5 いざ、七夕祭り!
青い空、白い雲!
本日、七夕祭り当日。
会場の公園は、生徒と地元の人たちで大にぎわいだ。
「アンコたんないよ~っ。あと一皿ー!」
「はぁーい! うてな、お団子焼けたっ?」
手のひらを出したら、焼きアミ担当のうてながコンロの前にいない。
と思ったら、クラスメイトにえり首をつかまれ、現場に連行されてきた。
「空知さん、お客さんが並んじゃってるよっ。はやくっ!」
「ぶえええ、アッツいよぉ~。交代まだぁ~?」
「あとちょっとだよっ。がんばって!」
そんな会話まで楽しいなーって、あたしはニッコニコで、今度こそお団子を受けとる。
うてながトングで盛ってくれた白団子は、ちょっとコゲぎみだ。
その上へ、お玉いっぱいぶんのアンコをゴーカイにぶっかける。
「双葉さん、次、きなことしょうゆお願ーい!」
「はーい!」
快晴の日ざしの下、焼きアミの近くは、どーしても暑いや。
ようすを見にきたお団子屋のおばあちゃんも、すぐに休けい用テントへ行っちゃった。
「マメ、うてな! おまたせ~っ。交代の時間だよ!」
「遊んでおいでー!」
唯ちゃんと健太郎くんが休けいからもどってきた。
救世主! って手もとから顔を上げたら。
――二人とも水浴びしてきたみたいに、頭からズブぬれだ。
「天気雨⁉」
思わず真っ青な空に、雨雲を探しちゃった。
「ちがうちがう! 六年S組が、すっごいのやってんのっ! あっちの芝生広場!」
「双葉さんたちも行ってきなよ。もうちょっとで今回の終わっちゃうから、いそいで!」
近ごろあんまり元気のなかった健太郎くんも、キラキラ笑ってる。
あたしたちはさっそく屋台の行列を走りぬけ、公園おくの、芝生のほうへ!
――と。
「ウォーターパーティ?」
広場の入り口に、カンバンがドドンッとすえてある。
中では、見なれた訓練服にTシャツのメンバーが、お客さんたちを追っかけまわしてる。
水タンクを背おった彼らは、大型水でっぽうを発射。
シュバアアッと音をたて、水しぶきが飛びちる!
ひええ~っとか、キャアアッとか、広場のあっちこっちで楽しげな悲鳴があがった。
「なにこれ! マメちゃんっ、楽しそー!」
「ねーっ‼」
ワクワクとこぶしをにぎったとたん、
「「ゆ・だ・ん・たいてきっ!」」
真後ろに、二つ声が重なった!
ズバババババッ!
「「ぎゃああっ!」」
ふり向いた顔面が、水でっぽうのえじきに!
犯人は、ナオトさんと千早希さんだ。

「…………うっわ。もっかいカケてくださいっ!」
「ボクもー! 気っ持ちいーい!」
「いやいや、ここは『キャー!』がほしかったかな?」
「たくましすぎよ」
ぴょんぴょんハネるあたしたちに、センパイたちは半笑いでツッコんだ。
***
ウォーターパーティは、楽さんのアイディアらしい。
その本人が、まだ基地から帰ってきてないんだから残念だよなー。
もちろん涼馬くんもだし、七海さんもやっぱり研究チームで、お祭りは不参加だそうだ。
「今日はさ、『伊地知さんいないの~?』って、女の子たちに何回聞かれたか分かんないよ」
笑うナオトさんは、これから休けい時間だそう。
あたしたちといっしょに、屋台をまわってくれるって!
「――あの。ナオトさんって、あたしの兄ちゃんと話したことあります?」
警戒すべき涼馬くんがいない今は、かえって情報を集めるチャンスかもしれない。
さりげない風をよそおって、となりをそろりと見上げてみた。
彼は歩きながら、「ああ……」と遠い目になる。
「あいさつくらいかなー。ノドカさん、いつも基地のほうでプロにかこまれてたから。オレたちからは話しかけづらかったんだよね。今の六年S組のメンバーは、たいていそんなカンジだと思うよ」
「涼馬くんも、ですか?」
「彼はもっとだよ。去年は午後訓練しか出てなかったし。仮免をとって現場に入りはじめたのも、秋ごろだったかな? ノドカさんが逃げちゃったのと、入れかわりで――。あっ、ご、ごめん」
「いえっ。あたしが聞いたんですから」
気まずく顔をこわばらせたナオトさんに、あたしはあわてて両手をふる。
でも、そっか。
涼馬くん、ウソをついてたワケじゃなくて、本当に「顔を知ってる」ていどだった?
……けどそれなら、あたしのホイッスルを持ってたのが説明つかないよね。
落とし物をひろって、カワイイからもらっちゃった……なんて、まさかだし。
新情報ゲットどころか、ますます混乱してしまった。
「あ、短冊あるよっ! 書いてこーよ!」
先を行ってたうてなが、満面の笑みでふり返る。
あたしも箱から一枚とった。
のっぽの笹には、すでに大量の短冊が、わっさわっさと風にたなびいてる。
バスケのプロ選手になれますように。
いっぱいの人に、いっぱいの幸せを届けられますように。
大事な人が、ずっと笑顔でいてくれますように。
みんなの願いごとに、ほっこりしちゃうな。
あたしたちは将来、こういう夢を守るプロになるんだ。
みんなの願いや夢を、花みたいに咲かせた笹。
それを見上げ、あたしたちもペンを走らせる。
もちろん「サバイバーになれますように!」だ!
……でも、手早く、もう一行だけ書きそえた。
「ノドカ兄と、はやく会えますように」
二人に気づかれないよう、ほかの短冊のカゲに結びつけながら、全力で手をあわせる。
どうかどうか、かないますように!
それからあとは、チョコバナナからスタートして、射的に、輪投げに、クジ引き。
カラアゲ串、ソースせんべい、わたあめ、もちろんアンコたっぷりのお団子も!
お財布はカラッポになっちゃったけど、もー大満足!
四月からがんばったぶん、全力で楽しんだ~~っ‼ ってかんじ!
――でもさ。やっぱり涼馬くんたちとも、いっしょに遊びたかったなぁ。
今ごろ基地でムスーッと座ってるのかな。
フキゲンな顔を想像して、ちょっと笑っちゃった。
ソースせんべいのルーレットなんて、アタッカートップの動体視力で百枚とか当てちゃいそうだし、射的とか輪投げとか、きっとゲーム系は最強だ。
いっつも訓練中のキリッとした顔ばっかりだから、プライベートの顔、見てみたかったかも。
ふつーの友だち相手だと、どんなふうなんだろ…………なんて。
あたしは彼を警戒しなきゃいけない立場なのに、なに考えてんだろな。
照りつける日ざしに、ぬれたTシャツも髪も、勝手にかわいてきた。
入道雲もますます大きくなって――って、あれ?
「うてな。雲がすっごく大きくなってない?」
「うわっ、ホントだ! エリンギみたい!」
もくもく立ちのぼる雲の、頭のほうが平らにツブれて広がってる。
まさにうてなの言うとおり、空に浮かぶ巨大キノコだ。
……待てよ。
Sテストで勉強したなりだけど、あれって豪雨をひき起こす、危険な雲では――。
「はい。これ、Sテストのごほうびね」
いなくなってたナオトさんが、ひょいっとなにか渡してきた。
なんと、レインボーシロップのカキ氷だ!
「やったー‼ ナオトさんっていい人だなー! ボク知ってたよっ」
「もらっていいんですか?」
「ほかのコたちにはナイショだよ」
あたしたちは大はしゃぎでお礼を言って、花壇のブロックに腰かける。
夏色のカキ氷にストロースプーンをさすと、シャクッと夏の音。
ナオトさんもとなりに座って、あたしたちをにこにこ眺めてくる。
「マメちゃんの願いごと、かなうといいね」
「うえっ」
あたしはビックリして、せっかくのカキ氷を落っことしそうになっちゃった。
――もしかして、さっきのあたしの短冊、見てたのかな。
それで、はげまそうとしてくれて、カキ氷?
あたしはきゅっとノドが細くなっちゃって、きらきら光る氷のツブに目を落とす。
ナオトさんは、ノドカ兄のことを、まだサバイバーの仲間って思ってくれてるのかな。
「ありがとうございます……」
あらためて言いなおすと、彼は優しい顔で笑ってくれる。
「えっ、なに? なんでマメちゃん悲しくなってんの。ナオトさん、いじめたなっ⁉」
「いやややっ、いじめてないです」
ガルルルッと威かくするうてなに、ナオトさんは大あわてで手をふる。
あたしが「どうどうっ」と間に入ったところで、
ずどん!
いきなり、地面が上下にゆれた⁉
反動でカキ氷のてっぺんがくずれて、ベシャッと地面に落っこちたっ。
「まだ食べてないのにっ!」
悲しすぎるけど、S組生徒としてはそれどころじゃない!
三人そろって息を殺し、ようすをうかがう。
立って歩いてる人たちは、気がついてないみたいだ。
だけどスニーカーの足のうらに、ビミョーな震動を感じる。
まるで真下を、地下鉄が走っていくような……?
遠ざかっていった震動に、あたしたちはカキ氷で手をぬらしたまま、おたがいを見つめあう。
「この下、電車通ってましたっけ?」
「駅からは近いけどね。地下鉄のルートかは、調べないと分からないな」
「ちっちゃな地震じゃないのぉ?」
周囲を見まわしてみて、今さら気づいた。
地震とはカンケーないけど、西の空がどんより暗くなってる。
涼馬くんたちがいるはずの基地の鉄塔も、いつの間にか重たい雲のなかだ。
温まった空気は上へのぼって巨大な雲をつくる。
これが「局地的大雨」、いわゆるゲリラ豪雨をもたらすんだ。
避難がおくれれば、要救助者がたくさん発生する、おそろしい災害につながるぞ。
「帰れま1000」のときの涼馬くんの声が、耳によみがえった。
ナオトさんがスマホを立ち上げ、「雨雲レーダー」って検索して、地図を出す。
現在地を拡大すると――。
あたしたちのいる場所に、真っ赤な色がせまってる!
「これはヤバそうだぞ」
ナオトさんがこわばった声でつぶやいた。
「マ、マメちゃん」
「うん。ゲリラ豪雨が……来る」
まるで巨大な灰色のカベみたいな積乱雲。
それに気づかず、にぎわっている屋台。
あたしたちはゴクリとノドを鳴らした。