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ものがたり

『ある魔女が死ぬまで -終わりの言葉と始まりの涙-』ためし読み連載 第4回 東より、英知の来訪(前編)

 私とお師匠様の家は、魔女の森に囲まれている。

 魔女の森は私が魔力を管理し、動植物を管理している特殊な場所だ。魔力を上手く管理することで土は肥え、春の土壌のような熱を持つ。豊かな土を育てることで、土地柄育てるのが難しい植物の栽培もできるようになるのだ。たくさんの小動物も生息しており、植物と上手く共存している。ラピスの街の人も来ることがあるので、危険な動植物がないかは常に管理している。

 私の隣で、祈さんは鼻歌を歌いながら歩く。ずいぶん嬉しそうだ。

「機嫌がよろしいですな」

「そりゃ堅苦しい会議が終わったからね。ここは空気も綺麗だし、気分も良くなるわよ」

「やっぱり会議って大変なんですか?」

「そりゃあもう。連日連夜話すし、議題は多いわ無茶振りは多いわイレギュラーは多いわで、てんてこ舞い。っていうか七賢人の弟子なら、詳しく知っときなさいよ」

「お師匠様、仕事のことはあまり話してくれないんすよ……」

「そっか……」

 祈さんは何だか困ったようにポリポリと頰を搔いた。

「ま、まぁさ、愛弟子に心配かけたくないのよ。だから気にすることないわ」

「お師匠様は、いつ戻ってくるんでしょうか……」

「さてね。今回のは結構緊急だから。でも、ファウストばあさんのことなら大丈夫でしょ。言ってる間に戻ってくるわよ」

「そうですか……」

「やっぱり師匠が心配なのね」

「えっ? いや全然」

「えー!? いま完全にそういう流れだったじゃん! 悲し気な顔してたじゃん!」

「束の間の休息ももう終わりかと思うと切なくて……」

「仕事の話してくれないって寂しそうな顔見せたじゃん!」

「あくびが出そうだったので嚙み殺しただけです」

「あくびしてんじゃないわよ!」

 祈さんは呆れたように首を振ると「まったく、調子狂うわ」とぼやいた。

「会議で疲れてるんですね」

「あんたのせいよ!」

 魔女の森には、数多くの香草や薬草、漢方薬が自然栽培されている。その成長は早く、どれも生命力が強い。

 私がやっている仕事は、土と魔力の管理が主となる。手を入れてないわけではないが、手を入れる必要があまりないのだ。豊かな土を作っておけば、植物は勝手に強くなってくれる。あとは、間引きを怠らないことだ。

 祈さんは木の根元の土に触れると、その状態を確認した。

「しっかり管理されてんのね」

「毎日手入れしてますから。結構大変なんすよ」

「魔力の管理もあんたがやってるの?」

「ええ。お師匠様は忙しいですから」

「ふぅん。腐葉土の質も、土に込められた魔力も、巡りも申し分ない。これだけしっかり管理されてたら、安定して作物が作れるでしょうね。あんた土いじりむいてるよ」

「ここさオラが畑だ」

 私が渾身の田舎農夫のモノマネをするも、祈さんはそれを無視して何だか神妙な顔をしている。心が死ぬ。

「土を見れるのは優秀な資質よ。特にここ最近、いろいろとおかしくなってきてるからね。気候も、環境も。需要が高いから就職先には事欠かないんじゃない」

「そりゃありがたいですけど、何でなんすかね」

「自然に人の手が入りすぎたのよ。空気も汚染されて、森も伐採されて、土地があるべき形でなくなってきてる。それなのに、国のお偉いさんは自分たちのしたことを魔法で回復できると思ってるのよ」

 環境問題や研究依頼、政府からの依頼など、七賢人がやるべき仕事は多い。特にここ最近問題になっているのが、魔力の影響による生態系の変化だ。それは希少種を淘汰させ、動物を狂わせ、環境を変える。近年そのせいで砂漠が広がっていると、いつかニュースで言っていた。

「植物が伐採されて数が減ると、地を巡る魔力は行き場を失う。その結果、魔力は大きな個体に集中して流れるようになる。するとその個体は正常な状態を保てなくなり、異常を起こす。周囲の弱い個体を喰って、生態系が変化していくの」

 スラスラと、異常現象が起こる過程を祈さんは説明する。

「魔力が集まると力を得る。ただ、力を得ればいいってものじゃない。大きすぎる力は、時に暴走を招き、生命のバランスを崩す。理の均衡を保つのは魔導師の鉄則よ。もしあんたが力を得たら、どうする?」

「富と名誉を我が手にし、美男だけのハーレムを作ります」

「あんたはダメだ」

 祈さんは呆れたようにため息を吐く。

「いい? 魔力を集めた植物や果物を動物が口にしたら、その動物もまた過剰な魔力を摂取する。すると人を襲い出すわよ。東洋には悽惨な熊害の事件があってね。村の女性が羆に何人も喰われたって。そういうふうに、動物が人を襲う事件も増えていくわよ。街に入ってきたりね。ついには魔物が発生するってわけ」

「ひょえ……」

 大規模な環境破壊や、強力で便利な魔法をたくさん酷使することで、自然にある魔力の流れは乱れてしまう。それが、少しずつ……ほんの少しずつ、生態系を歪めたのだと彼女は言った。

 何だか深刻な話だ。

「こういう重たい空気はなんか苦手です。人はいつ死ぬかわかりません。人生は短いんだから楽しいことだけで埋め尽くすべきだと思います」

「メグのイメージする楽しいことって、具体的には何よ?」

「酒とタバコ、美味い飯とオンナ」

「おっさんかよ」


第5回へつづく(4月12日公開予定)


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ISBN
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