12 涼馬くんのホントのこと
彼はあたしの鼻さきでゆっくりまばたきをして、ノドを上下に動かす。
「兄ちゃんがどっか行っちゃった理由、知ってるんだよね? あたし、涼馬くんが悪い人には思えない。だから、ちゃんと聞きたいんだ。本当のことを教えて!」
胸にためてた言葉を、夢中で吐きだしきった。
涼馬くんはこれまで見たことない、S組のアタッカーリーダーじゃない、たぶん素の「風見涼馬」の顔だ。
瞳から力強さが消えて、どうしたのか……悲しいような光がゆれる。
……な、なに?
思いもよらない表情に、あたしのほうも言葉がつまる。
ぽたっ、ぽたっと、上から落ちてきた水が、あたしたちの間をさえぎった。
涼馬くんはとうとつに、無線機の電源を切る。
座る姿勢をととのえ、あらためてあたしに向かいあった。
「――今は、なにも話せない」
「なにか知ってるなら、教えてよ。あたしの大事な家族のことなの」
「言えない。ごめん」
涼馬くんの瞳に強い光がもどってくる。
決意の光だ。
「……このホイッスルをマメに返すのも、もう少し待ってくれないか」
あたしはヒザの上で手をにぎりこむ。
「なんで? どういうこと? どうして話せないの?」
「それも言えない。だけどおれは、マメもノドカさんもけっして裏切らない。それだけは信じてほしい」
「……信じてって、信じてるよ。だってこんなトコまで、あたしを救けに来てくれたもの」
裏切らないって言葉に、心の底からホッとするけど、でも。
頭の中では、どうして教えてくれないのって、怒りとアセりがうずまく。
「あたしがそれを聞いたら、ショックを受けると思ってる? 大丈夫だよ。あたし、ノドカ兄を見つけるまでは、なにがあってもヘコたれないから!」
「マメがしぶといのは、もう知ってる。そういう問題じゃない」
「なら、なんで」
あたしはノドカ兄の「妹」なのに。
ふと、彼がずっと手をあててる無線機に目がいった。
さっきあたしがノドカ兄の話を始めたとき、急に電源を落としたよね。
今の話、だれかに聞かれたらこまると思ってる?
ここは水の下で電波も届かないハズだけど、それでも念に念を入れなきゃいけないような相手?
その相手が、ノドカ兄のゆくえ不明にかかわってるなら――。
「黒幕みたいなのが、いる?」
つぶやいたあたしに、涼馬くんはぎゅっと口を横にむすんだ。
……たぶん、この反応が答えだ。
あたし、ノドカ兄が自分から消えるはずないんだから、原因になっただれかがいるんじゃないかとは、うっすら考えてた。
それはホントだったんだ。
「マメ。おまえはこの件にかかわるな」
「そんなのムリだよ」
あたしは一瞬たりとも彼の表情の変化を見逃すもんかと見つめながら、息をのみこむ。
涼馬くんはあたしの敵じゃなくて。黒幕の存在を知ってて。
でもそれを教えてくれないのは――。
守って甘やかしてやれるって、さっきの言葉。
あたしに差しだした手のひら。優しい瞳。
次々思い出して、心臓がどくどくとすごい音で鳴りはじめた。
「まさか、涼馬くんは……、その黒幕から、あたしを守ろうとしてくれてるの?」
赤茶の瞳に、しまったって後悔する光がまたたいた。
「涼馬くんは、あたしが弱いから、守ってあげなきゃいけない相手だと思ってるから、だから、話してくれないんだ」
「マメ」
あたしは、S組の〝担当ナシ〟だ。
無人島もSテストもみんなの手をかりて、ギリギリのクリアだった。
現場に出ても、自信を持ってできることなんて、なに一つない。
涼馬くんまで警戒するような黒幕がいるなら、弱いあたしじゃ、その黒幕に近づくのは危ないのかもしれない。
あたしが「大丈夫だから信じて」なんて説得しても、涼馬くんにはなんにも響かないよね。
――じゃあ、どうすればいいの?
ノドカ兄にまた会うために、あたしはなにができる?
涼馬くんが彼につながる糸を持ってるなら、あたし、ゼッタイにそれをつかみたい!
「涼馬くん」
あたしは彼の手をガシッとつかみ、握手みたいに持ちかえた。
そしてぎゅううっとフルパワーを入れる!
彼の硬い手は、それでもビクともしない。
「――あたし、強くなる! 涼馬くんが話しても大丈夫って思うくらいまで、強くなるから! 逆に、涼馬くんを守れるくらいになってやる!」
「おまえ、なに言ってんだ」
魂の底に火がついたみたいに、熱くなってきた。
その熱が、おびえて凍りついてた体を溶かしていく。
あたしはザンッと立ち上がった。
「ゼッタイに話させてやるから、見てろぉっ!」
彼はぽかんと口を開けた。
全力で握手した手と、あたしのギラギラと負けん気いっぱいの顔をながめて、苦しそうに眉をよせる。
「……守らせろよ。バカ」
ガタッ。
その時だ。真上で、食器だなが動いた。
わずかな光がにじんだと同時、その一センチほどのスキマから、水がざばっと流れおちてくる!
「応援が来たっ?」
あたしは水しぶきを腕でよけながら、パッと顔を輝かせる。
涼馬くんも立ち上がり、無線のスイッチを入れなおす。
ノイズが流れだし、閉じこめられた空間の止まってた時間が、ふたたび進みだした。
「食器だなが動いたら、水が一気に入ってくる。離れて待機しよう」
「うんっ!」
水ぎわまで階段をおりて、左右の手すりをそれぞれつかみ、出口が開けられるのを待つ。
やっとこの空間から出られるんだ――!
応援に来てくれたのは、北村さんかな、楽さんかなっ。
バリッ、バリッ!
木の板を、するどい道具で割る音。
食器だなの背板に、ヒビが入っていく。
そこをエグるように、緑色の、とがったモノがつき出した!
「「はっ……⁉」」
救出用の工具じゃない。
ヘッドライトの光が照らしだしたのは、ぶにぶにした緑のハダに、うっすら生えた毛。
生き物だ!
全身がザワッとわななく。
涼馬くんがあたしを腕で押しさげ、ベルトからサバイバルナイフをぬいた。
「応援じゃねーな。マメ、武器になりそうなモンは?」
「な、ないっ。なんにも」
お祭りから来たから、訓練の装備さえないよ!
「さがってろ」
「イヤだ!」
強くなってやるって、宣言したばっかりなのに!
そんなやりとりをしてる間にも、ヒビ割れから水がどうどうと落ちてくる。
あたしたちは手すりを支えに、滝のような水圧に耐える。
上の穴は割れる音をたてて広がり、地下室の水位も、見る間に上がっていく。
空いた穴から、緑の、つるんとした口のようなモノが見えはじめた。
三角コーンみたいな大きさの、とがった脚らしきモノが、わしゃわしゃうごめいてる。
「む、虫……っ?」
出口を頭でふさげるサイズの虫が、こっちに入ってこようとしてる――!
「未知の危険生物、第二弾かよ。写真をとって七海さんに送ってやりたいな」
言いながら、涼馬くんはサッと後ろに目を走らせる。
そ、そうだっ。退路!
食器だなもぶっ壊すようなヤツとナイフ一本で戦うなんて、ハードルが高すぎるよっ!
あたしはライトを首にかけて、地下一階の作業場を照らす。
「シャッターのスキマから脱出できるかな⁉」
「こじあけてる間に、アイツに追いつかれるな」
ずりっ、ずるる……っ。
「「‼」」
あたしたちは同時に上を見る。
出口の四角い空間をギッチリうめつくし、ムリやり体を押しいれてくるのは――、
むっちりした質感の、頭のてっぺんに目みたいなもようがついた、緑色の虫。
巨大な、アオムシだ‼

細かく動く、六本の前脚。
アゴを開くと、かじりとった木材の破片が、水に落ちた。
「木の板を、キャベツみたいに……っ」
「あれじゃ、おれたちの骨くらい、ひと噛みで折られるぜ」
頭の幅だけで、一メートル以上はある。
顔の両がわに並んだ、六つの小さな目。
それが全部、あたしを見つめてる気がする。
体の芯がゾッと冷たくなって、一歩、階段をおりる。
涼馬くんもナイフをかまえ、一段さがる。
アオムシはきゅうくつそうに胴体をうねらせ、階段に脚をかけた。
上からは、せまりくる巨大アオムシ。
うしろは水没した地下室。
逃げ場がない!
あたしたち、絶体絶命だ!
「サバイバー!!② 緊急避難! うらぎりの地下商店街」
第5回につづく