11 真夜中のナイショばなし
七日目、夜中。この島に来て、とうとう一週間がたとうとしてる。
きのうからずーっと大雨。
せっかくトロッコ台車を畑まで運んだのに、まだ使えてないままなんだ。
畑に行く回数を減らせるよう、なるべくたくさん収穫しときたいんだけどな。
──おとといの「危険生物」事件から、校舎の空気が変わっちゃった。
涼馬くんはケモノのことを考えてか、弓矢まで作りだした。
うてなはまたテンションが下がっちゃって、日記の宿題すらほっぽりだしてる。
あたしは眠った二人を起こさないように、そっと教室をぬけだした。
屋上のサビたスチールのドアを、ギギギギッと音をたてて押し開ける。
大雨でガケの地盤がゆるんでないか、やっぱり気になっちゃって。
外は冷たい霧雨に落ちついてきてる。
レインコートのフードを目深にひっぱり、校舎にせまるガケを懐中電灯で照らしだす。
どうか、くずれてくる予兆なんてありませんように──!
「今のとこ、大丈夫そうだな」
「ウヒャッ!?」
いきなり、まうしろに響いた声!
「りょ、涼馬くんっ」
レインジャケットまで着こんだ彼が、いつの間にかあたしの横にならんでる!
「心臓が止まりかけたよっ。寝てると思ってた」
「あんたの気配で起きた。けど、避難するか難しいとこだな。ひっこし先は考えてあるのか?」
「う、うん。浜べのほう。ガケくずれって、三十度よりキツい坂だと危ないんだよね? 浜べのおくの、大根が生えてるあたりは山がなだらかだし、潮風をさえぎれる松も生えてる。でも、木にブルーシートくくりつけて屋根をつくるだけじゃ、住み心地はキビしいよね」
第二陣地のこと、ずっと考えてたけど、具体的な場所はそのくらいしか。
涼馬くんはふうんと声を出した。
「意外と、ちゃんと考えてた」
「そりゃあ、涼馬班のキャンパーだもの」
「いっちょ前に言うよな」
あたしたちはしばらくだまって、ガケを観察する。
石が落ちてくるような音も聞こえないし、今んとこ大丈夫かな?
「……ねぇ、涼馬くん。危険生物ってホントにいるのかな」
もうドアへもどりかけてた彼は、ぴたっと足を止めた。
「コワいのか」
「そりゃコワいけど……。それより、危険生物なんて出てきたら、みんなの気持ちがバラバラになっちゃいそうじゃない?」
うてなを不安にさせちゃいそうだから、教室では、こんな話できなかった。
でもリーダーと二人きりの、いまがチャンスかも。
あたしも彼に続いて、ドアをくぐる。
「全体ミーティングの時さ。七海さん、メンバーをちらっとも見てなかったよね。唯ちゃんと健太郎くんもイイ顔してなかったし……。あんまりウマくいってないのかなって。楽班のナオトさんも、暗~いカンジだったよ。みんなしんどくなってきてるトコに、危険生物さわぎじゃ、よけいに仲間ワレする原因になっちゃうよなって、そっちのほうが心配だったんだ」
「──あんた、初めての実地訓練だよな?」
ジャケットのフードをはずした涼馬くんは、おどろいた目だ。
「う、うん?」
S組に入ったばっかりで──なんて、彼がよく知ってるコトを、どうして今さら。
彼は「だよな」とまばたきして、屋上へのステップのすみに座った。
となりにあいてる、空間。
ここにどーぞってコトかな。
座ってみたけど、肩がくっつきそうな近さだ。
なんとなく落ちつかなくて、反対がわに身を遠ざける。
「もう七日目だ。S組のメンバーだから、みんな冷静でいようとがんばってるけどな。うてなみたいなのは、むしろフツーの反応だぜ。とくに今回は、あの冷静な七海さんがバグるくらい、みょうなコトも起きてる。初回の実地訓練で、長期間こんなに落ちついてるヤツは、よっぽどの無神経なバカか、よっぽどの大物だ」
なるほど。つまりあたしはバカのほうだと。
うなずいてからムカッとした。
「失礼!」
「バカのほうとは言ってねーのに。自覚あったんだな」
「言ってないって、いま言ったようなもんじゃんっ」
声を大きくしてから、あわてて口をふさぐ。
寝てるみんなを起こしちゃうトコだったっ。
すると涼馬くんは、ふっと小さく笑った。
「このしんどい状況で、まわりの人間観察ができて、そのうえ心配なんてできるヤツは、なかなかいない。一番ダメそうだったのが意外と一番落ちついてて、おれもおどろいてる」

もしかしてこれ、ホメてくれてるのかな…………なんて、あるハズないよネー。
よりによって塩鬼リーダーが〝担当ナシ〟をホメるわけないじゃん。
なのに、うれしさがこみあげてきて、あたしは懐中電灯を手の中でくるくる回しちゃう。
「あたし、T地区出身なんだよね」
「ああ、そうか……。大災害の生きのこりだもんな。今回よりしんどいのを、経験してんだ」
あたしはパッと横に首を向けた。
「え? なんで知ってるの? リーダーだと、生徒のプロフィールも見られる?」
「や、そういうワケじゃないが」
彼はどこか遠い目をして、階段の下の暗闇に目を落とす。
「じゃあ涼馬くん、兄ちゃん……双葉ノドカと仲よかった? ノドカ兄から聞いたの?」
「ノドカさんのことは、もちろん知ってる」
涼馬くんの口から出てきた、あたしの大事な人の名前。
どきっと心臓がふるえた。
「で、でも涼馬くん、ノドカ兄とS組にいた時期はカブってないよね。去年ノドカ兄は六年生だったけど、現場のほうに参加してて、ほとんどS組にいなかったって聞いてるよ」
「ノドカさんは伝説級だ。だれでも知ってる。あの人は、史上二人目のリベロを目ざせる人だった。あんたが大災害の生きのこりってのは……、たぶんそうだろって思っただけだ」
彼はなにか歯ぎれワルく、声を低くする。
そのまま二人して静かになっちゃった。
「そうなんだ……。えっと、その、リベロってなに?」
「それこそノドカさんから聞いてないのか? 攻守陣すべてを自分の担当にして、現場で自由に動きまわれる、天才的なサバイバーのことだ。過去に一人だけ、リベロと認められたサバイバーがいるが、ノドカさんはその二人目になれるかもって、期待されてた」
あたしはうなずくコトもできず、目をそらした。
されてた。
みんなの中では、ノドカ兄はもう、「過去のすごい人」になっちゃってるんだ。
──あたしとノドカ兄は、親どうしが親友で、よくいっしょに遊んでた。
二つちがいの彼は、あたしのホントのお兄ちゃんみたいな人だったんだ。
……そう。実はあたしたち、血がつながってないの。
兄妹になったのは、五年まえだ。
あたしが幼稚園年長さん、ノドカ兄が小学二年だった、あの日。
正和T地区大災害が起こった。
あの大災害で、あたしは人生はじめて、要救助者になったんだ。
あたしたちはちょうど、T地区のビルのお祭りにきていて。
そのタイミングで、地震にビル崩壊、それに火災の「複合災害」におそわれた。
ケムリとスプリンクラーの水と、みんなの悲鳴。
あたしとノドカ兄は、ぎゅうぎゅうヅメのまっくら闇のなかに押しこめられた。
何が何だかわかんないまま、息をするのも苦しくて、ぜんぶがコワくて。
ノドカ兄とはげましあって、長い長い、すごく長い時間を闇のなかですごした。
やっとサバイバーの人が救けに来てくれて、光が射しこんできた時。
初めて知ったんだ。
パパとママが、落ちてきたカベからノドカ兄とあたしを守って、死んじゃってたこと。
二人が体をつかってスキマを作ってくれてたおかげで、あたしたちが生きのびられたこと。
あたしは、退院したときには、ノドカ兄のうちの養子になってた。
ノドカ兄はサバイバーを目ざすって決めた。
そしてあたしは今、彼を追いかけようとしてる。
ノドカ兄は、あたしにとって全然、過去なんかじゃないんだ。
「──それで、あんたも?」
涼馬くんはこっちに首をかたむけて、思い出話を聞いてくれる。
「ノドカ兄はすっごい優秀だからさ。まさかトクイもないあたしが、同じ仕事を目ざそうなんて思ってもみなかったんだけどね」
「そのとーりだよな」
「ウグッ。で、でもね。去年のバス事故のとき、ノドカ兄がサバイバーとして救助してくれたの。あたしが自分もなりたいってカクゴができたのは、そこで。ノドカ兄、『マメはきっと大きな豆の木に育って、天までとどくほどになる』って、はげましてくれたんだよ」
「それ、童話の『ジャックと豆の木』か。巨人が住んでる空の国にまで、豆の木が育つヤツ」
「うんっ。その絵本、よく読んでくれてさ」
「へぇ……。たしかにノドカさん、そういうコトしてくれそうな雰囲気だよな」
「だよね! ほんっとに優しくってカンペキで、ジマンの兄ちゃんなんだっ!」
にぎりこぶしまで作っちゃった自分に、ハッと我にかえる。
これじゃ、血がつながってなくても、ブラコンでしかない!
あきれた目を受けとめるカクゴで、となりをチラリと見たら。
赤茶の瞳が、静かにあたしをながめてる。
おだやかな……まるでノドカ兄みたいな優しい色だ。
「ノドカさん、きっとみつかるよ。いつかちゃんと、『妹』のところに帰ってくる」
「う、うん」
あたしはビックリして、ぱっと目をそらしちゃった。
「──もう寝るぞ。休める時に休んどけ」
立ちあがった涼馬くんは、いつもどおりの、あたしに一線引いた横顔だ。
けど、見まちがい……でもなかったよね?
ベツの人みたいなあったかい表情が、目に焼きついちゃって。
あたしは心臓がやたらと速く駆ける。
階段をおりてく彼を追うと、なにか、手に押しつけてきた。
「うてなと半ぶんコしな。ちょっとは元気でるだろ。うてなも、あんたも」
「あたしは元気だよ──って、これ、没収キャラメル!」
うてながこっそり持ってきて、行きのバスで涼馬くんに取られちゃったヤツだ!
あたしはキャラメルの箱を、震える手で天にかかげる。
「なっ、なっ……、なんというゼータク品!」
甘いものといえば、花のミツを吸うくらいしかない生活で、キャラメルさまさまだよ!
「でもこれ、減点にならない?」
「なんのコトだ? それはグーゼン『村でひろってきた』キャラメルだぜ」
しれっと大ウソつく、涼馬くんのイタズラっぽい顔。
わたしはぷっと笑っちゃった。
「うてなにたのんで、三人で分けようよ」
「おれはいらね」
「だってキャラメルだよっ?」
あたしは一コ包みをむいて、えいやっと彼の口に押しこんだ。
「ンなっ」
涼馬くんのあわてた表情なんて、初めて見た。
バッと手のひらを口にあてた彼は、……やっぱりあまい幸せには勝てなかったみたい。
ぶすっとそっぽを向いて、キャラメルを転がしはじめた。
「あたしたちは行きにズルして一コずつ食べたから、これで公平。おいしーよね」
「……まーな」
その時だ。
つんっと鼻をつくニオイが、外からただよってきた。
なんだろ、これ。すっぱいっていうか──、まさかアンモニア臭?
ゴゴゴゴゴ……ッ。
山のほうからかすかに響いてくる、重たい音。
「涼馬くん、これっ!」
あたしたちは真っ青になって、屋上をふり返った。
「うてなを起こせ! 脱出だ!」
「サバイバー!!① いじわるエースと初ミッション!」
第3回につづく