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ものがたり

新刊発売記念!「サバイバー!!③ 大バクハツ! とらわれの博物館」第5回 生きのこる道

14  真っ暗闇の地下ルート

 無理やり指を開かせて、想像以上のひどいケガに、あたしのほうがめまいがした。

 いつからこんなことになってたの……っ!?

 口に出して聞くまえに、思いあたった。

 今、ガケからロープでおりた時だ。

 右手はロープを引いてブレーキの役目をするんだけど、もちろん手ぶくろをはめるんだ。

 だけど今回、手ぶくろは一つしかなくて、リリコちゃんが使ってて。

 それを借りる間もなく、飛びおりてきてくれたんだ。

 素手であたしを抱えて二人ぶんの体重を支えたから、ロープのまさつ熱で……っ。

 こんなになっても、当たりまえだよ!

 あたしは体の芯がわななく。

 また無理して、あたしを守りに来てくれた。

 あとちょっとで脱出できたのに、その道を捨てて、こんなひどいケガまでして。

 あこがれてるノドカ兄の妹だからってだけで、ここまでできるものなの……⁉

 腕をつってたガーゼを細く裂き、包帯がわりに止血しながら巻きつけていく。

「……痛いよね」

「今、脳が現場モードになってるから。動かしづらいくらいで、大丈夫だ」

「大丈夫じゃない!」

 いきなり大声を出したあたしに、涼馬くんは瞳をまたたく。

 わなわなする指さきのせいで、よけいにうまくガーゼを巻けない。

「あたしね、四月から涼馬くんに守ってもらってたこと、さっき知ったんだ。でも、もういいから。あたしだってサバイバーの卵なんだよ。救けられる人間より、救ける人間になりたい。涼馬くんにも、仲間だって認めてもらえるほうが、ずっとうれしいよ」

 救けてもらっておいて何様だ――ってことを言ってるのは、分かってる。

 だけど言わずにいられないよ。

「あたしのために、こんなケガをされるのはイヤだ。自分の弱さの責任は、自分でとらせて」

 そもそもあたしが手首をねんざしてなければ、谷底のルートなんて取らずにすんだんだ。

 なのにあたしを救けにきて、こんな痛そうなケガ……っ。

 ぎゅうっと締めつけたガーゼに、彼は眉間にシワを寄せる。

「マメが気にすることじゃない。手ぶくろを借りる間くらい、待てばよかったんだよな。自業自得だ」

 彼ははぐらかすような笑みを浮かべる。

「そんなこと言ってるんじゃないよ。あたしを信じてくれたほうがよかったって、救けにこなくてよかったって言ってるの!」

 つい、言葉を叩きつけちゃった。

 涼馬くんはハッと目を見開いたあとで、だんだん顔をうつむけていく。

「…………ごめんな」

 小さな声が、たしかに、あたしにあやまった。

 この絶対的なリーダーが、まさか、ごめんなんて。

 あたしはそれだけで胸が不穏にざわりとする。

「ち、ちがう。あやまってほしいんじゃない。あたしはただ、自分もちゃんとサバイバーとして、仲間にしてもらいたくて」

「うん、それは分かってるんだ。でもごめんな、マメ」

「それは、なんの『ごめん』なの……?」

 見えない表情に、よけいに不安になる。

 いつもの風見涼馬らしくない彼を、あたしはどう受けとめればいいか分からない。

 目のまえにいるのが、知らない男の子に見えてきた。

 彼はうなだれた頭を、ゆっくりと持ちあげていく。

「おまえのS組での努力を、ふみにじってるのは分かってる。……ワガママ言って、ごめん」

 ふせた瞳は、迷うように揺れている。

 だけどあたしと目が合ったとたん、キッと強くなって、燃えるような強い光で煌めいた。


「――でも。双葉マメを、おれに守らせてほしい」


 まっすぐな瞳の光と言葉が、あたしの心臓を直接にぎりこんできた。

 まるで、そのためなら命を丸ごとさし出すつもりだっていうような、決意の瞳に見える。

 あたしはこんな瞳を人から向けられたのは、初めてで。

 時が止まったみたいに動けない。

「……なんで?」

 こんなの、ノドカ兄のファンだからなんて理由じゃ、ぜんぜん納得できないよ。

 涼馬くんにかぎって恋愛感情なんてモノじゃないだろうし、将来の道がサバイバーに確定してるエリートが、成績ドベのあたしを、どうして。

 涼馬くんはゆっくりとまばたきする。

 迷いながら、くちびるが動きだす――と思ったら、

どさっ。

 ガケの上で、大木が倒れこむ音がした。

 あたしはビクッと体をゆらす。

 モグラがこっちに来ようとしてるのかもしれない。

 彼はしゃべりかけた口を結んだ。

「話は後だ。モグラや火がまわってきたら、本当に手づまりになる」

 そしてあたしから視線をはずすと、歩きだしてしまった。


   ***


「博物館で、地下の石切り場を見学したよな」

「うん」

「あそこにも坑道の出入り口が、いくつかのぞいてただろ。博物館方面に向かえば、そこにつながってるかもしれない。とちゅうで地上にのぼるところがあれば、それが一番だけどな」

「うん」

 涼馬くんはこんな暗闇の地下でも、方角が分かるみたいだ。

 ためらいなく早足で歩いていく。

 あたしはまだ頭の中がめちゃくちゃで、うなずき返すので精いっぱいだ。

 石の柱が点在するだけの、なにもない空間。

 手持ちのライトは、リュックに入れておいた、一本だけ。

 ぐるり照らしてみても、上下を石にはさまれた空間が、どこまでも続いてる。

 このまえの駐車場よりもずっと天井が高いから、押しつぶされそうなカンジはないけど。

 強勇学園のでっかい校庭よりもずーっと……果てがあるのか不安になるほどに広いな。

 そして耳が痛くなるほどの、静けさ。

 神秘的……ではあるけど、ぶきみなほうが強い。

 モグラが追いかけてくるような音は、今のところ聞こえてこない。

 リリコちゃんたちのほうに行ったのかな。

 みんなが心配すぎるけど、もうプロのサバイバーと合流できてるころだよね?

 うてなたちもとっくに避難場所に着いてるはずだ。無事だって信じよう。

 いろんな不安のあぶくがぼこぼこ浮かんできては、まとまらないうちに、べつの不安に押しやられていく。

「マメ。おれの足もとばっかり照らさなくていい。もうちょっと上げて、広く照らすほうが安全を確認しやすい」

 涼馬くんはすっかりいつものリーダーだ。

「ごめん」なんてあやまってうなだれた彼が、マボロシみたいに思えてくる。

 ……あたしも落ちつかないと。

 一番に考えなきゃいけないのは、無事に避難場所までたどり着くことだ。

「あ、あのさ。博物館は研究所のすぐウラだよね。火事なのに、そっちに向かって大丈夫かな」

 彼の調子に合わせてみると、涼馬くんはホッとしたように少し肩をさげた。

「最初の火もとだから、消防が出てるなら、もう消し止められてる……と思いたい。どのみちおれたちは、このルートしか取れない。あとは祈るしかないよな」

 やっぱり一か八かのカケで、危ないのを承知で、あたしを救けに来たんだ。

 ……どうしてなのか、ぜんぜん分かんないよ。

 だけど、あたしが一人でこんな地下迷宮をクリアできる可能性なんて、正直、ほぼゼロだった。

 一人ぼっちでオタオタする自分を想像したら、全身が震えた。

 自分のためにケガされるなんてイヤだけど、くやしいけれど。

「ありがとうございます……」

 歩きながら頭をさげたあたしに、涼馬くんは目をそらした。

「おれが勝手にやってることだ」

 命がけで救けにきてくれたのに、モヤモヤなしにお礼を言えない自分が苦しくて、静かになってしまう。

 と、彼はあたしのライトの手をにぎり、上を向かせた。

 また無意識に、涼馬くんの足もとばっかり照らしてたみたいだ。

「手が使えないのはおまえも同じだろ。そんな気をつかうな。むしろマメのほうが、地盤のひび割れに足をとられそうで、そっちのが怖い。転んだら反射的に手が出るだろ。今度はねんざが骨折になるぞ」

「……了解です」

 また、心配なヤツあつかいされてしまった。

 ヘコみながらもうなずくと、彼はあたしの手首を見つめ、小さく息をついた。

「マメ、今回やたらとアセってたよな。このまえ商店街で言ってた、あれが原因か? 『強くなってみせるから、見てろ』って」

「えっ……。ちゃんと覚えててくれたんだ」

 びっくりして息をのむと、彼は「忘れられっかよ」ってニガ笑いだ。

「しかもリリコの動き、めちゃくちゃくやしそうに目で追ってただろ」

 涼馬くんのライバルをうらやましがってたのまで、見すかされてた……っ!

 カアアッとほっぺたが熱くなる。

「もう分かってんだろうけど、おれやリリコは、一朝一夕に追いつける相手じゃねーぞ。しっかり時間をかけて、一歩一歩やっていけ。マメがサバイバーをめざすなら、それが一番大事だ。童話の豆の木は一晩で育ったかもしれないけど、現実はそんなうまく行くもんじゃないからな」

 あたしは彼の言葉を聞きながら、どんどん瞳が大きくなっていく。

 だって、たぶん、あたしの聞きまちがいじゃなければ、

「涼馬くん、あたしがサバイバーめざすの、迷ってるんじゃなくて、認めてくれたの? 今まではわざと塩鬼のフリして、S組をやめさせようとしてたんだよね?」

 それは、と彼はのどをつまらせる。

 ……ずいぶん長い間、そのままだまっていたけど。

 長い、重たい息を吐いて、肩をさげた。

「おれがなんと言おうと、なるんだろ」

「――うん」

「おれはやめてほしいけどな。……本当は、ずっと考えてたんだ。北村さんに『守るべき相手たちを、危険な場所に出したくない』って言われても、おれは現場で経験を積ませてもらいたい。

 マメのことも同じなんだよな。おれはマメには危険なS組にはいてほしくないが、人の夢をつぶす権利なんてない。近ごろのマメをずっと見てたら、サバイバーに向いてないからとも、イイワケできなくなってきたしな」

 あたしは目を最大限まで開いて、ますます彼を見つめる。

 リーダーの強いまなざしが、あたしを見下ろす。

「おまえ、ほんとにヘコたれないから、S組をやめてもくれねーし。ただ守らせてもくれねーし」

「う、うん」

 そして彼は眉を下げ、小さく笑った。

「いつの間にか、おれにとっての『双葉マメ』は、ちゃんと仲間になってたよ。だからアセんな。今はまだ、おれの背中を見てろ」



 仲間――って、言ってくれた。

 その言葉が、あたしの胸の中で痛いくらいの熱になって、じわじわと広がっていく。

 S組みんなの顔が次々に浮かんできた。

 うてな、唯ちゃん、健太郎くん。みんな自分のトクイをもってる、キラキラしたコたちだ。

 その中にあたしもちゃんといていいって、ほかならぬ風見涼馬が認めてくれたんだ。

 本当に? って涼馬くんの瞳を見つめて、本当なんだって実感して。

 目の奥がつんと熱くなる。

 のどがきゅうっと引きしぼられて、あたしはこぶしを握りこんだ。

 了解ですって、応えようとして。

 だけどそのとたん、「ノドカ兄の妹」のあたしが、胸の底で暴れだした。

「S組の双葉マメ」はそれでいいだろうけど、ノドカ兄はどうなるの。

 一刻もはやく情報をもらって、自分でもさがすんでしょ⁉ ――って。

「……涼馬くん。わかった。わかったんだけど、あたし、ノドカ兄を自分でもさがしたいんだ」

 ただ待ってるだけなんて、胸に空いた穴が、どんどん大きくなっていっちゃいそうだ。

「マメには、そっちはふれさせない」

 彼の瞳から温度がぬける。

 やっぱりここで、どうしても平行線になってしまうんだ。


 ――どうしようもないまま、あたしたちはふたたび進行方向へ足を動かしはじめた。

 二人ぶんのスニーカーの足音と、呼吸の音。

 石と石の大きな段差を、あたしはヒジで乗りあがる。

 涼馬くんがケガしてる手をついて上がろうとしたのを見て、あわてて腕を伸ばした。

 彼はちょっと照れくさそうに、あたしに手首をつかませてくれる。

 そしてライトであっちを照らせ、こっちを照らせって指示を出す。

 今さら気づいたけど、上の岩盤に、ペンキの記号が残ってるんだ。

 ㊥・W25、㊥・W24。

 これ、山の中でも見かけたな?

「やっとわかった! 涼馬くん、この記号をたよりに道を選んでたんだ」

「そうだ。たぶん、採石業者の名前が『中山』とか『中川』とかなんだろうな。で、『W』は」

「西? WESTの『W』」

 さっきのは「N」だったけど、あれはNORTHで「北」だ!

「そう。英数字はペンキがあざやかに残ってる。たぶん研究所チームが、調査に入ったときに書きたしたんだろ。となると、研究所がわの入り口に近いところから、西方面にW1、2、って数字を割りあててるんじゃないか」

「さかのぼっていけば、いつか研究所に着くんだ!」

「そうだといいな、ってレベルだけどな」

「わぁぁ……。あたし、ぜんぜん気づけなかった」

 ホント、一人だったらどうしてたんだよ、あたし。

 下くちびるを噛んで、今度はきっとあたしだって――って、心に誓う。

「こうやってくやしい気持ちで、一つ一つ覚えていくのが、『背中を見る』ってことなんだね」

「……おれも、そうさせてもらったからな」

「楽さんや七海さんに? あ、あと北村さんとか」

「うん」

 涼馬くんは石段を身軽くのぼる。

「あとは――、ノドカさんに」

 あたしは持ちあげかけた体を止めた。

「ノドカ兄とは、顔を知ってるくらいだって、このまえ」

「ごめん。ウソついた。……マメ。おれにはおまえを守らなきゃいけない理由も、ノドカさんをさがさなきゃいけない理由もある。それを話せば、あせって先走らずに、黒幕のこともムチャせずに、待っていてくれるか」

「……聞いていいの?」

 どくん、どくん、大きく脈打つ心臓に、体じゅうが震える。

 あたしはノドカ兄のホイッスルを、冷たくなった指さきでにぎりしめた。

「ここならさすがに盗聴器もないだろ。でも黒幕のあたりは話さない。それでいいなら」

 動けないままのあたしを、涼馬くんは左腕で強く引きあげる。

 ライトの反射に、瞳がちかりと赤く光って見えた。

「……それに本当はずっと、マメにあやまりたかったんだ」

「あやまる? さっきもごめんって」

 彼は手のケガに気づいたときよりも、もっと痛そうに目を細める。


「ノドカさんがいなくなったのは、おれのせいだ」


 ――え?

 おどろく声すら、のどに張りついて音にならなかった。


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