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ものがたり

【大河ドラマで話題の人物!】『鎌倉の姫将軍 北条政子』れんさい 第2回 ~鎌倉時代のはじまり~ 政子と頼朝の国づくり


【第1回】~鎌倉時代のはじまり~ 政子と頼朝の国づくり

日本史上もっとも有名な女性リーダー・北条政子。夫の源頼朝や、弟の北条義時とともに、朝廷が中心の社会を変え、武士が先頭に立つ鎌倉時代をつくっていきました。

彼女がなぜ、頼朝たちと「新しい時代をつくりたい」と思うに至ったのか。そして、女性の権力がそこまで強くなかった時代に、なぜ「武士をまとめるリーダー」として活躍できたのか——。3回の小説連載で解き明かしていきます。今回は第2回です。

☆連載第1回はコチラから

 

山の上の神社で意気投合(いきとうごう)した翌日——政子は、お手伝いのさえちゃんといっしょに、頼朝の家へと出かけていきます。

 

 

 次の日は、用心して、昨日の頼朝(よりとも)と同じようにすることにした。

 それは、早起きして、夜明けのうちに出かけること。

 私は、さえちゃんだけをおともにつけて、ひるが小島(こじま)へ出発した。

 と、いっても、丘をぐるりと回って、お散歩感覚でいるうちに、ついてしまうんだけどね。

 ひるが小島って、ほんとうに、ご近所なんだ。

 こんなに近くに住んでいたのに、私、これまで、なにしてたんだろう。

 どうして、頼朝と、ちゃんと知り合ってなかったんだろう。

(源氏(げんじ)は平家(へいけ)にとって、敵なんだからな)

 という、義時の言葉を思い出す。

 家と家との都合で、私たち、ふつうのご近所づきあいさえ、してこられなかったんだ。

 そして、今日だって、会いに行くだけなのに……。

 だれかに見られないように、ドキドキしながら、歩いてる。

 ひるが小島は、川の中州(なかす)で、入れる道が一本しかない。

 草木が自然のままにしげっているけれど、その一本道だけは、きれいにならされている。

 ふと、木々の間に、小さな広場が現れた。

 その向こうに、古びたお堂。

 その中から、お経(きょう)をよむ声が聞こえる。

 ――頼朝の声。

 私は、さえちゃんに、小島の外で待ってくれるように言って、お堂の縁側(えんがわ)に上る。

 すぐに、お経の声が止まった。

「やあ! 今日は早いですね。お昼ごろになるかと思っていたのに」

 と言いながら、引き戸をガタガタと開けて、出てきたのはやっぱり、頼朝だった。

 朝早いのに、髪も直垂(ひたたれ)もきれいに整えてあって、そのさわやかさに、なんだか……。

「おはよう……」

 ……見とれてしまう。

 私がなにも言いだせないうちに、頼朝が話し出した。

「このお堂には、義時(よしとき)どのも、来たことがあるんですよ」

「……義時が?」

 びっくり。あいつ、頼朝は敵だって言ってるくせに?

「あのころ、私は、初めての戦(いくさ)で父や兄弟を亡くし、ここに流されたばかりで」

 あっ……。

 うちのお父ちゃんが、頼朝の身元を引き受けたころのこと。

「義時どのは、時政どのに言われて、私と遊びに来ていたんですよね」

 ……お父ちゃんらしい。

 小さい義時を送りこんで、頼朝の様子を見張らせようと思ったんじゃないかな。

 それに義時も、昔から、人見知りしない子だったっけ。

 新しい遊び相手ができて、うれしかったにちがいない。

「2、3度、チャンバラごっこなどをして遊んだのですよ。とても楽しかったのですが……」

 と、ほほえむ頼朝の目は、とてもやさしい。

「最後に義時どのが来たとき、私はここで、仏様にお経をあげていたのです。それで、終わるまで待ってくれと言うと、義時どのが、なんのためのお経なのかとききました」

 うちの家族も、お経くらいはあげるけれどね。

 でも、みんな短気だから、ちょっとで終わらせてしまう。

 頼朝は、熱心にいつまでも続けていて、義時にはそれが、めずらしかったのかも。

「それで私は、『平家に殺された父と兄弟のたましいを、なぐさめたいので』と、答えたのです」

 頼朝……。

 すっごくストレートな答え……それ。

「すると、義時どのはとてもおどろいて」

 だよね。

 だって、そのころから、北条家(ほうじょうけ)は平家に仕えていたんだから。

 義時にとって、目の前のチャンバラ仲間が、平家と対立する家の人だなんて、ショックだったはず――。

『では、おまえは敵か!』……義時どのはそうさけんで、私にむかって木刀(ぼくとう)をふり上げました」

 ――やっぱり。

「私も、なぐられたくはないので、そばにあったほうきを構え……」

 ――うわ。

「……そのほうきで、義時どのの木刀をはらうと、義時どのは『覚えてろーっ』とさけんで、走り去ったのです。――それきりでした」

「なんか、わかる……」

 そして今でも、義時の脳みそには、『ひるが小島の頼朝=敵』って、すりこまれてるんだ。

 それだけ、私たちには、平家の支配が、当たり前なんだよね。

 思えば、長い年月だもの。

 頼朝は、こんなに立派な大人になり、義時だってもう戦に出られる歳。

 だけど、北条家はいまだに、平清盛(たいらのきよもり)様の支配下で、暮らしているんだから。

 そのとき、

「たけました」

 という声。

 見ると、垣根(かきね)の向こうから、ひげづらのおじさんが顔を出して、ひょいっと頭を下げた。

 頼朝が、私に言う。

「朝がゆは、いかがですか。おつきの方にも」

 とたんに、ぐうー、と、私のおなかが鳴る。

 朝ご飯、まだ食べてないもんね……。

 頼朝の気づかいは、いつも、さりげなくてカンペキ。

 これが、京都生まれ、っていうことなのかなあ。

 

 

 さえちゃんもいっしょに、お堂でおかゆをいただいた。

 そして私は、低い垣根に囲まれた、頼朝の家におじゃまする。

 それは、北条家の十分の一くらいかな、って思うくらい、小さな家。

 だけど、きれいにそうじされていて、とても気持ちがよかった。

 頼朝の家には、身の回りの世話をしてくれる、2人の武士がいるんだって。

 ほかにも頼朝には昔から、ひそかに味方になってくれてる人たちがいて、ときどき物やお金を送ってくれているらしい。

 それって、つまり、源氏の味方……で、平家と敵対する人たち……なんだよね。

 頼朝から、そんな身の上話を聞けるのは、とてもうれしい。

「昨日はしゃべりすぎて、ごめんなさい。今日は、頼朝様の話を聞く番です」

 って言ったら、頼朝は、アハハと大きくわらった。

 こんなに楽しそうな顔も、できるんだなあ。

 そよ風が通り抜ける縁側で、初夏(しょか)の光にきらめく緑をながめながら、私は頼朝の話を、ため息を、そして笑い声を、ひたすら聞いた。

「私のほうこそ、昨日は政子様のお話をうかがい、ハッとしたのです。ご自分の意見をとてもしっかりお持ちで、しかも、それが私の意見と似ていたので」

「えっ……」

 私、「意見を持っちゃって、ごめんなさい」って、いつも思っていたのにな。

 勢いで意見を言ってしまうと、「つい言っちゃいました」って、あやまることも多かった。

 だけど頼朝は――。

「政子様のおかげで、私も、経をよんでばかりいないで、なにかしないといけないな、と、考えるようになりました」

 ――私が言ったことを、正面から受け止めて、自分でもなにか、考えてくれた――。

「つまり――はずかしいのですが、もし私が将軍(しょうぐん)なら、ということを考えました。えー、コホン……まずは、武士の社会のありかたについて」

 頼朝は、想像する未来を、話してくれた。

 武家(ぶけ)は、自分たちの土地を大切にして、命がけで守るのが仕事。それでも、朝廷(ちょうてい)から言われたら、土地を取り上げられてしまう。

 だけどこれからは、武家がそれぞれ、先祖代々受けついできた土地を、ずっと持っていられるようにしたいんだって。

 そうすれば、かわりに武家は将軍を、力をつくして守るにちがいない。

「それに、国の統治のための役所(やくしょ)を、いくつかに分けたらいいと思っています」

 いまは、平清盛がとてもエラくて、なんでも自分がいいように決めてしまってる。

 だけど、頼朝は、戦いのこと、お金のこと、そして裁判を、それぞれ専門の役所に、しっかりやってもらったほうがいいと考えてる。

「そして、各地に、将軍に忠実(ちゅうじつ)な武士を、根付かせるんです」

 戦で活躍(かつやく)した武士には、地方の領土(りょうど)を与える。その武士は、農民たちと力を合わせて土地をたがやし、豊かにし、戦があれば将軍のために戦う……。

「……どうでしょうね。私の考えたニッポン、ってかんじなんですが。ハハハ」

 なんて夢の大きな人なんだろう!

 それに、武家が朝廷と平家に仕えるだけじゃない、新しい世の中だなんて……。

 私、想像したこともなかった!



 

 頼朝はさっき、私のおかげで考え始めた、なんて言ったけど、それはちがうよね。

 本当は、この小さな中州や、あのボロ神社で、ずっとそういうことを、考えながら暮らしていたんだと思う。

 戦で家族を失って、ここに流されたその日から、ずっと、ずっと。

「すごい……もっと話そう。しっかり考えて、かっちり作って、紙に書いたりしよう!」

 って言ったら、頼朝は、また楽しそうにわらった。

「政子様は、いつも、かっちり、しっかり、したいのですね」

「政子、って呼んでください」

「では、私のことは頼朝、と」

「え!? だ、だって……頼朝様は……やっぱり『頼朝様』ってかんじだし」

「私にだけ『様』ですか。不公平ではないですか」

 頼朝は、ぷーっとふくれた。

 その顔を見て、私は思わず、吹き出しちゃった。

 2人で、また、わらった。

 

 

「わらってる場合か!?

!?

 ハッと見ると、小さな庭の向こうに、義時が立ってた。

 さえちゃんが、そのとなりで申し訳なさそうに、

「政子様。おむかえでございます」

 と、ちぢこまってた。

 とたんに、義時が、スラリと腰の刀を抜いた。

「義時!?

 こ、殺される!? そんなに怒ってるの!?

 ところが、義時の目が見ていたのは、頼朝。

「姉者(あねじゃ)に、さわるな!」

 義時が、こちらへかけこみ、頼朝に向かって刀を振り上げる。

「敵のくせに、姉者をたぶらかすたあ、どういう了見(りょうけん)だ!」

 頼朝は、ほうきをつかみ、ビュッ、と前に突き出した。

 その先が、義時ののどをとらえる。

 



「たぶらかしてなどいません。大切な話をしていました」

「これ以上、姉者にちょっかいを出してみろ。ただじゃすまねえぞ」

「ご立派になられましたな、義時どの。しかし……また、私の勝ちです」

「次に会ったら、こうはいかねえ」

 この2人、戦ってはいけない。

「義時、落ち着きなさい。私はもう帰るから」

「…………おやじが待ってるぜ」

 ほうきを、のどもとにつきつけられたまま、義時は、ゆっくりと刀をおろす。

 頼朝も、そっとほうきをおろすと、

「さようなら。また会いたい――政子」

 とささやいて、私に手をさしのべた。

 私たちは、自然に握手(あくしゅ)を交わす。

「――はい。私も」

 そして、できるだけゆっくり、手をほどく。

 最後に、指がはなれた。

 私たち、いつか、いっしょに、なにかすごいことができる気がするよ。

 だけど本当は、もう一度会えるのか、すっごく、不安。

 こんなに近くにいるのに、私たち2人のあいだは、とっても、遠い。

 

朝廷が中心の平安時代が終わりをむかえると、頼朝を中心に、鎌倉幕府がひらかれました。

 



 武士が国を治めることで、人々がより豊かに暮らせるように——そしてその後、この仕組みを確かなものにしたのは、ある事件での政子のスピーチだったのです。連載は【第3回 ~武士が中心の時代へ~ 国を一つにした名演説!】に続きます。

 

★第3回の配信は、2月5日を予定しています。


北条政子や源頼朝、鎌倉時代について気になったら下の本もぜひチェックしてね!
 


作:こぐれ 京 絵:朝日川 日和

定価
792円(本体720円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046320896

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