
2025年4月よりTVアニメ放送開始! 小説『ある魔女が死ぬまで -終わりの言葉と始まりの涙-』を今だけ大公開!
出会い、別れ、友情、愛情といった、人との関わりの中で育まれる感情を体感できるハートフルファンタジー。
※全5回、2025年6月30日までの期間限定公開
※これまでのお話はコチラから
第3話 東より、英知の来訪(前編)
早朝の、静かな朝。
私はパンとサラダをモシャッていた。
「政治家の税金不正利用だって。そのお金で我が家を改築してほしいもんだよ」
「キュウ」
「ホゥ」
ダラダラと食事をして、いつもならどこぞの老婆から罵声が飛んできそうなものだが、今日はその心配もない。
使い魔二匹の横で、私は優雅に紅茶でパンを流し込みながらテレビを眺める。
このところニュースが騒がしい。
街は至って平和なのに、テレビをつけると物騒な話ばかりだ。
最近、ニュースをよく見るようにしている。今まであまり気にしていなかったが、ちょっとは世界情勢も気にしろとどこぞのくそばば……お師匠様に言われたからだ。曲がりなりにも七賢人の弟子である以上、無知な田舎娘でいることは許されないらしい。
「でもこんなもん見て役に立つんかねぇ。あたしゃ朝ドラが見たいよ朝ドラが」
モグモグしながらボーッと画面を眺めていると、不意に気になるニュースが流れてきた。
『二日前終わった七賢人による国際魔法会議にて、最近問題になっている生態系の変化と魔力災害に関する議論が交わされました。そこで取りあげられたのは中米地方の生態系の変質で、早速現地の調査に賢人が二人赴き──』
「あれ? もう会議終わってるんだ」
私はチラリとスマートフォンに目をやる。
魔女が前時代的な文化で生きているという思い込みをしてる人は多く、スマホを持っていると結構驚かれる。便利な魔法で常に連絡を取り合っていると思われているのだ。そんな面倒くさいこと誰がやんねん。
魔法だと詠唱に数分はかかるが、スマホだと数秒。
今や文明の利器は魔法をも凌駕していることを、人々は知らない。
スマホのロックを解除して確認したが、お師匠様から連絡が来た形跡はなかった。
北米地方で行われた、七賢人の国際魔法会議。
その会議には、お師匠様も参加していた。
「メグ、しばらく留守にするからね」
今から一週間ほど前。リビングで魔術書を読んでいた私にお師匠様は言った。
お師匠様が仕事で家を出るのは珍しいことではない。それが数日にわたる場合は、こうして事前に声をかけられる。
「今度はどこっすか」
「北米だよ。魔法協会で七賢人の会議だ。いろいろと議題が山積しているからね。今回は長丁場になる」
「テレビにも出るんですか?」
「報道されるだろうね。魔法会議は国際問題を取り扱うことも少なくない。魔法に関する規定が変わることもある。世間の注目は、魔法に集まってるからね」
「ふぇぇ、いいなぁ」
七賢人は一部を除き、基本的にはメディアへの露出が少ない。だからこそ、彼らが活動する時は大きな注目を集める。
「私もいつかテレビで注目されたいもんだよ。そしてこの美しさで世界中の男子を虜にしてしまうの」
「冗談は顔だけにしな」
「どういう意味?」
「いいかい、これはお遊びじゃないんだ。数日間、寝ずの会議さね。何ならお前が代わるかい?」
「はは、げにいみじきことをおっしゃる」
「わけのわからない言葉遣いしてないでちゃんと話しな」
「まぁ、私のことは心配せず。五日でも六日でも、二ヶ月でも一年でも任せてくださいよ」
「そんなに留守にしたら家がなくなっちまうよ」
「どういう意味?」
そんな感じでお師匠様が出ていって一週間。
今日あたりそろそろ帰ってきて、あーでもないこーでもないとぼやくだろうとは思っていたのだが、まさか会議が終わっているとは。
「まぁ束の間の休息が延びたと思いますかぁ」
私はそう呟いて、自分の対面に置いてあった焼きたてのパンと目玉焼きをそっと引き寄せる。
「二人分の飯は、朝から重たいなぁ」
私の独り言は、よく響いた。
しかし、晴天の霹靂とはよく言ったもので。
特に代わり映えのしない穏やかな日に限って、事件はやってくるのだ。
その来訪があったのは、翌日の早朝だった。
まだ陽も昇っていない時間帯。
私がベッドで眠っていると、ガタガタと玄関から物音がした。
どうせまた小動物が暴れてるのだろうと思っていると、ギィィと音を立てて扉が開く。
光が射し込み、私は思わず顔をしかめた。
「むぅ~ん、ムチャムチャクチャクチャ、まだ寝かせてよぉん」
「起きなさい、命令よ」
私がヨダレを枕に垂らしていると、何かが私の顔の上に乗った。
「むぅ~ん? 何これ」
それは足の裏だった。
足の裏が私の顔に乗っている。
そう認識した瞬間、私の鼻孔に激臭が満ちた。
「くっさ! くっさくっさ! 何これ!? おぇえ! おぐぅええ!」
私が部屋の隅で嘔吐していると「失礼ね! そんなに臭くないわよ!」と誰かが声をあげた。
恐る恐る顔を上げる。
「あんた、どういう神経してんのよ」
そこに立っていたのは、三角帽に黒い服の、典型的な魔女の格好をした女性だった。