5 がんばれ黒うさぎさん
あたしは一人きり、小走りに駆ける。
よりによってのガケの谷間で、見とおしがまったくきかない。
正面の道のさきにのぞくのは、石カベに細く切りとられた青い空、うっそうとしげった木々のこずえだけだ。
「痛……ッ」
しかも、手首のズキズキが強くなってきてる。
いいとこ見せようなんて、ぜんぜんダメだなぁ。
角を曲がった回数と方角を頭の地図に書きこんでいくけど、それもあってるか不安だ。
真上からの陽ざしが、駆ける道にまだらな光の模様をつくってる。
その静けさに、一人ぼっちだって実感してしまう。
ひゅううっ。
真横からの幽霊が出そうな音に、思わず身をすくめた。
わきのガケの、立ち入り禁止の金網のむこうからだ。
速度を落としてのぞいてみたら、深い穴が掘られてるみたい。
ヒュウヒュウうなるぶきみな風の音は、この穴からか。
地下石切り場への入り口なのかな。穴のふちに「㊥・N32」って記号が、ペンキで書きつけられてる。
こういう落とし穴に、うっかりスッポーン……なんてならないように、気をつけなきゃ。
おののきつつ走っていったら、やっとこさ道の終わりが見えてきた。
カベのむこうへ顔を出すなり、谷間の広場に、ずらーり並んだ生徒たち。
「やった! ルート、正解だったんだっ」
⑤の旗が立ったテントの先頭に、涼馬くんとリリコちゃんの姿がある。
チームうさぎは、もう次の順番だ。
こんなににぎわってるってことは、ふつうクラスのコたちもガンガン進んでるんだな。
「お待たせーっ! 間にあってよかった……!」
駆けよると、涼馬くんはあからさまに眉を下げた。
「マメ、思ったより早かったな」
「唯さんチームは、もう先に入っちゃいましたけど」
「で、でもさっ。タイムロスはしなかったでしょっ?」
したたるアセをぬぐい、あたしはリリコちゃんにニッと笑ってみせる。
「……この人、ほんとにヘコたれませんわね」
「双葉マメは、すくすく育つマメの木だもんねっ」
胸を張ってみせたら、涼馬くんのほうが笑ってくれた。
「根性があるところは、マメとリリコ、ちょっと似てるかもな」
「そうかなぁ?」
「一かけらも一ミリも一ナノグラムも似てませんわ」
照れ照れ頭をかくあたしに、リリコちゃんは鼻にシワを寄せてうめく。
と、テントの中から、キャッキャと盛りあがる声が聞こえてきた。
⑤のミッションは、なんだか楽しそうだな。
「次のチーム、どうぞ~」
委員さんがテントから顔を出した。
よおしっ。今度こそミッションで活やくして、二人をあっと言わせちゃうぞ!
と、気合いを入れたものの。
「「「あ――……」」」
二人どころかあたしまで言っちゃったよ。
先客のチームねこも、後ろから入ってきたあたしたちに気づき、
「「「あ――……」」」
同じような息をもらした。
三人は頭に大きなリボンをつけ、ほっぺたを丸くピンクにぬりたくって、お笑いコントに出てきそうな姿だ。
長づくえには、動物耳のカチューシャや、ウィッグ、コスプレ衣装などなどの、各種・変身小道具がずらり。
テントの天井には、「ガチ盛り写真バトル」のカンバンが、キィキィと風にゆられてる。
「超かわいいの撮れたねー。チームねこってS組でしょ? S組に勝っちゃったじゃん」
「むしろ楽勝ォ。今の写真、後でもらえるのかなっ」
テントを出ていくのは、勝者らしき、他クラスの女子チームだ。
な、なんとなく、やるべきことを察したぞ。
委員さんが、あたしたちに撮影用のタブレットを構えた。
「ここでは盛りに盛った写真を撮って、審査員から多く票を集めたチームが、スタンプゲットになりまーす。今回負けたチームねこさんは、もう一回だけチャレンジできるよ。どうするー?」
唯ちゃんは、すでにヌケガラのうてなと健太郎くんに首をむける。
そして、新たな対戦相手のあたしたちにも。
「やめといたほうがいいですわ♡ 橘はビジュアルの盛りぐあいも最強。唯さんが勝てるわけないですもの」
リリコちゃんは、ワンピのすそをふぁさっとおろし、キュルンッとかわいさ全開ポーズ。
「ふざけんなよリリコ……っ! この勝負、受けてたってやるよ!」
唯ちゃんの燃えたつ闘魂オーラに、すっかりギャラリーと化してたあたしたちは、アチチッと後ずさったのでした。
***
ごめん、涼馬くん。あたし楽しくなってきちゃったよ。
うさぎ耳カチューシャをつけたあたしたちに、涼馬くんはされるがまま。
苦行中の修行僧みたいな顔で、おとなしくパイプイスに座っている。
チームうさぎはリリコちゃんのプロデュースで、うさぎ耳と、首にリボン、しあげにもふもふ肉球手ぶくろを装着することに決まったんだ。
「それじゃあ、チームうさぎさーん。撮りますよー♪ 一たす一は――っ!」
「「にーっ」」
一匹、声も出てこないうさぎがいます。
委員さんがシャッターを切り、タブレット画面を見せてくれる。
決めっ決めの笑顔の、リリコうさぎちゃん。
あたし、マメうさは見るからにワクワク楽しそう。
そして間にはさまれた涼馬うさぎさんは――、目に光がない。無だ。虚無。暗黒うさぎかな?
「涼馬くん、いつものさわやか笑顔はどこいったの」
「悪かったな」
「涼馬さん、問題ありませんわ。この絵面の強さなら、まちがいなくナンバー1です」
カシャッ。
となりのチームからも、シャッターの音が響いた。
チームねこの後ろすがたは、なんと、ビシッとキメた黒タキシード⁉
「なるほど! カッコいいほうの〝盛り〟もアリだよねっ。うてなたちカッコい――、」
い、と言いおえる前に、三人がふり向いた。
うてなも唯ちゃんも、健太郎くんも……っ、まばたきしたら風が起こりそうなツケまつ毛に、真っ赤なくちびる、陰影ビシバシのメイク!
ミュ、ミュージカルの役者さんみたいだ。
健太郎くんなんて、ふだんのほんわかーなイメージから、まるで別人だよ!
おたがいの姿を目の当たりにして、あたしたちはどっちもブホォッと噴きだした。
「両チーム撮りおえたところで、投票ターイム!! 審査員さん、お願いしまーす」
切りかわったタブレットの画面に、どこかで見たことのある部屋が映った。
カベにいっぱい写真がはられた、広い部屋。
あれ、ここってたぶん、涼馬くんたちの寮のコミュニティルーム……?
『どもー。審査委員の寮長でーす』

画面のむこうから、ひらひら手をふる、ゆるーい笑顔の美形。
後ろでは、大はしゃぎの生徒が、押しあいへしあいしてる。
「が、楽さんだ!」
「なんでだ。今日は土曜で、六年の寮生は自由行動のはずなのに」
涼馬くんも身を乗りだした。
彼は説明しろって顔で、同じ寮生の健太郎くんをふり向く。
「涼馬、楽さんの警告って、きっとコレだったんだよ」
ミュージカル俳優さん、ならぬ健太郎くんは、ぶわさっとまばたきする。
そ、そうか! 楽さんが「すっごくヤバイ」って言ってたの、この「ガチ盛り写真バトル」のことだった!?
「なーんだっ。あたし、訓練方面のヤバさを想像してたよ。こんなのでよかったぁ~っ」
「よくない」
暗黒うさぎさんは、ますますウツロになる。
楽さんたちも去年同じ目にあったんだろうけど、今の彼らは、画面のむこうでニッコニコだ。
『チームねこは方向転換したなー。健太郎くんも、今度は恥じらいを捨ててきたねぇ。写真の決め顔、すっごくいいよー』
「ハイ! オレは信頼を取りもどさなきゃいけない立場なので。全力でぶつかりましたっ!」
キリッと返す健太郎くんは、このまえの商店街での失敗のことを言ってるんだろう。
健太郎くんの献身、ほんとにえらいよっ。
あたしは思わずチームねこにまざって、いつもの三倍濃い顔の彼と手をにぎりあう。
『満場一致で、チームねこの勝ちー! チームうさぎもねっ、プッ……、うさちゃんみんなかわいかったけどね。フフッ、涼馬うさちゃんは、次はもうちょっと笑顔でね』
「もうやりません」
『えー、がんばんなよ。だってこの写真、卒業アルバムで使われるんだよー』
「もうや……ハァッ!?」
いつものセンパイへの礼儀正しさはどこへやら、彼はタブレットにつかみかかる。
『そいじゃあ、二回戦目も楽しみにしてまぁーす』
しかし無情にも、通信はブツッと切られてしまったのでした。