◆7 豪華バス、脱落行き
地上についた春馬たちは、タツの案内でタワーのそばの駐車場にやってきた。
「鬼ごっこは全員がクリアかい。だれも脱落しなくて、うれしいよ」
春馬たちが乗せられたのは、豪華なリムジンバスだ。
床には、じゅうたんが敷かれ、天井は宇宙をイメージした濃い青に塗られ、星も描かれている。
真ん中の通路をはさんで、両わきに、ゆったりした座席が1つずつ列になっている。
春馬たちは席に着いた。
通路をはさんで、となりの席には未奈が座った。
これで遠足にいったら、快適だろうなぁとのんきなことを考えてしまう。
そのとき、ブルブルと、腕につけたスマホが振動した。
息をつくひまもなく、次の問題か。
第2チェックポイント 制限時間は、午後1時00分
時間オーバーは─脱落
最初のメールと同じように、『ヒント』というタイトルの添付ファイルがついている。
ファイルを開くと、春馬の画面にあらわれたのは、また鬼の絵だ。
これだけで、また、次のチェックポイントをさがせというのか?
「きゃっ」
理子の悲鳴がバスにひびいた。
「どうしたの?」
春馬と未奈が、理子の座席をのぞく。
「わたしのヒント、……ゆ、幽霊なんです」
理子が小声で言うと、スマホのディスプレイを春馬と未奈に見せる。
ホラー映画に出てきそうな、着物すがたの長い髪の女だ。
「ぼくのは、また鬼だ」
「あたしのは、タヌキよ」
未奈のヒントは、コミカルに描かれたタヌキのイラストだ。
鬼、幽霊、タヌキ……?
この3つのヒントから連想される東京の場所はどこだろう?
「春馬、わかる?」
「そうだな……この近くに、タヌキの穴と書いて狸穴町という場所がある。そのそばの、アイドルグループの名前でも有名な『乃木坂』は、江戸時代は『幽霊坂』と言われていたらしいよ」
「タヌキに、幽霊、それに裏鬼門の増上寺。3つのヒントがつながりましたね!」
理子が、思わず大きな声を出した。
「それは、そうだけど……」
東京を巡るというわりに、第1チェックポイントと第2チェックポイントが近すぎないか?
「なに、こそこそ話ばしとーったい。おれも仲間に入れれや」
話に割りこんできたのは、大樹だ。
「おれは東京にくわしゅうなかし、イエローカードももろうとー。マジで絶体絶命なんや」
大樹の提案は、願ったりかなったりだ。
「ぼくはいいけど、未奈と理子もいいかな?」
「いいわよ。ヒントを見せあいましょう」
未奈が言うと、理子もうなずく。
「おれのヒントはこればい」
大樹が、スマホのディスプレイを見せてきた。
シイタケのようなかたちをした、パラソルのイラストだ。
鬼、幽霊、タヌキと、関係があるのかな?
「鬼吉、11時をすぎたから、バスを出してくれるかい」
タツが言うと、運転席の鬼吉が「へい!」とエンジンをかける。
「お前さんたち、休憩時間は終わりだ。第2チェックポイントにむかってもらうよ」
「タツさん、あのことを忘れてますぜ」
「あぁ、そうだね。1つ言い忘れてた」
「おめぇら、今回はラッキーカードがあるんだ」と鬼吉が言う。
「送られてきたメールに、ラッキーカードが添付されていた者は、運がいいよ。時間が30分延長されて、1時30分までに第2チェックポイントに到着すればいいんよ」
ラッキーカードだって!? そんなもの、ついていたかな?
もう一度受信したメールを見るが、それらしきものは添付されていない。
「また運かよ。このゲームって運だよりやん、おもしろくねぇな!」
うしろの席に座った竜也が、はき捨てるように言った。
「実力も運のうちよ」
「それを言うなら、運も実力のうちじゃないかな?」
春馬がつぶやくと、タツはにやりと笑った。
「あたしゃ、こまっけェことは気にしないタチなんだ。それに、ラッキーは優秀な者にいくのが世の常ってもんだろ」
「タツさん、それは言いすぎです!」
運転席の鬼吉が、鋭い口調で言った。
「おやおや……これは、あたしとしたことが、口がすべったねェ」
うん? 今のはどういう意味だ?
「今回は、出血大サービスで、お前さんたちを希望の駅までバスで送ってあげるよ。ただし、早く行き先を決めないと、鬼吉が適当にドライブしちまうよ。鬼吉、どこへいく気だい?」
「目的地の指定がなければ、あっしは鎌倉あたりにむかおうと思いますぜ」
「それじゃ、高速道路に入るつもりかい?」
「ここからだと、芝公園入口がすぐですからね」
「お前さんたち、早く行き先を決めないと、バスは高速道路に入っちまうよ」
「そ、それはこまる!」
春馬が言うと、未奈が「どういうこと?」と聞く。
「高速道路は行き先が決まっているときには便利だけど、一度入ると、次の出口まで出られない。Uターンもできないし、行き先をかんたんには変更できないんだ。まして、鎌倉方面にいかれたら都内にもどってくるだけで時間がかかる。制限時間内に到着できない可能性が高くなるぞ」
「一大事じゃないですか!」と理子。
「早く、目的地をしぼりこもう。でないと、全員で脱落だ!」
「いいや、それはちがうな」
春馬の言葉に反応したのは、亜久斗だ。
「なんだ? 亜久斗、どうちがうんだ?」
「バスが高速道路に入って、鎌倉にむかったら、脱落するのは7人だ」
「ここには8人いますよ?」
理子が聞く。春馬は、あのことを思いだした。
「そうか、ラッキーカードだ! ラッキーカードの持ち主には、分の時間延長がある!」
「このゲームは、残り1人になったら、その時点で終了。午後1時になっても、第2チェックポイントに到着する者がいない場合、7人が脱落。ラッキーカードを持っている1人が優勝になる。あっけないな」
いつもの冷静な口調で亜久斗が言った。
「だればい! だれがカードば持っとーったい!?」
大樹のストレートな質問に、おたがいが顔色を見る。
「おのれとちゃうんか!」
竜也が言うと、大樹が首を横にふった。
「フフン、ラッキーカードが届いた人にむけて言っておくけど、カードは自動で隠しフォルダに移動されてるよ。いくらほかの人が操作しても見つかりゃしないから、心配しなくていい」
タツの言葉のあと、吐息が聞こえた。
その人物がカードの所有者だろう。でも、春馬にはそれがだれか特定できない。
「そろそろ、目的地を決めてもらわないとな」
運転席の鬼吉がせかす。
「もう少し待ってください」
みんなを代表して、春馬が言った。
「出発が遅れたら、時間もなくなるぞ」
そうだけど、今のままではチェックポイントの場所がまったく見当もつかない。
「ここは、みんなで協力しないか」
春馬が言うと、竜也が反応する。
「みんなだと!? おまえら4人は、もう協力しとるやろがぁ!」
「でも、4人のヒントをあわせても、第2チェックポイントの場所がわからないんだ。竜也たちも協力してくれないか」
「オレらは……」
「いいですよ」
竜也をさえぎって、奏が言った。
「奏、おまえは黙っとけ!」
「それは、アタシの台詞。竜也こそ、黙っとって」
奏が言うと、竜也はむっとした顔で口を閉ざした。
「アタシと竜也は生まれも育ちも大阪で、東京はくわしくないの。それに、アタシたちのヒントは意味不明やし」
奏の声は美しいメロディのようで、ここちいい。
「どうしたの?」
「えっ?」
「アタシの話、聞いてる?」
「あっ、う、うん……協力しよう」
春馬は奏の声に聞き入っていた。
「ヒントを見せあお。竜也もいいやろ」
「奏がそう言うなら、しゃあない」
強面の竜也だけど、奏には逆らえないようだ。
これで、残ったのはサオリと亜久斗だ。
「おれも協力する」
意外にも、亜久斗のほうから協力を申しでた。
「亜久斗らしくないじゃないか」
「ここで協力しないと、おれがラッキーカードを持っているのがばれてしまうからな」
冗談なのか本気なのか、亜久斗の表情からは、判断できない。
最後に、サオリも協力すると言った。
春馬、未奈、理子、大樹がヒントの画像を見せ、次に奏が見せた。
うす紅色の花を咲かせた木の写真だ。
「この花はなにかな?」
春馬が言うと、横から未奈が見る。
「梅の木みたいね」
「次は、オレのヒントや」
竜也のディスプレイには、筆の化け物のイラストが映っている。
なにかのキャラクターだろうか?
サオリのヒントは、ピンクのソーセージに青のオーバーオールを着たゆるキャラの写真だ。
「おれのは、天狗だ」
最後に、亜久斗がスマホのディスプレイを見せる。
頭に小さな帽子をのせた、山伏のような服装の天狗のイラストだ。
8人のヒントは、鬼、幽霊、タヌキ、シイタケのような傘、梅の木、筆の化け物、ソーセージのようなゆるキャラ、天狗。
「ぜんぜん、わからないんだけど……」
未奈が弱音をはいた。
大樹、奏、竜也、サオリが首を横にふる。
「わたしもわかりません。春馬くん、わかりましたか?」
「それが……、迷っているんだ」
そのとき、バスがゆっくり動きだした。
「えっ!?」
◆8 妖怪はどこにいる?
「もう待ってられねェ。これから芝公園の高速の入り口にむかう。高速に入る前に行き先を指定してくれ。指定がないなら、鎌倉にいっちまうぞ」
バスは、高速の入り口にむかって走っていく。
「高速の入り口までどれくらいですか?」
理子が聞くと、タツが窓の外を見る。
「1分半ってところかねェ」
まずい、早く決めないと、高速に入ってしまう!
鎌倉にむかわれたら、ぼくたちは脱落だ。
しかたがない、彼に助けを求めよう。
「亜久斗、意見を聞かせてくれ。どこだと思う?」
「人に意見を聞くときは、まず自分の意見を先に言うのが礼儀だろう」
素直に教えてくれるとは思わなかったけど、マジでめんどうくさいやつだ。
「わかった、ぼくの考えを言うよ。第2チェックポイントの候補は2つある。1つは……」
「同じだ」
春馬の話をさえぎって、亜久斗が言った。
「おれも、同じ考えだ。おまえは、その2つで迷っているわけだな」
「亜久斗は、ぼくの考えている候補がわかってるのか?」
「当然だ。このヒントを見れば、その2つの場所が候補になる」
「正解はどっちだと思う?」
「それは……言いたくない」
「はーっ!?」
春馬は思わず大声を出した。
「おまえはたくさんのピンチを、自分の力で解決してきた。そうだろう」
「だから、なんだって言うんだ」
「ここで、おれをたよるな。自分で決めろ」
亜久斗は、緊迫した時間を楽しんでいるかのようだ。
「春馬、大変よ。高速の入り口が見えてきた!」
バスの前を見ていた未奈が言う。
「春馬、どうするんだ!?」
第2チェックポイントの場所は、2つのうちのどちらか……。
九州からきた大樹、大阪からきた奏と竜也は東京にくわしくない。
未奈、理子、サオリも場所の見当はついてないようだ。
唯一、わかっていそうな亜久斗は口を閉ざしている。このままだとバスは鎌倉にいってしまう。
「おい、どうするんだ?」
鬼吉が聞いてきた。
決めるしかない。2つの候補のどっちだ!?
…………………………そうか、ここで決めなくてもいいんだ!
「荻窪駅に! JRの荻窪駅にいってください!!」
「一度、決めた行き先は変更できねェぞ。ほんとうに、いいんだな?」
「はい、荻窪駅でお願いします!」
「あいよ」
そう答えた鬼吉だが、バスはゲートをとおり、高速道路に入っていく。
「鬼吉さん! どうして、高速に入ったんですか!?」
あわてる春馬を見て、鬼吉は呆れたように言う。
「荻窪駅にいくなら、一般道より、高速を使ったほうが早ェんだよ。わかったか!」
そうだったのか。あわてる必要はなかったんじゃないか。
「鬼吉さん、荻窪駅まで、どれくらいかかりますか?」
やさしい口調で聞いたのは、理子だ。
「ナビに渋滞情報が出ているなァ。ふだんなら30分だけど、今日は40分はかかりそうだな。それでも、高速のほうが早いはずだぜ」
春馬は、スマホで時間を確認する。
11時48分
荻窪駅への到着は、40分後として、12時28分になる。
「ぜんぜん、わかんねぇ。荻窪ってどこばい?」
聞いてきたのは大樹だ。
「春馬くん、どうして荻窪なんですか?」
つづけて理子が質問する。
「妖怪だ」
春馬の先回りをするように、亜久斗が言った。
「興味なさそうな顔をして、しっかり話は聞いているんだな」
春馬が嫌味を言うが、亜久斗はしれっとしている。
いつものことだが、つかみどころのない性格だ。
「亜久斗の言うように、ヒントの共通点は、妖怪だ。鬼、幽霊、天狗は異形のものだし、タヌキは『化けダヌキ』や『タヌキ囃子』、シイタケのような傘は『骨傘』や『から傘お化け』、梅の木は『飛び梅』が有名だ。筆の化け物は『付喪神』かな。ソーセージのようなゆるキャラも、妖怪にいそうだろう」
「妖怪に関係のありそうな場所が、第2チェックポイントってことね」
未奈が、春馬の助手のようにつけたす。
「東京には、たくさんの妖怪にまつわる場所があるんだ。本所の七不思議、『四谷怪談』の舞台になった四谷、地名は変わってしまったけど『番町皿屋敷』のあった番町、皇居のお堀に河童が出るというウワサもあったようだし、練馬の三宝寺池には、大蛇が出たって伝説がある。江戸時代、この大都市には、妖怪のウワサが山のようにあったんだ」
「それで、荻窪には、なにがあるっちゃん?」
大樹にせかされて、春馬は苦笑いする。
「その前に、ぼくが迷っている2つの場所を言うよ。東京には、妖怪ゆかりの地がたくさんあるけど、その中でも有名なところが2カ所あるんだ。1つは『ゲゲゲの鬼太郎』の作者、水木しげるさんが暮らしていた調布にある鬼太郎茶屋。ここは、妖怪のテーマパークになってる」
「その鬼太郎茶屋が、荻窪にあるんか?」
「いや、ちがうんだ」
大樹に聞かれて、春馬は首を横にふる。
「鬼太郎茶屋には、三鷹駅からバスでいけるはずだ」
「はーっ!? それじゃ荻窪じゃなくて、三鷹にいかないとダメやろう!」
「もう1つの候補が問題なんだ。それが、哲学堂公園だ。ここを開園したのは、妖怪博士として有名な、哲学者の井上円了って人なんだ。ここには、妖怪をモデルにした奇妙な石像などがあるらしい……」
「おまえは、いったことがあるのか?」
亜久斗がいきなり聞いてきた。
「えっ?」
「哲学堂公園に、いったことがあるのかと聞いたんだ」
「いや、ない。あそこは古い公園で、怖いウワサもあるだろう。そういうところは苦手なんだ」
春馬が答えても、亜久斗は返事をしなかった。
どうしたんだろう? 亜久斗が質問してくるなんて、めずらしいこともあるな。
「それじゃ、哲学堂公園っていうんが、荻窪にあるんか?」
大樹に聞かれ、春馬は首を横にふった。
「哲学堂公園には、西武新宿線の新井薬師駅が近い。でも、JRの中野駅からも、バスでいけるはずだ」
「それなら、どうして荻窪駅ばーい!!」
「─優柔不断な春馬は、決めきれなかったんだ」
大樹の質問に答えたのは、亜久斗だ。
「あのままだったら、鎌倉にいかれて、ゲームオーバーだっただろう!?」
言い訳をするように春馬が答えた。
「おれはそれでもよかったんだけどな」
亜久斗はほんとうに、ラッキーカードを持っているのかな?
「それより、荻窪駅は、いつ出てくるったい」
なかなか答えの聞けない大樹は、いらいらしている。
「鬼太郎茶屋へいくバスが出ている三鷹駅と、哲学堂公園へいくバスの出ている中野駅は、同じJR中央本線にあるんだ」
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「迷った春馬は、中野駅と三鷹駅の中間にある、荻窪駅にした。そうだろう」
亜久斗に言われて、春馬はしゃくにさわったが「そうだよ」と短く答えた。
「それで、間にあうんか!」
竜也が、ぶっきらぼうに聞いた。
「今、乗り換え検索をしてみました」
理子が、すかさず口をはさんだ。
「鬼吉さんの言うように、バスが40分で荻窪駅に着いたら、12時28分です。そこから、哲学堂公園にむかうなら、12時30分のJR東京行きに乗ります。34分に中野駅に到着。そこから、バスに乗って哲学堂公園まで約15分。12時49分には到着します」
「……で、鬼太郎茶屋はどうなんや!」
「荻窪駅から12時31分のJR三鷹行きに乗れば、12時38分に三鷹に着きます。そこから、バスで鬼太郎茶屋までは約20分。12時58分に到着します」
どちらも、間にあう。
けど、問題はチェックポイントが哲学堂公園なのか、鬼太郎茶屋なのかだ。
まちがえたら7人が脱落。ラッキーカードを持った1人が優勝になる。