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ものがたり

新刊発売記念!「サバイバー!!③ 大バクハツ! とらわれの博物館」第2回 弱肉強食、全力レース!

5  がんばれ黒うさぎさん

 あたしは一人きり、小走りに駆ける。

 よりによってのガケの谷間で、見とおしがまったくきかない。

 正面の道のさきにのぞくのは、石カベに細く切りとられた青い空、うっそうとしげった木々のこずえだけだ。

「痛……ッ」

 しかも、手首のズキズキが強くなってきてる。

 いいとこ見せようなんて、ぜんぜんダメだなぁ。

 角を曲がった回数と方角を頭の地図に書きこんでいくけど、それもあってるか不安だ。

 真上からの陽ざしが、駆ける道にまだらな光の模様をつくってる。

 その静けさに、一人ぼっちだって実感してしまう。

ひゅううっ。

 真横からの幽霊が出そうな音に、思わず身をすくめた。

 わきのガケの、立ち入り禁止の金網のむこうからだ。

 速度を落としてのぞいてみたら、深い穴が掘られてるみたい。

 ヒュウヒュウうなるぶきみな風の音は、この穴からか。

 地下石切り場への入り口なのかな。穴のふちに「㊥・N32」って記号が、ペンキで書きつけられてる。

 こういう落とし穴に、うっかりスッポーン……なんてならないように、気をつけなきゃ。

 おののきつつ走っていったら、やっとこさ道の終わりが見えてきた。

 カベのむこうへ顔を出すなり、谷間の広場に、ずらーり並んだ生徒たち。

「やった! ルート、正解だったんだっ」

 ⑤の旗が立ったテントの先頭に、涼馬くんとリリコちゃんの姿がある。

 チームうさぎは、もう次の順番だ。

 こんなににぎわってるってことは、ふつうクラスのコたちもガンガン進んでるんだな。

「お待たせーっ! 間にあってよかった……!」

 駆けよると、涼馬くんはあからさまに眉を下げた。

「マメ、思ったより早かったな」

「唯さんチームは、もう先に入っちゃいましたけど」

「で、でもさっ。タイムロスはしなかったでしょっ?」

 したたるアセをぬぐい、あたしはリリコちゃんにニッと笑ってみせる。

「……この人、ほんとにヘコたれませんわね」

「双葉マメは、すくすく育つマメの木だもんねっ」

 胸を張ってみせたら、涼馬くんのほうが笑ってくれた。

「根性があるところは、マメとリリコ、ちょっと似てるかもな」

「そうかなぁ?」

「一かけらも一ミリも一ナノグラムも似てませんわ」

 照れ照れ頭をかくあたしに、リリコちゃんは鼻にシワを寄せてうめく。

 と、テントの中から、キャッキャと盛りあがる声が聞こえてきた。

 ⑤のミッションは、なんだか楽しそうだな。

「次のチーム、どうぞ~」

 委員さんがテントから顔を出した。

 よおしっ。今度こそミッションで活やくして、二人をあっと言わせちゃうぞ!


 と、気合いを入れたものの。

「「「あ――……」」」

 二人どころかあたしまで言っちゃったよ。

 先客のチームねこも、後ろから入ってきたあたしたちに気づき、

「「「あ――……」」」

 同じような息をもらした。

 三人は頭に大きなリボンをつけ、ほっぺたを丸くピンクにぬりたくって、お笑いコントに出てきそうな姿だ。

 長づくえには、動物耳のカチューシャや、ウィッグ、コスプレ衣装などなどの、各種・変身小道具がずらり。

 テントの天井には、「ガチ盛り写真バトル」のカンバンが、キィキィと風にゆられてる。

「超かわいいの撮れたねー。チームねこってS組でしょ? S組に勝っちゃったじゃん」

「むしろ楽勝ォ。今の写真、後でもらえるのかなっ」

 テントを出ていくのは、勝者らしき、他クラスの女子チームだ。

 な、なんとなく、やるべきことを察したぞ。

 委員さんが、あたしたちに撮影用のタブレットを構えた。

「ここでは盛りに盛った写真を撮って、審査員から多く票を集めたチームが、スタンプゲットになりまーす。今回負けたチームねこさんは、もう一回だけチャレンジできるよ。どうするー?」

 唯ちゃんは、すでにヌケガラのうてなと健太郎くんに首をむける。

 そして、新たな対戦相手のあたしたちにも。

「やめといたほうがいいですわ♡ 橘はビジュアルの盛りぐあいも最強。唯さんが勝てるわけないですもの」

 リリコちゃんは、ワンピのすそをふぁさっとおろし、キュルンッとかわいさ全開ポーズ。

「ふざけんなよリリコ……っ! この勝負、受けてたってやるよ!」

 唯ちゃんの燃えたつ闘魂オーラに、すっかりギャラリーと化してたあたしたちは、アチチッと後ずさったのでした。


   ***


 ごめん、涼馬くん。あたし楽しくなってきちゃったよ。

 うさぎ耳カチューシャをつけたあたしたちに、涼馬くんはされるがまま。

 苦行中の修行僧みたいな顔で、おとなしくパイプイスに座っている。

 チームうさぎはリリコちゃんのプロデュースで、うさぎ耳と、首にリボン、しあげにもふもふ肉球手ぶくろを装着することに決まったんだ。

「それじゃあ、チームうさぎさーん。撮りますよー♪ 一たす一は――っ!」

「「にーっ」」

 一匹、声も出てこないうさぎがいます。

 委員さんがシャッターを切り、タブレット画面を見せてくれる。

 決めっ決めの笑顔の、リリコうさぎちゃん。

 あたし、マメうさは見るからにワクワク楽しそう。

 そして間にはさまれた涼馬うさぎさんは――、目に光がない。無だ。虚無。暗黒うさぎかな?

「涼馬くん、いつものさわやか笑顔はどこいったの」

「悪かったな」

「涼馬さん、問題ありませんわ。この絵面の強さなら、まちがいなくナンバー1です」

カシャッ。

 となりのチームからも、シャッターの音が響いた。

 チームねこの後ろすがたは、なんと、ビシッとキメた黒タキシード⁉

「なるほど! カッコいいほうの〝盛り〟もアリだよねっ。うてなたちカッコい――、」

 い、と言いおえる前に、三人がふり向いた。

 うてなも唯ちゃんも、健太郎くんも……っ、まばたきしたら風が起こりそうなツケまつ毛に、真っ赤なくちびる、陰影ビシバシのメイク!

 ミュ、ミュージカルの役者さんみたいだ。

 健太郎くんなんて、ふだんのほんわかーなイメージから、まるで別人だよ!

 おたがいの姿を目の当たりにして、あたしたちはどっちもブホォッと噴きだした。

「両チーム撮りおえたところで、投票ターイム!! 審査員さん、お願いしまーす」

 切りかわったタブレットの画面に、どこかで見たことのある部屋が映った。

 カベにいっぱい写真がはられた、広い部屋。

 あれ、ここってたぶん、涼馬くんたちの寮のコミュニティルーム……?

『どもー。審査委員の寮長でーす』



 画面のむこうから、ひらひら手をふる、ゆるーい笑顔の美形。

 後ろでは、大はしゃぎの生徒が、押しあいへしあいしてる。

「が、楽さんだ!」

「なんでだ。今日は土曜で、六年の寮生は自由行動のはずなのに」

 涼馬くんも身を乗りだした。

 彼は説明しろって顔で、同じ寮生の健太郎くんをふり向く。

「涼馬、楽さんの警告って、きっとコレだったんだよ」

 ミュージカル俳優さん、ならぬ健太郎くんは、ぶわさっとまばたきする。

 そ、そうか! 楽さんが「すっごくヤバイ」って言ってたの、この「ガチ盛り写真バトル」のことだった!?

「なーんだっ。あたし、訓練方面のヤバさを想像してたよ。こんなのでよかったぁ~っ」

「よくない」

 暗黒うさぎさんは、ますますウツロになる。

 楽さんたちも去年同じ目にあったんだろうけど、今の彼らは、画面のむこうでニッコニコだ。

『チームねこは方向転換したなー。健太郎くんも、今度は恥じらいを捨ててきたねぇ。写真の決め顔、すっごくいいよー』

「ハイ! オレは信頼を取りもどさなきゃいけない立場なので。全力でぶつかりましたっ!」

 キリッと返す健太郎くんは、このまえの商店街での失敗のことを言ってるんだろう。

 健太郎くんの献身、ほんとにえらいよっ。

 あたしは思わずチームねこにまざって、いつもの三倍濃い顔の彼と手をにぎりあう。

『満場一致で、チームねこの勝ちー! チームうさぎもねっ、プッ……、うさちゃんみんなかわいかったけどね。フフッ、涼馬うさちゃんは、次はもうちょっと笑顔でね』

「もうやりません」

『えー、がんばんなよ。だってこの写真、卒業アルバムで使われるんだよー』

「もうや……ハァッ!?」

 いつものセンパイへの礼儀正しさはどこへやら、彼はタブレットにつかみかかる。

『そいじゃあ、二回戦目も楽しみにしてまぁーす』

 しかし無情にも、通信はブツッと切られてしまったのでした。


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