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ものがたり

新刊発売記念!「サバイバー!!② 緊急避難! うらぎりの地下商店街」第3回 あたしたちに、できること

9  救けをもとめる、だれかのために!

 水はタイヤの半ぶんの高さを超えてる。

 だけどもう少しで、ぜんぶの車をチェックし終える。

 人手も増えたし、奥からクラスメイトたちの声も聞こえてきた。

 中央階段あたりで合流したら、もう退避できるよ!

 楽さんと涼馬くんが加わったからか、任務の終わりが見えてきたからか、健太郎くんの顔色もよくなった。

「だれか、残ってませんかぁー!」

 大声を出し、後ろのドアをのぞきこむ。

 そこで、あれっと手を引っこめた。

 ドアがちゃんと閉まってなかったみたいだ。

 スキマから入りこんだ水が、座席の足もとにたまってる。

 チャイルドシートがあるってコトは、ちっちゃいコを抱えて、大あわてで避難したのかな。

 そんなことを考えてたら、

ゴゴゴゴ……ッ。

 足もとから、地響きが!

 地面の水も波になってさざめきだす。

「じ、地震⁉」

 健太郎くんがキョロキョロあたりを見まわす。

 そういえばお祭り中も、地面がゆれてたよね。

 貯水池へのパイプも、あの地震のせいで埋まっちゃったんだったり?

 いや、あれは歩いてる人は気づかないくらいの、小さなゆれだったもんな。

「――地震ではないらしいな」

 北村さんが眉間にシワをよせた。

 涼馬くんと楽さんも無線に耳をかたむけながら、周囲にするどく視線を走らせてる。

 あたしのとなりで、健太郎くんがブルッと身を震わせた。

 な、なに? イヤな情報?

 無線をつけてないあたしは、目を大きくして、みんなの言葉を待つ。

「マメちゃぁん!」

 車と車のあいだ、うてながザブザブ水をかきわけ、こっちに向かってくるのが見えた。

 千早希さんや唯ちゃん、ナオトさん。

 それにプロに引率されたS組の生徒たちが、続々と集まってくる。

 ってことは、ぜんぶの車をチェックし終えた?

 任務完了だよ!

「うてな!」

 おたがいにガシッと手をにぎり合わせた。

 親友の、ちっちゃくてあったかい手。

 みんな無事だったことにホッとしたのも、プロの現場に参加してるってコーフンも、瞳の色だけで伝えあう。

「注意! 中央基地より指令!」

 全員で北村さんに注目して、背すじをのばす。

 やっと退避の命令だよっ。


「ヤマザキ・カイトくん、三歳! この駐車場内で、一人でとり残されているとの通報! これより捜索を始める!」


   ***


 すでにヒザ上に水が届いてるS組メンバーは、退避になった。

 北村さん、人手ぶそくでも、ちゃんとS組生徒の危険ラインを考えてくれてたんだ。

「ゼッタイに帰ってきてね」って抱きついてきたうてなや、唯ちゃんたちと別れて。

 あたしはそのまま、健太郎くんとペアで捜索を続けてる。

 だけどあたしたちだって、あと何分、ここに残っていられるか。

 カイトくんを見つけださなきゃいけないのに――!


 お父さんは、ぐっすり眠ってたカイトくんを車において、ちょっとのつもりで買い物に行ってしまったらしい。

 そこに避難指示が出て、いそいで駐車場にもどろうとしたんだけど。

 階段で転んで動けなくなり、さっきやっと、サバイバーに見つけてもらえたそうだ。


 車種とナンバー、車の色はブルー――ってとこまで聞いて、あたしは「アッ!」と声をあげた。

「その車、ありました! すぐそこです!」

 チャイルドシートの、カギが開いたままになってた車だ!

「でも、小さいコなんて乗ってなかった」

 みんなで車を確認しに行ったけど、座席のシートのあいだにも運転席のほうにも、やっぱりカイトくんは見当たらない。

 駐車場の捜索は、もうひととおり終わってる。

 じゃあ、どこへ――?

 血の気の引いた頭で、考えをめぐらせる。

 目がさめて、お父さんをさがしに出ていった?

 だけど三歳のコが、そんな勇気あるかな。

 集まったプロたちも考えこんでる。

「ここにいないなら、もう、だれかに保護されているかもしれないな。避難所にいるか」

「避難所にも問いあわせ中だ。しかし三歳じゃ、今の水位なら、おぼれた可能性も考えるべきだ」

 北村さんの重たい声が、怖いよ。

「――楽さん! こっちを!」

 涼馬くんは楽さんを連れて、まるで心当たりがあるかのように、まっすぐに通路の奥へ向かっていく。

 あたしは健太郎くんと、足を棒がわりにして水底をさぐりながら、声をそろえてカイトくんの名前を呼びつづける。

 カイトくん、あたしがT地区の災害にあった歳よりも、ちっちゃいんだ。

 一人でどこかにいるとしたら、どれだけ怖いだろう。

 想像しちゃって、震えが止まらない。

 おねがい、無事でいて。

 避難所にいるって連絡、はやく来て。

 自分が闇のなかにとり残された時のことが、どうしても頭に押しよせてくる。

 ヒザのラインをゆれる黒い水に、冷たいアセがぽたぽた落ちる。


「――いました!」


 響いた声に、思いっきり息をすいこんだ!

 声のほうへ、みんなでいっせいに向かう。

 涼馬くんがエレベーターのドアを、腕をつっぱって開けていく。

 中のカゴは、この階の床から浮き、中途はんぱな位置で止まってるみたいだ。

 と、楽さんがドアのスキマから飛びこみ、カゴの中へ乗りあがった!

 もしうっかり下に落ちたら――なんてゾッとしたけど。

 さすがの楽さん、ためらいもしなかった。

「もう大丈夫だよ。カイトくんだね?」

「……うん」

 中から、かすかな声も聞こえた!

 あたしたちが到着したのと、楽さんがカゴからおりてきたのは、同じタイミングだった。

 抱えられた男の子は、ほんとにまだ小さい。

 目のまわりを真っ赤にハラして、弱々しくしゃくりあげてる。

「脈拍、呼吸、ともに正常。ケガもなし。泣きつかれちゃったみたいですけど」

 楽さんがホッと息をつくと、プロたちもそろって肩をさげた。

「よくがんばったな。お父さんは避難所で待ってる。元気な顔を見せてやりな」

 涼馬くんはカイトくんの髪を手でかきまぜる。

 その横顔が、すごく優しい。

 もうぜんぶ大丈夫だから、安心して任せてくれって。

 今まで見てきた彼のなかで、とっておきの〝救ける人〟の顔だ。

 あたし、自分が救助されたような気分になって、涙がにじんできちゃったよ。

「涼馬って、エレベーターのロック解除までできるのね。すごいな」

「ミサトさん、ちがうんです。おれはうまくいかなくて、楽さんがやってくれました。コツがいるんですね。練習しなきゃな」

 涼馬くんはミサトさんに答えながら、カベにすえつけられた箱へ工具をもどす。

 なるほど。あのL字型の金属棒が、ドアロックをはずす器具なんだ。

 あたしも今度練習させてもらいたいな。

「しかし、三歳のコが、一人でエレベーターに乗りに行くとは思わなかった」

 北村さんはまだ目がおどろいてる。

 すると楽さんがちょっと笑った。

「涼馬のお手がらですね。お父さんをさがそうと思ったんでしょうけど、まさかです」

「自分がこのぐらいの歳だったら、どうするかなって考えてみただけです。いつも一階に上がるルートを、ちゃんと覚えてたんですね。な、カイトくん」

 カイトくんは、首をタテにふってうなずく。

「はぁ、なるほどな。でも、とちゅうで安全そうちが働いて止まっちゃったのか」

 北村さんはアゴのアセをぬぐい、息をついた。

 あたしと健太郎くんは、なんにもできず、輪の外からながめてるだけだ。

「……あたしたちのリーダーって、すごいね」

「うん……」

 二人は仮免でも、もうプロのなかで任務をまっとうしてるんだ。

 誇らしい気持ちに、ずっと力の入ってたくちびるがゆるんでくる。

 こんなのを見せられたら、ノドカ兄のことで疑わなきゃって気持ちが、グラグラしてきちゃうなぁ。

「全員、ひきあげるぞ!」

 北村さんから、今度こその退避の号令がかかった。

 楽さんと涼馬くんはカイトくんを抱き、プロにかこまれて階段をのぼっていく。

 あたしたちもその後を追う。

 いつもの訓練のときより、背中がずっとずっと遠く見えちゃう。

 あたしもあんなふうに――、楽さんや涼馬くんや、ノドカ兄みたいになりたい。

 少しでも近づきたくて、自然と足もいそぐ。

 だけど、水の流れる段をのぼろうと、プロが張っといてくれたガイドロープをつかんだら。

 ロープがビリビリと振動してるのに気がついた。

「また地震?」

 カベに耳を押しあててみると、振動は内がわから伝わってきてるみたいだ。

 シャベルカーかなんかが、ガリガリ岩をひっかいてるような音がする。

 カベのむこうで、工事してる?

 ――なんて、そんなのありえないよね。

 だってここ、地下二階だし。



「双葉さん、みんな行っちゃうよ」

 健太郎くんがあたしをふり向く。

 そうだ。彼、ペアのあたしから離れられないんだった。

「ごめん、いま行くっ」

 ザバッと引きあげた足に、なにかが軽く当たって、流れていった。

 あたしは口をつぐむ。

 いそいでかがんで、ソレをつかんだ。

「どうしたの?」

 とうとう健太郎くんがこっちに下りてきた。

 手のひらにすくいあげたのは、耳かけフックの補聴器。

 それも、お団子もようの……。

「これ、お団子屋のおばあちゃんのだよね? どうしてこんなとこに」

 彼女は浸水が始まってすぐに、避難所に行ったはずだ。

 あたしたち、アーケードの下から見送ったもの。

「避難中に落としちゃったのかな。あとで避難所に届けてあげようか」

「……健太郎くん、ちがう。おばあちゃん、別れたときは補聴器つけてた。ご近所さんと、ちゃんと会話してたよ」

 あたしはギュッと補聴器をにぎりこむ。

「あの後、お店にもどっちゃったのかもしれない。避難所に行きたくなさそうだったもの」

「ええ? わざわざ駐車場を通って? ありえないよ」

 どくん、どくん、心臓の音が耳のウラで鳴りはじめる。

 おばあちゃんが「避難所に行きたくない」って言ってたときの、必死な顔を思い出す。

 それに何度もお店をふり返ってた。

 後ろ髪を引かれるような理由があった?

 たとえば、なにか、大事なものを置いてきちゃったとか。

 もしそうだとしたら、あたしならどうするだろう。

 たぶん、メイン通りからもどったら、ご近所さんたちに「ダメ!」って止められちゃうから、人気のない駐車場をとおってお店にもどる……かもしれない。

 それでとちゅうで転んだかして、補聴器を落としたのかも。

「双葉さん、行こう。北村さんに報告して、避難所にいるか確認してもらえばいいよ」

「だけど、イヤな予感がするんだよ。おばあちゃんがお店にいたら、避難所の何百人のリストを確認してもらってるうちに、もっと水位が上がって、プロだって救助に入れなくなる」

 それにきっと、北村さんは、あたしのカンなんて信じてくれない。

 涼馬くんや楽さんすら「小学生なんて使えない」って拒否した人なのに、仮免もないあたしの言うことなんて、よけいだよ。

「今、あたしたちでお団子屋さんまで見に行こう?」

「な、なに言ってんのっ。やっと退避できんのに、予感とか知らないし! オレたちもヤバイんだってば!」

 健太郎くんが声を荒らげる。

 あたしは心臓をどくどく鳴らしながら、補聴器をにぎったこぶしと、ズブぬれのクラスTシャツと、しぶきを上げて段差を落ちていく水の流れに、次々と視線をうつす。

 もう北村さんたちの姿は、階段のさきに見えなくなった。

 最後に目をもどした健太郎くんは、顔が青ざめてこわばってる。

 涼馬くんも、無人島で言ってた。

 だれかを救うために、おまえが犠牲になるのはダメだ。

 サバイバーとして、そこを割りきれなきゃ、この先いくつ命があってもたりないって。

 でも、でもあたしは――っ。

 あたしはやっぱり、みんなで生きて還りたい!

「――ごめん」

 補聴器をポケットにつっこんだ。

「先に、みんなのとこへ行ってて。あと、その無線機、貸してくれる? もしもおばあちゃんがいたら、すぐに応援を呼ぶから」

「ハァッ⁉」

「大丈夫。ルートをちょっと変えて、お団子屋さんのようすを見てくるだけ」

 頭の中でお店までのルートを思いうかべる。

 ここは地下二階の中央階段。

 お団子屋さんの作業場は、一階あがって北エリアに入れば、すぐそばだ。

 おばあちゃんが通っただろう道をたどって、お店へ!

 動かない健太郎くんから無線をもぎとろうとしたら、

「……くそっ。行く! オレも行くよ! オレだってS組の、サバイバーの卵なんだから!」

 彼は思いつめた瞳で、あたしの手をふりほどいた。


「サバイバー!!② 緊急避難! うらぎりの地下商店街」
第4回につづく


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