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ものがたり

<1巻無料公開&2巻スペシャル連載>『なりたいアナタにプロデュース。』第5回 あたしが悪い!

メイクアップアーティストをめざす、倉持ゆずは。メイクのセンスばつぐんな転校生・ヨウくんと出会って、あこがれの夢がうごきだすーー!

角川つばさ文庫で人気上昇中の新シリーズは、
学園×恋×友情…そして、メイク!
発売中の①&②巻を、なんと《スペシャル連載》でお届けします。
最新刊にすぐ追いつけちゃう、このチャンスを見のがさないで!

この連載もいよいよ、ドキドキ加速の2巻め分に突入!
開始そうそう、宿敵・レツと、いきなりまさかのトラブルです!?

 

7)あたしが悪い!

「く~ら~も~ち~ゆ~ず~はぁ~……」
 あたしの目の前で、アゴに手をあてながらうずくまっている少年。
 黒い髪の毛と赤茶色の瞳。
 あたしの天敵(てんてき)である、柊沢(ひいらぎざわ)レツだ。
 そのするどい視線は、まるで黒ヒョウがエモノの首をねらってるときみたい。
 今にも飛びついてかみつくぞ! とでも言いたげな表情に、背すじがふるえちゃう。
 いつもなら柊沢レツになにを言われたって負けない! ってそう思うんだけど。
 ……さすがに今だけは、強気にはなれない。
 だって、柊沢レツが怒ってるのはあたしのせいで、こればっかりはこっちが悪い。
 今回ばかりは、そのことを認めざるをえなくて。


 ──そんな事件が起きたのは、さかのぼること数分前。

 日直のしごとである、今日の1日のできごとを日誌に書きこむ。
 その最後のコメントを書いたあと、あたしはいつものようにメイクのイラストを描く。
 日誌は先生だけじゃなく、日直の子も読むから、他の子たちの目に留(と)まればいいな。
 あたしはメイクが大好きで、将来はメイクアップアーティストを目指してるんだ。
 だからこのイラストはいわば、あたしのサインみたいなものなの。
 倉持(くらもち)ゆずは=メイクって思ってもらえるようにね。
 前回はリップのイラストで、今回はあたしのお気に入りである、メイクブラシのイラスト。
 持ち手にはカラフルなビーズが入ってて、一見(いっけん)お花のつぼみみたい。
 そのつぼみの根っこ部分をぎゅっと下に引っ張ると、パカン! と硬いつぼみがわれて、中からブラシが飛び出すの。
 あたしのにぎりこぶしと同じサイズの、大きなブラシ。
 そのイラストを描いた横に、あたしの名前を。
「倉持ゆずは……っと」


 よし! あとはこれを職員室にいる先生に渡せば終わりだ!
 ちょうど立ち上がろうとしたそのときだった。
「よかった。ゆずは、まだいたー!」
 教室の入り口からあたしに向けて大きく手をふっているのは、あたしの友だちの芽衣(めい)だ。
「あれ、芽衣? どうしたの?」
 1日の授業が終わって、みんな帰宅しようとクラスメイトがちりぢりになってる。
 そんな中で別の校舎に教室がある芽衣が、顔をのぞかせていた。
「ゆずはにお願いがあるの」
「お願い?」
 あたしの席までかけ足でやって来た芽衣は、パンッと音を立てて両手を合わせた。


「今週の日曜日までに、あたしにメイクのやり方を教えてほしいの!」
「えっ、やった! もちろんいいよ!」
 わー! 久しぶりに、人にメイクができる!
 これって凛にまゆ毛を描いたとき以来だよー!
 いつもおしゃれな芽衣は、今日は首にカラフルなスカーフを巻いてる。
 首の横でフワッと結んで、スカーフの花が咲いてるみたいに見えて、かわいい!
「日曜日にね、あたしが入ってるダンス部の定期発表会があるの。今回の衣装がすっごくハデカワなんだ! だからメイクも衣装に合うようにハデにしたいって思って」


「ハデカワ!?」
 あたしは思わずさけびながら席を立つ。
 ハデカワ! それはあたしの大好きなワード。
 特にメイクに関しては、ナチュラルメイクもいいけど、あたしはハデなものが好き!
 少しのメイクでもふんいき変わるけど、バッチバチにすると本当に別人みたいになれるんだ!
 ときにはクールに、ときには超かわいくもなれる。
 そういうメイクってなかなかジッセンするチャンスがないから、コウフンしちゃうよね!
「その衣装のこととかくわしく教えて! それに合ったメイクを考えさせて」
 ゼンは急げだ。
 あたしはつくえのフックに引っかけてたカバンと、メイクボックスをつかんだ。
「職員室に日誌届けるから、そのあと温室に行って話そうよ」
「うん! よろしく!」

 


 温室内に入ったシュンカン、芽衣はダンスでも踊るような軽い足取りで、イスに座った。
「じゃあさっそく、衣装のこと教えてくれる?」
 ガーデニングテーブルの上に、いつものスケッチブックを広げてペンを取る。
 ちゃんと忘れないようにメモしておかなくちゃ。
「今回のテーマがね、クールビューティな、お花の妖精なの」
「クールビューティ?」
 かっこよくてキレイなイメージってことかな。
「衣装のイメージカラーは青。キラッキラしてて超かわいいんだー」
「青かぁ。なるほどね」

 うんうんとうなずきながら、スケッチブックにメモを取る。

「じゃあさ、こんな感じで、ハデに青をまぶたにのせるのはどうかな?」
 スケッチブックの中に貼(は)っていた、雑誌の切り抜きページ。
 そこにはファッションショーのモデルさんのまぶたに真っ青なアイシャドウが。
「かわいい!」
「だよね!」
 まぶた全体に濃い色のアイシャドウがぬられてるんだけど、粗(あら)いラメがキラッキラ。
 芽衣の衣装は見てないけど、このモデルさんの服の色も青。
 だからきっと、これなら芽衣にも似合うと思うんだ。

 

「ちょっとだけ、今から試してみない?」
「うん! やってやって!」
 芽衣はウサギみたいにピョンッと、イスに座ったまま小さくジャンプした。
 あたしはさっそく、メイクボックスのフタを開ける。
「ちなみに芽衣はアレルギーとか、メイクで肌荒れしたりしたことある?」
「ううん、ぜーんぜん。こないだもママのコスメを借りちゃったけど、問題なかったよ」
「じゃあ今濃い青色のアイシャドウ持ってないから、代わりに水色のこれつけてみるね」

 

 ダンスの日限定のハデカワメイクなら、おとな用のアイシャドウ使ってもいいかも。
 ヨウくんに頼んで、ケイさんが使わなくなったコスメ、借りられないかな?
 あっ。ケイさんっていうのは、あたしがメイクをするきっかけになったプロのメイクさん。
 少し前に転校してきたヨウくんの、ママさんでもあるの。
 ヨウくんってメイクのことにすっごく詳しいんだ。
 でもヨウくんがメイクに詳しくてメイクが大好きなことは、誰にもナイショね。
 ふたりだけのヒミツが条件で、ヨウくんがアドバイスしてくれることになってるから。


 

 うーん……なんで、こうなっちゃうのかな?
 アイシャドウをつけたあとで、あたしは腕を組みながら首をかしげちゃう。
「ゆずは、大丈夫?」
 目を閉じたままの芽衣だけど、あたしが出したふおんな空気を感じたのかも。
 芽衣は不安そうな声をこぼした。
「だっ、大丈夫!」
「ほんとに?」
 はっ! モデルさんに心配させるなんて、プロ(見習い)失格じゃん!
「う、うん! 芽衣ったら妖精どころか、えーっと、めっ女神さまみたいに超キレイだよっ!」
 ごまかすために言った言葉に、芽衣はパチッと目を開けた。
「えっ! ほんと!? 見たい!」
 えー! それはダメ!!

 

「いやぁ……ハデすぎた気もするし、手直しさせてっ! ね?」
 しどろもどろな回答だけど、芽衣は満足そうにまぶたをおろした。
「うーん、わかった」
 ほっとして、あたしはあわててメイクを指の腹でぬぐう……けど。
 ぬわぁ! やっぱり、ダメだー!!
 ぬぐったらよけいに色が広がって、修正できないー!
「ねっ、やっぱりさ。時間もおそくなっちゃうから、今日はもうメイク落としちゃおうっ!」
「えっ、見てから落としたい!」
「それはダメっ! 絶対ダメ!」

 芽衣がメイクボックスのフタについてるカガミをのぞいた──けどそれと同時に、あたしはメイクボックスのフタをバタンと閉めた。
 

「えっ、なんで?」
「だっ、だって、まだ完成してないし。そ、それに……ほら、本番までのお楽しみだよ」
「でも当日はあたしが自分でメイクするんだよね? もしくはメイクしにきてくれるの?」
「えっ! 行っていいなら行くよ!」
 メイクできるのならどこへでも!
「ほんと? なーんだ。だったら今日は見られなくてもいいかな」
 その言葉にホッとして、あたしは芽衣にメイクを落とすクレンジングミルクを渡した。
 それを持って手洗い場に向かう芽衣の背中を見ながら、あたしはアイシャドウを手に取った。

 

「……メイクってほんと、見るのとやるのとでは違うよね」
 青系のアイシャドウって、あまり使ったことなかったんだよね。
 だからさっき、まぶた全体につけてみたらさ……。
 芽衣の目がどこかにぶつけたみたいに、青アザっぽくなっちゃった。
 しかも手直ししようとすればするほど、ドツボにはまる感じで……どんどんひどくなった。
 雑誌にのってるのを見たときはとってもキレイって思ったのに。
 実際につけると、なんでうまくいかないんだろう?

 

 あたしが首をひねってると、芽衣がメイクを落とし終えて戻ってきた。
 その姿を見てあたしは、メイク落としと一緒に用意してた、化粧水とクリームを芽衣に渡す。
 小さなボトルにつめかえて、いつもメイクボックスに入れてるんだ。
 クレンジングや洗顔料で顔をあらったあとは、肌がカピカピに乾燥(かんそう)しやすくなるから保湿するといいって、ママが入れてくれたものなの。
 乾燥を放っておくと、もっとお肌がカピカピになって傷つきやすくなっちゃうんだって。
 意外なことに、乾燥すると敏感(びんかん)肌や脂っぽい肌になることもあるみたい。
 水分が足りないと肌は代わりに脂を出そうとしてそうなる、ってママが言ってた。
 そうならないためにも、しっかり保湿しなくちゃ。
「芽衣ごめん。ちょっと忘れ物しちゃったから、あたし教室に戻るね。また明日!」
「あっ、うん。またメイクよろしくねー!」

 

 荷物をつかんで、あたしは温室から飛び出した。
 もしかしたら、今なら教室にヨウくんがいるかもしれないって、そう思って。
 ヨウくんなら、なんでこんな風になっちゃうのか原因を知ってるかも。
 前にも敏感肌には初めにパッチテストすればいいって、さらっと良い案を出してくれたし、すっごく物知りだから相談にのってもらおう!
 メイクのこと相談できる仲間がいるって、やっぱり心強いなぁ。
 ヨウくんがこの学校に転校してきてくれて、本当にうれしい!

 

「よし! 元気出てきたかも!」
 そうだ。落ち込むのはまだ早い。
 あたしの好きなハデなメイクが思いっきりできるんだし!
 元気をとり戻したあたしは、はや足で教室に向かう。
「やっるぞー!」
 ちょうど校舎のカドを曲がるタイミング。
 やる気を上げるために、さらにかけ声をあげる。
「エイエイオー!」
 なんて言いながら、あたしがメイクボックスを思いっきりふり上げた──シュンカンだった。
 ドゴッて音とともに、なにかがメイクボックスにぶつかるショウゲキ。
「いって!」
 一瞬なにが起きたのかわからなくて、あたしはボーゼンとその場に立ちつくしてしまった。


*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*

 ギロリと光る、柊沢レツの殺気(さっき)立った視線。
 その眼光(がんこう)はまるで、エモノを見つけたときの黒ヒョウみたいにするどい。
「く~ら~も~ち~ゆ~ず~はぁ~……」
 その言い方がなんだか、ナンミョーホーレンゲーキョーなんてお経に聞こえた。
 ……やばい。あたし、死ぬの?
 なんて、体は固まったままで、脳みそはそんなことを考えていた。
「……見ろ、おれの言ったとおりだろ」
 柊沢レツのメガネはぶつかったショウゲキでふっ飛び、地面に転がっていた。
 それを拾ってかけ直すけど、明らかにゆがんでいる。
 まるで柊沢レツの髪型と同じように、アシンメトリーにメガネはかたむいていた。

 

「ごっ、ごめん。ごめんなさい!」
 やっと平静を取りもどしたあたしの口は、謝罪の言葉をはき出した。
 やばいやばいやばいやばい!
 これは間違いなく、あたしが悪い!

 止まっていた時間をとり返すかのように、あたしは必死に頭を下げた。
「本当にごめんね! メガネのことも、ちゃんと責任を取ります!」
 ドッドッドッドッと、心臓が早鐘(はやがね)をうつ音がやけに耳にひびく。

 

「おれは前に言っただろう。メイクボックスは武器になるって」
 おっ、おっしゃるとおりです。
 前にそう言われたときはムッとしたけど。
 メイクボックスはふり回さないし! とか思ってたけど。
 でも、本当にそんな事故が起きてしまった……。
「それとお前、責任取るとか言ったな」
「うん、取る! 今あるお年玉全部はたいても、おこづかい前借りしてでも弁償するよ!」
 そう言っていきおいよく顔を上げたら、柊沢レツは冷たい目を向けていた。
 にらむでもなく、怒るでもなく。

 

「弁償するそのお金は、お前のお金じゃないだろ」
 えっ? いやいや、話聞いてた?
「あたしのだよ。お年玉やおこづかい使うって言ったでしょ?」
「そのお年玉もおこづかいも全部、誰が働いてかせいだお金だ?」
「それは……」
 パパやママが働いたお金だ。
「このメガネとおれをなぐった代償(だいしょう)は、きっちりお前自身で払ってもらう」
 代償って、なにか代わりのものでソンガイをつぐなうって、ことだよね?
「そんなこと言ったって、どうやって?」
 柊沢レツはイビツにかたむいたメガネをクイッと指で押し上げたあと。
「いずれわかる」
 フンッと鼻をならしながら、あたしのとなりを通りすぎていく。
「なにそれ、いったいどういう意味?」
 あわててふり返ったけど、彼のすがたはもう、そこにはなかった。
 校舎のカドを曲がって、とっくに見えなくなっていた。

 


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