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ものがたり

新刊発売記念!「サバイバー!!③ 大バクハツ! とらわれの博物館」第5回 生きのこる道

15  涼馬くんとノドカ兄

 涼馬くんがサバイバーの仮免許をとり、初現場に出た時の話だ。

 山火事への出動命令に、基地からヘリコプターで現場に向かったんだって。

 リリコちゃんの情報どおり、その回はノドカ兄も、それになんと北村さんもチームメンバーだったそうだ。

 うわさに聞いてた「双葉ノドカ」と、初めての現場。

『中央基地配属・アタッカー仮免生の風見涼馬です! よろしくお願いします!』

 涼馬くんがキンチョーでぴりぴりのあいさつをしても、

『よろしくね。双葉ノドカだよ』



 彼はほんわか笑顔でアクシュしてきて、拍子ぬけしたって。

 涼馬くんは正直、「この優しそうな人が、リベロをめざせるって言われてる、あの双葉ノドカ?」って、ぜんぜんピンと来なかったらしい。

 あたしはふだんの家での兄ちゃんを思い出して、だよなぁって。

 休みの日にたまに家にいると、ずーっとひなたぼっこで、ぽやぽやしてるんだ。

「マメもいっしょにお昼寝しようよ」とか言って。

 だけど。

 担当を名乗らなかった彼は、オトナたちの中で、すでにリベロの働きをしていた。

 装備を身につけて現場に出るなり、優しげだった瞳に強い光がきらめいて――。

 まるで別人みたいだったって。

 アタッカーとして炎に突っこんでいったかと思うと、手のたりない応急処置中のディフェンダーを手伝い、と思ったら、いつの間にかキャンパーのサポートに入って情報伝達に駆けまわってたり。

 今、現場でなにが求められていて、なにがたりないのか、彼にはまるで空から見下ろしてるみたいに、ぜんぶ分かっちゃうんだって。

 涼馬くんは、ノドカ兄の背中を眺めて、「おれにもアレはできたはずだ」「こうすべきだったのに、なんで気づけなかった」って、彼のあとについていくしかない自分を知って、すっごくくやしかったそうだ。

 ――そして。サバイバーと消防で力を合わせ、火も広がらずにすみ、避難も完了。

 さぁ、帰ろうっていう時に。

 避難場所に使ってた山のホテルが、いきなり崩落したんだ。

 ノドカ兄は突入のしたくをしながら、涼馬くんには、『ここで待機だ。涼馬にはまだ早い』って命令した。

 涼馬くんは、自分が情けなくてしょうがなかった。

 で、がまんできなくて、一人でホテルに突っこんだって……!

 要救助者を発見して、よくやったってホメてもらえたのがうれしくて、さらにもう一度。

 だけど、ムチャして奥の部屋まで深追いしすぎた。

『涼馬!』

 ノドカ兄の厳しい声が聞こえたと同時、真上の天井が、落ちてきたんだ。


   ***


 地下のがらんとした空洞に、感情をおさえた声が、低く、さびしく響く。

 あたしたちはライトでカベの数字を確かめながら、ひたすら歩いていく。

「ホテルがつぶれた原因は、まだ分かってない。火が出たわけでもないのに、次々と一階の柱が折れていったんだ」

「原因が……不明?」

 あたしは涼馬くんの言葉をくり返す。

 まさか、それも未知の危険生物のせいだったんじゃ……。

「ノドカさんがかばってくれたおかげで、おれは無傷だった。だけどノドカさんは利き手をケガしたんだ。しかも二人で、その部屋に閉じこめられた」

 まるで商店街での、あたしと涼馬くんみたいだ。

 あの時はあたしがムチャして突っこんでって、涼馬くんが救けに来てくれた。

「ノドカさんは『こら』って、その一言でぜんぶ許してくれた。……で、救助を待つあいだ、いろいろ話したんだ」

 彼はシャツの下から、ピンクのホイッスルを引きだす。

 あたしがノドカ兄に渡した、「サバイバーになる」って約束のしるしのホイッスルだ。

「このホイッスルを妹からあずかってるって話も。妹はサバイバーをめざしてて、応援してはいるけど、心配だなぁとか。あのコもT地区大災害を経験して、すごく怖い思いをしたのに、とかな。ケガでしんどいはずなのに、ニコニコうれしそうに『うちの妹はかわいくて』って話ばっかりで。こっちはどんな顔をしていいか分かんなかった」

「ノ、ノドカ兄、そんな話してたのっ?」

 あたし、苦しくなってた胸が、とたんにベツの意味で苦しくなる。

「プロのあいだじゃ有名らしいぞ。ノドカさんの、妹ジマン」

「ゲホッ」

 本格的にムセた。

 ノドカ兄、なにやってんのぉっ……って、あたしだって、許されるなら世界中の人に兄ちゃんのカッコよさを語ってまわりたいもんな。

 涼馬くんはオタオタするあたしを眺めて、ちょっと笑った。

 でもすぐに、その笑みがくちびるから消えていく。

「おれたちはその後、北村さんに救けてもらえた。だけどノドカさんは応急処置だけして、現場にもどったんだ。おれはそれを知らずに、救護テントで命びろいしたことにホッとしてた」

 彼の重たくなっていく声に、あたしもゆっくりと、くちびるのハシが下がる。

「ホテルのほうも落ちついて、今度こそ撤収の号令がかかったときには、もう、ノドカさんはいなくなってた」

 ひやり、全身が冷たくなった。

「しばらくみんなで彼をさがしたんだ。でも、隊長に連絡がきた。ノドカさんから寮の友だちに、『サバイバーより、もっとおもしろいコトを見つけた。さがさないでくれ』とメールが届いていたって。その後の学園がわの捜索の結果も同じだった。だから彼は、……現場を捨てて逃げたなんて話になってる」

 あたしは息をつめたまま、ぎこちなくうなずいた。

 そのメールの文面は、何万回も頭にくり返して、一文字もまちがわずに覚えてる。

「……変だろ。ノドカさんは『心配だけど、妹と同じチームで戦えるのは、楽しみでもあるんだ』って言ってた。一日しかいっしょに過ごしてないおれだって、あんなメールはウソだって分かる。なにか事件に巻きこまれたんだ」

 涼馬くんは歩く足を止めた。

「だって、そうだろ。ノドカさんは、そんな無責任な逃げ方をする人じゃない!」

 涼馬くんの、ひしゃげた声。

 素の風見涼馬の、感情むきだしの声だ。

 あたしは立ちつくし、あぜんとして彼に目をうつす。

 足もとからぶるぶる震えがのぼってきた。

 ……ねぇ、涼馬くん。

 今のそれ、その言葉は、あたしがずうっと一人きりで信じつづけてきた言葉だよ。

 それを、あたし以外のだれかが叫んでくれたのが、うれしい。うれしいよ……っ。

 あたしは涼馬くんの肩を両手でつかんだ。

「そうだよ、ノドカ兄は逃げないよね!」

 彼の胸でホイッスルがゆれる。

 いつもならビクともしないはずの涼馬くんが、かくっとヒザを折って、地面に座りこんだ。

 あたしもへたりと同じようにヒザをつく。

「……うん。逃げるはずない。だからおれ、信じられなくて、一人でこっそり現場にもどったんだ。そこで見つけた。これ」

 涼馬くんは指を折って、ホイッスルをにぎりこむ。

「『妹』に返しに行くべきだって、何度も考えた。でもマメがこれを持ってて、なにかの拍子に『黒幕』に見られたら、ノドカさんの情報をつかんでるんじゃないかと、おまえまでうたがわれる。中央基地のプロはみんな、彼がいつもこのホイッスルをさげてたのを知ってるから。

 おれはまだ黒幕の情報を集めてる段階で、特定までできてないんだ。だからホイッスルは、おれがあずかって、ノドカさん本人に直接返そうと思ってた」

「それで、あたしに隠してたの? ホイッスルのことも、ノドカ兄のことも」

「マメはなにも知らないほうが安全だ。それであえて近づかなかったのに、まさかS組に進級してくるなんて思ってもなかった。ふつうは、実の兄貴がゆくえ不明になった場所に、自分から乗りこんでこないだろ」

「ふつうは、わかんないけど」

 あたしは首の骨をぎしぎし鳴らしながら、頭をかたむけた。

「……でも、さっきのはなに? 『ノドカ兄がいなくなったのは涼馬くんのせい』って、ぜんぜんちがうよね?」

 彼はあたしの腕をつかみ、自分の肩からはずした。

 身を引いた涼馬くんは、まつ毛が細かく震えている。

「おれがムチャな突入をしなければ、ノドカさんはケガなんてしなかった。利き手のケガさえなければ、あの人は黒幕――どんなオトナにだって負けるはずがない。なら、おれのせいだろ」

「ちっ、ちがうっ! ちがうよ、悪いのはどう考えたって、ノドカ兄を誘かいしたほうの人だ!」

 涼馬くんは顔を上げてくれない。

 どころかますます頭を低くする。

「ごめん、マメ。おれは兄弟がいなくなるツラさを知ってるのに……、マメを同じ目にあわせた」

 心臓が、大きく震えた。

 ……そっか。そうだったんだ。

 涼馬くんは、兄弟を災害で失ってる。

 彼の性格からして、きっとすごくいいお兄ちゃんだったんだろうなって、想像がつく。

 涼馬くんが不自然なほど、命を投げだすようなマネまでして、あたしを救けにきてくれた理由が、やっとわかった。


 自分のせいで、自分みたいに、あたしから兄ちゃんを失わせたと思ってたんだ。


「だからおれは、ノドカさんを必ずマメのもとへ返す。それまでは、ノドカさんのかわりに、おれにマメを守らせてほしい」

「涼馬くん……」

 あたしは、なにを言えばいいんだろう。

 いいよ、気にしないでよ。やっぱり涼馬くんのせいじゃないと思うよ。

 そんな言葉は届きそうにない。

 それに――。

 あたしは冷たい石床についた手をにぎりこみ、首を横にふった。

「でも、一人だけひいきするみたいなのは、S組のルール違反だよ。リーダーが、そんなこと言っちゃダメだ」

「……わかってる。ふだんの訓練でも現場でも、自分の立場は忘れない。だけど、もし今回みたいに何か起こって、マメが命にかかわるようなピンチにおちいったら。――おれは任務を捨てて、迷わずマメを救けに向かってしまうと思う。それでサバイバーとして失格だと言われても、しかたない」

 アタッカーエースが失格でもいいなんて、そんなこと……。

 彼が毎日どれだけキツイ訓練をしてるか、間近で見てるからこそ、その覚悟が痛々しい。

 自分があたしからノドカ兄をとりあげたって、本気で信じてるんだ。

 あたしはにぎりこんだ手のひらの肉にツメがささる。

 ねんざの手首もミシミシ痛む。

 だけど涼馬くんの痛みをかわってあげることができない。

 思いつめるのもしかたないけど、本当にちがうよ。

 ノドカ兄が自分で決めて、涼馬くんを救けに行ったんだもの。

 人を救けに行ってケガして、「おまえのせいだ」なんて責めるサバイバーはいない。

 そんなの、涼馬くんだって分かってるよね?

 あたしは彼がヒザに置いた、赤黒いガーゼのこぶしに目を落とす。

 ――そしたら、気づいてしまった。

 あたしだって彼のこのケガ、あたしを救けに来たせいだと思ってる。

 さっき、やめてって怒ったばっかりだ。

 じゃあ……、涼馬くんもくやしいのかな。

 救けたいのに「救けられてしまった」自分が。

 ――あたしは、すううっと息を吸いこんだ。

「……なんだか、あたしたちって似てるね? 涼馬くんにこんなふうに思うの、初めてだ」

 とうとつなことを言うあたしに、彼はおどろいて顔を上げた。

 あたしはにっこり笑ってみせて、彼のほうはまた目をそらそうとする。

「ねぇ。涼馬くんのそのケガ。あたしのせいだね。ごめんね」

「ちがう。だからこれは、おれが自分で勝手にやったことで――」

 言いかけた涼馬くんは、ピタッと言葉を止めた。

 あたしを見つめる瞳が、まん丸に大きく見開かれていく。

「だよね。涼馬くんが勝手にあたしを救けにきてケガしたのと、ノドカ兄が勝手に涼馬くんを救けてケガしたのは、同じだもんね。涼馬くんがあやまるなら、あたしもあやまらなきゃだな」

 彼はぐしゃっと顔をゆがめる。

 あたしのワナにかかったのが分かったんだ。

「だからさ。涼馬くんには、あたしを守らなきゃいけない理由も、一人でノドカ兄をさがさなきゃいけない理由もないんだよ。――ね? だからもうこれで、気にしない!」

 明るくパッと手を開いて、おどけてみせる。

「…………マメって、意外といい性格してんな」

 彼はいまだかつて見たことない、ちっちゃいコみたいな顔でブスーッとむくれちゃった。

 あたしはその顔が、おかしいやらカワイイやらで、ぶはっと噴きだす。

「だってね、ノドカ兄だってイタズラばっかりで、いい性格してんだよ。あたしたち兄妹だもん」

「ノドカさんがイタズラなんてすんのか。オトナっぽい人だと思ってた」

「外じゃ分かんないけどね。あたしはいっつもヤラれたーってばっかり」

 ……でも、話すのもしんどかっただろうに、教えてくれてありがとね。涼馬くん。

 ずっと分かんなかったことが腑に落ちて、すっきりした。

 涼馬くんが一人で抱えて苦しい気持ちだったのはつらいけど、ノドカ兄が逃げたんじゃないって信じてくれてたのは、やっぱりあたし、すごくすごくうれしいよ。

 あたしは感謝をこめて彼の手を引っぱり、立ちあがる。

「行こう。さっさと脱出して、あたしたちで黒幕を見つけて、ノドカ兄を返してもらおうよ!」

 涼馬くんはあたしを見上げ、まるで久しぶりにお日さまを見たモグラみたいに、ぱちぱち目をまたたいた。

「……って、さりげなく何言ってんだ。マメには、黒幕にはふれさせないって言ってんだろ」

 彼もヒザのホコリをはらって、前に立つ。

 そうするといつものとおり、涼馬くんの目線がちょっと上に来て、あたしはそれに安心してしまう。

「ケチ!」

「ケチとかそういう問題じゃねーっての」

 あたしたちは無理やり前向きな声で笑って、前へとふみだした。

 おたがい納得はできても、譲れはしないのは、分かってる。

 でも痛む手も胸も、今は忘れたフリで、とにかく前へ――!


「サバイバー!!③ 大バクハツ! とらわれの博物館」
第6回につづく


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