9 注意! 緊急事態発生!
「爆発事故か?」
「ふもとの方角からでしたわね」
瞬時にサバイバーの頭に切りかわった二人は、モヤモヤなんて忘れた顔で言葉をかわす。
不穏な単語に、あたしも背すじがぴんと伸びた。
「ば、爆発……⁉ お楽しみレクの、ゴールの音じゃなくて?」
「ピストルの火薬くらいじゃ、あんなハデな音はしない」
すぐさまサイレント・タイムだ。五感をとぎ澄ませ、周囲の状況をさぐる。
風がやんだ。
鳥のむれが空を横ぎっていく。
まるで山全体が、これから起こることを覚悟するような静けさに包まれている。
かすかに女子のしゃべる声。他のチームが近くにいるのかな。
そう思ったすぐ後で、大きなサイレンがとどろきはじめた!
『研究所にて、火災が発生しました。強勇学園の生徒は、ただちに、ふもとの芝生広場へ避難してください。当館スタッフが避難誘導に向かいます。みなさん、落ちついて行動してください』
防災スピーカーの音が、二重三重に反響しながら聞こえてくる。
『注意、S組に告ぐ! 火災は、G地区研究所の地下からとの報告あり。火が山にうつる可能性はなく、危険度は低いが、今のうちに撤収することとした』
これ、担任の筋肉先生の声だ。
あたしたちは顔を見合わせる。
『これより避難場所を確認する。山を背に左方向、ロープウェイの赤い鉄塔が目じるし。その手前の芝生広場だ。近くのふつうクラス生徒を、安全に避難場所まで誘導せよ! ゴー!』
任務だ。
今からここは、火災事故の現場になったんだ!
「現在位置は、ほぼ山頂だ。右まわり登山道を通って、行きあった生徒を拾いながら下山しよう」
「ええ。博物館のスタッフが出るなら、橘たちで全生徒を集める必要はありませんものね」
「すぐ近くから女子の声が聞こえたんだ。まずそのコたちと合流できるかな」
頭をつき合わせて作戦を固め、あたしたちはさっそく出発する。
さっきまでみたいにスピード重視じゃなくて、要救助者を見落とさないよう、ていねいに。
行きはガケの上を横ぎってスキップした下の道は、実際に歩いてみると、くねくね曲がって、ほんとに迷路だ。
と、顔を出した石カベのむこうに、
「綾! 美空もっ」
「マ、マメ……ッ!」
青い顔した女子二人が、へたりと座りこんでいた。
二人は実行委員の仕事で、各チェックポイントの写真を撮ってまわってたんだって。
五人チームになったあたしたちは、先生が言ってた目じるし、ふもとの赤い鉄塔をめざす。
木立ちのむこう、はるか遠くの鉄塔を気にしながら、ふと、さっきの涼馬くんの過去情報が頭によみがえってきちゃう。
だけど彼の背中は、もういつもどおりに落ちついている。
あたしもブルブルッと頭をふって、気持ちを「今」にもどした。
今は、みんなを無事に避難場所まで誘導するっていう、任務中だ。
ほかのことを考えるのは、それを完了してから!
――と、その時。とうとつに世界から、ふつっと音が消えた。
なんだろうとさがす間もなく、
ドォオオンッ!
鼓膜を震わせる爆音がとどろいた。
「うわっ⁉」
風が吹きつけ、木々を激しくゆさぶる。
小さな枝やジャリが、ピシピシ腕や体に降りおちてくる。
綾たちが悲鳴をあげ、その場にしゃがみこんだ。
「ば、爆発かなっ。こっちでも⁉」
心拍数が一気に上がり、指のさきまで全身に力が入る。
「近いな」
涼馬くんがリュックをおろし、「身を低くして待ってろ」と一言。
ガケの岩はだに手をかけ、身長の二倍以上もあるカベを、ひょいっと身軽に蹴りあがる。
リリコちゃんもすぐに続いた。
あたしは手首をねんざしてるから――、ううん、もともと補助なしで上がれる高さじゃない。
綾と美空に目をもどし、二人の手をキュッとにぎった。
あたしにできるのは、彼女たちを守れるようにスタンバイしておくことだ。
「ねえ……、なんか変な音が聞こえない?」
美空が震えながら周囲を見まわす。
呼吸をおさえて耳を澄ますと、たしかにパチパチと薪が燃えるような音がする。
山火事……⁉
さっきの爆発で火が出た?
ドッと音をたてて、涼馬くんとリリコちゃんがすぐそこに着地した。
二人の顔が険しくなってる。
「涼馬くん、火事の音がするみたい」
「ああ。上から確認できた。ここから二十メートルたらずのところで、石カベがくずれ落ちて、まわりの木に火が燃えうつってる。今の爆発のせいだな」
「しょっ、消火しなきゃ!」
「なに言ってるんですの。消火剤もなければ、水場はふもとの湖くらいです。逃げることだけ考えてください」
リリコちゃんに冷ややかに正論を返されて、わななきながらうなずいた。
山火事を発見したら、一刻もはやく消防に電話。
個人ではそれくらいしかできないから、とにかく逃げろ。
サバイバルの五か条の「最初に、そして常に心をしずめろ」と、「命を大切にせよ」だ。
あたしたちはすぐに再出発した。
後ろに火の手が上がってると思うと、さっきよりも足が急く。
「山が噴火したのかな」
「ノコ山は火山じゃないよ。うちら前調べしたじゃん」
美空と綾は青ざめて、全身ぶるぶる震えてる。
涼馬くんが肌のヒリつくようなサバイバーの顔で、こっちをふり返った。
「少しいそごう。この山は、地下全体に石切り場の坑道がはりめぐらされてる。もしかしたらだが、その坑道づたいに、研究所からの火が広がってるのかもしれない」
――と、ドンッとまた、爆発音。
音の大きさからしてキョリは離れてそうだけど、三発目だ。
「橘はさっき博物館で地層模型を見ましたが、地下に天然ガスがうまってる地層でもありませんでしたわ。となると、だれかが、わざと爆発を起こしてまわっているとか。テロかもしれません」
「そうだな。だけど……」
涼馬くんは何かを言いかけて、やめた。
テロなんて、ジョーダンじゃない。
でもさっきからあたしの頭をぐるぐるしてるのは、未知の危険生物・三匹目のことだ。
商店街に現れた、茶色の毛の、巨大な生物。
捕まえたとも、消えたとも分からないままだったけど――。
アレが暴れまわってる可能性が、一番高いんじゃない?
いや、車で三時間も離れた場所でなんて、そんな偶然があるかな。
だとしたら新たな四匹目が出てきたとか……?
あたしはちらりと涼馬くんに目をやる。
考えこんでた彼は、小さく首を横にふった。
――うん。綾たちをよけいに不安にするような話は、今は出さないほうがいいよね。
「キャッ」
美空が木の根っこにつまずいた。
とっさに受けとめたけど、彼女はすっかり息が上がってアセだくだ。
ハッとしてその奥を見やれば、綾もだ。
歩くペースが速すぎるのか。
「二人とも、大丈夫?」
「う、うん」
さっきの涼馬くんの「いそごう」は、一刻もはやく山から出るべきだっていうリーダーの決断だよね。
爆発の原因が不明のままだから、また起こるのか、次がどこかも予測がつかないもの。
綾は美空と手をつないで、おたがいをはげますように、歩きだしてくれた。
「マメ。S組って、こういうときの訓練もしてんの?」
「火災の実地訓練はまだなんだ。でも、教科書で避難の基本は勉強したよ。部屋のなかの場合は、自力で消火できるタイムリミットは、火が出てから三分。まわりの人を大声で呼んで、消火にあたる。消火器や水がなくても、座布団でたたいたり、ぬらしたタオルでおおえば、消せることが多いんだ。もしも自分に火がうつったら、地面を転げまわって鎮火。
だけど天井まで火が届いたら、とにかく逃げろの合図だよ。できれば部屋の窓やドアを閉めて、酸素をシャットアウトしておくんだ」
あたしは『S組訓練㊙教科書』を思い出しながら、つらつらと説明する。
「たしかにそういうの、避難訓練で聞いたね」
「うんっ。基本こそ大事だからね。で、逃げるときは、ケムリは毒ガスをふくんでることが多いから、吸わないように身を低く、布を口に。もしも爆発が近くで起きたら、窓みたいな割れるものから離れて、身をふせて頭を守る。強い建物のカベに隠れるのがベスト!
――って、そんなかんじでちゃーんと勉強してるから、安心してっ」
明るく胸をはってみたけど、綾たちの不安は一ミリも晴れてなさそうだ。
大丈夫なのかなって顔を見合わせてる。
「うるさいんで、だまっててくださいます?」
後ろから、リリコちゃんにも怒られちゃったよ。
と、先頭の涼馬くんが、さしかかる枝をよけながら一言。
「ま、ほんとに安心してくれ。綾も美空も、うちのチームと合流できたのはラッキーだったぜ」
「う、うん。そーだよね。S組エースの風見涼馬といっしょだもんね」
綾と美空はうんうんうなずく。
そしたら涼馬くんはわざわざふり向いて、ニッとくちびるのハシを持ちあげた。
「いやこっち。マメの重量級リュック、なんでも出てくるぜ。三日は山で暮らせるんじゃないか」
「三日ァ⁉」
「そんなにいたくないよ!」
「だよな。避難場所までは四十分もかからねーし、さっさと山をおりちまおうな」

涼馬くんは笑って、また前を向く。
二人ともだまっちゃったなと思ったら、
「…………不安なときの生リョーマ。威力がやっばいわー」
「真のイケメンを食らわされた……」
綾と美空は、魂のぬけたような顔で、あたしをヒジで打つ。
「生リョーマって。塩味リョーマくんなら、よく食らわされてるけど……」
だけどその塩分すら、あたしを守るためだったんでしょ?
綾たちの緊張しきった肩から力がぬけ、足どりも軽くなったのがわかる。
さっきの涼馬くんの笑顔、あれって不安なとき、ほんとにホッとするんだよな。
あたしも、ああいうのできないだろうか。
彼をマネして、かっこいい風にニッとしてみたら、
「カケラも似てないですわよ」
追いこしていくリリコちゃんに、痛恨の一撃を食らった。
見られてた! 恥ずかしすぎますわよ!
なーんてやってたら、
ズンッ!
足もとがゆれると同時に、爆発音がとどろいた。
「四発目……!?」
頭上のこずえが、ザッと爆風にあおられる。
鳥のけたたましい鳴き声の中に、生徒たちの悲鳴までまざってる気がする。
あたしたちは息をのみこんで、周囲を見まわした。
ほんとに、異常事態だ!
「サバイバー!!③ 大バクハツ! とらわれの博物館」
第4回につづく