15 うてなと涼馬くんと、あたし
あたしたちはブジ、めざした洞くつにたどりついた。
みんな横になって眠れるくらいの広さがあるし、食べものやマキも積んである。
すぐソコに、湧き水まで見つけてあるんだって。
こんなところをカクホしとくって、さすがは楽班だな。
入り口には、ぱちぱちと音をたてて燃えるたき火。
わざとクスノキの湿った枝をたいて、ケムリをいっぱい出してるんだ。
クスノキって、たんすの防虫剤に使われてて、ネズミもきらいなニオイなんだって。
大ネズミもケガしてるし、もう夜が明けるから、すぐに襲ってくることはないだろうけど……。
「これだけガッチリ巻いとけば、動けると思う。どう? マメちゃん」
足首を包帯で固定してくれたうてなが、重たい息をついた。
実はさっきネズミを攻撃したとき、あたしもグキッとひねっちゃったんだ。
「うん、大丈夫そう。ありがと、うてな」
「リョーマも、痛みどめ飲んだほうがいいよ」
涼馬くんのほうは、まさしくボロボロだ。
整った顔が、かわいそうなほど傷だらけ。
タイマツや火矢を使ったせいで、ヤケドもしてる。
「薬は、ほかのヤツに回してくれ。おれは、そこの湧き水で冷やしてくる」
うてながさし出した薬を、彼は手のひらで押しもどしちゃった。
うてなは「ありがとう」って、しょんぼり肩をさげ、次のケガ人のところへ。
薬がたりない。
それにみんな、あまりに体力をケズられすぎてる。
なによりあの大ネズミが実在したのが、……やっぱりショックだ。
あたしとうてなが巣穴までふっとばされたあと。
あたしたちを追おうとした涼馬くんは、怒りくるったネズミに体あたりされ。
千早希さんもヤラれるってとこで、楽さんが彼女をかばった。
楽さん、自分をおとりにして、ナイフをネズミの鼻につき立てたんだって。
そこで七海さんがホイッスルをメガホンにあてて、おもいっきり吹きならした!
信じられない音量で響いたあの音、彼女のアイディアだったんだ。
おかげでネズミはびっくりして、逃げてってくれた──って。
だけど楽さんは、ネズミのツメで肩をひっかかれて、大きな切り傷になってる。
うてなが止血したけど、熱が出ちゃった。
それに七海さんも、土砂くずれの時のキズのせいか、そろって高熱で寝こんでる。
──重たい空気につつまれた洞くつを、あたしは指をにぎりこんで見まわした。
なにか、できるコトをさがさなきゃ。
「うてな。あたし、涼馬くんのようす見てくるよ」
「じゃあこれ、包帯とガーゼと、ぬり薬」
立ちあがったあたしに、うてなが応急処置キットを渡してくれた。
目をぱちくりすると、彼女は目をさまよわせ、
「マメちゃん。その……、おねがい。ボクのお手伝いしてほしい」
とがった口で、ぽつりとつぶやく。
「う、うんっ。もちろん!」
うてなが、ディフェンダーの仕事を、あたしに分けてまかせてくれた。
それがスッゴクうれしくて、あたしはパアッと笑顔でうなずく。
そしたらうてなもホッとしたように肩をさげた。
「マメちゃん、ごめん。ボクさっきヤなこと言った。トクイなこともないくせにって」
「それは、いいよ。ホントのことだもん」
なみだ目の彼女に、あたしは首をヨコにふる。
するとうてなは、もっと激しくぶるるっと首をふった。
「トクイとか、そんなのどうでもいい。マメちゃんはボクがイヤなヤツでも、命がけで手を離さないでくれた。あの時のマメちゃん、すっごく〝サバイバー〟だった」
「うてな……」
彼女は、さっきあたしと必死につなぎあわせた手のひらに、目を落とした。
「やっとわかった。ボク、マメちゃんをずっと守ってあげなきゃって思ってたけど。そんな必要なかったんだ。マメちゃん、心はボクよりずっとサバイバーなんだもの。去年バスで救けてくれたときだって、もうそうだった。……なのにボクは、デキるほうだからいーやって、訓練も必死じゃなかったし、カクゴもなかった。それでディフェンダーの仕事におびえて、マメちゃんにヤツ当たりするなんて……」
彼女はパッと顔をあげた。
その大きな瞳が、強く輝いてる。
あのケモノみたいにギラギラしてた異様な光は消え──、
あたしの親友、空知うてなの瞳だ。
「ボクも心から、ちゃんとサバイバーになりたい。だから、自分ができるコト、やりきってみせる! ボクもマメちゃんといっしょに、この訓練、生きぬいて帰る!」
「……うん、うんっ。がんばろう!」
そうだ。がんばろう、いっしょに。
あたしたち親友だし、仲間だものっ。
パンッと手をたたきあわせ、いつもみたいに、えへへっと笑いあった。
「マメちゃん。リョーマ、おねがいね。あいつ、ヤセがまんだと思うんだ」
「うん。あたしたちのリーダーだもんね。大事にしないと!」
あたしはあずかった応急処置キットを胸に抱きしめ、湧き水へむかった。
夜中のまっくらなヤブの中。
涼馬くんが岩に腰をおろして、両手を泉にひたしてる。
「涼馬くん。包帯とか、あずかってきたよ」
「サンキュ」
彼がタオルで水気をとってるあいだに、あたしは軟膏をガーゼにぺたぺたぬっておいた。
それを手のひらのヤケドに貼りつけ、ていねいに包帯を巻いていく。
「痛くない? ……ってか、こんなの痛くないワケないよね」
「──マメ。なんでさっき、大ネズミから逃げなかった」
質問とまったくちがう答えが返ってきて、あたしはぽかんと口をあけた。
しかもとうとつに、なぜか怒った目だ。
「だってあの時、うてなは腰がヌケてたし、まだ七海さんたちも逃げきってなかったから」
「おまえ、楽さんに『生きて帰らなきゃ』って言いかえしたよな。なのに、やってることがちがうだろ。さっきは自分一人なら逃げられたはずだ。生きて帰るんだろ? なら仲間をかばってる場合じゃなかった。うてなと穴に落ちかけた時もだ。ホントに死ぬところだったんだぞ」
「……でも、親友を見殺しになんて、できないよ」
「生きて帰るってのは、そういうコトだ。全力をつくして救けようとする。それでもどうしようもない時は、自分の命を優先するしかない。サバイバーになるなら、ここまでしかしてやれないってのは、カクゴしなきゃならないんだ」
あたしはゴクッとのどを鳴らした。
彼が言ってるのって、つまり──、
「どうしようもなかったら、救ける相手も切りすてて、自分だけ生きて帰れって……」
「そうだ。だれかを救うために、おまえが犠牲になるのはダメだ。サバイバーとして、そこを割りきれなきゃ、この先いくつ命があってもたりない」
あたし、しばらく言葉が出てこなかった。
言われてるコトは、……もっともだよね。
サバイバーは人の命を救う仕事だけど、どうしても救えない人がいたら、自分まで死んじゃうまえに、あきらめないといけない……のかな。
うてなと仲なおりできて温もってた胸が、きんと冷えていく。
巻きおえた包帯をとめる指も、ふるえてしまう。
「だけど……、あたしね。みんなで生きて帰りたいんだ」
正面から視線をむけたあたしに、涼馬くんは奥歯をかみしめる。
「あまいんだよ」
「うん。でも、うてなのパパとママが泣くのはイヤだ。だれかが急に目の前からいなくなっちゃうなんてコト、もう二度と、だれにも起こってほしくないんだよ」
あたしの胸に、ぽっかり空いたままの穴。
ノドカ兄がいなくなってからずっと空いてる、大きな穴だ。
ふつうに暮らして笑ってても、いつも、この穴から胸に冷たい風が吹きこんでくる。
こんな思いは、もうだれにも、させたくないんだ。
「……それでも。おまえがこんなとこで死んだら、ノドカさんが悲しむ。ちがうか」
涼馬くんが思いもよらず、細い、悲しい声でつぶやいた。
あたしは視線をさ迷わせてから、もう一度、彼にもどす。
「ちがくない。……だけど、カンちがいしないで。あたしはうてなのために、自分が犠牲になって死のうって思ったんじゃないの。うてなを救けて、自分も生きて帰るつもりだった。涼馬くんが手をつかんでくれた瞬間まで、全力で、生きのこる方法を考えてたよ」
涼馬くんは驚いたように目をまたたき──、だまってしまった。
そして小さな声で、バカ、とつぶやく。
こっちがしかられてたハズなのに、なんだか、あたしが彼を傷つけちゃったような気がする。
うつむいた彼に、ふと思った。
もしかして。涼馬くんも、あたしみたいなコトがあったんだろうか。
思わず彼の手をつかむと、
「ねぇ、こんなヤバイのに、まだ訓練とか言ってんの!?」
女子の──たぶん千早希さんのどなる声が、洞くつのほうからひびいた。
「もどろう。モメてるみたいだ」
涼馬くんが顔をあげた。
「う、うん」
あたしもパッと立ちあがる。
なにか言葉をかけたかったけど、なにも出てこないままになっちゃった。
いそいで洞くつに駆けこんだら、千早希さんが岩カベをガンッとたたいたトコだ。
「先生たち、見てんでしょ!? ギブアップだよ! もうギブアップ! 早くむかえに来て!」
痛々しい声が反響して、耳にささる。
メンバーはみんな、うつろに彼女をながめてる。
これで監視カメラごしに伝わったら、先生たちがむかえに来てくれる?
だけど先生たち、あたしたちがネズミにおそわれてるのも見てるのに、連絡もくれない。
ホントに来てくれる……のかな。
信じられなくなってきちゃったよ。
「……りょーま」
横たわった楽さんが、手のひらで弱々しく、彼を呼んだ。
「あのバケモノが実在したなら、今はまさに、要救助者がいる、非常事態だ」
「──はい」
うなずく涼馬くんに、楽さんはニガ笑い。
「マメちゃん。きみの言うこと信じてればよかったね。ごめんね、うたがって」
思いもよらず話をふられて、アタフタしちゃう。
「でもけっきょく、あたしの話のあと、スグに襲ってきたんですから。変わんないです」
「やさしいコだねー」
ホントは彼、おどけたフリなんてできる体調じゃないんだよ。
なのに、心配顔でのぞきこむあたしたちに、笑いながら目をくばる。
そしてスッと表情をひきしめた。
「注意! ただいまをもって、訓練班を解散する! これより風見涼馬をリーダーに、全員ぶじの脱出を目標に行動せよ!」
楽さんの指令に、あたしたちは息をのんだ。
涼馬くんが、生きのこりをかけた、全員のリーダーに任名された……!
彼は重たい責任に、アゴをひいて奥歯に力を入れる。
初めて見る、キンチョーする横顔だ。
そうだよね。カンペキに見えるリーダーだって、同じ人間なんだ。
……でもさ、だいじょうぶだよ、涼馬くん。
ずっとずっと、この無人島に来てから、涼馬くんは一度も心をゆるがせなかった。
あたしもみんなも、涼馬くんならデキるってわかってる。
あたしは信頼をこめて、彼に視線を送る。
涼馬くんはこぶしをにぎり、思いきるように大きくうなずいた。
「了解!」
「まかせた。ごめん、涼馬」
楽さんは一言かすれ声でつぶやくなり、ぱたっと気絶するように眠っちゃったんだ。
***
八日目、夕方。
山のむこうへ太陽がしずんだ。
今日は朝から雨があがって、ひさしぶりに太陽の光をあびられたんだ。
現時点で動けるメンバーは、涼馬班三名。そして楽班のナオトさん。
動けないのは楽さん、七海さん、唯ちゃん、千早希さん。
手首をねんざしてる健太郎くんはたき火係で、洞くつをケムリで守ってくれてる。
ネズミは、あたしたちのニオイをおぼえてるから、隠れてても見つかっちゃう可能性が高い。
それに村に入れないとなると、サバイバル生活の食べものも、日を追うごとにキビしくなる。
戦う準備は、できてるんだ。
「──来た」
木の上から、見張りの涼馬くんの声がふってきた。
ピ────ッ!
彼が吹きならす、うてなたちへの合図のホイッスル!
おりてきた涼馬くんにタイマツを渡し、あたしも自分のぶんをしっかり手に持つ。
「作戦決行だ、マメ」
「うん。みんなで、生きて帰ろう!」
「まだそれ言うのかよ」
「何度でも!」
うなずくと、涼馬くんは口のハシを持ちあげる。
「おまえ、いっそカッコイイな」
ちょっと笑いあってから。
あたしたちはカクゴの顔で、うなずきあった。