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ものがたり

『ある魔女が死ぬまで -終わりの言葉と始まりの涙-』ためし読み連載 第1回 余命一年の魔女

2025年4月よりTVアニメ放送開始! 小説『ある魔女が死ぬまで -終わりの言葉と始まりの涙-』を今だけ大公開!
出会い、別れ、友情、愛情といった、人との関わりの中で育まれる感情を体感できるハートフルファンタジー。
 ※全5回、2025年6月30日までの期間限定公開

 

第1話 余命一年の魔女

 すべての始まりは、たった一言の『死の宣告』だった。

「お前、死ぬよ」

 開口一番、お師匠様はそう言った。


 私、見習い魔女ことメグ・ラズベリーは。

「あと一年で」

 死ぬらしいのです。


 午後一時、静かな書斎。

 空は晴れ、雲は緩やかに流れる、秋口の穏やかな一日。

 そして今日は、私の十七歳の誕生日。

 突如として放たれたその言葉に、私は思わず「プッ」と噴き出した。

「何ですかお師匠様。突然冗談なんておっしゃって」

「冗談じゃない。お前は死ぬ運命にある」

 何でもなさそうにお師匠様は言うと、何でもないように書類をパラリとめくる。

 時計が秒針を刻む音と、窓から聞こえる鳥の鳴き声だけが静寂を際立たせた。

「噓ですよね?」

「噓じゃない」

「サプライズとか」

「サプライズなんてしたことないだろう」

「わかった! テレビのドッキリだ!」

「バラエティに出るように見えるかい?」

「見えないです……」

 お師匠様はいつもと同じ口調で、私をまっすぐ見た。

「残念だけど、これは事実だよ。お前は死ぬんだ、メグ・ラズベリー。それも、あと一年後にね」

 穏やかな日にはふさわしくない『死』の言葉に、私は息を呑む。

 私が、死ぬ? あと一年で? ホワイ? 何故? どうして?

 同じような言葉ばかりが頭に浮かんだ。

「お師匠様。一応……今日、私の誕生日なんですけど」

 私の言葉に「わかっているさ」とお師匠様は頷く。

「それでも誤魔化すわけにはいかない。お前は死ぬ。そしてこのままじゃお前の死は避けられない」

「死ぬって言っても……一体どうして?」

「呪いだ」

「呪い?」

 お師匠様は神妙な顔で頷く。

「お前は呪いにかかってる。余命一年の『死の宣告』の呪いにね。十七歳になった今、その呪いが発動したんだ」

「死の宣告?」

 その名前は初耳だった。

「現代の魔女が知らない、古い呪いさね。生まれつきの持病みたいなもんでね。十八歳になると体内時計の制御がきかなくなる。すると、通常の千倍の速さで老いていく。三日で約十歳、一ヶ月で百歳老いる。どれだけ長くても一ヶ月で死ぬ呪いさ」

「こわっ」

 口にしたものの、あまり実感はない。

 すると、お師匠様は「メグ、ちょっとこっちおいで」と私を手招いた。

「何でしょうか」

「いいからジッとしてな」

 お師匠様は静かに私の額に指を当てる。

「彼の者に情景を示せ」

 お師匠様がそう唱えると、私の脳裏に一つの映像のようなものが流れ込んできた。俗に言うビジョンというやつだ。

 浮かんだのは、老婆がベンチで一人寂しく座る情景だった。ヨボヨボガタガタで、まるで生気がない。歩けば足元から崩れ落ちそうで、どこかで見たような気もする老婆の姿。

 すると、老婆は突如として胸元を抱きかかえ、苦しそうにうめき出した。

 そしてそのまま泡を吹き、ばったりとベンチに倒れ、動かなくなる。

 それは、一人の老婆の死の瞬間を映し出していた。

「何じゃこりゃ……」

 突然の凄惨な光景に、私は言葉を失う。

 そんな私のリアクションを予期していたように、お師匠様は頷いた。

「今のは、一年後のお前の姿だ」

「私っ!? 今のが!?」

「そうさね。あれが呪いにかかったものの末路だよ。老人になり、まともに動くことすらできなくなる。未来のお前は、そんなふうにして死ぬんだ」

「そんな……」

 お師匠様の声は真に迫っていて、冗談を言っているようにはとても思えない。

 私が見たあの老婆には、確かに私の面影があった。映像を見ていると言うよりは、まるで実際に体験しているかのようなリアリティ。認めたくはないが、あの情景に映し出されたのが未来の私だということは確からしい。

「呪いを解くにはどうすればいいのでしょうか……」

「方法はない。今のところね」

「呪いをかけた犯人はどこにいるんです? お師匠様ならわかるでしょう。そいつを捕まえて、解呪方法を聞き出せば……」

「生まれつきって言ったろ。言い換えりゃ病気なのさ。お前は病気だ」

「十七歳のうら若き乙女に何てこと言いやがる」

「一年間面倒見てやるから、安らかに眠りな」

 無茶苦茶冷たいなこの人。仮にも十数年一緒に暮らしてきたのに、薄情にも程がある。もう少しこう、愛弟子に対する愛情とかないのか。愛か。愛ってなんだろう。平和とは。穏やかな食卓。今日の晩ごはん。市場のタイムセールはいつだ。いろいろ考えた。

 私が呆然としていると「まぁ、冗談はさておき」とお師匠様は続ける。

「助かる方法がないわけじゃないよ」

「笑えない冗談言ってないで、早く話してくださいよ……」

「まぁ、難しいのは確かさ。時間的にも、内容的にもね」

 そう言ってお師匠様は透明なビンを取り出した。

 それは、手のひらに収まるくらいのサイズで、香水のビンに似ていた。六角形にカットされており、分厚いガラスのため頑丈なのが見て取れる。ただ、古いのか、表面がずいぶんとくすんでいた。

「何か変な形のビンですけど、そのゴミみたいなものは一体……?」

「ちったぁ口を慎みな。とは言え、確かにこれは何の変哲もない普通のビンだ。今はね」

「今は?」

 するとお師匠様は、そっとビンに手をかざした。

「この瞬間を刻み留めよ」

 その呪文には聞き覚えがあった。時魔法だ。魔法をかけられたビンは、全体的に魔力を帯び、薄っすらと虹色のオーラのようなものをまとう。魔力が込められたのが、感覚でわかった。

「今、このビンに魔法をかけた。お前は今日から、ここに感情の欠片を集めるんだ」

「感情の欠片? 何ですそれ?」

「文字通り、人が抱く強い感情さね。お前はそれを集める」

「強い感情」

「命の種ってのがあってね。人が持つ喜怒哀楽の感情のうち、喜びの感情で作られたものだ。それを作る」

「どうやって作るんですか?」

「このビンを使う。ここに私の時魔法を込めておいた。絶対にはがれない強力なやつをね。このビンは感情の欠片を結晶にし、保管してくれる。お前はここに、いろんな人の喜びの感情を集めるんだ。人が喜んだ時に流す涙……嬉し涙をね」

「嬉し涙……」

「嬉し涙は命の種を生む材料だ。命の種はお前の命を不死にする。つまり、タイムリミットがきても寿命を保ってくれるのさ」

 お師匠様はそう言うと、ポンとビンを叩いた。

「私が永年の魔女になった時もこの命の種を使った。お前も同じことをするんだ。この種を使えば、自分で種の力を解かない限り歳は取らない。そうすれば、体内時計の制御がきかなくなっても死にはしない。もちろん呪いで死ぬこともなくなる。満足するまで生きて、時がくれば種の力を解けばいい」

「つまり、私は不老不死になる?」

「術を外さなけりゃね」

「おぉ……」

 何だかすごい話になってきた。

 ちょっと前までペーペーの見習い魔女だった私が不老不死。それはつまり、永年を生きる魔女のお師匠様と同じになるということでもある。まさしく役得とはこのことだろう。愛だね、愛。愛ってなんやろホンマ。

「もう、お師匠様ったらぁ。何だかんだ弟子が可愛いんでしょ。それで、一体どれくらい涙を集めればいいんですか?」

「千人分だ」

 時が止まったような気がした。

「……はい?」

「千粒集めんだよ。量にして約二百ミリリットル。人が本当に喜んだ時に流す涙を、十二ヶ月で、千粒だ」

「それって……簡単です?」

「人は悲しみや痛みで涙を流しても、喜びで涙を流すことはそうない。少なくとも、私は百年かかったね。いろんな魔法を使って、命を延ばして、ようやく永年の魔女になったんだよ」

「一年でできます? それ」

「言ったろう? 可能性は限りなく低いって。奇跡でも起こせる魔女じゃなけりゃ、不可能に近いよ」

「さいですか……本当にクソみたいな話ありがとうございました」

「ちょっとメグ! どこ行くんだい! 待ちな! メグ!」


 私、見習い魔女ことメグ・ラズベリーは。

 あと一年で。

 死ぬらしいのです。



 私は小さい頃に両親を失ったらしい。

 らしい、というのは両親のことについてあまり記憶がないのだ。何故亡くなったのかは知るよしもない。

 ただ、孤児になった私を哀れに思い、受け入れてくれたのが、お師匠様だった。


 ──おいで、今日からお前は家族だ。いいね、メグ・ラズベリー。


 幼かったあの日、お師匠様に初めてかけてもらった言葉は今も覚えている。

 何だか今日は、そんな昔のことを思い返してしまう。

 魔女の館を出た私は、近所の河原の土手に座っていた。街と魔女の森の中間にあるこの場所は、自然が豊かで落ち着く。デートスポットでもあるらしく、時折カップルがいちゃつく忌々しい場所でもあったが、今日は人がいなくて静かだ。

 青空がその瑞々しい色彩で世界を包み、柔らかな陽の光が世界を美しく輝かせる。秋口で気候も涼しく、頰をくすぐる風も心地よい。

 こんな穏やかで過ごしやすい日に、私は『死』を知ったのだ。

 今日は私の、十七歳の誕生日なのに……。

 私は死ぬ。死ぬってなんだろ。誰にでも訪れるもの、状態、概念、生命のすべてが至る場所、涅槃。どれも壮大すぎて、全く実感が湧かない。テレビの向こう側の世界だ。現実じゃない。

 十七歳という若さで、体もピンピンしているのに、急にあんなヨボヨボになって死ぬなんて言われても現実味なんて湧くはずもなかった。

 ただ、見せられた衝撃的な映像だけが記憶に残り、正直気分が悪い。

 もし本当に私があと一年で死ぬとするならば、私が今までやってきたことって何なんだ。

 馬鹿みたいに毎日魔法の勉強をして、馬鹿みたいに仕事して。

 一生懸命やってきたはずなのに、そのすべても無駄だったというのか。じゃあ私が生きてる意味ってなんだよ。

 なんで死なねばならんのかもわからなければ、残された時間が私にとって何なのかもわからない。自暴自棄になりたいけれど、いまだにどっかでドッキリじゃないかとか思う自分もいて、暴れ散らかすこともできない。

 誕生日なのに最低の気分だ。

 私が力なく土手に寝転ぶと、私の顔を何かが覗き込んできた。

「キュウ」

 使い魔のカーバンクルだ。

 お師匠様が喚び出したこの生きものは、フェレットと狐を足して二で割ったような外見をしている。毛並みは翠色で、まるでエメラルドを思わせる美しい動物だ。頭も良く、時折人間より聡明な一面を見せてくる。

 私を覗き込んだカーバンクルは、顔をペロペロと舐めてきた。どうやら私を励ましてくれているようだ。

「なんだよー、可愛い奴め」

 しっかりしているように見えて、カーバンクルは甘えん坊だ。私はその体を持ち上げると、そのまま引きずり込んで彼の腹部に顔面を埋めた。生きものの熱が顔面に伝わる。もふもふして心地よい。

「わしゃわしゃしゃしゃ、ウヒヒ、気持ちええのうワレ。ウヒヒヒぐふグフフフフ」

 私がよだれを垂らしながら全力で愛でてやると、カーバンクルは「ギャインギャイン」と喜ぶ。そう、喜んでいるのだ。決して拒絶されているわけではない。それはもう、絶対に。

「あ、ファウスト様のとこのおねーちゃん」

 不意に声がして顔を上げると、五歳くらいの女の子が私を見つめていた。

 知らない子だったが、特に疑問は抱かなかった。私のお師匠様こと『永年の魔女ファウスト』は魔法界でトップクラスの魔女である。世の大半の人が、魔女と聞かれれば魔女ファウストの名をあげるだろう。その関係で、必然的に弟子である私も街では顔が知られるようになった。こうして見知らぬ街の人に話しかけられるのは珍しいことではない。

 少女は、私が気付くと嬉しそうに近づいてくる。

「何してるの? こんなところで」

「ちょっとね。黄昏とるのよ。休憩中みたいなもん」

「ふーん。その子、可愛いね」

「でしょ。撫でてみる?」

「うん!」

 少女はカーバンクルを撫でながら、「可愛いー」と黄色い声をあげる。

 撫でられたカーバンクルは心地よさそうに目を細めていた。

 私の時と反応が違うね? 君?

「あなた、ここまで一人で来たの? 結構街から距離あるけど」

 すると少女は元気よく頷いた。

「うん! 私ね、ファウスト様にお願いがあって来たの!」

「お師匠様にお願い?」

「ママがゆっくり眠れるように、たくさんのお花をあげてくださいって!」

「どゆこと?」

「私のママね、今までずっと入院してたんだけど、やっと病院から出られたの。でもずっと眠ったまま起きないの。パパが今まで頑張ってきたから、これからは休むんだよって。だから、ゆっくり眠れるように、いい匂いのするお花を飾ってあげようと思うの」

「ふーん……」

 話を聞いていて、どうやら彼女の母親は、長い闘病生活の末に命を落としてしまったらしいとわかった。そうとは知らず、この子は母親にお花をあげたいと無邪気に言っているのだ。

 あぁ、そうか。この子もまた『死』を知らないんだ。

 何故だかその姿が、不意に自分と重なる。

 花、か……。

「ねぇ、もし良かったらさ、あなたのお母さんにお花あげるの、お姉ちゃんにやらせてくれない?」

「本当?」

「うん」

 私はニッと笑った。

「お姉ちゃんが、あなたのお願い叶えてあげる」


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