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ものがたり

新刊発売記念!「サバイバー!!② 緊急避難! うらぎりの地下商店街」第3回 あたしたちに、できること

8  逆流する雨水

「この町の地下には、貯水池へ水を流すパイプがはりめぐらされているね。そのうち、この商店街方面のモノが、土砂でツマったそうだ。雨水がそこでせきとめられて逆流している」

 S組生徒だって名のったら、プロのおじさんは状況を説明してくれた。

「じゃあ、雨がやまないかぎり、水はずっとあふれつづけちゃうんだ……」

「大事故じゃないですか! 原因はなんなんですか⁉」

 健太郎くんは声を震わせ、大センパイたちを見上げる。

「研究チームが調査中だよ。今、地区のあちこちにサバイバーが出動している」

 だからはやく避難しなさいと、彼はあたしたちの背中を押す。

「あのっ」

 たたらを踏んだあたしは、彼をふり向いた。

「お手つだいさせてください! あたし、仮免は持ってないけど、訓練はしてますっ」

「双葉さんっ? メーワクだよ!」

 いきなりのあたしの申し出に、健太郎くんもプロもギョッと目をむく。

 だって、昔のあたしみたいに救けを待ってる人がいるかもしれないなら、一秒でも早く救けてあげたいもの!

「――なるほど。いいじゃないですか、北村さん。こちらも人手がたりません。ぜひ手つだってもらいましょう!」

 お姉さんが、おじさんにうなずいてみせる。

 北村さん――って、涼馬くんから聞いた名前だ!

 仮免制に反対してて、涼馬くんたちをイスに座りっぱなしにさせたっていう、あの!

 ヤバッと思ったけど、もうおそい。

 彼の顔面は、みるみる鬼の形相になっていく。

「子どもに救助を手つだわせるなんて、話にならん。逆に要救助者を増やすだけだ」

「北村さん、わたしはS組出身だから分かります。S組はすでにサバイバーの卵ですっ。彼らにはできます! 水位が危険なレベルに達するまでの、人命検索だけでも!」

 お姉さんが食いさがった。

 だけど北村さんは彼女の肩を押しのけ、あたしをまっすぐに見下ろす。

 あたしはゴクリとノドを鳴らし、彼を見上げる。

 ノドカ兄なら……、どうだったかな。

 兄ちゃんならまちがいなく、要救助者のもとへ飛びこんでいく。

 北村さんも、ノドカ兄が相手なら、「まかせる」って言ったと思うんだ。

「ここはプロの現場だ。子どもは避難しなさい。いいね」

 どうしても首が動かない。

 ここでうなずいたら、ノドカ兄から遠ざかっちゃう気がするんだ。

「双葉さん、行こうよ」

 健太郎くんに手を引っぱられたとき、

ザザッ。

 無線の通信音が入った。

 北村さんがイヤホンに指をあて、連絡に耳をすます。

 彼はみるみる難しい顔になっていき――。

 思いっきり眉をひそめ、あたしたちに目を向けた。

「――事情がかわった。基地からの指令だ。すでに、現場にいあわせたS組生徒が、次々と応援に入ってるらしい。正式に、キミたちにも手つだってもらうコトになった」


「わたしは渡辺ミサト。よろしくね。きっといい経験になるよ」

「はいっ!」

 S組出身のセンパイ、ミサトさんはにっこり笑ってくれた。

 あたしは二人から分けてもらった装備の、LEDライトをつける。

 健太郎くんは無線ポーチを腰のベルトにとおす。

 ライトのおかげで、まわりがしっかり見える。

 大丈夫。ここは、T地区大災害の現場じゃない。

 あたしが救助するほうの立場なんだ。

 そう、これは本物の、プロの任務!

 心臓が口から飛びだしてきそうなくらい、ドキドキしてる。

 リーダーの北村さんがいるなら、涼馬くんと楽さんも商店街に来てるのかな。

 それともまた、基地でイスに座らされてる?

 ともかくあたしたちも、S組として恥ずかしくない働きをしなくちゃ!

「これより駐車場に突入する! ただし、キミたちは車内の確認のみだ。だれか発見しだい、わたしを無線で呼べ。それ以外のことはしてはいけない。そして絶対に、キミたち二人は、バラバラに動かないこと」

 北村さんの声は重々しい。

「「了解!」」

 力みすぎて、声がひっくり返りそうだ。

「サバイバルの五か条は、頭に入っているね?」

 もちろんだ。

サ:最初に、そして常に心をしずめろ

バ:場所と状況を確かめろ

イ:命を大切にせよ

バ:場にあるモノを工夫して使え

ル:ルールを守れ。しかし臨機応変に

 五か条を頭にリピートして、あたしは強くうなずく。

「わたしは北村だ。キミたちの名前を教えてくれ」

「双葉マメですっ!」

 あたしの大きな声の返事に、彼は一瞬、目を見開いた。

 ノドカ兄のこと、知ってるのかな。

 いろいろ聞きだしたいけど、今はそれどころじゃないのがくやしい。

「白井健太郎です」

 健太郎くんは、聞いたコトないような、低い声。

 北村さんが無線で基地と言葉をかわす。

 あたしたちはそれを、キンチョーにビリビリしながら見つめてる。

「注意! マメ、健太郎。地下二階駐車場の人命検索を始める! ゴー!」

「「了解!」」

 注意、了解のやりとりが、あたしをサバイバーにしてくれる。

 怖い気持ちなんて、おなかの底からの声で、思いっきりふっ飛ばした!


 駐車場は、上の商店街のちょうど半ぶんの大きさで、南エリアの下に広がってる。

 車は左右に四列ずつ。

 あたしと健太郎くんは右列を、北村さんたちは左列を!

 一台一台、かたっぱしから車内をのぞきこみ、窓をバンバンたたいて音を鳴らす。

「避難してくださーい! だれか残ってませんかー!」

 水位は、スネの真ん中まで上がってきた。

 まだこれだけなのに、水につかった足は、タイヤをくくりつけたみたいな重さだ。

「どうしよう、ホントに始まっちゃったよっ。オレたちTシャツに素手だよ⁉」

「大丈夫、S組みんなも応援に入ってるんだし、無線もあるから。きっとすぐ完了するよっ!」

 次の車に足を引きずって歩みより、フロントガラスをのぞきこむ。

 よし、いない! オッケー!

「次ッ!」

「わっ!」

 同じ車に向かおうとして、健太郎くんと衝突しそうになっちゃった!

 彼は身を引くと、ざぶざぶ音をたててベツの車のほうへ移動する。

「双葉さんって、やっぱ変だよ。なんで生き生きしてんの」

 健太郎くんの窓をたたく音が、おだやかな彼らしくない、乱暴なかんじだ。

 あたしは後ろの席までチェックしてから、次の車へ移る。

「生き生きなんて、してないよ? けどやっぱりプロの現場で任務をもらえたって、スゴイなって。あたしも救けるがわに、ちょっとずつ近づけてるのかなって思ったら、」

「どうしてそんな、落ちついてられんだよ!」

 響いた声に、足もとでジャプッと水が波打った。

 通りのむこう側から、北村さんたちの「大丈夫かーっ?」って声。

 二人であわてて、片方の腕で頭のうえに丸をつくる。

 これ、「問題ないです」のハンドサインなんだ。

「――ごめん。なに言ってんだろ、オレ」

 健太郎くんはそっぽを向いて、次の車へ歩いていく。

 青ざめた険しい顔。

 そういえば、実地訓練の土砂くずれでケガしたときも、こんなふうにピリピリしてたよね?

「健太郎くん、まさかケガした⁉ 痛いのガマンしてるっ?」

「してない! ちがうから!」

 駆けよろうとするあたしを、彼は手のひらでさえぎる。

「いいから。オレの、オレの問題だから」

 健太郎くんは歯を食いしばり、次の車を確認する作業にもどる。

 大丈夫じゃなさそうに見えるけど……、あたしも自分の仕事を進めなきゃ。

 じゃぷじゃぷ足を進め、次の車へ。

 どうして落ちついてられるんだよ――ってさ。

 ほんとのところ、あたしだって強がってるだけだ。

 今のあたしは、人を救けるほう。救けを待つほうじゃない。

 だから大丈夫だって何度も言い聞かせてるのに、天井が少しずつ下がってきて、押しつぶされそうな気がしてくる。

 この場所は、ほんとにダメだ。あの日の空気と似すぎてる。

 落ちついてまわりを見なきゃいけないのに、視界のわきに、五年前の光景がチカチカ明滅する。

 ちょっとでも気をゆるめたら、そっちに頭を持っていかれちゃいそうだ。

「だれか残ってませんか! 大丈夫ですか!」

 さけびながらも、冷たいアセが止まらない。

 しっかり、しっかりしろ……っ。


「マメ⁉」


 にごって重たい空間に、くっきりとした声が、真後ろから響いた!

「なんでおまえ、こんなところにいるんだ!」

「わっ、健太郎くんまでいんの。応援に入ったS組って、五年生もかぁ」

 二人の声が耳に飛びこんできて――。

 あたし、肩の力がぬけちゃった。

 健太郎くんのつりあがった眉もフッと下がる。

 オレンジの訓練服を着た彼ら。

 あたしたちのリーダー、涼馬くんと楽さんだ!



「楽、涼馬! 土のうの積みあげは完了か⁉」

「はい! 地上すべての出入り口を完了しています!」

「基地からの指令により、このあと、駐車場チームの応援に入ります!」

 北村さんの質問に、楽さんと涼馬くんはビッと姿勢をただして答える。

 そうか。いつも指示を出すほうの二人が、この現場では、指示を受けるほうなんだよね。

 めずらしい光景にビックリしてたら、涼馬くんにうしろへ引きさげられた。

「マメ、健太郎。おまえたちは地上へもどれ」

「へっ?」

 彼はそのまま、北村さんの真向かいまで歩いていく。

「北村さん。ここはおれたちが入りますから、S組は退避させてください」

 背中を向けてるから、どんな顔してるかは見えない。

 けど、声が怒ってる?

 楽さんはコラコラと、二人のあいだに割ってはいった。

「涼馬、なに言ってんの。この現場のリーダーは北村さんだよ」

「まだ仮免も持ってないメンバーは、危険にさらせません。こいつらの装備、Tシャツ一枚なんてムリがすぎます。万が一なにかあったら――、」

「マメと健太郎は、任務を続けてくれ」

 北村さんは涼馬くんを無視して、こっちに目線をよこす。

 ……この場で命令を聞くなら、涼馬くんより、プロのサバイバーってことになる、よね。

「ゴー!」

 北村さんが命令を重ねた。

 あたしたちはビクッと肩をゆらし、あわてて駆けだす。

「マメ!」

 涼馬くんの横を通りすぎようとしたら、また腕をつかまれた。

 おどろいてふり向きかけた、その時。

「仲間を甘やかすな!」

 北村さんの怒号が、ビリリッと響く!

「指令が出た以上、この現場では、S組生徒もサバイバーとしてあつかう。我々にできるかぎり、一人でも多くの要救助者を救いだし、一秒でもはやく退避するのが任務だ。

 ――風見涼馬! おまえは何のために、ここに立っている!」

 涼馬くんは目を見開いた。

 北村さんを食いいるように見つめ、グッととこぶしをにぎりこむ。

「……要救助者を救けるためです。申しわけありませんでした」

 押し殺した声の、苦しそうな色。

 あたしの腕をつかんだ彼の手が、ゆっくりと離れていく。

 涼馬くん、あたしたちを守ろうとしてくれたんだよね……?

 彼の気持ちがありがたいはずなのに。

 なんでだろう、あたし、胸になにか苦いものがつっかえた。

 しっかりやるから心配しないで――なんて、言葉をかける間もない。

「注意! それぞれ任務を再開せよ! ゴー!」

「了解!」

 北村さんの命令に、みんなで声をそろえ、とにかく気持ちを引きしめなおした!


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