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「ただいま戻りましたー!」
フィーネに時計を選んで帰ってくると、お師匠様が「あぁ、お帰り」と出迎えてくれた。
「時計の件、上手くいったかい」
「えぇ、まぁそれなりに。それより、何やってるんすか?」
「あぁ、ちょっと探しものをね」
「そんなの、千里眼使えばいいのに」
「何でもかんでも魔法に頼るんじゃないよ。自分の力で解決する能力も養わなきゃね」
「もう、頭固いんだから」
そこで私は、ふと疑問を抱いた。
「お師匠様は、どうして私とフィーネを時計屋に行かせたんです?」
「何だって?」
「だって、お師匠様なら時計の修理が上手くいかないことくらい見通せたでしょう。なのにわざわざ私たちを時計屋に行かせるなんて、変だなって」
するとお師匠様は緩やかな笑みを浮かべた。
「言ったろう、何でも魔法に頼るなって。私はあの時点では、お前たちの未来を見たりなんかしていなかった。フィーネは時計に未練があった。ゼペットならあの時計の本当の価値を見抜いて、必要な結末を渡してやれる。そう思っただけさね。それに──」
「それに?」
「愚かな魔女に、ものが持つ本当の価値を教える必要があったからね」
「愚かな魔女? お師匠様のことです?」
「お前だよこの大馬鹿者!」
ものが持つ本当の価値。
それは、きっとお金や相場では測れない、その人だけが持っている記憶や想いのことなんだ。
その時、カタリと音がした。ベルトにつけている涙のビンだ。
私は何気なくそれを手に取って、目の前で振ってみる。
涙の粒が一つ増えていた。これで、合計三粒。
「ものが持つ本当の価値か……」
手にしたビンに夕陽が射し、涙の粒が心なしかキラキラと輝いて見える。私にとって大好きな人たちが流した、大切な涙。それもきっと、お金なんかには代えられない、私だけが見いだせる特別な価値なんだ。
「何かこれ、私の宝物になりそうな気がすんなー」
私が呟くと、カーバンクルが「キュウ」と顔を上げ、シロフクロウが「ホゥ」と鳴いた。嬉しそうな顔しおってからに。
でもなんだか今日は、そんなこの子たちが愛おしい。
「それよりメグ、私のカップを知らないかい? いつも使ってるやつなんだけどね」
「え? だからそんなの、千里眼で探せば一発で……」
そこで私は黙った。
バレる。
一発でバレる。
何故ならそのカップはもうこの世にはないからだ。
薬入りの紅茶をフィーネが飲もうとした際、私が粉々に破壊した。
「変だねぇ、ここらへんに置いといたんだが。どこかにやってないだろうね?」
「さってとぉ! そろそろ晩飯にしますかぁ! お前たちー! ごはんの時間だよー!」
私が誤魔化すと同時に、家中から待ってましたとばかりに小動物たちが集まり、シロフクロウはそっと扉を閉めた。
余命を宣告されてから、いつもと同じ日常が、少しずつ変わってきた気がする。
今日過ごした一日は、いつもとそんなに変わらない。
だけど、少しだけ私に生きる意味と、新しい価値観と、大切な親友の涙をくれた。
これが、余命を宣告された私にとっての、普通の一日。
そして、きっと忘れることのできない、大切な一日。
第4回へつづく(4月11日公開予定)
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