12 心をひとつに!
モグラはとちゅうで地下坑道に入ったらしい。
声も音も聞こえなくなり、ゆっくりと静寂がもどってきた。
「……よ、よかった。おそわないで、行ってくれた……っ」
あたしはへたりとその場に尻もちをつく。
涼馬くんも様子をうかがいながら、いつの間にか構えていたナイフをおろした。
「火薬や油に火をつけてまわってたのは、あいつだったんだな」
「うん。背中で火が燃えてたら、そりゃ暴れまわりたくもなるよね……」
だけど、そもそもどうしてモグラに火がついたんだろう。
最初に火事が起きたのは、G地区研究所だったよね。
その火事に巻きこまれたとか?
いや、モグラが研究所をおそって、機械や設備が爆発したってほうが、ありえそうかな。
みんなも腰をぬかしたまま、まだモグラの消えた方向を見つめてる。
「りょ、涼馬さんっ。あれはなんですの! あんなの、学園のデータベースにもありません!」
とつぜんはね起きたリリコちゃんが、涼馬くんの胸ぐらをつかみ寄せた。
その動きに、みんなの凍りついてた時間も一気に動きだす。
「な、なにあれ、怪物⁉」
「どうしてあんなのが、ノコ山にいんのっ!」
「またおそって来ないよねぇ⁉」
「み、みんな、落ちついて」
あたしがオタオタと伸ばした手を、美空がガッとつかんだ。
「ねぇ、先生を呼ぶ方法ってないの⁉ プロのサバイバーは、まだ!?」
悲鳴がめちゃくちゃに重なりあう。
その中を、涼馬くんがいつもの冷静な顔で立ちあがった。
「みんな、聞いてくれ。おれとマメは、以前もああいうのに遭遇している。正体は研究所のチームが調査中で、今の時点で分かってる事実はほとんどない。だからこそ落ちついて、一刻もはやくここから脱出しよう」
「そんなこと言ったって、逃げ場がないんでしょ!」
綾の金切り声がきんと響く。
みんな首をぐるりとまわして、三百六十度を確かめた。
深すぎる谷。両がわの絶壁。そしてパチパチと火のはぜる音は、後ろから着実に近づいてくる。
ほんとに袋の中のネズミ状態だ。
でもどうにか逃げないと!
十一人、みんなそろって逃げられる道を、考えるんだ。
「この谷間を、こえよう」
涼馬くんの言葉に、場が凍りついた。
「なに言ってんだよ風見。無理に決まってんだろ」
「向こう岸までロープをはる。手をはなしても落ちないように、ロープでハーネス――安全ベルトを作る。落下の危険はないから安心だ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! ロープ一本をつかんで渡れってっ? ぜんぜん安心じゃないよ!」
「そうだよ、うちらS組じゃないんだよ⁉」
みんなが涼馬くんの言葉をさえぎる。
と、リリコちゃんが間に入った。
「さっきまで『同級生だから協力しあうんだ』とか主張してたのは、どこのだれですの? 涼馬さんはこの場でもっとも強き者。生きて還りたければ、だまって従ってください。それが今、一番必要な『協力』ですわ」
さすが、彼女は冷静さを取りもどすのが早い。
でもあたしだって初めて危険生物を見て、しかも訓練なしに谷間を渡れなんて言われたら……。
まちがいなく気が動転してたし、怖すぎて無理だって思う。
みんなは谷からどんどん後ろにずり下がっていく。
その背中にも、火の手の熱気がせまってる。
どうにかしなきゃ。どうにか――!
あたしはギリッと奥歯を噛み、
「いっやぁ~~、怖かったねー。さっきの怪物、ほ~んとびっくりしたぁ」

空気を読まず、マヌケな声を響かせた。
ヒートアップしてたみんなは、なにが起こったのかって顔で、あたしに注目する。
「綾、実行委員のカメラを持ってたよね? モグラがひっかいたアト、証拠写真を撮っておこうよ。研究チームの人に見せたら、役に立てると思うんだよね」
ニコニコ手をさし出すあたしに、綾はぐしゃっと顔をゆがめる。
「マメ、そんなこと言ってる場合じゃないよ。うちら、今めちゃくちゃヤバイんだって」
「大丈夫」
涼馬くんの、あのリーダーの笑みを思いうかべて、くちびるのハシを持ちあげた。
うまくマネできてるか分からないけど、みんなは眉間にシワを寄せ、あたしに注目してくれる。
あたしが正気なのか本気なのか。
それとも何かごまかそうとしてるんじゃって疑うような、そんな視線だ。
「大丈夫だよ。あたし、ああいう怪物を見たのは、これで三匹目なんだ。しかも前の怪物はおそってきたんだよ? でもちゃんと生きて還れた。S組の〝担当ナシ〟で、成績ギリギリのあたしがだよ? さて、それはなんででしょうっ!」
とうとつなクイズに、みんなはとまどいながら顔を見合わせる。
「それはね――、たのもしいリーダーが、涼馬くんがいたからなんだ。めちゃくちゃカッコよかったよ。木で弓を作って火矢で攻撃したり。浸水したお店で、泳ぎながらナイフ一本で戦ったり」
「な、なんですの、それ。学園のデータベースには、そんな報告書は上がってませんでしたわ」
「リリコちゃんも!」
彼女にかぶせて、あたしはさらに笑顔を作る。
「リリコちゃんだって、サバイバーの仮免持ちだもんねっ。しかも、涼馬くんがアタッカーのライバルって認めてる、すんごいコなんだから。これってもう、プロのサバイバー二人といっしょにいるのと同じだよ」
全員の瞳を順番に見つめる。
見開いたみんなの目に、キラッと小さな光がまたたいたのが分かった。
あたしはうなずき、綾の手をつかんで引っぱりあげる。
「ちゃんとついていけば、絶対に大丈夫! だから、みんなで生きて還ろう!」
***
「ごめん。涼馬くん、リリコちゃん。あたし、二人にぜんぶ背おわせるような言い方をした」
涼馬くんとリリコちゃんは、がんじょうな幹にロープをまわして固定する。
みんなにはあたしからロープ渡りの方法をレクチャーして、今は順番を決めてもらってるところだ。
リリコちゃんは、じゃんけんの声が響くそちらを眺めて、フンと鼻を鳴らした。
「まー、勝手な言い方でしたわ。それに〝担当ナシ〟の立場を使ってはげますなんて、プライドがないんですのね。…………でも、弱き者にしか説得力のない言葉ですし? あの場がまとまって、橘も助かりもしなくもなかったような気もしなくもないとも言いきれないかもしれません」
「……ええと? つまりはどっちだ?」
「助かったんだろ」
つんとするリリコちゃんに、涼馬くんもあたしも、思わず笑っちゃった。
涼馬くんはロープを引っぱって、しっかり固定できてるのを確認してから、あたしの背をポンとたたいた。
「まかせとけ、マメ。ちゃんと背おってやる。おまえの期待も、みんなの命も」
自信まんまんのリーダーの笑み。
赤茶の瞳がまっすぐにあたしをつかみ、少し細まる。
「……ありがとう」
この笑顔だ。
あたしが一番かっこいいと思う、風見涼馬の顔。
あたしも不安なみんなに、こんな笑顔を向けられるほどの自信がほしい。
胸を熱くしながら、次に使うカラビナを手わたす。
と、涼馬くんは自分のシャツの、胸のあたりをつかんでた。
「カラビナ、使うよね?」
「――ああ。サンキュ」
カラビナを受けとった彼は、さっきと変わりない横顔だ。
……でも今、ホイッスルをにぎってた?
あたしは自分自身を目撃したみたいな気になって、ゆっくり目をまたたく。
まさか、涼馬くんも?
あたしがよくやるみたいに、ホイッスルをお守りにして、祈ったりする?
彼は平然と、輪にしたロープのたばを肩へ通す。
「最初に渡るヤツにハーネスをつけておいてくれ。おれは向こう岸にロープを張ってくる」
「了解! って涼馬くん。そういえば向こう岸にどうやってロープを――、」
聞きかけたあたしは、目をむいた。
みんなのいるところまで下がった彼は、次の瞬間、全速力で駆けだす!
ガケの手まえで踏みこんで腕を思いっきりふり上げ、
宙を、飛んだ――!
ザンッ!
あまりにもきれいなフォームだ。
向こう岸に着地したあとは、ふり返りもせず、ロープを巻く木をさがし始める。
成功して当然って背中に、あたしは全身に入った力がドッとぬけた。
「すっごいや……」
「そりゃあS組アタッカー最強ですもの。橘にだって、この短い助走キョリじゃ無理ですわ」
リリコちゃんの瞳がきらきらしてる。

彼女はずっとこの瞳で涼馬くんを追いつづけて、「彼とリベロの相方になる」っていう夢のために、ものっすごく訓練したんだ。
そしてそれが叶うほどに、実際に強くなってみせた。
……リリコちゃんも、カッコいいよ。
輝く強い瞳を見つめてたら、あたし、リリコちゃんのことを大好きになってきちゃった。
「サバイバー!!③ 大バクハツ! とらわれの博物館」
第5回につづく