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英治はスマホを伏せて、頭の中を整理した。
まさか、ひとみたちが解放区を作っていたなんて。そして、あの解放区放送。
クラスの女子たちは、解放区の中でいきいきと過ごしていて、画面の上では、たしかに『安全で快適な場所』に見えた。だが、どんな場所にいるかを言わないのだから、十数分ほどのあの映像では、実際のところはわからない。
それでも、すっかり向こうのペースに乗せられて、心配する親たちをうまく説得する役目まで押しつけられてしまった。
何度も電話をかけてきている、ひとみの母親、雅美(まさみ)に、報告しないわけにはいかないが、下手なことは言えない。大ごとにされてしまったら、ひとみたちの計画が台なしになってしまう。
英治は大きく深呼吸をしてから、雅美に電話を入れた。
「菊地英治です」
『ひとみ、見つかった?』
雅美は、英治が名のるのとほぼ同時にきいてきた。
「どこにいるかは、わからないんですが、女子だけで安全な場所に泊まりに行って、無事で元気です」
『どこにいるのかわからないのに、安全だなんてどうして言えるの?』
「本人がそう言っていて……。万が一、危険な目にあった時は、すぐにぼくらに連絡(れんらく)が入ります」
『危険なことなんて、万が一でもあったら困るわよ。菊地くんは、ひとみと話したの? スマホはずっとつながらないのに、どうやって連絡を取ったの?』
「動画配信を通して少し、話したというか……」
『いつ帰るって言ってた?』
「それは……」
『仮に安全な場所にいたとしても、無断で出ていって、連絡も取れなくて、いつ帰るのかわからないのでは話にならないわ』
雅美にまくしたてられて、あせった英治は、
「明日には、きっと帰ります」と、つい口からでまかせを言ってしまった。
『明日なんて遅いわよ。ひとみと連絡が取れるなら、すぐに帰るように言ってくれる?」
「それが、こっちから連絡が取れる状況じゃなくて、明日くらいならどうかなって……」
『じゃあ、もし明日までに帰ってこなかったら、他の子の親とも相談して、学校か警察に連絡することにするからね』
雅美は、そう言って電話を切った。
ひとみたちが、二日や三日で帰るつもりなどないことは明白だ。かといって、連絡の取りようもない。英治は、自宅にみんなを呼んで話しあうことにした。
十一時になり、相原、安永、柿沼、日比野、天野、谷本、宇野の七人が英治の家に集まった。
「女子には、だれも連絡がつかないんだろう?」
朝の解放区放送を見ることのできなかった安永が、英治にきいた。
「みんな、スマホの電源切ってるからな」
「まあ、連絡がついたところで、親の言うことをきいて帰るような連中じゃないよな」
「そりゃそうだ。去年のおれたちのことを思いだしてみりゃわかる」
天野が、当たり前だという顔をしている。
「じゃあ、おれたちのやることは、あいつらの解放区を大人たちから守ってやることじゃないのか?」
「当然だ。おれたちが大人の味方をするわけがない」
「だけど、どこにいるのか、わからないんだろう?」
「大人も男子も禁制なんだってさ」
日比野が説明した。
「そんなのは勝手にすりゃいいけど、場所がわからなかったら、守ってやるどころか、なにかヤバいことがあったって助けに行けねえぞ」
「そりゃ、ヤバい時には知らせるだろう」
「遠くにいたらどうする? すぐになんて行けねえぞ。だいたい、おまえらも情けねえよ。何人もいたのに、居場所くらいききだせないなんてな」
安永が不満そうに、みんなを見まわした。
「安永の言うとおりかもな。なんとしても、ききだしておくべきだったんだ」
英治が、くやしそうに言った。
「谷本、今朝の映像から、女子たちがいる場所は特定できたか?」
相原は、事前に谷本に調査を頼んでいたようだ。
「正確な場所は無理だけど、画面に映りこんでいるものから、どんな建物の中にいるか、推測はできる。天井が高くて、広々とした空間……。マンションの一室のようなところじゃない。大きめの住居なんじゃないかな」
「大きめの住居? それはこの近くか?」
「うーん。確証(かくしょう)はないけど、おれはそう遠くではないと思う」
「なぜそう思う?」
「女子中学生が大人の協力なしで移動するには、自転車で動ける範囲(はんい)が限界じゃないか?」
「電車を使えば、遠くだって行けるぜ」
柿沼が言った。
「二人や三人ならありえるかもしれないけど、八人もいるからな」
「おれもそう思う。電車を使うような遠い場所はお金もかかるし、わざわざ八人も集まらないんじゃないかな。去年も、食料とか荷物をたくさん持っていくの大変だったし」
宇野も、谷本の予測に賛成のようだ。
「となると、女子たちがいるのは、ここから近い場所……」
「それも、大人のいない大きな家……」
英治も、相原も、近所のそんな場所を頭の中で探している。
「空き家くらいしか思いうかばないぜ」
日比野は、もうそれ以上考えるつもりがないようだ。
「部屋の中がライトで明るかったぞ。空き家だったら、電気なんか止まってるはずだ」
天野が、朝の解放区放送を思いだしながら言った。
「留守の家に忍びこんだんじゃないか?」
「それじゃあ立派な犯罪だ。あいつらがそんなことやるわけないだろ」
柿沼が適当なことを言うので、英治の口調がついキツくなった。
「去年の廃工場とか、春にゴーストスクールにした廃校(はいこう)みたいに、廃墟化(はいきょか)した建物にいる可能性は?」
安永がきいた。
「ひとみは、『とても安全で快適な場所』だと言っていた。少し違う気がするな」
「そうなると、やっぱり空き家があやしいよ。部屋が明るかったのは、電池式のスポットライトでも使ったんだろう」
「空き家になってる豪邸(ごうてい)なんて、この周辺にあったか?」
自分の予想に自信満々の日比野の前で、天野が首をひねった。
「マップアプリの航空写真で、築年数の古そうな豪邸を探してみないか?」
谷本が提案すると、
「そうだな。早いところ場所を突きとめないと。親や学校に先を越されたら、面倒なことになる」
相原が言った。
第3回につづく(7月4日公開予定)
書籍情報
2025年7月9日発売予定★
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