
2025年4月よりTVアニメ放送開始! 小説『ある魔女が死ぬまで -終わりの言葉と始まりの涙-』を今だけ大公開!
出会い、別れ、友情、愛情といった、人との関わりの中で育まれる感情を体感できるハートフルファンタジー。
※全5回、2025年6月30日までの期間限定公開
※これまでのお話はコチラから
第3話 東より、英知の来訪(後編)
ようやく薬草やハーブを栽培してるエリアに着いた。
この一帯の作物には虫除けの魔術を施してあり、外敵から守られるようになっている。レモングラスの虫除け成分を増幅させているのだ。
ラベンダーにローリエ、ルッコラなど、辺りには多くのハーブが育ててある。それだけでなく、奥の方では漢方薬の素材になるものも扱っている。
その光景を見た祈さんは「へぇ」と声を弾ませた。
「結構いいの育ってんじゃん。香りも強いし、一つ一つが大きいわね。種類も豊富」
「年々ちょっとずつ増やしてるんですよ。お師匠様から頼まれたものや、自分の魔法に必要なもの、街の人から依頼されたもの。土がいいと、育ちが早いですから」
私は奥に生えているミントを採取しながら解説する。
自生力の強いミントは、放っておいても死ぬほど繁殖し、園芸好きの間ではミント爆弾やらミントテロと言われるほど爆発的な成長力を持つ。
それ故に他の植物の領域を侵食しないよう、植えつけには気を使う。一緒に植えたが最後、一気に侵食され飲み込まれるからだ。
今は魔法でかなり繁殖力を弱めているが、それでもミントが他の植物のエリアに根を張りでもしたら『詰み』である。
慎重にミントを採取しながら、私は何となく昔のことを思い出していた。
このミントにも思い出がある。
魔女の森の管理は、私が幼い頃に初めてお師匠様から言い渡された仕事だった。
「いいかい、メグ・ラズベリー。今日からこの森を手入れするのがお前の仕事だよ」
「嫌だ」
そして幼い日の私はその仕事を拒んだ。
「嫌だじゃない。それがこの家でのお前の仕事だ! やるんだよ!」
「嫌だい嫌だい! 私は忙しいの! お師匠様がやればいいでしょ!」
「お前が忙しいのはほとんど遊びだろう! お絵かきやらテレビやら、ちったぁまともに仕事しな!」
「子供とはそういうもの。夢を持ち、無限の可能性を持つ神の国の存在」
「神を自称すんじゃないよ!」
昔の私は友達も少なく、街に出れば子供たちからいじめられていた。
そんな私だから、お師匠様は役割を与えることで居場所を用意してくれたのかもしれない、と今になって思う。事実、魔女の仕事をするうちに、いつしか魔女であることは私のアイデンティティになった。ただの孤児だった私は永年の魔女ファウストの弟子となり、ラピスの街の人たちから「ファウスト様のお弟子さん」として親しまれるようになったのだ。
もし私が魔女じゃなかったら、たぶん自分の居場所を見つけられず、いろんなことに悩んで動けなくなっていたかもしれない。
きっと両親が死んでいることに苦しんで、寿命があと一年であることにも絶望して。
私は、何も行動できない人間になっていたはずだ。
そうならなかったのは、この頃から、濁流のように忙しい毎日を過ごしていたおかげ。
半ば強制的に森の面倒を見ることになった私は毎日土いじりをするようになった。当時の魔女の森は今とは全然違い、まだ魔力も整っておらず、土も瘦せていた。木々はあったものの、森と呼べるようなものではなかったのだ。
そんな魔女の森に植物たちを生い茂らせるのが、私に課せられたミッションだった。
そして私は、最強の敵であるミントと出会うことになる。
爆発的な繁殖力を持つ奴らは、一度植えると止めることができなかった。
「おじじょうざま! みんどのやづらが! 森を喰らいづぐす!!」
ミントの進軍を止められなかった私はお師匠に泣き叫んだ。
「ミントは育ちすぎたらただの雑草だからね。気をつけなと言ったろう」
「もう魔女の森は終わりだよぉ……火をつけ根こそぎ焼き払おう」
「おやめ。いいかいメグ、どんなものでも命があり、特徴があり、生き方がある。相手を知り、そして自分を適応させるんだ。魔女は理を読み、理と共にある存在だ。何でもかんでも力で捻じ曲げようとすんじゃないよ」
お師匠様は諭すようにそう言った。
今ならわかる気がする。お師匠様の言ったあれは、魔女の教えでもあったが、私が生きるための術でもあったんだと。
何でもかんでも自分の思うようにならないことを嘆くのではなく、自分のあり方を変えて働きかけなさいと言っていたんじゃないだろうか。
苦労を重ねるにつれ、やがて木々は増え、草花は育ち、土は肥え、森は広がっていった。いつしかたくさんの小動物たちが集まり、それらをお師匠様は使い魔にした。街の人が近づけるよう森の管理を続けたから、魔女の森にはラピスの街の人もやってきて、たくさんの動植物と人が共存するようになった。
その頃には、私もすっかり街の子供たちと仲良くなり、いじめられたり、不当な扱いをされたりすることもなくなっていった。
土を大切にするのも、魔法の使い方も、人生の生き方も。
思えば、私は全部お師匠様から学んでいたんだ。
「ふぃー、いいお湯」
採集を終えて家に戻った私は、ミント油を使った薬湯で祈さんの足を洗っていた。私が指圧するたびに、祈さんは「あぁー」とおっさんくさい声を出す。
「ふひひ、お姉さん、脚すべすべでんなぁ、ゲヘッゲヘッ」
「やめろ」
祈さんはふぅと深く息を吐いて天を仰ぐ。
「それにしても最高だわ。こんなにゆっくりしたのいつぶりだろ」
「お疲れだったんすね」
「ホントそう。働きすぎは毒ね。思えば、ここ数日忙しくて風呂入ってなかったわ」
「あとで風呂も沸かしますんで入ってください。そう、絶対に」
石鹼も一番強力なのを用意しないとダメだ。
「うるさいわね、細かいとハゲるわよ」
「細かい……?」
怪訝な顔をしていると、祈さんはなんだか嬉しそうに、私を見て笑みを浮かべた。
「人の顔を見て笑うとはええ度胸してまんな」
「気に入ったわ。あんた、将来独り立ちしたら、私の助手になりなさいよ」
「助手?」
「薬の開発のパートナーよ。製薬会社とかと協力して薬効のある成分を探し、その効果を調べたり、検証したりすんの。成分は動植物から抽出することもあるから、成分を得るために新種の植物を開発したりもする。薬品の効果を高めるために、魔法の術式を構築したりね。今あんたがやってることの延長よ。ちょうど、植物の知識がある助手が欲しいと思ってたんだ」
「そんな急に言われても困りますよ。だいたい、お師匠様が何て言うか……」
「だから独り立ちしてからって言ってんでしょ。それに、七賢人二人から教えを受ける魔女なんていないわよ? 有望魔女として、テレビとかにも出ちゃうかもね」
「テレビに……?」
私は想像する。テレビに出てそのビジュアルが認められ一躍人気者。キャラクターが受け様々なバラエティに出演。そこから派生してドラマ進出し、アイドルスターと共演して熱愛。電撃結婚。そして高層マンションの最上階で子供二人に囲まれる暮らしを送る自分の姿。
「悪くないな……」
「ま、今すぐってわけじゃないし。考えといてよ。あんたがその気なら、ファウストばあさんにも話つけてやるから」
活き活きと祈さんは話すが、私は内心複雑な心境だった。
とてもじゃないが言えない。
自分があと一年で死ぬなんて。
「あんた、いくつだっけ」
「十七です」
「若いわね。知識もあんだからもったいない。私なんか十の頃にはもういろいろ旅してまわってたわよ」
「若い頃を語り出すなんて、なんだかババくさいですね」
「ババ……」
考えてみたら、この街から、この家から出ることは頭になかった。
地方都市ラピスと、魔女ファウストの家。
街の人たちと、使い魔と、お師匠様と過ごす日々。
そんな時間が、なんとなくずっと続くものだと思っていた。
「世界に出る、か……」
それは一体、何年後の話なんだろう。
少なくとも私は今、一年以上の先の未来について考える気にはなれない。
「将来の夢とか目標とかないんだったら、世界に出ることを考えてみてもいいんじゃない」
「夢や目標ですか」
「何かあんの?」
余命を宣告されるまでは、いろいろ抱いていたような気もするが。今の私にとってそれはすべて夢物語だ。
私は少し考えたあと、真顔で言った。
「世界征服です」