにジャケットを着れば、仕事にいくときの服装だ。
「どうかしたの?」
ママが、あたしの顔を見て、心配そうにしてる。
「なんでもない。ちょっと夢を見ただけ」
あたしは、首を横にふって笑う。
そう。いつも見る夢だ。
ママには、パパの話はしないほうがいい。
だって、2人は離婚したんだから。
今は、あたしとしっかり者のママとの2人暮らし。
どうしてママとパパが離婚したのかは、くわしくきかされていない。
2人が「これがいい」って思っているなら、あたしからは、なにも言えないことだから。
「なら、いいけど。朝ご飯は用意してあるから、早く準備しちゃいなさい」
ママはそう言って、部屋を出ていく。
あたしは制服に着替えて、リビングにむかう。
リビングのテーブルには、香ばしい匂いのトーストと、もう1つのお皿にスクランブルエッグとサラダが盛りつけられている。
あたしは、テーブルにつく。
「それじゃあ、私は先に出るけど、ちゃんと戸締まりしてから出てね」
「うん、わかってるよ。ママ、いってらっしゃい」
「いってきます」
ママは、リビングを出ていく。
その背中を見ながら、あたしは考える。
ママにはわるいけれど、あたしは、パパ――、
名探偵・小笠原源馬に、あこがれてる。
「父親」として恋しい気持ちもあるけど、それだけじゃない。
小笠原探偵は、警察に協力して数々の事件を解決し、その功績のために「特別捜査許可証」という、日本で唯一の、探偵が警察と同じように捜査できる特別な立場を持っていた。
そう。「いた」なんだよね。
今はそれを、あいつが持っている。
パパが外国での捜査にむかうとき、「許可証」は、あいつに託されたんだ。
あいつが、だれかって?
また、それはあとで話すよ。
今は、いそがないと、学校に遅刻しちゃう!
2 転校生のこまりごと?
「おはよう!」
あたしは教室につくと、クラスメイトにむけてあいさつする。
「おはよう、七音ちゃん」
「深沢、おはよー」
女子からも男子からも関係なく、あいさつが返ってくる。
あたしは自分の席につくと、となりの席にすわる、すまし顔の男子を見る。
「おはよ、響」
あたしは、さっきより少しそっけない声で言う。
「おはよう。今日はおそかったな」
すまし顔の男子――白里響は、あたしを見て、落ちついた口調で言う。
「いつもよりちょっと、おきるのが遅かっただけよ」
あたしは、なんだか負けた気分になって、ちょっとムスッとして答える。
べつに、勝負なんてしてないんだけど。
響は、けっこうかっこいい見た目だし、ふだんはおだやかで、だれに対しても人あたりがいい。
ふつうの優等生タイプに見えるけど、それだけじゃない。
――響は、名探偵・小笠原源馬が、ただ1人認めた「弟子」なんだ。
今は、小笠原源馬の「後継者」として、「特別捜査許可証」を持つ、日本でたった1人の探偵。
――まだ、子どもなのにね。
夢で見たのと同じで、あたしがどんなに「探偵になりたい! 弟子にして!」ってたのんでも、パパは認めてくれなかった。
だから、少し前までは、響にすっごく、ライバル意識を持って、かみついてばかりいた。
……ううん、正直にいえば、今でも不満は持ってる。
どうして響が?
どうして響だけ? って。
でもね――今は、ちょっとちがうんだ。
響はたしかに、優秀な探偵だ。
まだ小学生なのに、いろんな事件を解決していて、すごいやつだってことは認めるしかない。
パパが「後継者」って決めたのも、くやしいけど納得する。
でも――最近、気持ちが変わった。
だからって、あたしが、「探偵をあきらめなきゃいけない」ってわけじゃないって。
あたしの「探偵をやりたい」って気持ちとは関係ない。
パパが、自分の道に、あたしを連れていけないって言うなら……。
あたしは自分の――探偵七音の道を、探してみようって。
あたしはあたしのやり方で、「探偵」になりたい。
それが、今のあたしの目標。
……といっても、まだまだなんだけどね。
「七音。この間の事件、犯人が、罪を認めて自供をはじめたらしい」
響が、あたしにしか聞こえない小声で、教えてくれる。
自供っていうのは、犯人がつかまったあとに、警察とかで話すこと。
この間の事件、あたしには、まだ苦い気持ちがある。
犯人のことより、女の子の泣き顔が、頭に残ってるんだよね。
どうしても考えてしまう。
あの女の子を泣かさないですむ方法は、なかったのかって。
「……まだくやしいよ。あたしたちがもっと早く犯人をつきとめていれば、あの子の思い出の絵が焼かれることもなかったのに――」
「七音。探偵は神様じゃない。なんでもできるわけじゃない」
響が、ぽつりと言う。
「……わかってるよ」
そんなことは知ってる。けど、考えちゃうんだ。
そんなところでチャイムが鳴って、教室の前のドアから20代後半の女性の先生が入ってくる。
春口命花先生。みんなからは、命花先生って言われて、したわれている先生だ。
「みんな、おはようございます。さっそくですが、最初に紹介したい人がいます。今日からこのクラスの仲間になる子です。……中に入って」
命花先生が、開いたままのドアのむこうに、声をかける。
すると、ドアから女の子が教室に入ってくる。
「転校生?」
「急だよね」
意外そうに、教室がざわめく。
それもあたりまえ。
転校生がくるなんて話、あたしも情報をつかんでない。
「自己紹介をしてもらえるかな?」
命花先生が、転校生の女の子に声をかける。
「紅月色葉です。……運動が得意です」
紅月さんはそれだけ言うと、ぺこりと頭を下げる。
これで自己紹介は終わり?
なんだか、不思議な雰囲気のある女の子だ。
身長は155センチ以上あるかな、女子の中でもけっこう高い。
すらりとして、姿勢がいい。
歩いてる姿勢を見ただけだけど、ほかの子とはちがうなにかを感じた。
切れ味のいい身のこなしが、なんとなくただの小学生じゃない気がしたんだよね。
……ただの思いすごしかもだけど。
でも、たぶん教室のみんなは、ほかのことが気になっていたんだと思う。
教室に入ってきてから、あいさつをするまで、ぜんぜん表情が変わらなかったから。
緊張してるっていうのとも、ちょっとちがいそう。
まるでお人形みたいな無表情。
だけど、不機嫌そうにも見えないんだよね。
ふつう、こういうときって、笑顔になろうとするものじゃない?
「紅月さんは、深沢さんのとなりの席ね」
命花先生が、響とは反対側の、となりの空いている席を、指さす。
紅月さんはうなずくと、こちらにまっすぐにやってくる。
「紅月さん、よろしくね」
あたしは、小声で話しかけてみる。
「うん、よろしく」
紅月さんはぺこりとしながらあいさつを返してくれて、席にすわる。
やっぱり、表情が変わらないだけで、無口っていうわけでもなさそう。
紅月色葉かぁ……。
どういう子なんだろう……興味がわいてきちゃったな。
となりの席だから、すぐに話ができるかなと思ったけど、考えが甘かった。
休み時間になると、すぐに紅月さんはクラスメイトにかこまれたから。
「ねえねえ、どこからきたの?」
「山のほう」
「田舎暮らしってこと? どんなところ?」
「川や森があって、自然が多い」
「運動が得意って、なにかしてたの?」
「……クライミング?」
「それって、壁のぼったりするやつ? すごいっ!」
そんな調子で、紅月さんはずっと質問攻めにされている。
紅月さんはあいかわらずずっと表情がほとんど変わらなくて、質問には、きちんと答えているけど、言葉は多くない。
紅月さんがいやがっているようなら、間に入ろうかなとも思ったけど、そうでもなさそうだから、そのままにしておいた。
表情がないといっても、さすがにいやがっていればわかる……はず。
そんな感じだから、紅月さんと2人で話すのは、まだあとかなと思っていたんだけど、意外なことに、話しかけてきたのは、紅月さんからだった。
お昼休みになって、あたしは最上階から屋上につづく階段に腰かけて、本を開いていた。
屋上は鍵がかかっているから、ここには普段、人がこない。
しずかに読みたい本があるときは、ここにきているんだ。
紅月さんが現れたのは、そんなときだった。
「――――深沢さん、ちょっといい?」
とつぜん紅月さんに話しかけられて、あたしはびっくりした。
本を読んでたからってこともあるけど……近くにくるまで、ぜんぜん気づかなかった!
まったく音を立てずに、階段を登ってきたんだ!?
「も、もちろん、いいよ」
おどろきを顔に出さないようにして、あたしは応じる。
どうして彼女は、ここにあたしがいることを、知ったんだろう?
あたしがここで読書してることは、クラスメイトにも話していない。
仲のいい友達には言ってあるけど、あたしが静かに読書をしたいってことを知っているから、かんたんには教えないと思うのに……。
あたしの前で立ち止まった紅月さんが、ズバリと話題を切りだした。
「深沢さんと白里くんは、この学園の『探偵』だってきいた。すごい」
えっ、だれからそんなこと?
「探偵って、それはおおげさだよ。ちょっと手を貸したりしただけ」
だれかが、あたしと響のことを話したらしい。
といっても、みんなにはあたしたちが警察に捜査協力してることは秘密にしているから、きいたのは、学園内であった事件を解決したことについてだろうけどね。
あたしと響は小学生だから、事件解決後のマスコミ発表には出ないし、関係者に口止めもされてる。
だいたい『小学生が警察に協力して事件を解決している』ときいても信じない人が多いだろう。
「2人が、学園であった事件を解決したって、きいた。――七不思議事件」
えっ。
七不思議事件について、知ってるの?
今日転校してきたばかりの、お昼休みなのに。
――七不思議事件っていうのは、あたしと響が解決した、この学園の「七不思議」になぞらえておきた、傷害事件のことなんだ。
その裏には、悲しい理由があって……と、それはいまはいいか。
でも、七不思議事件は、学校全体を巻きこんだ大きな事件だったから、みんなもかるがるしくは口にしないと思うんだよね。
なのに知ってるっていうことは、紅月さんが特別な興味をもって、くわしくききだしたとしか思えない。
……うーん、ちょっと、違和感があるな。
なんなんだろう、この子。
そのとき、紅月さんが、真剣な目でまっすぐにあたしを見た。
「わたしもこまっていたら、助けてくれる?」
えっ……。
「も――もちろん! いつでも相談に乗るよ。でも、ほんとに期待しすぎないでね。そんなにたいしたものじゃないんだから」
あたしは、紅月さんに答える。
困ってることがあるなら、もちろん助ける。
でも、なんだか違和感があるんだよね。
転校してきたばかりの子に、こんなお願いをされるなんて……。
それで、どうにもどっちつかずな言い方になっちゃう。
「相談していい? ――探偵、深沢七音に」
心の中を見とおすような瞳で言われて、あたしは思わず息をのむ。
本当にこの子、紅月色葉って……どういう子なの?
「今? ここで相談をきこうか?」
あたしはとまどいをかくしたまま、色葉にたずねる。
「ううん。またいつかで、いい」
それだけ言うと、あたしの返事も待たずに、色葉は背をむけて階段を下りていってしまった。
あたしは、読みかけの本を持ったまま、ぽかんとして見おくる。
なんなんだろう?
つかみどころのない不思議な子だけど、わるい人には見えない。
それは、ただの勘だけど。
そんなことをしているうちに昼休みが終わって、5時間目の体育はバレーボールだった。
バシン!
色葉のはなつ鋭いスパイクは、男子も女子も受けられるのは、ほんの一部だった。
しかも、ボールに追いつくのがやっとっていう、ド迫力のスピードだ。
運動が得意とは言っていたけど……想像以上かも。
ちなみに、あたしは受けられなかった。
あたしも、運動神経はいいほうだと思うけど、あのスパイクはバレーの経験がないと無理なんじゃないかな……。
響はぎりぎりボールを返せてたのが、ちょっとムッとしたけど。
色葉は、勉強もよくできて、算数の授業でもあてられた問題を、すらすらと答えていた。
文武両道だ!
たった1日なのに、クラスで、一目おかれてしまった。
みんなに注目されても、まったく表情が変わらないし……。
「相談していい?」
なんて言ってきたけど、今のところそんな様子は、ぜんぜん見えないんだ。
とはいえ、すごく優秀な子だって、こまりごとがないわけじゃないよね。
色葉は、なににこまっているんだろう……?
あたしは、ちらりと色葉のことを見る。
ぴんと背中を伸ばして、授業に集中してる。
少しの間、気にとめて、観察していようかな。
あたしはそう決めて、今は命花先生の国語の授業に集中することにした。
3 探偵たちを追う者は
色葉が転校してきてから、3日がたった。
さすがにいつまでも色葉のまわりにみんなが集まることもなく、教室はいつもどおり。
色葉は、とくに仲のいい相手は決まっていないようだけど、クラスメイトとそれなりに話をしている。
……逆に不思議なんだ。
このクラスにいることに、ぜんぜん違和感がないってことが。
3日前に転校してきたばかりとは思えないぐらい、とけこんでいる。
転校慣れしてるっていう、感じでもないんだけどね……。
やっぱり、ちょっと変わっている。
あのあと、色葉から、なにか相談されたりもしていない。
「事件を解決したことがある」ときいて、ただ、言ってみただけなのかもね。
それならそれで、いいことだ。
探偵としては、事件があるより、ないほうがうれしいんだから。
それより、チャンスがあれば、色葉ともう少し話がしたいんだけど……。
じつはあのあとは、なぜかちゃんと話ができていない。
話しかけたいけど、そう思うクラスメイトはほかにもいるし、そういうとき、あたしは機会をゆずってしまうほうだから。
そんなことを考えつつ、あたしは放課後の校舎を出る。
校舎を出たあたりで、響のうしろ姿を見つける。
うっ……。
響とはふつうにクラスメイトだし、学校の外でも顔を合わせる間柄だけど――心がまえがいる相手でもある。
あいつの前では、絶対にシャンとしていたいっていうか。
隙を見せたくない相手なんだ。
あたしは、それとなく距離を保ったまま、響のあとを歩いていく。
しばらく歩くと、学校の生徒もいなくなった。
あたしはため息をついてから、響へと近づいていく。
「――気づいているでしょ」
あたしは響のとなりにならぶと、正面をむいたまま、仏頂面で言う。
「声をかけなかったのは、七音もだろう」
響は、なんてことのないように答える。
もう!
そういうところだよ、そ う い う と こ ろ !
すかしてるっていうか、なんか気にくわない!!
「どうせ、事件に関することは学校の近くでは話せないし、いいけどね。――このところ、事件は特におきてないんでしょ」
「ああ。猿渡警部からも連絡はない。平和だ」
響がとなりを歩きながら、答える。
あたしと響が今、むかっている行き先は、いっしょだ。
パパが残したセーフハウスの1つ。
日本のあちこちに……もしかしたら、世界のあちこちにも、パパは「セーフハウス」という活動できる拠点を持っている。
今はパパが日本にいないから、パパが日本で活動していたときにアシスタントをしていた、倉田静乃が住んでいる。
そこを、あたしと響が、探偵事務所のように、つかわせてもらってる、というわけ。
探偵事務所といっても、べつに看板も出してないし依頼者を募集してるわけでもないけど。
なにか事件がおきたときに、そこで情報を整理したり、人に聞かれたくない話をするためにつかってる。
なにも事件がないときは、ただ集まって、話をするだけのこともあるんだ。
あたしと響は、大通りに入る。
人が多くて、混雑する中を進んでいく。
「ねえ、気づいてる?」
「とうぜんだ」
あたしの質問に、響が小さくうなずく。
やっぱりね。
注意深く、距離をとっているけど、まちがいない。
あたしと響のことを、追ってきている人がいる。
しかも、こっちからは見られないように、慎重な位置につけていて、尾行になれている感じだ。
尾行されてることに気づいたのだって、あたしと響だからで、そうじゃなければわからなかったと思う。
「だれかに尾行される覚えなんて、ないんだけど」
「事件にかかわっている立場なら、逆恨みを受けることはあるかもしれない」
響が冷静な顔で言う。
あ―――、逆恨みかぁ。
つかまった犯人本人は無理だとしても、その犯人のことを好きだったり、大切に思っている人が、つかまえたあたしや響を恨むことは、ないとは言いきれないよね。
だからって、素直に恨まれてもあげられないんだけど……。
どうしよう?
「――行くぞ」
響が、それだけ言って、とつぜん走りだす。
スピードは、かなり速い。
もちろん、あたしも同時に、人混みをぬいながら走っていく。
あたしたちを追ってきている相手が、あわてたように追いかけだしたのがわかる。
そのまま、あたしたちは、ふり返らずに路地に入る。
正面は、行き止まりの路地だ。
尾行者も、つづけて路地に入ってくる。
慎重な足どりで、ゆっくりと、あたしと響の前に進み――――通りすぎていく。
尾行者の足音が、とまどったように、そこで止まる。
路地に、あたしたちの姿が見えないから。
ガチャ
そのとき、あたしと響は、路地に面したドアを開けて、ビルの中から路地へと出る。
あたしと響は、路地に飛びこんでから、すぐに左側のビルのドアの中へ入ったの。
このドアが開いているのは、知ってるからね。
尾行をまいたりするときに、よく使う手なんだ。
今回は逆に、尾行者の正体をつきとめるために、使ったわけだけど。
さあ、どんな尾行者なのか、その顔を見てやろう…………えっ?
あたしは、思わず、あっけにとられる。
となりの響も、息をのんだのがわかった。
だって、目の前に立っていたのは――
さっき教室で見たばかりの、紅月色葉だったから。
放課後、2人の探偵・七音と響のあとをつけてきたのは、
転校生・紅月色葉だった――。
いったいこの子は、何者!?
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