11 ふんだりけったり、連続ピンチ⁉
「綾、情報ありがとね。うれしかった」
となりを歩きながら笑いかけると、綾は気まずげに頭をかいた。
「やー、あんなこと言ったけどさ。ほんとのとこ、風見と橘だけだったら、おんぶに抱っこで『S組さん、救けてくださーい』ってなってたかも。マメがいたから、S組だって同級生なんだよなって思い出せたんだわ」
「そ、そうなの?」
あたしは目をパチパチしてしまう。
「だって、マメってすっごくフツーのコじゃん? でもさ、今日はガケの上を跳びまわったり、風見たちについていってるの見て、すっごいなーって思ったよ」
「す、すごくないんだよ。ついていききれなくて、結局ねんざなんてミスしたし」
「うちらからしたら、今日のマメはちゃーんと『S組の双葉マメ』だったって。マメったら、この数か月でカッコよくなったよね。感動しちゃったな」
「ほーんと。それだけ、がんばったんだよね」

綾と美空に、ぽんぽんっと両がわから肩をたたかれた。
「な、な、なに、二人ともっ」
いきなり優しいことを言われて、ぶわわっと熱いモノがこみあげてきてしまう。
「あー。綾がマメを泣かせた~。いけないんだー」
「えええっ、うち⁉」
コントを始める二人に、あたしはぶへっと笑う。
「泣いてないって。うるっとしただけ。セーフセーフ」
なんだか平和な四年生のときの教室みたいだな。
だけど、そっか。
綾たちがおどろいてくれたなら、あたし、ちゃんと成長してるのかな。
……今日は、リリコちゃんがうらやましくて、胸がざわざわしっぱなしだった。
でも考えてみたら、涼馬くんが、ディフェンダーの任務をくれたのも、四月からのあたしを、ずっと見てくれてのコトなんだよね?
あのころのあたしだったら、きっと担当をもらえなかった。
実地訓練や商店街事件をいっしょに乗りこえて、彼のなかの「双葉マメ」も、変わりはじめてるのかもしれない。
あたしのがんばりを、見守ってくれてる人たちがいる。
少しずつの成長でも、気づいて認めてくれてる人がいる。
だから自分でも、もうちょっと自分を信じてあげられそうだ。
S組に入ってからの毎日は、ムダなんかじゃなかったって。
――あたしは、やれる!
涼馬くんの背中に届くときまで、がんばれる!
だってあたしは、ぐんぐん伸びる双葉の豆だもん。
だよね、ノドカ兄。
あたしはホイッスルをにぎり、ずびびっとハナをすすった。
***
「あっ、ヘリコプター!」
めざとい男子が、空を指さした。
ババババババッ!
プロペラをまわす大きな音が、こっちへぐんぐん近づいてくる。
とちゅうでホバリングすると、吊りさげた巨大なオケで水をまきはじめた。
「火事、大きくなる前に消してくれそうだね」
「ついでにうちらも救出してくれたらいいのにーっ」
「プロのサバイバーが来てくれるよ。でもその前に、自力で脱出しちゃえそーじゃん」
けもの道の避難ルートは、やっぱり過酷だ。
みんなのはげまし合う声に、濃い疲れの色がにじんでる。
下生えをふみしめ、太陽に熱せられた岩に手をついて、体を持ちあげる。
しばらく急斜面をくだると、小川に出た。
川のまわりの石はコケだらけで、二人がサンダルをすべらせて大惨事に。
あたしはディフェンダーとして応急処置にあたふたし、やっとこさ渡りきったと思ったら、今度は大岩のぼりだ。
「綾、ごめん。補助おねがいっ」
「はいよー!」
綾がぱしっと左腕をつかんで、引っぱってくれる。
左の手首を使えないあたしは、みんなのお世話になってばっかりだ。
だけど涼馬くんにしかられたとおり、チーム戦は、現状を報告しあうことが大事。
くやしくても、できないことはできないって、ちゃんと言える勇気を持たなきゃ。
そしてあたしも、みんなの足どりの調子をみて、時々涼馬くんに休けいをたのみに行く。
「もうすぐ左まわり登山道に合流だ。そしたら、十分もかからずに下山できるからな」
リーダーの言葉に、みんなで「やったぁっ」とバンザイ!
むこうの丘のさきに、赤い鉄塔のてっぺんがちらりと見えた。
あれこそゴールの目じるしだ!
左右は断崖絶壁で見とおしがきかないのに、風見涼馬はキャンパーとしても優秀すぎる。
全員にわかに活気づき、小走りに坂道を駆けのぼる。
ここまでキツかったね~ってねぎらい合いながら、てっぺんに立ち――、
「!?」
そろって絶句した。
けもの道のさきに、舗装された登山道がのぞいてる。
あれこそがめざしてきた、ゴールまぢかの左まわり登山道だ。
だけど――。
あたしたちの三歩さきから、地盤がごっそりと落っこちて、ガケになってる……!

下をのぞきこんで、鳥ハダが立った。
ビルの屋上みたいな高さだよ。
はるかかなたの谷底に、くずれた岩盤が積みかさなってるのが見える。
吹きあげてくる風がヒュウヒュウうなり、あたしたちの髪を泳がせた。
「……向こう岸までは、五メートルってところか」
「ジャンプじゃ無理ですわね。落ちたら一巻の終わりです」
涼馬くんとリリコちゃんが、前を見つめてつぶやく。
「だ、大丈夫だよっ。方向は合ってたんだから、道を大まわりすれば――、」
あたしはババッと左右を見まわして、口をつぐんだ。
ダメだ。あたしたちが出てきた道は、左も右も切りたつガケで、とても登れない。
涼馬くんは来た道をふり向き、空へ視線を動かす。
ただよう黒いケムリが、さっきより濃くなってる。
それに心なしか熱もジリジリ、背中に感じるような……。
「火事、せまってきてんじゃん」
綾が声を細く震わせる。
ズズズズ……ッ。
小きざみにゆれ始めた足もとに、みんなで周囲を見まわした。
「な、なに?」
声をあげたコたちに、涼馬くんがシッと指を立てる。
ズズ、ズズズ……ッ。
地震じゃない。なにかが地面の下から近づいてくる。
「……注意。退避」
涼馬くんの低い声。
見えた! 真下の谷間を、大型バスよりも大きな、茶色い生き物が走ってくる!
「ゴー!」
「「了解!」」
涼馬くんの合図に、あたしとリリコちゃんは同時に叫び、綾たちにとびついた。
どさっと地面に倒れこんで、すぐさま谷をふり返る。
最初に目に入ったのは、谷のふちをつかんだ、巨大なツメ。
次に、茶色い毛の生えた、生々しい肉感の手。
あたしたちをにぎりつぶせる大きさのソレが行きすぎると、にゅうっと長いピンクの鼻が突きだし、裂けた口のキバが、あたしたちのすぐそこを横ぎっていく。
未知の危険生物、三匹目だ!
キュウウウウ――ッ!
叫んだソレは、ガラガラと岩をくずしながら、谷間におどりあがる。
「巨大モグラだ……!」
しかも背中が真っ赤に燃えてる!
モグラは火のついた背中を岩カベにこすりつけながら、ふたたび谷間にしずむ。
そして悲鳴みたいな音を発して、……谷間の道を、遠ざかっていった。