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ものがたり

【先行連載】『さよならは、言えない。』ためし読みれんさい! 第3回 2人の出会い


『君のとなりで。』シリーズの高杉六花さんの新シリーズ『さよならは、言えない。』を、ためし読み連載でチェックしよう!


中学1年生になったばかりの心陽(こはる)には、もう一度会いたい、ぜったいにわすれられない人がいて……。
会いたいのに、会えない。伝えたいのに、伝えられない――切なくて苦しいけれど、大切にしたい想いの物語が、はじまります。

心陽(こはる)が勉強をがんばるきっかけをくれた大切な人・『玲央(れお)』。
彼とすごしたのは、1年前、小学校6年生のときのこと。
ふたりのあいだに、何が起こったかというと……? 



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2人の出会い

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 去年の5月。私は小学校6年生で、北海道に住んでいた。

 少し前まで一面をおおっていた真っ白な雪がとけて、長い冬が終わり、春が来た。

 学校の花壇(かだん)では、ようやくおとずれたあたたかい日ざしの中で、春の花が咲いている。

「よいしょ」

 私は、水がたっぷり入った大きなジョウロを持って、ふらふらと歩いていた。

 放課後の学校には、ほとんど人がいない。

 みんな、とっくに下校してるのに……。

「はぁ……。どうして、はっきり断れなかったんだろう」

 広い花壇(かだん)を見渡して、私はため息をついた。

 さっき、授業が終わって帰ろうとしたら、クラスの女子に話しかけられたんだ。

「私たち、今日は急いで帰りたいんだけど、花壇(かだん)の水やり当番なの」

「山口さん、かわりにやっといてくれない?」

 ふたりは、クラスで目立ってる、中心的なグループの人たち。

 今日は私も用事があるから、急いでいるんだって、がんばって伝えたんだけど……。

 その用事が、「楽しみにしてる小説の発売日だから、早く本屋さんに行きたい」ってことだとわかると、ふたりはなんでもないように言った。

「花壇(かだん)の水やりしてから本屋さんに行けばいいでしょ。じゃ、よろしく~」

 楽しそうに帰っていくふたりに、私は何も言えなかった。

 私、いつもこうなんだ。

 はっきり断りたいし、言い返したいのに、いざとなると言葉が出てこないの。

 いつもあとになって、しっかり断ればよかったって後悔する。

「はぁ……」

 うなだれた私の視界に、色とりどりの花が飛びこんできた。

 マリーゴールド、パンジー、ベゴニア。

 どれもきれいに咲いている。

「よし、たっぷりお水をあげるよ!」

 心の中のもやもやを、むりやり吹き飛ばして、私は気持ちを切りかえた。

 水やりをしていたら、やるせない気持ちが少しずつ消えていった。

 ひととおりお水をあげて、乾いているところはもうないかなって見ていると。

「なにしてるんだ?」

「えっ!」

 突然、声をかけられて、ジョウロを落としそうになっちゃった。

 びっくりして、いきおいよく振り向くと、同じクラスの男子が私を見ていた。

「青山くん……?」

 青山くんに話しかけられるなんて、信じられない!

 青山玲央くんは、先月、新学期の始まりと同時に6年3組に転校してきた。

 東京からやってきた青山くんは、オシャレで、とびきりのイケメン。

 おまけに頭がよくて、運動神経もいい。

 特に勉強はすごくて、去年の全国学力テストで1位だったんだって!

 そんなかんぺきな青山くんは、あっという間に、ここ、白樺(しらかば)小学校の人気者になった。

 でもね、学校中の女子があこがれてることなんて、本人はまったく興味(きょうみ)ないみたい。

 登下校や体育のときに、女子にキャーキャー言われても、浮かれたりなんてしないんだ。

 そんな『クールでかっこいい』青山くんとは、同じクラスだけど話したことはなかった。

 人気者だし、かんぺきすぎて、フツーな私には遠い存在だったから。

「えっと。花に水やりをしてるよ。青山くんはどうしたの?」

「俺は忘れ物を取りに来たんだけど……。今日の水やり当番、山口さんじゃないよな?」

「う、うん」

 私、青山くんと会話してる……!

 緊張(きんちょう)しちゃって、ちゃんと話せてるか自信がない。

 ドキドキしていたら、青山くんはぎゅっとまゆをよせた。

「もしかして、誰かに無理やりやらされてるのか?」

「えっ」

 青山くんに図星(ずぼし)をつかれて、ドキドキしてた胸が、急にすっと冷たくなった。 

 なんて言ったらいいんだろう。

「ええっと……その……」

 ごまかすこともできずに目を泳がせていると、青山くんが私の顔をのぞきこんだ。

「誰だよ。名前を教えてくれ」

「ええっ」

「俺、そういうの、ゆるせないんだ。自分の仕事を他人に押しつけるなって、言いに行ってやる」

 うわわっ。大変だ!

 青山くんの気持ちはとってもうれしいけれど、これ以上、大事にはしたくない。

「だ、だいじょうぶ! その気持ちだけでじゅうぶんだよ。イヤなものはイヤって、はっきり言えなかった自分が悪いんだし」

「山口さんは、それでいいの?」

 心の底まで見通すような、まっすぐな視線で問いかけられて、思わず言葉につまってしまう。

 それでいいわけなんて、ない。

 今日だって、早く家に帰って、早く本屋さんに行きたかった。

 もし、『あなたたちが水やり当番なんだから、ちゃんと自分たちでやって』って言えてたら、きっと結果はちがったはずだ。

 ……だけど、私は、言えなかったんだ。

「私、本当の自分の気持ちを、その場でパッとなかなか言えなくって。こういうこと、けっこうあるんだ」

 こういうの、今日がはじめてのことじゃない。

 去年もあったし、今年に入ってからは特に増えた気もする。

「いつかは、ちゃんと思っていることを言えたらいいな、って思ってるんだけどね」

「……」

 言いわけみたいな私の言葉に、青山くんは、少し考えこむように口をとざしたあと、小さくうなずいた。

「じゃあ、たった今から、なればいい」

「えっ……」

「『いつか』を先のばしにしていたら、山口さんがイヤな思いをする日が増えるだけだろ。だったら、今から、思っていることを言える、新しい山口さんに変わるんだ。人は、変わりたいって思った瞬間から、変われるんだよ」

「新しい、私……」

 変わりたいって思った瞬間から、変われる。

 青山くんが言ったその言葉を、小さくつぶやいてみた。

 なれるかな。

 青山くんみたいに、きちんと自分の考えを言える私に。

 イヤなものはイヤだって、しっかり伝えられる私に。

 ううん、『なれるかな』、じゃないよね。

 青山くんの言うように、そういう私に『なる』んだ。

 そう考えたら、目の前が、急に、ぱぁっと明るくなった気がした。

「うん! そうしてみる!」

「がんばれよ。応援してるから」

 今まで、ぜんぜん知らなかったよ。青山くんって優しいんだな。

 だって、私のこと、心配してわざわざ声をかけてくれた。

「ありがとう……! がんばるよ」

 うれしくなって、青山くんに笑顔を返す。

「でも、なんでそんなに、ゆるせないって、怒ってくれたの?」

 たずねると、青山くんは、きっぱりした口調で言った。

「自分がやるべきことを人に押しつけるなんて、ズルいだろ。考え方が幼稚(ようち)なんだよ。山口さんの優しさにつけこむなんて、ゆるしちゃいけないことだ」

「青山くん……」 

 青山くんって、強くて、まっすぐな人だ。

 すごく、まぶしい。

 思わず見つめてしまっていたら、ふいに、青山くんがしゃみこんだ。

「俺も手伝うよ」

「いいの!?」

「ふたりでやったほうが早いだろ」

「うん! ありがとう」

 青山くんは、雑草抜きを手伝ってくれた。

 かんぺきすぎて遠い存在だと思っていた青山くんと、おしゃべりしながらいっしょに花壇(かだん)の手入れをしてるって、すごく不思議。

「山口さんさ、押しつけられたことなのに、ちゃんとやっててえらいよな」

 そう言った青山くんは、私を見上げて、ふんわり笑った。

「……!」

 教室では見たことがないような笑顔。

 それが私に向けられていることが信じられなくて、顔がじわじわと熱くなってきてしまう。

「そっ、そんなことないよ。私なんて、ぜんぜんだよ」

 なんだかあわててしまって、思いっきり否定しちゃった。

「そんなに否定することないだろ。すごいことだよ」

 青山くんにそう言ってもらえてうれしい。でも……。

 私は、ひと呼吸おいて落ち着いてから、静かに言った。

「すごいことなんて、ないよ。……私、青山くんみたいに、運動とか勉強とか、ずば抜けてすごいこととか特にないし」

「勉強、がんばってるだろ。全国模試でたまに名前がのってるの、見たことあるから。自信持ちなよ」

「……っ!」

 びっくりして、おもわず息をのんだ。

 塾で受けた全国模試は、上位500位まで、名前がのる。

 4月の模試、けっこうがんばって、ギリギリ500位内に入れたの!

 そんなギリギリな順位だったのに、青山くんが気づいてくれたなんて……!

 自分のためにがんばった結果を、こんなふうに知ってもらえてうれしいよ。

 自信……持っても、いいのかな。

 だけど、その模試の1位は、青山くんだったんだ。

 なんだか気はずかしくて、私は早口で言った。

「で、でも、どんなに勉強をがんばっても、青山くんにはかなわないよ。青山くんは特別だもん」

「俺は特別なんかじゃない。それに、山口さんだって、やってみなきゃわかんないだろ」

 青山くんは、真剣な顔で言った。

「俺をこえてみろよ」

 思ってもいなかった言葉に、あっけにとられてしまった。

「青山くんを……?」

「ああ。俺を抜いて、全国1位になるんだ」

「いやいやいや、無理だよ!」

 あわててブンブン首を振った私に、青山くんは落ち着いた声で言う。

「俺は、山口さんならできるって思ってる。俺の言葉、信用できない?」

 そして、にやりと笑った。

 青山くんのこと、信用できないわけない!って、私が思っているなんて、全部お見通しっていう顔だ。

 青山くんは、自分よりずっと成績の悪い私に、初めから無理だって言ったりしない。

 私のこと、青山くんのライバルになれるって思ってくれてるんだ。

 そのことが、私には、すごくうれしかった。

「……ありがとう。私、がんばってみるよ!」

「ああ」

 笑顔でうなずいた青山くんを見た瞬間――……。

 私の前に、今まで見えていなかった道が開けたような気がした。

 私も青山くんみたいに、キラキラかがやけるようになりたいって思ったんだ。

 

自分が変わるきっかけをくれた玲央との出会い。
この日から、心陽と玲央が、ふたりで過ごす時間が始まります!
次回 第4回「お別れと約束」を今すぐチェック!


『さよならは、言えない。② ずっと続くふたりの未来へ』のためし読み公開中!




 『一年間だけ。』の安芸咲良さん新作『ハッピーエンドはどこですか』先行連載中!




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\新シリーズを、先行連載でだれよりも早くおためし読み!/



作:高杉六花  絵:杏堂まい

定価
770円(本体700円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046322166

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『君のとなりで。(1)~(9)』も好評発売中!


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