8 ふがいなくてゴメンなさいっ!
なんというコトでしょう。
もちろん、雨もりがマシなほうの教室は、楽班にとられちゃってて。
われらが涼馬班の新たな陣地は──、
ぴゅうううっ。
天井の角がカケた、雨もりしまくりの、ステキなお部屋となりました……っ。
床の水たまりは、モップで外にはきだした。
天井の穴は枝を格子にしてハメこみ、どうにかこうにかフサいだつもり……だけど。
スキマから入りこんでくる海風で、やっぱりサムいぃっ!
「マメちゃぁん。やっぱ一階にもどろうよぉ~」
「うてな。自分の担当じゃないところに、モンクをつけるな」
「ぐぬぅ」
「でもさ、ここ、ちょっとヒミツ基地みたいで楽しくない?」
つくえを大量にくっつけた上に、ブルーシートをしいて。
そこに三人で寝ぶくろをならべたようすは──、
そう、まるでオシャレな二階だてヒミツ基地っ。
コンクリの床じゃ冷たすぎるから、つくえを床がわりにしてみたんだよね。
ビニールぶくろの中に懐中電灯を立てた「お手軽ランタン」も、なかなか雰囲気あるよっ。
サバイバルの五か条、「バ」!
「場にあるモノを工夫して使え」だ!
だけど、うてなも涼馬くんも「楽しくはありません」って顔。
となりのクラスから、アハハッと笑い声がひびいてきた。
楽班は、どうやら部屋でたき火を燃してるみたい。
ごはんの炊ける、いい香りがただよってくる。
わきあいあい、楽しそうなあっちのチームにくらべ……、
あたしが夕ごはんに用意できたのは、お湯。以上。
うわぁんっ!!
あっちのキャンパーのナオトさん、どうやって、たき火台を作る時間なんてヒネりだしたの!?
栄養バーをモソモソかじる二人に、申しわけなくて肩が落ちる。
しかも時間がたりなくて、水をわかすにも、キチョーな固形燃料を使っちゃった。
こんな情けない話、連絡帳に書きたくないよぉ~っ。
「うちも明日はたき火を用意するよ。涼馬くん、村からいろいろ持ってきてくれたもんね」
へっぽこキャンパーとはちがい、わが班のアタッカーは、さっすが優秀!
もう人里を発見してきてくれたんだ!
だけどやっぱり、村には人っ子一人いなくって。
どの家も、半ぶん土にうまってたそうだ。
「だけどマメちゃん。どーして一階じゃダメなの? 下なら、荷物はこぶのもラクちんじゃん」
「う~ん、たぶんだけどね。二階のほうが安全だと思うんだよね」
うてなは首をかたむけ、涼馬くんは「へぇ」って顔であたしを観察してくる。
う。これはヘタなこと言ったら、成績ポイントがマイナスかもしれないゾ。
「この校舎、ウラまでガケがせまってたんだ。おもての校門も、すぐソコが海の堤防でしょ? 校庭もないって、ヘンな学校じゃない?」
「たしかにそーかも……?」
「つまり、実は校庭はウラにあったんだけど、ガケくずれでうまっちゃったんじゃないかな。この天井の穴も、ガケくずれの時の落石で……ってコトかもよ」
うてなは天井のハデな穴に目をあげ、おお、と声をもらす。
「なら、ガケくずれの時のルール、『垂直避難』だよ。建物の中にいるなら、ガケから離れた上の階へ逃げれば、生存率が高くなる」
「なるほど。教科書のルールにしたがった選択だな。いちおう、頭に入れてきたのか」
涼馬くんが意外そうにうなずいてくれた。
よかった。あたしまちがってはなかったみたい?
「うぇぇ。ボク、寒くても、ここでガマンするっ」
「だけど、村にいいトコがあったら、そっちに移動しようね」
「──なかったな」
あたしたちがそろって顔を向けると、涼馬くんは肩をすくめる。
「村もガケくずれのあとが激しく残ってる。ずいぶんと大きな土砂くずれがあったみたいだ」
「……村のほうも、ガケくずれの危険があるんだ」
考えてた案を消されちゃって、あたしはぎりっと親指のツメをかむ。
「じゃあ、大雨がふったら逃げ場なしで、ボクたちおしまい!?」
悲鳴をあげたうてなに、涼馬くんが静かにカップを置いた。
彼はあたしたち二人を、順ぐりにジッと見すえる。
「おしまいかと思うようなトコに突っこんでって、ほかの人間を救って、生きて帰る。それがサバイバーだろ」
バサリと斬りすてる、その一言。
ノドがつまった。
……そうだ。目の前のことに手いっぱいで、自分がどうしてココにいるのか、忘れかけてた。
これは、サバイバーになるための訓練なんだ。
ぎゅうっとにぎったカップに、歯を食いしばる自分の顔がうつりこむ。
「……ありがとう、涼馬くん。あたし、大事なコト思い出せた」
彼は返事なしに、ほおづえをつく。
あたしはなるたけ明るい顔を作りなおして、うてなに向けた。
「でもさ、うてな。ここはコンクリづくりの二階だし。ひとまず安全ではあるよねっ」
「そ、そーだよね。それにさ、着がえって三日ぶんじゃん? ボク、きっと三日で終わると思うんだ。リョーマ、まえの実地訓練って何日間だったの?」
「……ちょうど三日だったな」
「ほら! じゃああと二日で終わるかもっ」
うてなは急にゲンキになる。
うーん。着がえは洗えばいいからなぁ──って、あたしは思うんだけど。
涼馬くんはノーコメントだ。
「マメちゃん、あしたはボクも、ごはんのしたく手伝うねっ」
「いいの? うてなの仕事はだいじょぶ?」
「うん。リョーマも手伝えよな。チーム内で助けあうのはオッケーなんだろ」
「おれが手を貸したら、こいつにサバイバルなんてムリだって思いしらせられないだろ。おれが手伝うのは、命にかかわるトコだけだ。うてなも手を出しすぎるなよ」
涼馬くんはフンと鼻をならす。
「ベ~ッだ。マメちゃんは親友でボクの命の恩人なんだから、ボクが守るんだもんね」
「──恩人? そうなのか?」
思わぬうてなの言葉に、涼馬くんは眉をひそめる。
あたしのほうだって、目をぱちくりだ。
「そ、そんなんじゃないよ?」
「そんなんだよぉ! 去年のバス事故のとき、ボクを先にバスから出してって、サバイバーに頼んでくれたでしょ? バスが谷底に落っこちるトコだったのにさ。そんなの命の恩人だよ!」
うてなはあたしの手をつかみ、「ねっ」と人なつっこく笑った。
***
あれは、あたしが要救助者になった、人生二回めの大事故だった。
バスの中はめちゃくちゃで、パニックを起こした生徒たちが、金キリ声の悲鳴をあげてた。
うてなは、となりで失神してグッタリ。
あたしはシートベルトの金具がツブれて、ハズせなかったんだ。
息も荒くなって、体じゅう冷たくなって、ひたすら家族のことばっか考えてて。
──このホイッスルを吹いたら、オレがかならず、マメを救けにいくからね。
ふいに、ノドカ兄の声がよみがえった。
すぐさまホイッスルを吹きならすと──、
まるで待ってたかのように、真上の窓がこじ開けられたんだ。
「マメ! よくがんばったね。さぁ、おいで」
あたしにさしのべられた、その手。
真っ赤な夕陽に照らされた、ノドカ兄の笑顔──。

なつかしいコトを思い出しちゃった。
心臓がきゅうっと痛くなって、あたしはムリやり笑みをつくる。
あの時うてなを優先したのは、恩を感じるようなコトでもなかったんだよね。
ノドカ兄が来てくれて安心したら、急にまわりの景色がしっかり見えてきて。
あたしはベルトを切ってもらえさえすれば、自力で脱出できる。
だけどうてなは、衝突の時に頭を打ったのか、顔色がまっしろだ。
どう見ても、すぐに救けなきゃいけないのは彼女のほうだった。
だから先に──って思っただけなんだ。
そんな説明をするあたしに、うてなはンフフッとうれしそうに笑った。
「フツー、生きるか死ぬかの時に、ほかのコを先になんて言えないもん。ボクねぇ、あとでクラスのコから、その話を聞いてさ。マメちゃんに恩がえししなきゃって、ずっと思ってたんだ」
「し、親友よぉ~~っ!」
うまくキャンパーの仕事ができなくてヘコみまくってる時に、あったかい言葉!
きゅうぅんっと胸にしみわたるよ!
「……寝るか」
涼馬くんは歯みがきに立ちあがり、さっさと寝ぶくろに入っちゃう。
抱きしめあう女子二人の友情シーンも、スルーだ。スルー。
「あんたらも宿題の日記おわったなら、さっさと休めよ。あしたは本格的に働かなきゃだ」
「「はぁーい。おやすみなさーい」」
「──おやすみ」
もう背中があっち向いてる塩鬼リーダーは、ボソッと返事。
やっぱりこの人って、マジメっていうか、りちぎだよね?
あたしもうてなも彼にならう。
寝ぶくろの中に新聞紙をしきつめたから、つま先がモシャモシャしてるや。
……実地訓練の初日は、これで終了かぁ。
まさか自分がいきなり実地訓練にあたるなんて、思ってもなかったけど。
あたしは天井を見上げ、アッと声をあげた。
ちょうど穴のすきまに、白い光がキラリと光ったんだ。
目をこらせば、枝と枝のあいだから、たくさんの星がキラキラ、あたしたちを見下ろしてる!
「ねぇ、星っ! 天体観測しながら寝るなんて、あたし初めてだよ。カンドーだねっ」
「ボクは、新聞紙があったかいほうにカンドォ~~」
「おれも……」
二人は大きなあくびをして、今度こそ目を閉じちゃった。
都会じゃ見られない、宝石箱をひっくりかえしたような、美しい星空。
あたしは胸がふるえて、となりに響かないよう、細く長く息をはいた。
ノドカ兄も現場で、こうやって星をながめて眠ってたのかな。
ふりおちてくる星の輝きに、うでをのばす。
ノドカ兄、いま、どこにいるの?
あたしと同じ星を見てる?
……待っててね。
あたしちゃんと、ノドカ兄に追いつくからね。