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ものがたり

新刊発売記念!「サバイバー!!③ 大バクハツ! とらわれの博物館」第5回 生きのこる道


この授業、恋も授業も命がけ! ぜったいおもしろい&最高にキュンとする「サバイバー!!」シリーズ。サバイバルな学校で、成績サイアクでも夢かなえます! 角川つばさ文庫の大人気シリーズ第1巻~第3巻が、期間限定でまるごと読めちゃうよ!(公開期限:2025年6月6日(金)23:59まで)



13  生きのこる道


「あとちょっとーっ! 手をもっと遠くにのばしてー!」

「手、足、手、足!」

 ロープに手と足でぶら下がった美空は、木の枝を渡るサルみたいな体勢だ。

 だからこの渡りかた、「モンキー渡過」っていうんだよ。

 おしりを支えるハーネスがロープにつながってるから、落ちることはない。

 視界も空を向くし、はるかかなたの谷が見えないぶん、怖くないはず……なんだけど。

 ぐわんぐわんゆれるロープも、背中を風が通りすぎる心もとなさも、ぶっちゃけ怖すぎる。

 だけど美空は、必死に手足を動かし続ける。

 彼女が渡りきったら、残るはリリコちゃんとあたしだけだ。

 うん、順調だよっ。

 ……順調だけど、時間はない。

 あたしたちの背中には、焦げつくような熱気が押しよせてきてる。

 真っ赤に光る火の粉が、ちらちら舞いはじめた。

 それに、さっき通りすぎてったモグラが、またもどって来る可能性もある。

「あなた、その手で行けますの」

「うん。行く」

 迷いなくうなずくと、うたがう半眼で観察されてしまった。

「ほ、本当に大丈夫だよ。がっちり固定してもらったから、手首が曲がんないだけで」

「……コツは、足ですわよ。前に進むには、最後までイキオイをつけて蹴りきるんです」

「あ、そういえば訓練の時も、涼馬くんに『ヒザをもっと伸ばしきれ』って言われた」

「そういうことですわ」

「なるほどー」

 三角巾から腕をはずして準備しながら、ハッとする。

 リリコちゃんが、あたしにアドバイスをくれたっ?

 リリコちゃんが、あたしに!

 ぱあああっと世界が明るくなったような気さえする。

 と、めちゃくちゃイヤそうに、鼻の上にシワを寄せられてしまった。

「よし、ゴールだ。おつかれさん」

 向こう岸からの声。

 到着した美空が、涼馬くんにロープから引きあげてもらってる。

 次はあたしかリリコちゃんだ。

「先に行ってくださいませ。橘は涼馬さんに、しんがりをまかされた身ですもの」

「了解です」

 引きもどしたハーネスを装着しようとした、そのタイミングで。

   ズン……ッ!

 足もとが上下にゆれた。

 真っ赤な火の粉が舞いあがり、ポニーテールのしっぽをチリッと焦がす。

「――いそげ!」

 涼馬くんが声を張り、みんなが悲鳴を上げる。

 ふり向いたあたしは、全身の神経が一気に凍ったみたいに体がしびれた。

 真後ろの木々のむこうに、巨大モグラの頭!



 もどってきたんだ!

 あの体の大きさなら、この谷間なんて一息だ。

 もし向こう岸にモグラが渡っちゃったら、あたしがねんざの手でノロノロ渡ってるあいだに、涼馬くん一人で戦うことになる……!

「リリコちゃん、先に行って! あたしは時間がかかっちゃう!」

 ハーネス用のロープを突きかえすけど、彼女は危険生物の迫力にのまれたように、ごくりとノドを鳴らすのみだ。

 受けとらないリリコちゃんの腰に、あたしは勝手にロープをまわし始めた。

「一匹目も二匹目も、あたしたちを追いかけまわしてきたの。きっとモグラも、このあと追いかけてくる。向こう岸のみんなを守れる技術は、くやしいけどあたしよりリリコちゃんのほうが、ずっと上だ。だから、リリコちゃんが先に行って。もちろん、あたしだってあきらめない。すぐに追いかけるから」

 あたしの手じゃ、ハーネスを引きしめられない。

「リリコちゃん、自分でしめて。涼馬くんと二人で、みんなを救けて!」

「……ッ!」

「大丈夫。あたしはハーネスなしでも、後から渡りきってみせるから」

 目が合うと、彼女は鼻のつけねにシワを寄せる。

 そしてドンッとあたしを突きとばした。

 せっかく装着しかけたロープをほどいちゃって、今度はあたしに結びはじめる。

「な、なにっ」

「だまれですわよ。弱き者が、この橘を相手に気どったこと言ってんじゃねぇですわ」

 彼女は、七海さんみたいな早業であたしにハーネスをつけていく。

「T地区大災害の日。橘は、将来S組をめざすコのためのプレスクールで、合宿中でした。元サバイバーの先生が訓練してくれる、私立のスクールでしたけど。避難所までのリーダーは、もちろん先生になりました。けれど、彼はルートをまちがえたんです。橘は地図を記憶していましたから、正しいルートを知っていました。でも保護者やほかのオトナがたくさんいる中で、五歳の子の――弱き者の言うことなんて、だれも聞いてくれませんでした」

 とつぜん過去を語りだしたリリコちゃんに、あたしは体の動きが止まる。

 ぎゅううっと痛いくらいの強さでロープがしめられた。

「道に迷ってしまって、みんなもアセったんですわね。先生は、ウソつきやら役たたずやら、みんなからののしられて……。一人きりで逃げていきました。今思えば、彼がむかしサバイバーだったなんて、ウソだったんでしょうけど」

「……そんな」

 あたしは衝撃的な話に、歯の根が震える。

 その人はできるかぎり必死にやって、どうしようもなかったのかもしれない。

 その先生もきっと、つらかった。

 だけど、置いていかれたほうのリリコちゃんには、そんなのは許す理由にならないよね。

「橘は正しいルートにもどりました。けれど橘の強さを信じず、ついてこなかった人たちには、会えないままです。助かったのかどうかも知りませんけれど……。

 だから橘は、絶対的な強き者になってやると決意したんです。そして、実力もないのに『人を救けたい』なんて言う弱き者や、とちゅうで逃げだす弱き者は、大キライです。――でも」

 リリコちゃんと正面から視線がぶつかった。

 あたしたちは初めて、ちゃんと瞳を見つめあう。

「大災害の日の橘たちも、先生一人に背負わせるのではなくて、今日の、あなたたちみたいだったら。そうしたら、ちょっとはなにかが違っていたのかも……と。少しだけ、ほんとにチラッとだけ、考えました」

 結びおえたハーネスのうえから、彼女はあたしの腰をパンとたたいた。

 そしてとうとつに、モグラのいる後ろの木立ちへダッシュ!

「リリコちゃん⁉」

 かと思ったら、ぐるりとこっちに向きを変え、フルスピードで駆けてくる。

 何をしようとしてるのか、あたしはやっと理解した。

 ジャンプで跳びこえるつもりだ!

 でもリリコちゃん、さっき自分じゃ無理なキョリだって言ってたよね⁉

 止める間もない。

 彼女はあたしの前を風を切って通りすぎ、ガケのきわでふみきった。

 小さな体をバネにして、宙へ飛びあがる!

 弧を描いて空を泳ぐリリコちゃんを、向こう岸のみんなも固唾をのんで見守る。

 でもこの軌跡じゃ――、やばい、あとちょっとで届かない!

 向こう岸のガケのふちに、彼女のつま先がガッとぶつかった。

「――クッ!」

 彼女はそのまま垂直に落下していく!

「リリコちゃん!!」

 全身が総毛立ち、息がつまる。

 だけど間一髪だ。涼馬くんがガケに身をふせ、彼女の手首をつかんだ!

 ぶらりと吊りさげられたリリコちゃんのわきを、石のカケラが落ちていく。

「よ、よ、よかった……っ」

「あなたの番ですわよ! 双葉マメ!」

 上に引きあげてもらいながら、リリコちゃんがあたしをふり向いた。

「了解!」

 リリコちゃんは危険をおかして、あたしに手段を残してくれたんだ。

 秒すら惜しい!

 すぐにハーネスをロープに合体させ、ためらいなく体を谷間に吊りさげる。

 ぐわんっとロープがゆれたけど、恐怖を奥歯で噛みつぶす。

 よし、谷渡りスタートだ!

 手を限界まで遠くに置いて、ぐいっと体を引きよせる。

 次は足で、最後まで蹴りきる!

 左手に力が入らないと、そこだけテンポが乱れる。

 でもいける! しっかりとヒザを伸ばして、足で進むんだ!

「マメェ、がんばれーっ!」

 みんなが応援してくれる。

 あと少しだ。この谷間をこえたら、十分もかからず避難場所にゴール!

 飛んできた火の粉が手の甲で赤く光って、ふき散っていく。

 その熱さも感じないほど夢中で手をくり出し、足で蹴る。

バキ、メキメキ……ッ!

 木の幹が折れるような音が、つま先のむこうに聞こえた。

 たぶん、モグラがいよいよ、こっちに出てきたんだ。

「マッ、マメ! いそいでぇ! ロープを結んでる木が……っ!」

 綾の悲鳴を聞きながら、ぐいっと体を前に進める。

 まだ中間地点にも届かない。はやく、はやく!

「――落ちるぞ! つかめ!」

 落ちる⁉

 涼馬くんの鋭い声に、あたしはロープに抱きついた。

 ぶちっとイヤな音が、もと来たほうの岸から聞こえる。

 同時、あたしの体は重力にからめとられ、真下へと吸いこまれていく――!


   ***


 まっすぐ下に落ちたのは、ほんの一瞬だった。

 気づけば、ロープにすがりついたまま、背中で風を切ってスイングしてる!

 これじゃ進行方向をまちがったターザンだよっ。

「ひぃえええっ⁉」

 視界に、もとの岸を転げまわるモグラと、燃えさかる木々が映った。

 ロープにも火がうつって、焼き切れたんだっ。

 それよりこのままじゃ、背中からガケに激突する!

 足をふりかぶり、思いっきり体を回転させる。

だんっ!

 あっぶないところで、くつ底でガケの壁面を受けとめた。

 じぃぃんとヒザの骨までしびれて、左手首にも激痛が走る。

 体重を支えきれず、手がロープを一気にすべった。

「あ、足場っ」

 かかとが、突きだした小さなでっぱりに引っかかってくれた。

「とととと止まった……っ!」

 あたしは硬直したまま、おそるおそる下に目をやる。

 真っ暗な地下石切り場の谷の底まで、あと五メートルくらいかな。

「マメェ~~ッ!」

 みんながあたしの名前を叫ぶ声が、やっと耳に入ってきた。

 首を持ちあげて、ゾッとした。

 空が見えないほど、ケムリが充満しはじめてる。

 このままじゃ、みんなケムリに巻かれちゃう!

 それにあのモグラだって、いつ谷を跳びこえておそってくるか分からないのにっ。

 どうしよう。いや、どうしようたって、どうしようもないよ。

 あたしはのぼるのは手首的に無理だから、降りていくしかない。

 地下の石切り場には、地上にもどる出入り口があるはずだ。

 置いてきぼりも、地下ルートも正直めちゃくちゃ怖いけどっ。

 でも、みんなを待たせて巻きこむわけにはいかないでしょ⁉

「みんなぁ! おねがい! 先に行って!」

 あたしはぶるぶる震えながら、声をふりしぼる。

「あたしは地下から合流する! 気にしないで行って!」

 なんの返事も聞こえてこない。

 モグラが暴れて、木を折りたおす音に消されてしまう。

 もう、行ってくれた?

 だったら、あたしもすぐ行動にうつらなきゃ。

 ……一人になったと思ったとたんに、気持ちが弱々しくなえていく。

 無意識にノドカ兄のホイッスルをにぎろうとして、ロープの手をゆるませちゃった!

「うひゃっ」

 ズズズッと一メートルもずり下がった。

 まさつ熱で手のひらが燃えるみたいだし、心臓もばっくばくだよ!

「あっぶな……っ!」

 ロープに抱きつきなおした、その真横に。


   だんっ!


 だれかが、足を突いた。

「――えっ」

 目をうたがう間に、腰のハーネスをぐいっと引きよせられ、となりのロープに接続完了。

 あぜんとするまま、強引なくらいの力でヒザに座らされた。

「しっかりつかまってろ。おれは右手、ロープのブレーキ操作で使えない」

 そう告げるなりの、垂直下降!

   シュルルルルッ。

「おわあああっ⁉」

 胃が浮くような感覚に、あわてて相手の首に抱きつく。

 ロープがこすれる音とともに、あたしは抱っこされたまま、ものの数秒で谷底にっ。

 着地するなり、彼はあたしのハーネスをロープからはずす作業に入る。

「りょ、涼馬くん……?」



 まだ、目の前にいる人の存在が信じられない。

 彼はちらりと瞳をあたしに向け、ほどいたハーネスのロープをまとめて肩にかける。

「ぼさっとすんな。おれたちもすぐに移動するぞ。モグラがどう動くか読めない」

「だ、だって。涼馬くん、なんでこっちに来ちゃったの」

「注意! リリコ、先に行け! こちらは地下ルートを取れそうだ! 避難場所にて合流!」

 涼馬くんはあたしを無視して、上に叫ぶ。

「了解!」

 リリコちゃんの応答と、みんながあたしの名前を呼ぶ声が、かすかに届いてくる。

「山での遭難は、その場から動かずに救助を待つのが基本だけどな。今回はモグラもいるし、火はせまってるし、動くしかねーだろ」

「そんな話じゃなくって! 綾たちが、そのモグラにおそわれるかもしれないんだよ⁉ アタッカーがリリコちゃん一人でモグラと対決になったら……っ! 涼馬くんがいなくてどうすんの⁉」

「あっちはゴール目前だ。すぐにプロのサバイバーと会える。それに……、」

 言いかけて、彼は途中で言葉をのみこんでしまった。

「それに、なにっ? 大体、涼馬くんだって、もうすぐ脱出できるところだったのに――っ!」

ガラガラガラッ!

 ハデな音をたてて、でっかい岩が落っこちてきた!

 涼馬くんが、とっさにあたしを抱きこむ。

「ケンカしてるヒマはねーぞ。行こう」

 立ちのぼる土ぼこりのなか、彼はぱっと手をはなす。

 あたしはぎこちなくうなずきかけ、言葉を失った。

 つかまれたソデが、真っ赤にぬれてる……!

 これ、血!?

「涼馬くん⁉」

 あたしはガシッと彼をつかみ寄せた。


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