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ものがたり

『ある魔女が死ぬまで -終わりの言葉と始まりの涙-』ためし読み連載 第2回 見習い魔女の普通の一日(前編)

2025年4月よりTVアニメ放送開始! 小説『ある魔女が死ぬまで -終わりの言葉と始まりの涙-』を今だけ大公開!
出会い、別れ、友情、愛情といった、人との関わりの中で育まれる感情を体感できるハートフルファンタジー。
 ※全5回、2025年6月30日までの期間限定公開

※これまでのお話はコチラから

 

第2話 見習い魔女の普通の一日(前編)

 見習い魔女の朝は早い。

 日の出と共に目が覚めるのはもはや習慣ではなく習性である。

「あぁ、眠てえ……」

 まだ薄暗い中、もそりもそり体を起こすと、二匹の獣が寄ってきた。

 使い魔のカーバンクルとシロフクロウだ。

 カーバンクルは、お師匠様が召喚した幻獣だ。何故か私に懐いたため「あんたが気に入ったようだね」とそのまま引き継がれた。

 シロフクロウは、親鳥が死んでしまったヒナを私が拾って使い魔にした。お師匠様いわく「白い色彩をまとうのは神の使いだよ」とかなんとか。

 どうでもいいな!

 お師匠様には山ほど使い魔がいるのだが、私の使い魔はこの二匹だけ。どっちもとても聡明で魔力が強いとはお師匠様談。


「この子たちは智恵を持ってる。とても賢い子たちだよ。あんたよりもずっとね」

「はは、ご冗談を」


 あの時のお師匠様、冗談を言う顔ではなかった。

 まさかね。

「おはよう諸君」

 ボーッとしながら私が撫でてあげると、二匹とも嬉しそうに目を細めた。羽毛と獣毛を程よくモフると、そのまま眠りに落ちそうになる。そこで慌てたように使い魔二匹に叩き起こされるのが、私の朝の風景。

「ふわぁあ……」

 あくびを大ボリュームで解き放ちつつ、ポットでお湯を沸かす。お茶を淹れると、そのままお師匠様の書斎に向かった。ノックをすると「お入り」とドア越しに聞き慣れた声がする。

「失礼します」

 ドアを開けると、既にお師匠様は老眼鏡をかけて本に目を通していた。いつからそうしていたのかを、私は知らない。

 私は、永年の魔女ファウストが眠ったところを見たことがない。一流の魔女になると、眠らないなんて日常茶飯事なのだろうか。私にはちょっと信じられない感覚だ。

「おはよう、メグ」

「おはようございます……」

「あんた朝の挨拶はシャキッとしな──」

 するとお師匠様は目を丸くした。

「なんだいお前、ズタボロじゃないか」

「ふふ、朝から目覚ましに襲われましてね……」

 私が恨めし気に言うと、二匹の使い魔が申しわけなさそうに頭を下げた。

 そんな私たちの様子を見てお師匠様は「朝から何馬鹿やってんだい」と呆れたように、どこかおかしそうに、肩をすくめる。

「これ、紅茶っす」

「あぁ、悪いね」

 紅茶をゆっくりと口にして、お師匠様はほぅと一息吐く。その姿を横目に、私は起き出した小動物たちに餌をやる。千を優に超える動物たちは、どれもこれもお師匠様の使い魔だ。ここにいるのは全体の三分の一程度だが、それでもすごい数である。

 使い魔たちは朝飯を求めて、毎度毎度私の足元に集まる。人を自動餌やり機か何かと勘違いしているのではないか。

 それを肯定するように彼奴らは私を取り囲んで業務用のひまわりの種やらトウモロコシやらをわらわらと食べ出す。食べ残しがあるとお師匠様にどやされるので、ちゃんと全部食べてくれる。

「よーし、ごはんあげるからね。わしゃしゃしゃしゃしゃ、よしゃしゃしゃ」

 小動物をしつけるうちに、私自身も怪しい飼育法を身につけるようになった。こうしてると、自分が魔女ではなく飼育員ではないかと思うことがある。

 書斎を出てふぅと一息吐くと、そのままキッチンに向かった。

 頭にシロフクロウ、肩にカーバンクルを乗せた異様な状態のまま、朝食を作る。

 パンとサラダとベーコンエッグ。それからフルーツ。

 もう何年も変わらない、これが我が家の朝食の基本形。

 作り終える頃、どこからともなくお師匠様がやってきて、二人で卓についた。

 私たちの食事は、いつも穏やかだ。

「メグ」

「へい」

「今日はちょっと仕事に専念するからね。家のことは頼んだよ」

「ふい。急ぎの仕事っすか?」

「米国の政治家絡みでちょっとね。魔法協会を通した依頼だから、あと回しにするわけにはいかない」

「はえー、大変ですね。私ゃ政治経済はよくわからんです」

「ちったあニュースでも見たらどうだい。世の流れを知り、その流れを汲み取り、形にする。それも魔女の役割だよ」

「政経より今日の昼ごはんのこと考えてる方がお似合いですよ私には」

「否定はしないね」

「否定して」

 朝食を終えると、お師匠様は宣言通り部屋にこもってしまった。

 こうなると食事の時以外は姿を見せない。人の常識を逸脱した集中力で、お師匠様は課題をこなす。

 どんな分野でも集中力があれば大成できる、といつかお師匠様は言っていた。

 では何故私は大成していない? 集中力の化身と言ってもおかしくないはずなのに。おかしな話である。

「とりあえず掃除すっかぁ」

「ホゥ」

「キュウ」

 私の独り言に応えるように、シロフクロウとカーバンクルが返事した。



「これで全員だね」

 雑巾にエプロン、バンダナ。右手には掃除機。

 完全武装した私の前には、この家に存在するすべての使い魔たち。

「いいかいお前たち! お師匠様が見ていなくとも、掃除はしっかりやるんだよ! 家が澱むと心も澱むからね!」

 私の声に、小動物たちが真剣な顔で私を見上げる。

 準備は万端だ。

「始めぇ!!」

 私の号令を合図に、使い魔たちが一斉に散り散りとなり、掃除を開始した。それに負けじと私も掃除機を持って廊下を走り回る。

 部屋の掃除、モップがけ、本の片付け、そのあとに洗濯、洗いもの。家が広いから使い魔を使わないと終わらない。

「ほらほら、そこ! ちゃんと二匹でゴシゴシなさい! おトイレ? 早く巣に戻ってしなさい! そこ! ケンカしない! ごはん食べたでしょ!」

 小動物たちと一時間ほど格闘したあと、ようやく掃除を終えることができた。

「ぶぇ~、づがれだぁ」

 私が机に突っ伏すとカーバンクルが汗を拭き、シロフクロウが肩を叩いてくれる。かわゆい奴らめ。

 時計を見るともう十一時か。

 あと一時間後に使い魔たちにごはんをあげて、お師匠様と昼飯を取って、午後は街に買い出し。そのあと魔法の自主練とか勉強に、魔女の森の手入れか。

 地獄かな?

「ん~、紅茶のいい匂い。やっぱこれだよねぇ」

 私は笑顔で紅茶をすする。ホッと一息吐いて、使い魔たちもご満悦。

 穏やかなティータイム。庭に机を出して、お茶を飲む。一日のこの時間が、私にとっての唯一の安息。

 なのだが。

 私は静かに、机をつかんだ。


「んなことやっとる場合かぁ!!」


 私がキレて机をひっくり返すと使い魔たちが飛び退く。ドンガラガッシャーンと気持ちいい音を立ててティーポットが割れた。掃除したばかりだろうと、知ったことではない。

「もう一週間だよ! 私の貴重な寿命が一週間も使われたよ! 雑務に!!」

 そう、私が死の宣告をされてから一週間が経過していた。

「さてここで問題です。私は残りどれくらいのペースで涙を集めなければならないのでしょうか! 答えてみよ!」

 私が尋ねると、シロフクロウが「ホゥ」と地面に字を書いた。

「い、一日三粒……?」

 まさか答えられるなんて。いや、それ以前に、日平均で三人を嬉しすぎて泣かせなければならないだと……? お師匠様のお使いもこなしつつ、一日数時間の限られた状況で?

「待て待て、この間の二粒集めるだけでも結構苦労したゾ。しかも嬉し涙じゃないし。あれに更に一粒加えて、嬉し涙が出るまで粘れと???」

 シロフクロウとカーバンクルが頷く。

「うがー!」

 私は頭を搔いた。転げ回る。机の角で足をぶつけて「どぅおぉぉぉぉ!!」と悶える。

 まずい、まずいまずいぞ。

 このままでは余裕で死ぬ。

「一日に一番時間を取られてるのは家事と雑務だから、その元凶を消せばなんとか……。ということは、まずあのくそば……お師匠様を消さないと」

 しかし全くイメージできない。

 七賢人の一人を私が倒す?

 やろうと思えば国一つを一人で消せるであろう魔女を、私が?

 ははっ、ご冗談を。

「ワンチャン、毒とか使ったら無理かな。トリカブトとか、麻痺の薬香とか……毒?」

 その瞬間、私の中に電撃が走った。

 薬だ。薬を使って涙を流させればよいのだ! 人のホルモン操作をし、アドレナリンを分泌させ、強制的に涙を出させる涙腺崩壊薬を開発し散布すれば一瞬である。

 思い立ったが吉日。

 私は早速いろいろな薬草を混ぜ合わせ、魔法をかけ、試薬を作成した。適当に作ったからすぐにできた。

「あとはこれを誰で試すかだけど……」

 私は使い魔をチラリと見る。二匹はビクリと体を震わせた。安心させようと、私は薄い笑みを浮かべる。そう、三日月のようなニッコリとした薄笑いを。

「大丈夫大丈夫。全然心配ないって。死にはしないから」

 言いながら、優しく、しかし絶対に放さない腕力で首根っこをひっ捕まえるとカーバンクルは死にものぐるいでもがいた。シロフクロウが私の後頭部をゲシゲシしばいてくる。

「仕方ないでしょ! 人類の進歩のためには、犠牲はつきものなんだから! こらえてつかあさい!」

 私が使い魔二匹とドタバタしていると「何やってんの?」と声がした。

 ピタリと動きを止め、一人と二匹してそちらを見る。

「また馬鹿やってんの? あんた」

 立っていたのは、友達のフィーネだった。


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