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10 『奈落』Ⅱ区の実力
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「えっ!?」
明るくなった部屋の中で、春馬は、蘭々を見つけて、ぼうぜんとした。
「……ど、ど、どういうこと?」
未奈は、開いた口が塞がらない。
部屋の真ん中あたりに、蘭々が立っているが……。
アリスと七菜が、蘭々に抱きついている。
さらに、蘭々の両足首を、失神していたはずのユウヤと晩成がつかんでいる。
「こ、こ、こ、これって……?」
声をふるわせて、蘭々が言った。
「蘭々、まだ『終わり』と言い切ってないわよ」
アリスが、冷ややかに言った。
「……『鬼ごっこ』は、終わりよ」
蘭々が、いらついた口調で言った。
「ねぇ、どっちが勝ったのか、結果もちゃんと言ってよ」
七菜が、意地悪そうに言った。
「それは……」
蘭々がしぶると、部屋の隅にいた鏡一が聞く。
「この『鬼ごっこ』は、蘭々の負けだ。そうだろう?」
黙りこんだ蘭々に、アリスがたたみかける。
「負けを認めるまで、わたしたち、離れないわよ」
アリスと七菜に抱きつかれ、ユウヤと晩成に足をつかまれている蘭々は、唇をかみしめる。
「……わ、わ、わかったわ。あなたたちの勝ちよ。だから、離れて!」
蘭々が言うと、アリスと七菜が離れる。
ユウヤと晩成も、蘭々の足から手を離した。
「いったい、なにが起きたの?」
未奈が、きょとんとした顔で聞いた。
「……ぼくは失神させられていて、まだ頭がぼうっとしている。鏡一が説明してくれ」
ユウヤが、頭をおさえながら言った。
「説明するのは苦手だ。七菜が説明してくれ」
鏡一が言って、七菜を見る。
「説明なんて、めんどうくさい。……アリス、お願い」
七菜が、つれなく言った。
「しょうがないな。……ひとことで言うと、蘭々はドジってことよ」
アリスが、言い捨てた。
「あなたたち、どういう手を使ったの? 説明しなさいよ!」
蘭々が、命令口調で言った。
「負けたくせに、えらそう」と七菜。
「暗視スコープだよ」
春馬が言った。
「そうか、春馬も気がついていたんだな」と鏡一。
「そうなんだけど、ぼくは失敗した」
「なによ、どういうことよ?」
蘭々の質問に、春馬が説明する。
「暗視スコープは、暗いところがよく見える。けど、明るくなると、まぶしすぎて目がくらむ。だから、蘭々は『鬼ごっこ』が終わる直前に、暗視スコープをはずしたはずだ」
「だからなに?」と蘭々。
「明るくなった瞬間、アリスと七菜が蘭々を見つけて、飛びついたんだ」
春馬が言うと、ユウヤが起きあがって言う。
「そうだな、80点ってところかな?」
「いや、65点だよ。それではユウヤと晩成が、蘭々の足をつかんでいることの説明がない」
鏡一が言うと、アリスが首を横にふる。
「ぜんぜん、ダメ。50点よ。春馬の説明だと、わたしが蘭々を捕まえられたのは、明るくなったときに、偶然、そばにいたせいみたいじゃない。七菜はそうかもしれないけど……」
「はぁぁぁぁ!? なに言ってるのよ。七菜は、いつでも蘭々を捕まえられたわ。ただ、ギリギリで捕まえないと、柔術の達人の蘭々に反撃されるから、タイミングを待っていたのよ」
七菜が、頬を膨らませて、言った。
「それじゃ、アリスと七菜は、蘭々がどこにいるか、わかっていたのか?」
春馬が聞くと、アリスと七菜が同時にうなずく。
「いくら暗闇だといっても、3分もすれば目がなれるわ。わたしたちのほとんどは制服で、蘭々は黒の戦闘服だから、暗闇の中で特に黒く見えるところに蘭々がいると、当たりをつけていたの」
アリスの説明に、未奈が質問する。
「でも、1分をすぎたところで、一度、明るくなったでしょう。あのあと、もう一度目が暗闇になれるのに時間がかかったはずよ」
「あのときは目をつむっていたのよ。どうせ、またすぐに暗闇になると思ってね」
アリスが言うと、七菜がなぜかガッツポーズをする。
「それなら、七菜の作戦のほうが優秀よ。暗闇で黒いところをさがすだって、ダサっ」
「七菜は、どうやって蘭々をさがしたのよ?」
アリスが聞いた。
「暗闇で視覚が利かないときは、嗅覚でしょう。七菜たちはカレーを食べたから、カレーの匂いがしていた。それに比べて、蘭々の着ている黒の戦闘服にはラバーが使われているから、ゴムの臭いがプンプンしていた。それで、時間がギリギリになったときに、偶然のふりをして、ゴムの臭いに近づいていったのよ」
七菜が、自慢げに言った。
「なるほど、嗅覚ね。それも悪くはないわ」
アリスが、そっけなく言った。
「暗闇に目をならしたり、嗅覚をたよったりしたのか、考えたな」
春馬が、うなるように言った。
「七菜とアリスの方法はわかったけど、ユウヤと晩成は、失神していたでしょう?」
未奈が聞いた。
「あぁ、一度は気を失った。そんなぼくたち4人を、起こしてまわったやつがいるんだ」
ユウヤが言うと、大器が体を起こして言う。
「まったく、手荒な起こし方をしやがるぜ」
晩成と秀介も、むくりと起きあがる。
「……ど、どうして?」
蘭々が、首をかしげて聞いた。
「それは、自分があまかった、ということかな?」
ユウヤが答えると、蘭々が言いかえす。
「そんなことないわ。わたしは、4人ともしっかりと気絶させたわ」
「もちろん、そうです。柔術の達人だけあって、蘭々の絞めわざは見事でした。短時間でも、脳への血流が止まると、人間は意識を失う。少しでもまちがえたら、命にかかわる危険な行為です」
ユウヤの説明に、蘭々がまんざらでもないという顔で言う。
「素人がやったら、マジで危険よ。達人のわたしだから、できたのよ」
「だから、蘭々はすぐに意識がもどるように手かげんしたんです」とユウヤ。
「それでも、ふつうなら意識がもどるのに3分はかかるわ。それが、思ったよりも早く、みんな、目を覚ましたのよ。……もしかして!」
「意識を失ってるみんなを、体を蹴りとばして起こしてまわった者がいるんです」
ユウヤはそう言うと、鏡一に目をやる。
「手荒な起こし方だったけど、蘭々にやられたままだと、しゃくだと思って。早めに目を覚まさせてあげたんだよ」
鏡一が、かるい口調で言った。
「じゃあ、残り1分でみんなを歩きまわらせたのは、カモフラージュのためだったの?」
未奈が聞くと鏡一は申し訳なさそうに言う。
「おれが1人で歩いているとばれそうだったからね。みんなを付きあわせた」
「蘭々を捕まえるふりをして、暗闇を歩きまわりながら、気を失った者を蹴とばして、起こしてまわっていたのか……」
春馬が感心する。
「そう言えば、暗闇の中で、ドサッというなにかを蹴とばすような音がしていた」
未奈が、思いだして言った。
「つまりさぁ……。おれを蹴とばしたのは、鏡一ってことだなぁ!」
晩成が、怒りの表情で言った。
「おいおい、おれに怒る前に、おまえを失神させた者に怒るのが先決だろう」
鏡一に言われて、晩成は我にかえったように、蘭々に怒りの目をむける。
「待て晩成、蘭々に手を出すなよ!」
大器が言うと、晩成は肩をすくめて「……あぁ、わかってるよ」とおとなしくなる。
「……おれたちが、失神させられるってことも、計算してたのか?」
秀介が、ユウヤに質問した。
「蘭々のヘルメットに暗視スコープがついているのを見て、暗闇になるのは予測できました。彼女は柔術の達人だから、暗闇で戦えば、多勢に無勢でも勝てません。それなら、不意をつくのが一番です。晩成が失神させられたと知ったとき、これは使えると思ったんです」
ユウヤが説明した。
「でも、ユウヤも失神させられたでしょう?」
未奈が聞くと、蘭々が「そうよ。ユウヤだったら、なにかたくらむと思ったから。都合よくむかってきたから、失神させたのよ」と言った。
「そこも、あまいんだよ」
鏡一が言った。
「どういうこと?」と蘭々。
「ぼくが失神したら、蘭々は油断するでしょう」
ユウヤが、平気な顔で言った。
「それじゃあ、ユウヤは、わざと失神させられたというの?」
蘭々が、くやしそうに聞いた。
「そうですよ。ぼくは、蘭々の柔術のレベルを知っています。失神させられたとしても、3分くらいで起きる力かげんはすると予想しました。そこへ、鏡一が起こしにくることも、想定内です」
ユウヤの説明に、春馬が質問する。
「でも、たとえ目を覚ましても、暗闇で蘭々を見つけるなんて難しくないか?」
「そうでもないんです。立っていたら気がつかないかもしれないけど、床に寝ていると、足音や気配でだれか判断しやすい。特に、蘭々は『鬼ごっこ』にそなえてブーツをはいていたから、ほかの者と足音がちがって、区別がついたんです」
ユウヤが言うと、秀介がつけくわえる。
「それに、暗視スコープでまわりが見えている蘭々は、倒れているおれたちを踏みつけないように、避けて通っていたからな。わかりやすかったよ」
「Ⅲ区にあがったと言っても、蘭々は大して成長してないみたいね」
七菜が、小ばかにしたように言った。
「えらそうに言わないで! この『鬼ごっこ』って、鬼が9人で、逃げるのはわたし1人よ。相当のハンデ戦じゃない。それに勝ったからって、鬼の首でもとったような顔をしないで!」
蘭々が、負け惜しみを言った。
Ⅱ区の7人は、余裕の笑みで聞いている。
「……すごい」
未奈が、つぶやいた。
「うん、これが『奈落』Ⅱ区の実力なんだな」
春馬は驚く。
とつぜんあらわれた蘭々の服装から、瞬時にゲームをやらされることを予測して、その対策まで考えていた。
そして、打ち合わせもなく、以前から計画していたかのように、見事な連係でゲームに勝った。
──やはり、『奈落』のⅡ区は、優秀な人材の集まりのようだ。