13 カコクな訓練の「始まり」
重さに強い「もやい結び」のロープで、木にブルーシートをつるした、お手軽テント。
スキマ風はがんがん吹いてくるし、天井のシートは雨がバタバタ音を立ててる。
校舎から離れたら、とたんに心ぼそい陣地になっちゃった。
今は大きなたき火だけが、あたしたちの心のよりどころだ。
この火も、雨の外じゃうまく着火できなくて、涼馬くんが神テクでつけてくれたんだけどさ。
「うわっ、肉じゃん! すごいっ。双葉さん、狩りしてきたの?」
スープの具材をスプーンでかきまわしてた健太郎くんが、パッと明るい声を出す。
「えへへ。こんな時だから、元気でるかなと思って。ダシは、海でとったフジツボだよ」
「これ、アオダイショウの肉か。よく捕まえたな。うまい」
スプーンですくった肉を、涼馬くんがぱくり。
カップに口をつけてたみんなが、ギシッと動きを止めた。
「ヘ、ヘビか……っ。あ~~、でも食べられるわ。うん、イケる、イケる」
「カタいけど、かみしめるほど肉っぽいってか、スルメみたい?」
ナオトさんと唯ちゃんが、もっきゅもっきゅ口を動かす。
「なんとっ、キャラメルもあるんです! これはうてながっ、ええと、村で見つけてきたヤツで」
おお~~っと声が上がった。
見まわしたみんな、大なり小なりケガしてるのに、ムリやり笑ってくれる。
楽さんも、あのあとすぐ目がさめて、今はゲンキそうだ。
でも頭を打ってるから安静にしとくって、自主的に、ごはんはおあずけ。
「マメちゃんって、成績ビリで〝担当ナシ〟ちゃんだったし、学校の訓練じゃ心配なカンジだったけど。意外とたくましいよね?」
唯ちゃんが肉をかみかみ、ニッと笑う。
そのとなりで、ナオトさんと千早希さんが顔を見あわせた。
「六年のあいだでも、『オールCってあのコか?』って、けっこう話題だったんだよ」
「あのノドカさんの妹だって聞いて、よけいにね。今度そーいうコト言うヤツらがいたら、わたし、アオダイショウのスープおいしかったって、言ってやるわよ」
「あ、ありがとうございマス……」
やっぱり六年のあいだでも、あたし、ヘンに有名だったのか。
だけどみんなのあったかい言葉に、胸がぬくもる。
校庭での訓練は、いつもみんなの遠い背中を追っかけてた。
なのにいまは、こうやってみんなと向かいあって、同じ目線でおしゃべりできてる。
それがちょっとふしぎなカンジで、すごくうれしい。
──だけど。
「ね。うてなも食べて。少し休んだほうがいいよ」
うてなはずっとこっちに背をむけ、せっせとカルテを書いてる。
スープとキャラメルをさし出すと、彼女はあたしの目を見ずに、キャラメルだけ取った。
……さっきから、うてなとギクシャクしたままなんだ。
あたしはしょんぼりうなだれる。
──ほかの担当の仕事に、かってに手を出しちゃいけない。
S組のコたちが、自分の担当にどれだけプライド持ってがんばってきたか、あたし、この目で見てきたハズなのに。
ずっと「マメちゃん、マメちゃん」って笑顔をむけてくれてた親友に、キラわれちゃった。
鼻の奥がツンとするけど──、ぶるるっと頭をふる。
こんな時に、ケガもしてないあたしが暗い顔しちゃダメだ。
「七海さん、食欲あります? 食べられそうだったら、どうぞ」
「ありがとうございます……、マメさん」
七海さんのかすかな声が、さらに消えちゃいそうな小っちゃさだ。
もともと表情のない顔から、血の気がなくなってる。
ケガの原因を作ったのは自分だって……、そう責めてるのかな。
と、楽さんがよっこらしょと身を起こし、木にもたれた。
「さて。楽班のメンツは、夕ごはんが終わったら移動するから、パパッと食べちゃってね」
えっ、と全員が彼に注目した。
だけど楽さんは、目をむくあたしたちのほうに、ビックリしたって顔。
「いやいや。今みんなが合流してるのは、要救助者がいる非常事態だったからだよ? もう救助できたんだから、サヨナラしなきゃ」
「で、でも楽さん。オレたちケガしてるんですよ……っ」
「ん~~、健太郎くんの不安な気持ちもわかるけど。たぶんね、今回の実地訓練のテーマは、『無人島サバイバル』じゃなくって」
「『土砂災害サバイバル』だったんだ。だから訓練の本番はこれからなワケ」
ばちんっと大きな音をたて、たき火がハゼた。
あたしも、うてなも、五年のメンバーみんなの動きがカタまった。
「……たしかに、そうかもしれません。無人島サバイバルにしては、使える道具も食べものも多かった。今回はずいぶんあまいなって思ってました。あのナゾの足あとを除けば──ですけど」
ギョッとするようなコトを言うのは、わが班のリーダーだ!
だけど、その横で七海さんもうなずいてる。
「わたしも、ほかに何かあるのではと予測していました」
「でしょ? だから、体力も気力も、使えるモノもけずられた今から、どうサバイバルしてみせるか──が、先生たちがテストしたいトコなんだよ」
にっこり笑う楽さんの横顔が、たき火の赤い光に浮かびあがる。
首のうしろがぞっと冷たくなった。
サバイバーを目ざすなら、頭を打っててもケガしてても、本気でキビしい状況を生きのこってみせろって──そういうコト……?
「七海も涼馬も、ポイント下げられないうちに、ほかのチームと別れたほうがいいよ」
楽さんは腰をあげる。
楽班の千早希さんとナオトさんも、カクゴの顔で、よろりと立ちあがる。
行っちゃう! 止めなきゃっ!
あたしはつき動かされるように、楽さんのウデをつかんだ。
この九人、みんな帰る家があって、待ってる人がいる。
こんな島で死んじゃって、二度ともどらないなんて、絶対にダメだ!
「待ってください! あたし見たんです! 危険生物を!」
いきなり叫んだあたしに、みんなが視線をよこした。
あたしは大きくノドを動かし、楽さんにつめ寄る。
「さっきのガケくずれの第二波は、その危険生物が起こしたのっ。山の杉の木と同じくらいの大きさでした。ずんぐりむっくりしたカゲで、手足は細くて。そう、まるでネズミみたい──って思いました」
テントのなかの空気が、ざわりと揺らいだ。
「マメちゃん。木と同じくらいって、ハイ・ウォールより大きいじゃん」
うてなが声をふるわせる。
「うん。だからあたしもホントだったのか信じられなくて。報告しようか、迷ってたんだけど」
「マメさん。それはきっと、コワいと思う心が見せた、マボロシです。そんな巨大なネズミは存在しませんから。先日の涼馬さんの『足あと』も、『学校の人間がワザとつけておいた、ニセモノ』なんだと思います。みんなをコワがらせるための、シカケではないかと」
七海さんが目を光らせて、ピシャリと言う。
楽さんはウ~~ンとうなって、首をかたむけた。
他のメンバーも、こんな時にヘンなこと言いだすなよって顔だ。
「……よりにもよって〝担当ナシ〟の情報なんて信じられないと思うけど。アレが見まちがいじゃなくて、本当にいたなら。あんなのが襲ってきたら、みんな死んじゃうかもしれないよっ?」
あたしは浅い息をくり返しながら、あらためてみんなを見まわした。
「だから、あたしは、訓練をギブアップしたほうがいいと思います!」
──言っちゃいけないコトを、口にした。
全員が目を大きく見開いて、ガクゼンとあたしを見つめる。
わかってる。きっと今までみんな、何度も何度を頭をかすめて。
でも、ゼッタイにだれも口にしなかった言葉だ。
「先生は監視カメラでこっちを見てるんですよね? みんなでギブアップって言っちゃえば、きっとすぐむかえに来てくれる」
「ちょ、ダメよ、マメちゃん。S組のプライドとして、それはないでしょ」
千早希さんまで顔を険しくする。
「そうだよ、せっかくマメちゃんのこと見直してたのに。一人が弱いことを言いだすと、みんなに空気が広がるから、カンベンして」
ナオトさんもいつも穏やかな声が、いまは強い。
「だって、みんなで生きて帰らなきゃ! 訓練より、命が大事だよ!」
「マメちゃん!」
楽さんがあわててあたしの口を手でふさぐ。
……だけど。横から、涼馬くんが彼の手首をつかんで下ろした。
「おれは、マメに賛成します」
あたしはポカンとして、彼の横顔を見つめた。
あたしだけじゃない。この場のみんなもだ。
「マメがまわりをよく観察しているのは、この訓練期間、いっしょにすごして、よく分かりました。その大ネズミもマボロシではなく、本当に見たんだと思います」
「涼馬さん? まさかあなたまで、そんなことを……」
「おれは、双葉マメの観察力を評価しています。T地区大災害を生きぬいてきたマメには、強い精神力がある。おそらくそのおかげで、キケンな状況でも、冷静にまわりに目を配れるんだ」
涼馬くんは一息ついて、あたしに視線を投げる。
その瞳のまっすぐな光に、思わず息が止まった。
「マメは、ほかの班が次々食べものをカクホしていくなかでも、あわててキノコに手を出さず、冷静にジャガイモの葉を見わけて手に入れた。場にあるものを注意ぶかく観察して利用したのは、それだけじゃない。廃材で修理したトロッコもだ。訓練期間が長びいて、みんな不安になっている状況でも、ほかのチームの精神状態まで気にかけていた。なかなかデキることじゃありません。
そもそも彼女が去年、うてなの救出を優先したってバス事故でも、すでに救助の順番を選別できていた。冷静に、その場の状況を見きわめるチカラが、彼女にはあるんです」

あたしは心臓が熱くふるえて、胸をおさえた。
だってまさか、あの涼馬くんが味方をしてくれるなんて、思ってもなかった。
むしろ弱音はくなって怒られるの、カクゴしてたのに。
それに「評価してる」って──、トクイもない、〝担当ナシ〟のあたしを?
観察力? それがあたしの、トクイの芽なのかな。
わかんないけど、こんな時なのに、体のシンからふるえるほどうれしい。
涼馬くん、そんなふうに、ずっとあたしがしてるコトを見ててくれたの……っ?
ばさっ。
うてながとり落としたカルテをひろってあげて、あたしは息をのんだ。
うてな、どうしたんだろう。顔色がヒドイ。
「そのマメが、七海さんのデータにもないような、未知の生物をモクゲキしたと報告した。なら、たしかに訓練どころじゃありません。ギブアップも本気で考えるべきだ」
「涼馬。それ、本気で言ってんの?」
「おれは本気ですよ、楽さん」
ぴりぴりハダに痛いような、リーダーたちのやりとり。
「う~~ん。ギブアップなんてジョーダンにもなんないけど、涼馬までそう言うなら、しかたないか」
楽さんはおっきなタメ息をついた。
「サバイバルの五か条『ル』、『ルールを守れ。しかし臨機応変に』だ。多数決で決めよう。ギブアップするか、このまま訓練を続けるか。ただし、この危険生物さわぎも訓練だったなら。ギブアップしたら、みんなS組を失格になると思う。……そこんとこ、よく考えて手をあげて」
楽さんの強い視線に、みんな息をひそめ、自分のカップに目を落とす。
夢をあきらめるか。危険生物がいる無人島に残るか。
そんなの、てんびんにかけられないよね。
あたしだって、まだS組でやらなきゃいけない目的に、ぜんぜん手をつけられてない。
──でも、死んじゃったら、ここで終わりだ。
手のひらを大事なホイッスルの上にあてる。
「じゃあ、このまま訓練を続けたい人、──手をあげて」
言いながら、楽さんが手をあげる。
続けて楽班の二人、ナオトさんと千早希さんが、強い瞳でうでを持ちあげた。
そして、七海班の唯ちゃんも。
「……唯は今、足をねんざしてて、アタッカーの戦力になれないけど。でも、もうちょっとで訓練終了になるかもしれないなら、S組から落ちるなんてイヤだ。ここまでがんばってきたのに、今からふつうクラスだなんて、そんなの」
彼女はあたしと同じ、血豆だらけの手のひらに目を落とす。
──だけど、訓練を続ける派は、九人中の四人。
ギブアップ派は──のこる五人。涼馬班の三人と、七海さん、健太郎くん。
なら、これでギブアップ決定……!?
重苦しい空気のなかで、楽さんが暗い瞳になる。
「ホントに? まいったなァ」
「──ボクは続ける」
あたしのとなりから、スッと手があがった。
「うてな!?」
「ボクはS組のディフェンダーだもん。ちゃんと訓練をやりきるのがトーゼンだよ」
うてながまっすぐあげた手も、アゴも、震えてる。
だけどうてなの一票で、多数決がひっくり返っちゃう……!
楽さんがニッコリ笑った。
「だよね! よかったぁ。訓練は、続けるのに決まりだね」
「ま、待って、うてな! だって今、薬がぜんぜんたりないんでしょ? なのにアレにおそわれたら、どうするの!? こんなトコで、訓練なんかで、人が死ぬかもしれないんだよ!?」
肩をつかんだあたしの手を、うてなはパシッとはらい落とす。
「危険生物なんてニセ情報だって、七海さんも言ってんじゃんっ。ディフェンダーの仕事だって、マメちゃんには関係ないんだからっ、口出ししないで!」
「ニセじゃなくて、人が死んだらどうすんのっ? 後悔してもしきれないよ!?」
「マメちゃん、うるさい!」
あたしは必死になりすぎて、声が大きくなっちゃう。
うてなも真っ赤になってフーフー息を荒くしてる。
まるでケモノみたいに、ギラギラと瞳が光ってる。
「……うてな?」
様子がおかしい? ふつうの目の光りかたじゃない。
それこそ追いつめられた野生のケモノのような、荒々しい、強すぎる光──。
あたしは眉をひそめて、彼女を見つめる。
「やめろ。ケンカしてる場合じゃない」
涼馬くんがあたしたちの肩を押して、キョリを広げた。
「夜行性だわ」
ボソリ、かすかな声。
七海さんが考えこんでた顔を上げ、自分で口にメガホンをあてる。
「ネズミは夜行性です。もしも危険生物が本当にいるとするならば。これからの時間、ゲンキになるはずです。それも彼らは、ナワバリに入ってきた敵を許しません。たとえば、ネズミの仲間のプレーリードッグは、ナワバリに入った敵を生きうめにするコトがありますね。キホン、気が弱いので人間からは隠れますが……」
七海さんが頭のコンピューターから引きだしたデータを、たんたんと語るにつれ。
全員の顔つきが、険しくなっていく。
そのケモノが、あたしがモクゲキしたとおりの、三メートルごえの巨大な体なら。
あたしたち人間は、自分より弱い生きものに見えてる、よね。
だとしたら、ナワバリに入ってきたあたしたちを、ほうっておいてくれないんじゃ──。
まさかさっきのガケくずれも、わざとあたしたちを生きうめにしようとして──!?
ばき……っ。
遠くにひびいた、枝が折れるような音。
ううん、もっと太くてカタそうなかんじだった。
たとえば、木の幹が折られた──みたいな?
耳のうしろがピクッと動いた。
ばきっ……、ばきっ。
気のせいじゃない。
こっちに、音が近づいてくる!