14 ナゾの巨大生物、あらわる!
「ウソだろ……」
すぐうしろに、楽さんのかすれた声。
あたしたちの懐中電灯が、何本もの光線になって──ソレを照らしだす。
黒い影になって浮かびあがった、巨大なケモノ。
ふさふさした毛皮。
リスみたいにころんとして丸い顔。
細くてするどいツメの、体にたいして、ちっちゃな手足。
だけどほんとに、人間が見上げるような大きさだ……!
白く光る二つの目玉が、あたしたちをまっすぐにとらえてる。
ヂヂヂヂヂッと足もとをふるわせる、低いイカクの声。
「林でくらすハタネズミに……似ていますが。あんな巨大なのがいるはずない」
ブルーシートのカゲから、七海さんがノドを鳴らす。
「来るぞ!」
涼馬くんの大声!
金しばりにあってたみんなの体も、そして巨大なケモノも、同時に動いた!
涼馬くんがぶん投げたタイマツが、火の粉を散らして回転する!
ガッ!
巨大ネズミの足に命中し、相手はうしろへ飛びすさった!
そのスキに、楽さんがあたしたちをふり向く。
「注意! アタッカーは、ネズミの注意を引きつけて時間をかせげ! ほかは楽班の第二陣地へ、ケガ人を移送! 負傷中の唯にかわり、ぼくがアタッカーに入る!」
「了解!」
注意って言葉に、一瞬で頭がきりかわって、カラダが動きだす。
これってきっと、S組のキビしい訓練のおかげだよねっ。
あたしは自力で歩けない唯ちゃんを、すぐさま背おった。
ナオトさんが先頭に立つ。
「第二陣地は、村のおく、山の西にある洞くつだ! オレが案内する!」
あたしは真夜中の闇へサッと目を走らせ、目的地をカクニンする。
今いる浜べから山を見あげ、ナナメ左方向に、村のあと地がある。
そこから右寄りの、頂上のほう。
一本、背の高い木がぴょこんと突きだしてる、あのあたりか──!
「ゴー!」
楽さんがくわわった、涼馬くんと千早希さんのアタッカー三人が、たき火からマキを引っこぬき、あたしたちを守って背後に立ってくれる。
いったんさがった巨大ネズミは、もう次の攻撃のために、前足をふんばってる。
あたしたちのキョリは十メートルもない。
逃げるのに時間をかけるだけ、アタッカーの命が危なくなる!
行こう! と駆けだしかけて、足を止めた。
「うてな!?」
ボーゼンと立ちつくしたままの、彼女のちっちゃな背中。
うてな、変だ。ホントにどうしちゃったの!?
「行くよ!」
肩をつかんで、ゾッとした。
うてなの視線の先──。
ネズミが、立ちはだかる涼馬くんたちを飛びこえ……うてなと見つめあってる?
うてなのギラギラしてた瞳の光が、どんどん弱くウツロになっていく。
まるで、ネズミの光る瞳に、命を吸いとられていくみたい!
「うてな!? しっかりして!」
「……マメちゃん」
ガクガクゆさぶって、なんとか我にかえらせる。
そこからは無我夢中だ。
アタッカー三人が、ぶじでありますように!
そう祈りながら、木々をかきわけ、ひたすら夜の森を走った!
***
「危ないっ、ストップして!」
トロッコ台車の中から、唯ちゃんがさけんだ。
後ろから押してたあたしたちは、あわてて急ストップ!
レールの先が、たわんで曲がってる。
その真下は、大きな──隕石が落ちたアトみたいな、深い穴ボコが!
見まわしてみたら、畑のあと地だったところに、同じような大穴があちこちにあいてる!
あの巨大ネズミが巣を作ったんだ。
これじゃ、トロッコが使えない!
七海さんがロープでささっとハーネスをつくり、唯ちゃんをおんぶする。
登ってきた道はくねくね曲がってるから、木々の向こうはなんにも見えない。
だけど、ネズミと戦う気配が、どんどんこっちに近づいてくる。
「あたしたちを追ってきてる……?」
つぶやいたとたん、だまってたうてながビクッと反応した。
「もっ、もうヤダ! ボクッ、こんなの、やっぱもうムリだよぉ!」
彼女はとつぜん、穴ボコだらけの畑へ飛びだしていく!
「うてな!? な、七海さん、先に行ってて! すぐ連れもどします!」
うてながドロのぬかるみに足をすべらせ、その場に尻もちをつく。
あたしは駆けよって、彼女の手をつかんだ。
「うてな、落ちついてっ。楽さんはアタッカーに入ってて、健太郎くんは手を使えない! 今、ちゃんと動けるディフェンダー、うてなしかいないんだよ!」
「ボ、ボク、できない。ムリッ」
うてなはウデを引っぱっても、立ちあがってくれない。
アゴまで震えて、歯がガチガチ鳴ってる。
瞳も光が消えたままで、どこを見てるかもわからない。
うてな、いったいどうしちゃったの!?
こんなところで時間を食ってる場合じゃない!
涼馬くんたちが殺されちゃうかもしれないのに!
「うてなはできるよ! ディフェンダーの優秀生でしょっ? 楽さんの実習だって、いつもホメられてた! さっきだって実地訓練やりぬくって言ってたじゃん!」
「ホントはやだよっ。ギブアップしたかった! でもっ、──マメちゃんのせいだよ!」
うてなの悲鳴みたいな声が、きんっと鼓膜を打った。
「マメちゃん、学校の訓練じゃ〝担当ナシ〟って言われてたのにっ。だからボク、実地訓練でマメちゃんを守ってあげるんだって決めてたのにっ! なのに……っ、なのに」
バチッと視線がぶつかったとたん──。
ぼろぼろっと、うてなの大きな瞳から、涙が落っこちた。
「ボクは自信あったのに、いざとなったら頭がまっしろになって、なんにもできなくって……っ。だってボク、自分一人っきりで、人の命なんてあずかったことないもん! コワいよ!」
「……うてな……」
「なのにマメちゃん、ボクの仕事をとっちゃったんだ。マメちゃん、トクイがないなんて言ってたのに、カツヤクしてるっ。リョーマにも認められてる。こんなのヒドイよっ! マメちゃんは攻守陣なんでも選べるけど、ボクはっ、ディフェンダーしかできないのにぃっ!」
あたしは、土のうえにヒザを落とした。
……うてなが元気なくなって、ムキになっちゃってたの、あたしのせいだったの?
あたしが追いつめてた?
でもこっちだって、「トクイがある」うてながうらやましかった。
一人だけ、なんにもコレってものがない自分がツラかった。
トクイなし子のあたしは、ただ、できることを必死にやってくって、それだけで……。

地面のドロを、ぎゅうっと指でにぎりこむ。
「マメッ、うてな! よけろ!」
涼馬くんの声!
二人で顔を向けたら、まっくろい巨大な影が、あたしたち目がけて突進してくる!
ネズミの巨体が、レールと手すりの杭をふっとばした!
その背後から、アタッカーたちが追いあげてくる。
火のついた矢が、ドッとネズミの背中に命中した!
ギィィィィッ!
悲鳴をあげてふりあげたシッポが、涼馬くんをねらう!
彼は木だちの幹をけりあげ、頭上の枝に飛びついた。
シッポが、涼馬くんの足のすぐ下をかすめる。
続いてソレを、楽さんがしゃがんでよける!
だけど千早希さんが巻きぞえを食って、ふっとんだ!
「千早希!」
ドッと地面に転がった彼女のところへ、楽さんが駆けよる。
あたしは道のさき、まだ角も曲がりきってない七海さんたちを見あげた。
うてなはヘタりこんだままだ。
「逃げろ!」
涼馬くんがあたしたちに全力でさけぶ!
こっちにトツゲキしてくる、巨大ネズミの、光るふたつの眼。
それが、うてなをヒタととらえてる。
大ガマみたいな鋭い爪が、地面の土をえぐってふっ飛ばす。
今、あたしが逃げたら、うてながヤラれる。そのあと七海さんたちも。
──おれは、双葉マメの観察力を評価しています。
涼馬くんのさっきの言葉が耳によみがえる。
どっどっどっと口から飛びだしそうな心臓。
落ちつけ。そうだよ、まわりを観察して。
ガッ!
ウデをのばし、地面に転がってた手すりの杭をつかんだ。
いくら大きくたって、生身の動物だ! 攻撃されれば痛みを感じるハズ!
「この杭で、きっといける!」
あたし、パパとママが死んじゃって、お別れしなきゃいけないのを知ったとき。
二度とこんなのはイヤだって思った。
なのに、その「二度め」も止められなかった。
ノドカ兄が、とつぜん姿を消しちゃったときも……!
去年の秋、冷たい雨の日だった。
学校からいきなり「ノドカさんがゆくえ不明になりました」って電話が来たんだ。
でも学校も警察も、ロクにさがしてくれなかった。
彼が友だちに送ったメールに、「サバイバーより、もっとおもしろいコトを見つけた。さがさないでくれ」って書いてあったんだって。
……あたしはあんなメール、信じてない。
サバイバーの仕事はたしかに大変だろうって、訓練一か月で思い知ったけど。
ノドカ兄は、あたしとチームを組める日を、楽しみにしてるって言ってくれた。
あたしの「約束のしるし」を受けとってくれた。
なによりあたしは、ノドカ兄がサバイバーにあこがれる気持ちも知ってる。
彼はたぶん、あたしの親に守られて生きのびた命を、ダレかに返さなきゃって思ってるんだ。
そのノドカ兄が、おもしろいかどうかで、サバイバーの仕事から逃げるはずない!
だから!
あたしは、S組で情報を集めて、自分でノドカ兄をさがすって決めてる!
そのためにもっ、そして、だれかがいなくなっちゃう、「三度め」を止めるためにも!
今度こそ、全員そろって、生きて帰る!
大ネズミに立ちむかい、重たい杭を両ウデでかかえ、足を開いてふんばる。
「マメちゃん、逃げなよ! 逃げなってばっ!」
「うてなが逃げて!」
「バカ! 逃げろ!!」
涼馬くんのほえる声!
「イヤだ!」
あたしは全力でリーダーの命令をハネのける!
「────もう!! マメちゃんのバカァッ!」
がしっ。
うてなが後ろから、杭を支えてくれた!
おかげでウデも足もしっかり踏んばれるっ。
もう、ネズミの鼻先のヒゲまで見えるキョリ!
大きく開いた口のなかに、二本のするどいキバが光る!
恐怖で勝手につぶろうとするまぶたを、必死にこらえて、タイミングを待つ。
「いくよ、うてな! 3、2、1!」
「「ゴーッ!!」」

あたしたちは呼吸をあわせ、大ネズミの上アゴめがけ、全力で杭を押しだした!
ドッ!
重たい手ごたえ!
とどろくような絶叫に、頭が割れそうになる。
杭をはなそうとした瞬間、ヒュッと空気をさく音が耳をかすめた。
続いて、全身に衝撃!
「グ……ッ!!」
シッポでなぐられたあたしたちは、宙へふっとぶ!
あたしはとっさにうてなの手首をつかみ、胸に引きこんだ!
枝や葉っぱが体をかすめていく。
歯を食いしばって痛みをこらえ、背中を地面に打ちつけた。
止まった、と思いきや、
ぐんっ。
右手を下に引っぱられた!
「うわっ!?」
手をつないだままのうてなの体が、大穴の中に、すべって落っこちていく!
さっきのネズミの巣か!
あたしも体を持っていかれながら、トロッコのレールをつかんだ!
うてなをぶらさげた右うでがビンッとはり、ヒジの関節がぬけそうになる!
「う……っ!」
ダメだ、左手がレールをすべっちゃって、ずるずる穴に近づいていくっ。
穴底に目をやって、冷やアセが噴きだした。
折れた木の幹や杭が、こっちに切っ先をむけて突きだしてるっ!
これ、落ちたら死ぬヤツ……!?
「マメちゃんまで落っこちちゃうよぉ!」
「うてな! あきらめちゃダメ!」
うてなはちっちゃいけど、さすがに片手でぶらさげるなんてムリだ。
だけど、親友を見捨てるなんて、ゼッタイにできないよ……っ!
上から砂のツブがふってくる。手首の筋がちぎれそうだ。
ビィィィィィィィ~~~~~~ッ!
その時、遠くでホイッスルの音!
それも信じられないほど大きく、何倍にもひびく音が山をこだまする!
大ネズミのさけび声のあと、あたりは急に、シンと静まりかえった。
なにがなんだかだけどっ、そうだ、ホイッスル!
「うてな! ベルトを両手でつかんで! あたしは手をはなすけど、絶対につかんでてね!」
「マ、マメちゃぁん……っ」
うてながぶるぶる震えながら、あたしのベルトに左手をかけ、右手もどうにか移動させる。
「逆立ちウデ立て、マジメにやっといてよかったよ……っ」
あたしは空いた手で、胸から水色のホイッスルを抜きだした。
そして肺のすべての空気を、ホイッスルにたたきこむ!
ピィ───────ッ!
ノドカ兄がくれた、「ゼッタイに救けにきてくれる」約束のホイッスル。
くちびるにホイッスルをはさんだまま、がしっと両手でレールをつかみなおす。
しびれてカンカクのなくなった指が、また、ずるりとレールをすべる。
も、もうっ、落ちる──っ!
ヤダ! あきらめないっ! なにかつかむモノはっ! 助かる方法は──!?
必死に目を走らせたとたん、
ガシッ!
だれかが、あたしの手を捕まえてくれた!
「マメ!」
目を見開いた。
ずっとずっと会いたかった、あの笑顔が、そこにある!
「ノドカ兄……!」
「この、バカッ!」
上から、思わぬ声にしかりとばされた。
「だからS組なんてやめろって言ったんだ! わざわざ死ぬことないだろ! せっかく親とノドカさんに救けてもらった命なのに!」
上から本気でどなりつけてきたのは、
……ノドカ兄じゃない。
一瞬だけ見えたマボロシが消えて、かわりに、険しい顔がしっかりと見えてくる。
ノドカ兄より強く光るまなざし。
あたしは大きく息をすいこみ、彼の名前を呼んだ。
「涼馬くん──!」
