
2025年4月よりTVアニメ放送開始! 小説『ある魔女が死ぬまで -終わりの言葉と始まりの涙-』を今だけ大公開!
出会い、別れ、友情、愛情といった、人との関わりの中で育まれる感情を体感できるハートフルファンタジー。
※全5回、2025年6月30日までの期間限定公開
※これまでのお話はコチラから
第2話 見習い魔女の普通の一日(後編)
目的の時計屋は、ラピスの街の商店街の端にある、小さなお店だった。
レトロな雰囲気で、はっきり言うと少し陰気くさい。普通だったら、誰もこんなところに時計屋があるだなんて気が付かないだろう。
でも私は知っている。
この店のおっさんが、誰よりも時計を愛していることを。
店のドアを開けると、白いヒゲを生やした丸メガネのおじさんが私たちを出迎えてくれた。
「おいちゃん、来たよ」
「おやファウスト様の。いらっしゃい。珍しいね。そっちの子は?」
「マイ・フェイバリット・フレンド・フォーエバー。マブダチってやつさ」
「すごい名前だね。マブダチちゃん? 英国人に見えるけど、南国出身かい?」
「南国に謝れ」
私がにらんでいるのをよそに、フィーネは我関せずで物珍しそうに店内を見回している。
「突然来てすいません。私、メグの友達でフィーネって言います。それにしても、すごい……時計がたくさんですね。こんなところに時計屋さんがあるだなんて知りませんでした」
感心するフィーネの言葉に、私もうんうんと頷いた。
「この店、ズタボロだけど何故か潰れないんだよね」
「ハッハッハ、言うねぇこの子は、ハッハッハ」
目が笑ってない。
ひしめくように時計が壁掛けられたこの店には、腕時計、目覚まし、鳩時計など、様々な種類の時計が取り扱われている。
そのどれもが正確な時を刻み、細かく手入れされているのがわかった。そして、すべての時計に、しっかりと精霊が宿っている。素人仕事だとこうはいかない。本物の職人だからこそなせる技なのだ。
「それで、今日は何か用かな?」
「うん。実は、この子の腕時計見てあげてほしいんだけど」
フィーネが時計を差し出すと、おじさんは「どれどれ」とメガネをかけ直した。
「こりゃ珍しい。かなり古い型のドイツ製ミリタリー時計だ」
「わかるんですか?」
「そりゃあ時計屋さんだからね。ずいぶんといい仕事をしてる時計だ。特に部品の細工がいい。ドイツっていうのは時計職人の国だから、職人のこだわりを感じるよ」
「それでその……直りそうですか?」
「ふむ、どうだろうね。ちょっと見てみないとわからないかなぁ。ただ、ご覧の通り今一人でね。他にお客さん来たらまずいから、一旦預かりだね」
「ふーん、それじゃあ──」
数分後。
「何でこうなるの」
げんなりとした声でフィーネはため息を吐いた。
私たちは店のカウンターに座っていた。おじさんがフィーネの時計を見ている間、店番をすることにしたのだ。
窓からは、穏やかな街の風景。商店街の端だからか、人通りはかなり少ない。街の中心部に比べると、雲泥の差だ。私の横では、ふてくされたようにフィーネが頰杖をついている。
「メグ」
ボーッと窓の外を眺めていると、フィーネが話しかけてきた。
「あんた、本当に死んじゃうの?」
「みたいだねえ」
「なんでそんな平然としてるのよ」
「平然としてるってか、実感がないだけだよ。悩むの苦手だし」
「あんたは昔から、ホントにポジティブおばけなんだから」
「まぁそれだけが取り柄みたいなもんだから──」
そう言いながら半笑いでフィーネに目を向けてギョッとした。
唇を嚙みしめて、今にも泣き出しそうだったから。まるで決壊寸前のダムである。
慌てて助けを求めようとしたが、いるのは無情に時を刻む時計のみ。
「フィ、フィーネちゃん? ど、どしたの?」
「嫌だぁ、メグ死ぬの、悲しい。何で死んじゃったの、メグ……」
「勝手に殺すな!」
勝手に人が死んだことを想像して、勝手に泣きかけている。とんでもない奴である。
思えば、昔からこの娘はそうだった。
普段はしっかりしているけど、人情深く、感情的で、優しくて。
私が初めて出会った時も、こんな顔していたな、なんて思い出す。
私とフィーネが初めて出会ったのは、まだ私たちが幼かった頃。私が街の子供たちとケンカして、ズタボロにされた時だった。
「だいじょうぶ? けがしたの?」
公園で熱血青少年の如く歯を食いしばって夕陽を眺めていた私に、声をかけてくれたのがフィーネだった。彼女は怪我をしていた私に絆創膏を貼って、流れていた鼻血を拭いてくれた。
「ひどい、血がでてる……」
フィーネは、私の手当てをしながら、まるで自分のことのようにポロポロ泣いたのだ。
「どうしてあなたが泣くの?」
「だって、痛そうで、かわいそうなんだもん……」
泣くのを我慢していた私の代わりに、フィーネはたくさん泣いてくれた。
そんな彼女を、すぐに好きになったことを覚えている。
「ねぇ、あなた名前はなんていうの?」
「フィーネ……」
「じゃあ泣かないで? フィーネ、私、あなたに笑っててほしい」
私が涙を指で拭うと、フィーネは少しだけ驚いた顔をしたあと
「うん!」
と笑って、目に涙を浮かべたまま、笑みを浮かべてくれたのだ。
家に帰ってそのことをお師匠様に報告すると、お師匠様は表情をくしゃりと崩して、とても嬉しそうな声を出した。
「メグ、覚えておきな。人はいつも嬉しいことを忘れ、辛いことを心に留めてしまう。でも、お前は辛いことを忘れ、嬉しいことを心に残すんだ。今日、お前を助けてくれたその子のことを忘れるんじゃないよ」
「うん、お師匠様」
真新しいハンカチで手当てをしてくれたフィーネのおかげで、私は人を嫌いにならずに済んだんだと思う。
ちなみに私をいじめた子供たちには、その後お風呂の水をすべて人糞に変えるというえげつない報復を行うことになるのだが、それはまた別の話。
今も昔も、フィーネはまるで変わっていない。ずっと同じ、優しいままだ。
こうして涙を流さないように我慢しているのも、きっと幼い日の私の言葉を忘れないでいてくれているから。
「そんな悲しい顔しないでよ。フィーネたそは笑ってるのが一番可愛いんだからさ。それに、私はまだ死んでないし、死ぬ気もないよ」
「メグ……」
フィーネは涙こそ流していないものの、すっかり鼻水が出てしまっている。せっかくの美少女が台無しだ。
私は近くにあった布をそっと手に取ると、フィーネの鼻水を優しく拭った。
「フィーネちゃんのカレッジ入学と卒業を見届けないとね。結婚式も出ないとだし、孫の顔も見たい。あ、旦那は一発どつくけど」
「なにそれ、あんた、私の親?」
くすっと二人して笑い合う。
「ところでメグ、それってハンカチ?」
「いや、雑巾だけど」
「……」