6 恐怖のソバ・デ・アホ⁉
チームうさぎ、「ガチ盛り写真バトル」にて、無念の無得点。
二回戦目も敗退したあたしたちは、強引な山の横断を終え、右まわり登山道に合流した。
他チームと抜きつ抜かれつの競争をして、①ポイント「思い出しお絵描きチャレンジ」では、ばっちりスタンプゲット。
今はレジャーシートを広げ、ホッと一息中だ。
「写真バトルの結果には、納得がいきませんわ。橘たちのほうが、絶対に絵面の攻撃力は高かったのに」
「……忘れてくれ」
くやしげにツメを噛むリリコちゃんに、涼馬くんは重低音で返す。
正直あたしは、ふだん見られないリーダーの姿がおもしろ、いえ、楽しかったデスけど。
「まぁまぁ。やっとこさのお昼ごはんだしさ。とにかく休もうよ」
二人をなだめて、見晴らし台を渡る風に目を細めた。
実は今、次のミッションの真っ最中なんだ。
②ミッション「お題キッチン」!
引いたカードの「お題」を自分たちで料理して、完食したらクリア――ってルールだ。
すぐそこの移動キッチンでは、他のチームが大笑いしながら調理中。
チームうさぎのランチは、リリコちゃんが作ってくれて、すでに完成してるんだ。
「橘は、あらゆる任務において強き者だと証明してみせますわ!」って、キッチンから追いだされちゃったんだけど。
あたしはその間に水筒を補充したり、ねんざの応急処置までできて、ほんとに助かっちゃった。
おかげで、うかつにもケガなんてしたのは、バレずにすんでる。
しかし……と、ヒザの上の紙皿に目を落とす。
お皿にのっかっているのは、針金状の、黒いものがしっちゃかめっちゃかにトグロを巻いてからみあったカタマリだ。
上からぶっかけられたトマトソースには、あきらかに生煮えのキノコ、粉砕されたキュウリに、突きだしたイワシのお頭。豪快に引きちぎられた風の、イカのゲソ(吸盤の硬い輪っかつき)。
スプラッタ映画に出てきそうな、まさに最強な絵面だな……?
丸めて捨てられてたお題カードを開いてみたら、
「ソパ・デ・アホ」――だって。
「リリコちゃん、『ソパ・デ・アホ』って、どういう料理なの?」
「……そんなのも知りませんの? むかしむかし、アホなことにかけては有名な、ソバ屋の主人がいたのです」
「ふんふん」
「リリコ。マメはまじめに信じるからウソつくな。『デ』って、フランス語とかスペイン語の、『の』って意味だろ。おれも知らねーけど、少なくとも、焦げたソバじゃねーだろ」
涼馬くんがバリバリと麺をかみくだきながら、また無の顔になってる。
「ということは、これは想像上の『ソパ・デ・アホ』!」
「マメってば、そんな架空の動物みたいな言いかた」
上から笑い声が降ってきた。
綾と美空だ。
実行委員にはお弁当が支給されたらしく、サンドイッチのお弁当を持ってる。
「S組、もっとがんばんなよー。現時点での獲得スタンプ、全クラスどんぐりの背くらべ状態で、どこが勝つかわかんない状況だってよ?」
「ここのポイントも、S組はヤバそうだな~。うてなもすごいの作ってたよ。『ボロボロジューシー』」
「ボロボロのジュースってこと……?」
指さされた先では、チームねこがお皿をかこんで、お葬式みたいに首をうなだれている。
「ちがうちがう。沖縄の雑炊だってさ。『ソパ・デ・アホ』は、『スープ・の・にんにく』。パンを煮こんだスペインのスープだよ。えへへ、お題カードを作ったの、うちらなんだー」
「ぜったい知らないだろってメニューをさがすの、大変だったよねー」
「ええ~っ。これ、綾と美空のしわざだったのかぁ」
脱力するあたしに、二人はぷぷっとイタズラっこの顔で笑う。
それからあらためて、チームうさぎの面々に向きなおった。
「うちら、去年マメと同じクラスで、よくツルんでたんだ。うちのコがお世話になってまーす」
「いや、こちらこそ?」
涼馬くんも笑みを浮かべて、まるで保護者会の会話だ。
一気にのどかな空気になった、ランチタイム。
けど、リリコちゃんだけ目をすわらせ、無言でほっぺたを動かしている。
あたしも自分のぶんをモグモグ、というより、ガリガリゴリゴリ。
あ。でも炭化しきってないソバの一部は、おやつみたいな食感だ。
「これおいしいよ、リリコちゃん」
「担当ナシさんのフォローなんて、橘には必要ありませんわ」
「あ、ハイ。了解です」
肩を縮めたら、綾がふしぎそうに首をかしげた。
「パートナシってなに? マメのあだ名?」
こっちに視線を向けられて、あたしはソパ・デ・アホをのどにつまらせる。
「ええ、そのとおりですわ。攻守陣のサバイブ科目、どれも成績がギリギリで、自分の担当が見つからない、最たる弱き者ってことですの」
リリコちゃんの手かげんぬきな説明に、あたしはますますムセる。
綾と美空は顔を見合わせた。
「マジか。それって大丈夫なの?」
「大丈夫……ではないかもだけど、大丈夫にする予定!」
「えぇー? マメ、ムチャはしないでよ? うちらのクラスからS組に行ったの、うてなとマメだけだったでしょ。二人とも大丈夫かなぁって、みんなで心配してんだよ。ねぇ、綾」
「いやほんと。もともと体育でも、目立つタイプじゃなかったのにさ」
「えっ。心配してくれてたの?」
思いもよらぬことを言われて、あたしは目をまたたいた。
と、涼馬くんが完食した紙皿を、半分に折ってゴミぶくろに捨てる。
「マメの成績がギリギリなのは本当だ。これまでも、仲間のフォローがなかったら大ケガしてた場面が、何度もあるしな」
「ぐうぅ」
塩鬼リーダー、お皿といっしょに、あたしの心まで折るつもりでしょーか。
綾たちはますます心配そうだし、リリコちゃんは「ですわよね♡」って瞳を輝かせてるし。
とはいえ、あたしは折れませんけどねっ。
しかし彼はあたしに目をうつし、まっすぐに見つめてきた。
「でも。おれたちもマメに助けられてる。心の持ちようとか、まわりをよく見ての気づかいとか。成績ポイントじゃ測れない、サバイバーとしての『良さ』なんて、いくらでもある。最近おれも、マメからそれを学んだ」
「えっ」
まさか、涼馬くんがフォローしてくれるなんて思ってもみなかった。

とっさに声が出てこなくて、反応しそこなっちゃった。
「……そっか。このコ、がんばってんだね。すごいじゃん、マメ」
「ホッとしちゃった。風見と話せてよかったわ」
真剣に耳をかたむけてくれてた綾たちが、笑顔になっていく。
「ど、どうしたの。塩鬼リーダーが、鬼の目にも涙?」
「おい。前言撤回するぞ」
本当にどうしたんだろう。
塩風味にニラんできたその瞳も、前より塩分濃度が下がった気がする。
「いいなぁ。うちらもS組だったら、こんな身も心もイケメンを、毎日眺めてられんのかぁ」
「訓練ナシのS組ってないのー? マメ」
「それ、もはやS組じゃないって」
噴きだして笑うあたしたちに、涼馬くんもくちびるのハシを持ちあげてる。
「――なら、涼馬さんは」
ゆるんだ空気に、リリコちゃんの声がピリッと響いた。
彼女は紙皿に目を落としてる。
がばりと頭を上げると、どうしたのか、急に思いつめた瞳で、涼馬くんを見すえた。
「涼馬さんは今、担当ナシさんに、S組に残ってほしいって思ってるんですか。こんな、いつ足を引っぱるかもしれない弱き者を」
ぎくりとするような質問に、あたしは息が止まる。
みんなも目を見開き、彼女を見やる。そして問われた涼馬くんを。
「…………いや、やめたほうがいい」
彼は、かすれた音でつぶやいた。
そのあと考えこむようにだまりこみ、しばらく、難しい顔をしてたんだ。
「サバイバー!!③ 大バクハツ! とらわれの博物館」
第3回につづく