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ものがたり

新刊発売記念!「サバイバー!!② 緊急避難! うらぎりの地下商店街」第3回 あたしたちに、できること


この授業、恋も授業も命がけ! ぜったいおもしろい&最高にキュンとする「サバイバー!!」シリーズ。サバイバルな学校で、成績サイアクでも夢かなえます! 角川つばさ文庫の大人気シリーズ第1巻~第3巻が、期間限定でまるごと読めちゃうよ!(公開期限:2025年6月6日(金)23:59まで)



7  あたしたちに、できること


 水をハネあげ、メイン通りを駆けぬける。

 マンホールの穴から、排水溝から、泥水が音をたてて噴きだしてる。

 本格的になった逆流に、テレビでも避難を呼びかけはじめた。

 プロのサバイバーも出動したらしいけど、この商店街にはまだ到着してない。

 商店街の防災委員さんは、足腰がワルいお年寄りばっかりで、会長さんは入院中なんだって。

 はやくみんなを避難させなきゃ、逃げおくれちゃう!

 ――ってことで、あたしたちS組が動きだした。

 雨の轟音のなかに、商店街の放送がくりかえし響く。

『商店街連合会より、緊急連絡です。下水道が逆流しています。ただちに避難を開始してください。避難所は、学園都市駅の駅ビルです。みなさん、ただちに避難してください』

 まずは強勇学園ふつうクラスの生徒をまとめて、駅ビルへ誘導。

 お客さんや商店街の人たちも、できるかぎり送りだした。

 おばあちゃんは、まさかこんな大ゴトになるなんて思ってなかったみたい。

 最後の最後まで「わたしはいいよ」って行きしぶってたけど、ご近所さんに説得されて、みんなで商店街を出ていった。

 水をかぶった道路を歩いていけるのは、ヒザ下までだ。

 まだ一センチあるかないかだから、駅前までの避難はじゅうぶん間にあうよね。

 今はS組全員で、逃げおくれた人がいないか、商店街じゅうを声かけして回ってる。

 こういうのを「人命検索」っていうんだって。

 学校から指令を受けたわけじゃないけど、プロのサバイバーが到着するまでのツナギくらいなら、あたしたちにもできると思うんだ。

「避難してない人は、逃げてくださぁぁーい!」

「こまってる人はいませんかー!」

 あたしと健太郎くんは、声をはりあげ、メイン通りを走る。

 リーダーたちのかわりに指示を出してくれたのは、千早希さんだ。

 ペアに分かれたS組の声が、あっちこっちから聞こえてる。

 一階担当のコたちは、とびらに「避難しました」ってシールを貼っていない店に、かたっぱしからふみこんでいく。

 カゲになった小道や、柱のウラもだ。

「マメちゃん、ケンタロ! 気をつけてね!」

「危険と思ったら、すぐもどって来るんだよ! オレたちはまだプロじゃないんだから!」

「「了解!」」

 うてなとナオトさんのペアとは、中央階段まえで分かれた。

 あたしたちは地下一階の北エリアを、うてなたちは南エリアを担当するんだ。

「担当リーダーたちがいない日に、こんな騒ぎになるなんてね」

「ほんとだよ。タイミング悪すぎだ」

 階段を駆けおりながら、健太郎くんはいつにもましてキンチョーした顔だ。

 その表情に、無人島で大ネズミから逃げた、あのギリギリの現場を思い出す。

 階段をおりきって、バシャッと地下一階の床に着地した。

「ね、健太郎くん。貯水池があるのに、なんでこんなコトになっちゃってんのかな。雨がスゴすぎて?」

「うーん、だけどその池って、学校のプールの千五百倍の大きさだよ。一時間ていどのゲリラ豪雨で満ぱいになるなんて、おかしいよ」

「じゃあ、どうしてだろ」

「オレだって知らないけど。いや、情報集めて分析しなきゃだよね。サバイバーなら」

「……うん。七海さんならできそうだよね」

 健太郎くんは落ちこんだ声色になるけど、あたしなんて、もっとまだまだだ。

 考えなきゃって思うのに、目のまえの景色しか頭に入ってこない。

 ふみこんだ地下一階のメイン通りは、お店がみんなシャッターを下ろしてるせいで、夜みたいにうす暗い。

 天井の、さびしげな蛍光灯。黒い水のゆれる床。

 朝見た景色とは、別世界みたいだ。

 窓もない、シャッターと天井と床で切りとられた、長方形の空間。


 なんだか……、押しつぶされちゃいそう。


 そう思った瞬間。

 ひゅっと、心臓が冷たいモノに押しあげられた。

「双葉さん、足もと見えないから気をつけてね。排水溝にハマったら抜けなくなるよ。――って、どうしたの⁉」

「え?」

 あたし、気がついたら、尻もちをついてた。

 ぬるい水がズボンをびしょびしょにぬらして、体のわきを流れていく。

「足すべった? 大丈夫?」

「う、うん」

 自分でビックリしちゃった。

 あわてて立ち上がるけど、あたしホントどうしたんだろ?

 ヒザに力が入らない。

 チカッ、チカッと、こめかみのあたりで、なにかが危険信号を発してる。

 ……ダメだ、なんだか分からないけど、深く考えちゃいけない気がする。

「い、行こう! 健太郎くん!」

 あたしはうるさい信号をムシして、ぱんっと自分の脚にカツを入れた!


 水の高さがくるぶしまで上がってきた。

 背すじはうすら寒いのに、こもった空気にアセが噴きだしてくる。

 せめて、訓練服の装備があったらよかったな。

 不衛生な水の中でケガしたら、バイキンが入って破傷風って病気になるかもしれないって、教科書にのってた。

 軍手と長そでのシャツがほしい。それに無線もだ。

 他のペアとやりとりできれば、もっと効率よく人命検索できるはずなのに。

 うてなや千早希さんたちは、今どこらへんにいるんだろう。

 腕で顔をぬぐい、シャッターを開けっぱなしのお店に、首をつっこむ。

「まだ残っている人はいませんか~! 危険です! 避難してください!」

「音を出して、応えてくださぁーい!」

 さっき一人、お店のおくで昼寝してるおじさんを発見して、すぐさま避難してもらったんだ。

 要救助者は、いる!

 あたしたちのやってることは、まちがってない。

 奥に階段が見えてきた。

 これで地下一階の北エリアは、任務完了だ。

「健太郎くん、次、地下二階の駐車場だ!」

「ダメだ! もうオレたちも退避しよう!」

 下に続く階段に向かおうとしたら、肩をつかみ止められた。

「でも、まだ人命検索が終わってないよ」

「さっきから水位の上がる速度がどんどん速くなってるだろ。きっと外、雨が降りつづいてるんだ。このままじゃオレたちも逃げおくれるよ」

 彼はムリヤリ、あたしを地上への階段へ引っぱっていこうとする。

「待って! さっきのおじさんみたいに、車の中にも寝てる人がいるかもっ」

「救助のときは、『まずは自分自身の安全をカクホ』って習っただろ! こっからは、プロの仕事だってば」

「けど――っ」

 あたしは下へおりようとして、彼は上へのぼろうとして、腕でツナ引き状態だ。

 ほんとは、そろそろ逃げなきゃだって、あたしだって気づいてる。

 なんでこんなムキになってるのか、自分でも分かんない。

「もうっ、双葉さん! どうしてオレと組まされたと思ってんの⁉」

「どうしてって……、」

「なんかやらかしそうなコの、お守り役だよ!」



 言葉にひっぱたかれた気がして、あたしはツバを飲みくだす。

「ナオトさんと空知さんのペアもだけどさっ。今日は涼馬がいないだろ? だからかわりにオレたちなの。カンベンしてよっ」


 お守り役。足を引っぱる、S組の〝担当ナシ〟の――。


 だまっちゃったあたしに、彼は我に返ったようにハッとした。

「ご、ごめん。でも……、とにかく退避しようよ」

 了解、って、言わなきゃいけないんだよね。

 だけどあたし、口も足も動かない。

 またこめかみが痛みだして、頭にちらちらと映像がよぎる。


 ぎゅうぎゅうにせまい、真っ暗な闇のなか。

 ほこりとケムリと、熱い空気が流れこんでくる。

 苦しくってゲホゲホとムセると、ノドカ兄がぎゅっと手に力をこめてくれる。

 だけどその指の力も、何時間もたつうちに、だんだん弱くなっていく。

 ノドカ兄、死んじゃわないでね。

 おねがいよ、死んじゃわないでね……。


 また、カクッとヒザから力がぬけそうになった。

 ――これは、T地区大災害のときの記憶だ。

 地震にビル崩壊に、火災まで起きた、あの複合災害。

 パパたちは、落ちてきたカベから、あたしとノドカ兄を守ってくれて。

 そのせいで、二人とサヨナラしなきゃいけなくなったんだ。

 ……ずっと、思い出さないようにしてたのに。

 ここ、あそこの空気に似てるんだ。


「双葉さん?」

 あたしは健太郎くんの手をはらい、ぶるるっと身をわななかせる。

「だいじょぶ……」

 ふつうに答えたつもりが、声が細くなっちゃってる。

「な、なんでもない。それより、駐車場、行かなきゃ。せまくてくらい場所、閉じこめられたら、こわいんだよ。ほんとに、すごくこわいんだ。だれかいるかもなら、たすけてあげなきゃ……」

「ダメだってば! 双葉さん、なんかおかしくないっ? どうしたの」

 よろりと踏みだすあたしに、健太郎くんがまた手首をつかんでくる。

「あたし、一人でも行く。健太郎くんはもどってて」

「なっ、なに言ってんだよ。あとでオレが涼馬に怒られるよ」


「そこの人、はやく避難して!」


 健太郎くんの怒声にかぶせ、オトナの声が、階段の下から響いてきた!

 ライトに照らされ、あたしたちは目をかばう。

「子ども……! キミたち二人だけか⁉」

 おどり場から見上げてきたのは、暗いところでもパッと目に入る、オレンジ色の隊服!

 若いお姉さんと、するどい顔つきのおじさんのペアだ。

 救命胴衣のベストをはおり、胸には無線機、腰にロープとサバイバルナイフを装備してる。

 あたしたちの訓練服に似てるけど、腕のワッペンは、不死鳥マーク。

 そして肩には、ホイッスルの真っ白なかざりヒモをたらしてる。

 ブーツのヒモも、同じ白だ。

「どんな困難にも打ち勝って救いだす」っていう意味の、決意の「白」。

 あたしは健太郎くんとそろって、二人をまじまじと見つめた。

「「プロの、サバイバーだ……!」」




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