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ものがたり

新刊発売記念!「サバイバー!!③ 大バクハツ! とらわれの博物館」第3回 とりもどせない失敗

8  風見涼馬の本音

 この人――って、あたしのこと?

 あたしはぽかんとするけど、涼馬くんは足を止め、こちらをふり返った。

「橘はずっと気になっていましたの。久しぶりにお会いした、今日の涼馬さんは変でした。いつもチラチラと双葉マメを視界に入れて。だから橘が彼女にケンカを売ったときも、すぐに気づいて仲裁しに来たんですわ。それに、チームうさぎがこの三人になったのも、涼馬さんが他の男子とクジを交換してもらったからだって、橘は知ってます」

「へっ⁉」

 思いもよらない新事実に、あたしは声をあげる。

 リリコちゃんは小さな肩で、おぼれる人みたいな息をくり返す。

「橘と、相方として息を合わせる練習のために、同じチームに移動してきてくれたんだ――なんて、うれしかったのに。ちがったんですわね。双葉マメのそばにいるためだった。

 なんでですの? まさか〝担当ナシ〟のほうが、橘よりも相方にふさわしいなんて思っていませんわよね? そんなのは絶対にありえない。

 でも、そうじゃないのなら! こんなのはまるで……っ、サバイバーとしてではなく! もっと、プライベートで特別な想いで、双葉マメを守ってるみたいです!」

 山道に、きんと彼女の声が響いた。

 あたしは凍りつき、ぎこちない動きで、二人を見くらべる。

 プライベートで特別な――って。

 耳に、さっきの「S組は恋愛禁止ですわよっ」ってリリコちゃんの声がよみがえった。

 つまりそれ、恋愛感情ってこと?

「ち、ちがうよ。涼馬くんはあたしが落ちこぼれてるから、リーダーとして気にかけてくれたんだよ。実地訓練のときも、それで同じチームになってくれたんだ」

 フォローしたのに、涼馬くんはだまりこんだままだ。

 リリコちゃんを見すえる瞳には、温度がない。

 なにを考えているのか、あたしにはさっぱり読めない。

「涼馬さん、はっきりしてください。橘はこんな気持ちじゃ、双葉マメと同じ空気を吸うのもイヤですわ。涼馬さんともあろう者が、自ら恋愛禁止のS組ルールを破るはずがない。となると、この双葉マメが、さっきの水筒の間接キスみたいなセコいやり方で、たぶらかしたんでしょう⁉ いえ、心強き涼馬さんがゆらぐような、よっぽどの手を使って……!

 恋なんて浮かれた気持ちで、強き者の足を引っぱる弱き者など、受けいれられません!」

「リリコ。おれたちはそんな関係じゃない」

「納得できません。双葉マメを特別あつかいする理由の、説明をもとめますわ!」

 二人はビリビリするような厳しい視線で見つめあう。

 涼馬くんはしばらくだまっていたけど、ゆっくりと口を動かした。

「……なら、本音を言わせてもらう。おれの一方的な私情だ。マメにはなんの責任もない」

 彼はいったん言葉をとぎらせ、瞳をふせる。

 腹を決めたように息を吸うと、ふたたび彼女に視線をもどした。


「おれが、マメを守りたいと思ってるからだ」



 え……?

 リリコちゃんもあたしも、かくっとアゴを下げた。

「だから責めるなら、おれのほうだ。訓練や任務中は公平にと心がけてはいるが、リーダーとして以上のことをしてる自覚はある。やりすぎた時にはリーダーを降りる覚悟もあるが、マメにからむのはよしてくれ」

 リリコちゃんをたしなめる言葉が、あたしの頭を上すべりして通りすぎる。

 S組リーダーとして、担当ナシが足を引っぱらないようにじゃなくて、涼馬くんが個人的な気持ちで、あたしを守ってる?

 いざとなったら、リーダーをかわる覚悟までして?

「ど、どういうこと? なんで?」

 頭に?マークが嵐になって吹き荒れる。

「……マメが、〝双葉マメ〟だからだ」

 涼馬くんは重ねてよくわからないことを言う。

 リリコちゃんはよろめいて数歩後ろにさがり、ぶるるっと頭をふった。

「な、なるほどですわ? 〝双葉マメ〟だから。そして恋愛ではない、私情の特別あつかい。ええ、橘は完全に理解しました。

 ――涼馬さんは、ノドカさんのファンなんですわ! だからその妹がいると、不自然に守りに入っちゃうんです。もう、これくらいしか考えられません」

 思わぬフレーズに、あたしは目をしばたたく。

 でも、S組進級の日、彼はあたしが「双葉マメ」だと知ってから、急に冷ややかな塩対応になったんだ。

 ファンの人の「妹」に優しくするどころか、逆に特別スパルタで、サバイバーへの夢なんて折ってやるって、正反対のあつかいだったよ?

 そう考えた自分を、ベツの自分の声が打ち消した。

 わざと厳しく当たって、S組をやめさせようとしてたんじゃないの――って。

 そういえば涼馬くん、健太郎くんのお見舞いに行った日に、「守りたい相手の夢と命、どっちを優先すべきか悩んでる」って、そんなことを言ってた。

 …………それ、まさか、あたしのことだった?

 今日、サバイバーをやめたほうがいいとか、なるならとか、言動がゆれてたのも、同じ理由?

 気づきたくない事実が、電気みたいな衝撃になって、背骨を駆けのぼる。

 ならきっと、無人島で、あたしと同じチームに入ってくれたのも。

 商店街地下で閉じこめられたときに、任務を無視して救けにきてくれたのもだよ。

 肺をパンパンにふくらませたまま、吸いこんだ息を吐くこともできない。


 あたしは、ずっとずっと涼馬くんに、「特別に」守られてた……!?


 めまいに足がよろめいた。

 凝視する涼馬くんの顔が、急に遠くなったように見える。

 風見涼馬にとって、あたしは「落ちこぼれの仲間」ですらなかった。

 ただ、守ってあげなきゃいけない相手、仲間にまぎれこんできた要救助者みたいなモノだった。

 無人島で、あたしの観察力を評価してると言ってくれたのも、さっき、成績ポイントじゃ測れない『良さ』があるって言ってくれたのも、その場だけのウソだったの?

 あたしはその言葉を、宝物みたいに大事にしてたのに。

 いきなり一人ぼっちで冬山に放りだされたみたいに、ぶるるっと体が震える。

 ありがとう――って思うべきだよね。

 なのにあたし、イヤなやつだ。そんなふうに思えない。

 くやしい。

 ノドカ兄につながる情報をつかむためだけじゃなくって。

 S組の生徒の「双葉マメ」として、めちゃくちゃくやしい!!

 体は冷たいのに内側は熱い血が駆けめぐって、心臓がドクドク震える。

 そのうえ、今のあたしはねんざなんてしちゃってて、一人前からほど遠い。

 行き場のないくやしさを、包帯にツメを立ててしずめようとするけど、どうにもならない。

 声も出てこないあたしのわきから、リリコちゃんが彼に一歩つめよった。

「涼馬さんは、橘が『ノドカさんは逃げた人だ』って言ったときも、あれ、本気で怒ってましたわよね? 橘の成長のために、わざと怒ってみせたんじゃなくて。涼馬さんはサバイバーとして、ふだんから自分の感情をコントロールしている。なのに変だなって思ってましたの。でも涼馬さんがあの人の熱烈なファンってことなら、ええ、まだ納得できますわ」

「……そうだな。おれはノドカさんをS組の誇りだと思ってる。あの人をけなされるのは、腹が立つ」

 赤茶の瞳が、いどむようにリリコちゃんを見すえる。

 リリコちゃんは一歩も引かずに視線をぶつけ返す。

「ですが、彼は仲間の信頼を裏切って、現場から自分勝手に逃げた弱き者です。その妹を育ててあげても、けっきょく逃げちゃいますわよ」

「……っ!」

 ダメだって分かってるのに、カッとなって身を乗りだした。

 涼馬くんに止められる前に、大声を上げてしまう。

「兄ちゃんは逃げてない! あたしだって、逃げないよ!」

 リリコちゃんもなおさら瞳を強くする。

 そして鼻を鳴らし、涼馬くんへ視線をもどした。

「涼馬さんは、仮免デビューの現場が、ノドカさんの最後の現場でしたわよね。なら、実際に見てるんじゃないんですか。あの人が、逃げるところを」

「え――?」

 聞き流せない言葉が、聞こえた気がする。

 そんな話、初めて聞いた。

 あたしはバッと勢いよく彼に首を向ける。

 涼馬くんはだまってリリコちゃんを見つめたままだ。

 わざとあたしを視界に入れないようにしてる?

「……そうなの?」

 直接の知りあいではないみたいなコト言ってたのに。

 ううん、ホントは涼馬くんとノドカ兄、どこかで接点がなくちゃ不自然だって思ってた。

 でも涼馬くんの最初の現場に、ノドカ兄の最後の現場が、かぶってたなんて。

「橘は、涼馬さんの情報は山ほど集めましたから、あなたなんかよりず~~っと、なんでも知っていますわ」

 かわりに答えたリリコちゃんは、調子を取りもどしたようにフフンと笑う。

 そして、そのまま語りだした。


   ***


 小学校一年の入学式直前。

 涼馬くんは海浜Y地区災害で、家族をなくした。

 それで困っているコが集まって生活するセンターに入ることになって、そこで楽さんに出会ったんだって。

 涼馬くんと楽さんは、同じ強勇学園に通ってたおかげで、すぐに仲よくなった。

 で、二人はとちゅうで学園の寮にうつり、S組をめざすことにしたんだ。


 そういえば涼馬くん、サバイバーをめざす理由は、「それしかなかったから」って教えてくれた。

 学費とか生活費、ぜんぶ国が出してくれるからって。

 あれは、早く一人で生きていける方法がそれしかなかった……ってことだったんだ。

 部屋で見かけた家族写真が頭をよぎって、あたしはのどが細く、苦しくなる。

 あたしは五歳の時だったけど、涼馬くんもほとんど変わらない時期に、一人になったんだ。

 写真でお父さんに抱っこされてた、あの赤ちゃんも……?

 それに楽さんも一人だったなんて、初めて聞いた。

 知っちゃっていいのかも分からない、重たい情報だ。

 泥水につかったみたいに、体が冷たくなってくる。

 あたしは家族を失っても、まだ、ノドカ兄もおじさんもおばさんもいてくれた。

 でも、涼馬くんたちには……。

「涼馬さんは将来、ノドカさんなんて飛びこしてリベロになる人です。つらい生いたちに力強く立ちむかい、命を救うプロになったと。そう、いずれ、学園の伝説として語りつがれるようになるんですわ」

「――リリコ」

 さえぎろうとした彼を、リリコちゃんは無視して、熱く瞳を輝かせる。

「涼馬さん、もっと自信を持ってくださいませ。ノドカさんなんて追いかける必要はありませんわ。涼馬さんは強き者として自分の道を、」

「リリコ」

 涼馬くんの声が、かすれてる。

 いろんなコトがショックすぎて立ちつくしてたけど、あたしはようやく我に返った。

 そうだよ。涼馬くん、イヤだよね、こんなの……!

 この正和時代、災害で家族をなくしたコはたくさんいる。

 だからみんなあんまり自分の家の話はしないし、友だちの家の話だって聞かないのがルールみたいになってる。

 だって、ツラいもの。

 まだ生々しい心の傷を、話すのも、話されるのも。

 あたしは首にさげた水色のホイッスルをにぎりこんだ。

 手が冷やアセでべたべたしてる。

 でも、このままだまって聞いていれば、ピンクのホイッスルがどうして涼馬くんの手に渡ったのか、ノドカ兄がなにを考えて、黒幕とどう関わって姿を消したのか、ヒントをもらえるかもしれないよ。

 涼馬くんから黒幕の情報を教えてくれる条件が、「あたしが強くなってから」じゃ、いつかなうか分からない。

 真っ向勝負で認めてもらいたいけど、涼馬くんはあたしのこと、「守ってあげなきゃいけない相手」としか思ってないんだ。

 今が絶好のチャンスだよ。

 涼馬くんがかわいそうでも、あたし、聞かなきゃ。

 ノドカ兄のためなら、ノドカ兄が帰ってくる情報をつかむためなら、……あたし、ズルしてでも、ひどいコになれる。……ならなきゃ。

 リリコちゃんは、涼馬くんがどれだけ努力を重ねてきたのか、どれだけ強き者だったのか、ほこらしげに語りつづける。

 涼馬くんが止めるのをあきらめたから、話していいと思ったのかもしれない。

 きっと、あとちょっとで、ノドカ兄の話が出てくる。

 あたしは涼馬くんを直視できなくて、首がだんだん下を向いていく。

 でも、彼がこぶしを固くにぎりしめてるのが、視界に入った。

 細かく震える指が、白くなってる。

「それで涼馬さんはスキップ進級で、みごと仮免を取ったわけなんですけど。初めての現場で、突入不可能と思えた場所から、なんと三人もの命を――、」


「リリコちゃん!」


 はりあげた声のなごりが、しんとした空気に、やたらと長く残った。

「……ダメだよ。やめようよ」

 真正面から見つめるあたしに、リリコちゃんは鼻のつけ根にシワを寄せる。

「これから涼馬さんのすごいところを話すんですよ。ノドカさんにはおよびもつかないところを」

「それでも、本人にいいよって言われてない話、勝手にしたらダメだよ」

 ごめん、ノドカ兄。あたし、やっぱりガマンできなかった。

 リリコちゃんは口を横に引きむすんだ。

 涼馬くんはにぎりしめてた白い指をゆるめる。

 ちょっと笑ってみせようとして、笑顔を作るのに失敗して、一言だけ。

「行くぞ」

 無理してしぼり出したような声に、あたしはうなずく。

「……涼馬さん?」

 リリコちゃんは、いま初めて、彼が痛々しい顔をしてるのに気がついたみたい。

 山道をくだりだした背中を、おどろき眼で見送る。

 あたし、あぜんとする彼女の気持ちも、想像できちゃうんだ。

 まさかあの「風見涼馬」が、自分の言葉に傷つくなんて――って、想像つかないよね。

 最強の人ってあこがれてるなら、よけいに。

 涼馬くんもあたしたちと同い年の男子なのに、彼がスゴすぎて、つい忘れちゃうんだ。

「行こう、リリコちゃん。あたしやっぱり、はやく手当てしてもらいたいや」

 この重たい空気を散らしたくて、あたしはわざと明るい声で言う。

 リリコちゃんが心細そうな瞳でこっちを見上げた――、その時だ。

   ドン……ッ!



 風に乗って、遠くから、なにか爆発したような音が届いてきた。


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