2 転校生は最強ライバル⁉
うす暗い館内は、ひんやりと涼しい。
あたしたちはクラスごとの列になって、ぞろぞろと展示を眺めて歩く。
『ノコ山では、東西南北の四キロにわたり、二百五十か所もの石切り場が開かれました。地上三百メートルの山頂から、地下には百メートルの深さの坑道が掘られ――、』
アナウンスを聞きながら、どっどーんとでっかい立体模型をのぞきこんだ。
豆電球が赤く光ってるのは、ノコ山のふもとの「現在地」。
消しゴムサイズの、この博物館だ。
山のあちこちに、石切り場――石カベの迷路みたいなポイントが散らばってる。
これ、模型だと小さく見えるけど、実際はハクリョクあるんだろうなぁ。
石カベの高さが、博物館の建物と同じくらいに作られてるもん。
「スイッチオーン♪」
手もとに並んだボタンを、うてなが一つ押しこんだ。
と、メロディとともに、模型の山がまっぷたつに割れていく!
あたしたちは「おおっ」と身を乗りだした。
山の断面から、地下に掘りこんだ坑道まで見られるようになってるんだっ。
「うっひゃー、アリの巣みたいだなー」
「うん。……でもなんかさ、このあいだのさわぎを思い出しちゃうね」
危険生物の三匹目が掘っていった、あのトンネルに似てる。
商店街地区の地下は、この模型みたいに穴ぼこだらけで、いまだに立ち入り禁止のまま。
いつ工事が終わるかも分かんない状態だ。
「あれかァ。けどその三匹目、ぜんぜん出てこないよな」
「アオムシと同じに、勝手に消えてくれたならいいけどね」
模型の小さなトロッコが、坑道をすべっていく。
あたしたちはそれを見守って、しばし無口になる。
無人島に現れた大ネズミと、うてな。
商店街の巨大アオムシと、健太郎くん。
まるで危険生物と人間がリンクしてるみたいだ――って、思ったんだけど。
あの時のキオク、二人とも、どんどん薄れていってるみたいなんだ。
うてななんて、自分の様子がおかしかったのも忘れちゃってる。
二人の検査結果は、脳波にも問題ナシらしいけど。
七海さんたち研究チームからは、まだそれ以外の情報は伝わってきていない。
「研究チームか……」
あたしはぽそり、ひとり言をつぶやく。
研究所は、三匹目の情報を公開しないで、にぎりつぶした。
国民がパニックにならないように――ってことらしいけどさ。
あたしは涼馬くんの言動から、「ノドカ兄ゆくえ不明の黒幕」は、研究所にいるかもってうたがってるんだ。
その研究所が、危険生物の情報を隠してるって……。
まさかノドカ兄のことも、危険生物に関係があったりなんて、しないよね?
視線をおろすと、ボタンの中に、「G地区研究所」って文字を発見した。
どきっとしてボタンを押しこんでみたら、「現在地」の真うらの建物が、赤いランプで光った。
となりの建物なのか。
思わず顔を上げ、そっちの方角を見ちゃう。
レクの休み時間にぬけだして、さぐりに行ってみようかな。
……でも、なんの目当てもなく侵入しても、リスクが高いだけだよね。
学園都市の研究所とG地区のは無関係かもしれないし、また勝手に暴走したら、涼馬くんにも迷惑をかけちゃう。
研究所をしめす直方体を見つめたまま、あたし、動きが止まってたみたい。
「マメちゃん、どした?」
「あ、ううん。なんでもないよ」
あわてて手をふり、笑顔を取りつくろった。
まさか、大事な親友を、危険なノドカ兄さがしに巻きこめないもんね。
「マメ、うてなー! こっち、すっごいの見つけたよー!」
唯ちゃんと健太郎くんが、ライトアップされた洞くつの前で、小さくハネてる。
うわさの、石切り場の入り口だ!
四人で暗いトンネルの階段をおりていくと、野球場なみの、広大なフロアが現れた。
オレンジの灯りに照らしだされた、石の床、石の天井、石の柱、石の階段!
フロアのあちこちに、等身大の恐竜模型が展示されてる。
トリケラトプスにアーケロン、ケツァルコアトルス。
地下空間は現実感のない、まるでゲームの世界だ。
そういえばさっきの解説アナウンスでも、「恐竜が滅びたのは自然災害のせいだと言われており、研究所ではこの時代についても調査しています」とか話してたな。
「ワクワクするね~っ」
ヒヤッと弾んだ心臓が、今度は楽しくて弾んじゃうよ。
恐竜をたおす勇者ごっこ中のコたちのわきを通り、四人でおしゃべりしながらコースを歩いていく。
ハイ・ウォールよりも高い、地層標本のカベ。
この山から発掘された太古の化石。
金網で封鎖された古い坑道には、トロッコの模型が置いてある。
こういうのって、眺めて歩くだけでトキメいちゃうよねっ。
昔は長休みのたび、ノドカ兄と博物館とか科学館とかに遊びに行ったなぁ。
去年の秋の遠足も、T地区科学館で、恐竜時代の隕石の標本にさわれたりして、あっちもすっごくおもしろかったな(帰り道はバス事故でタイヘンだったけどさ)。
「で~っかい穴だよー! すっごー!」
うてなが声をあげて走っていった。
なんと、フロアのど真ん中に、四角い大穴が空いてるや!
ワゴン車が二台スッポリはまっちゃいそうな大きさだ。
「『百メートルの地下坑』だって」
カンバンを読みあげて覗きこみ、ヒェェッと体が震えた。
転落防止用の金アミの下は、どこまでもどこまでも深い真っ暗な奈落!
下から、かすかに空気の流れる音が聞こえてくる。
むかしの職人さんは、この底までおりて石を切りだしてたんだよね。
怖くなかったのかなぁってうてなと顔を見合わせると、
「飛びこんだら、ブラジルまで旅行できんじゃない?」
「ブラジルに着く前に、マントルで溶けちゃうよ」
唯ちゃんのボケに、健太郎くんがつっこんだ。
二人の笑顔が白く輝いてるなと思ったら、真上のドーム窓から、陽が射しこんでる。
引きおろし式の避難ハシゴがすえつけられてるってコトは、いざという時は、ここが非常口になるんだな。
……なんて、そんなの確認しちゃうあたり、あたしもちょっとはS組生徒らしくなってきたみたい?
「ねー、恐竜ってどうして大きいのかなー」
うてなが近くのティラノサウルスのしっぽに抱きついた。
「そう言われてみたら、なんでだろね?」
よくノドカ兄が恐竜図鑑を読みきかせしてくれたけど、そこには、なんで大きいのかは書いてなかったよなぁ。
「あら、ご存じないんですの?」
首をひねったあたしのとなりから、うふっと軽やかな笑い声が響いた。
転校生の橘リリコちゃんだ。
***
彼女はティラノサウルスを見上げ、なぜかうっとりと目を細める。
「一説には、草食恐竜は肉食恐竜から身を守るために、大きく進化したとのこと。大きく強くなれば、肉食恐竜だって手を出せないでしょう? それにつられて、肉食恐竜も大きくなっていったんだそうですわ」
へええ~っと、あたしのみならず、うてなたちも感心してうなずいた。
リリコちゃんは物知りなんだな。
七海さんみたいな、情報収集が得意なキャンパー特化型なのかもしれない。
彼女はあたしたちと並んで歩きだした。
転校生とおしゃべりしてみたかったあたしは、うきうきしてしまう。
「リリコちゃんってG地区のS組リーダーだったんでしょ? すごいね。あたし知らなかったけど、G地区にも強勇学園があるんだ? あ、自己紹介がまだだったよね。あたしもS組の――、」
パシッ。
さし出した手を、はたき落とされた。
「〝担当ナシ〟の双葉マメでしょう? 無人島の実地訓練では、キャンパーをやったそうですわね。なのに学園の基本情報も知らないなんて、橘はビックリですわ」
担当ナシ。
攻撃力の高いその言葉に、あたしは思わず手を引っこめる。
ま、まさか別の学校にまで、あたしの話が広まっちゃってるのっ?
「強勇学園は、本校のほかに九つの分校があるんです。この災害の正和時代、人々の安全のために、最前線で働くのが特命生還士。彼らの後ろで、災害への対策を考えるのが、国立研究所。国が十校で育てるS組生徒は、近い将来そこで働くことになる、大事な人材なんですわ。とくに橘や涼馬さんみたいな、仮免許を持ってるエリートは」
「へぇぇ……! 十校もあるなら、仮免を持ってるコって二、三十人はいるのかな。ほんとに知らないことばっかりだ。リリコちゃん、これからもいろいろ教えてね」
あたし、ノドカ兄のあとを追っかけたいとしか考えてなかったから、他の校舎は調べもしなかったもんな。
ふたたび手のひらを出すと、彼女は鼻のつけ根にすっっごいシワを寄せた。
「……思ってたよりめんどーですわね。イヤミに気づかないおバカさんとは……」
「おいっ、転校生。だまって聞いてりゃ、さっきからなんだよ。マメちゃんをディスりまくりやがって。マメちゃんはバカなんじゃない! ちゃんとしたバカ正直なんだぞっ!」
「だいたい、いきなり〝担当ナシ〟呼ばわりは失礼すぎでしょ?」
あれっ。うてなと唯ちゃんが、いつの間にやら激怒している!
「そうだよ。双葉さんのことを、なんにも知らないくせに」
止めに入ってくれそうな、いやし系の健太郎くんまで、まさかのケンカ腰だ⁉
みんなガルガルうなり、今にもつかみかかりそうな勢いだ。
「ままま待ってっ。担当ナシって、ホントのことだからさっ」
足をふみだす三人を、あたしはあわてて腕で止めた。
――すると。
数歩先を行ったリリコちゃんは、ワンピをひらめかせて、あたしたちをふり返る。
「橘が愛する言葉は、『弱肉強食』ですの」
へ?
マヌケな顔で口をつぐんだあたしたちに、彼女はうふっと笑う。
それって、弱い者が強い者のエサにされて、強い者が生きのこる――って言葉だよね。
このふんわり笑顔に、めっちゃ似合わないけど……。
「恐竜と同じです。強ければダレにも食われずにすみますわ。そして、強き者は美しい。サバイバーは絶対的に強くなくてはいけません。――たとえば、橘と涼馬さんみたいに♡」
彼女の語尾に、急に♡マークがおどりだした。
ってことは、
「見学中に、なにケンカしてんだ」
やっぱり、あたしの後ろから涼馬くんが現れた。
不穏な声を聞きつけたらしい。
たよれるリーダーの登場に、あたしはホッと肩を下げる。
ピリピリしてたうてなたちも、ひとまず足を引いてくれた。
「橘は、弱き者に身のほどを教えてあげただけですわ♡」
リリコちゃんは涼馬くんのとなりに並ぶと、ぐいっと胸をそらして、自分を大きく見せる。
それでも涼馬くんの肩くらいだから、ホントにうてなより小さいかも。
「リリコはあいかわらずだな。常にまわりに臨戦態勢なの、いいかげんやめろ」
涼馬くんはめずらしく自分のほうがショッパイ顔で、彼女を見下ろす。
「えっと……。涼馬くんとリリコちゃんは、現場で知りあったとかなの?」
「そうですわ。橘が初めて出動した現場に、涼馬さんもいらして。橘はガッチガチに緊張していたのですが、」
なるほど。そこで面倒見のいい「理想のリーダー」に、アコガレたと。
その気持ち、分かっちゃうかも。
このまえの商店街でも、現場の涼馬くんは、めっちゃカッコよかったもんな。
納得するあたしたちに、リリコちゃんはモジモジと恥じらう。
「涼馬さんに、『役たたずは帰れ』って、お塩をいただきましたの♡」
「「「「うえっ」」」」
涼馬くんの塩鬼対応って、〝担当ナシ〟なあたし限定じゃなかったの⁉
思わずみんなで、当人に視線を集中させる。
彼は気まずげに顔をしかめ、リリコちゃんは曇りなき眼を、彼にきらきら。
「……あのころはいろいろあって、おれも気持ちに余裕がなかったんだよ。悪かったな」
「悪くありませんわ! あの時の橘は、まさしく弱き者でした。お塩をいただいたおかげで、なにクソってがんばれたんですもの。以来、橘の夢は『涼馬さんの、リベロの相方』になったのです♡」
「相方って、おれはだれかと組む気なんてねーぞ」
涼馬くんは取りつく島もなく断言する。
「問題ありませんわ。橘がその気にさせてみせますから」
リリコちゃんは、ますます笑みを深めるのみだ。
あたしは二人のやりとりを、ぽかんとして眺める。
す、すごいや。涼馬くんの塩をまともに浴びて、なお前向きに、リベロを、しかも二人一組の相方までめざしちゃう、この姿勢。
「あたし、リリコちゃんを見習わなきゃだなっ。あらためまして、よろしくね!」
いつまでもアクシュしてくれない手を、こっちからつかんじゃう。
うてなと同じくらい小さな手のひらは、びっくりするほど硬い。
訓練を重ねてる、サバイバーの手だ。
と、その手をまたふり払われた。
「よろしくしませんわ。あなた、『ノドカさんの妹』なんでしょう?」
とつぜん耳に飛びこんできた大事な人の名前に、あたしは動きが止まる。
リリコちゃんの笑顔に、じわり、バカにするような色がにじんできた。
「橘は彼が大ッキライですから、その妹も大キライですわ。ノドカさんには会ったことはありませんが、プロたちが現場でよく話してますもの。『まさか、逃げるとはなぁ』って」
心臓がどくんっと冷たく震えた。
「現場を放りだして逃げるなんて、ありえませんわ。つまり彼は、しょせんは弱き者だったんですよ。涼馬さんのほうが、身も心も、百万倍は強いですわよね♡」
にぎりこんだ指さきから、体温が引いていく。
ノドカ兄が、「マメといっしょに戦える日を、楽しみに待ってるね」って言ってくれた、あの声が耳によみがえる。
「ノドカ兄は、逃げな、」
口にしかけた言葉を、とちゅうで手のひらにふさがれた。
涼馬くんだ。
彼の目配せが、「これ以上キケンなことをしゃべるな」って伝えてくる。
そ、そうだった。黒幕の関係者がどこで耳をそばだててるか分からない以上、ノドカ兄の話ができるのは、涼馬くんと二人の時だけ。
あたしはあわてて口をつぐむ。
「リリコ。S組はチームだ。信頼のきずながないとやってけない。それをわざと乱すなら、おまえはサバイバーに一番向いてないってことだ」
塩なんて表現じゃなまぬるい、凍てつく刃みたいな視線だ。
「みんな、見学にもどろう」
いつもの声のトーンになった彼は、あたしの肩をたたき、先に行ってしまった。
肩に、手のひらの優しい感触が残る。
……今の、はげましてくれたのかな。
「涼馬さーん、橘もごいっしょしますわ♡」
リリコちゃんは不屈の精神だ。
まったく心折れずに、彼の背中を追いかけていく。
「…………なっ、なっ、なんだアイツッ。ボクのマメちゃんに、言いたいほーだい!」
ムキィッと、うてなが地団駄をふむ。
「相手にしないほうがいいよ、双葉さん」
健太郎くんも、リリコちゃんの背中をニラみ続けてる。
「だ、大丈夫。ごめん、せっかくの博物館なのに、雰囲気を悪くしちゃって」
「マメのせいじゃないよ。てかあいつ、リベロめざしてるって、あんなひらひらワンピで、てんでS組の自覚ないし、動きだってニブそうじゃん。アタッカーをなめんなっての」
アタッカー五年二位の唯ちゃんは、吐き捨てるように言って、あたしの背中をバンバンたたいてくれた。
――でも、やっぱりプロたちは、ノドカ兄が逃げたって誤解したままなんだな。
リリコちゃんと仲よくなれそうもないことより、そっちのほうがショックだ。
……兄ちゃんはぜったいに逃げたんじゃない。
あたしはちゃんと知ってるからね、ノドカ兄。
リリコちゃんのきたえられた手の感触を思い出しながら、キュッと指を折りこんだ。