
恐怖に支配された「子どもたちの地獄」――〈奈落〉。その地に送りこまれた春馬と未奈。
しかし春馬は、わざとゲームに負けて、ここにきたのだ、行方不明の親友を探して――。
〈奈落編〉の完結となる16巻の発売前に、一気読み! 「絶体絶命ゲーム」でしか味わえない、圧倒的なおどろきとスリル。大人気シリーズの最先端を、この機会にどうぞ!
【これまでのお話は…】
「奈落Ⅱ区」にいたのは、「選ばれし者たち」……?
春馬と未奈にむかって、Ⅱ区メンバーたちは「奈落」が目指すものについて語りはじめる――!
※これまでのお話はコチラから
―――――――――――――――――――
6 一風変わった自己紹介
―――――――――――――――――――
春馬、秀介、ユウヤは、1階にもどってきた。
秀介は自室にもどり、春馬はユウヤの案内で1階の客室にやってきた。
6畳ほどの暖房のきいた部屋で、窓の外には雪景色が見える。
ベッドとデスクと椅子しかない質素な部屋だが、Ⅰ区の部屋とくらべると天国だ。
「小さな部屋だけど、ここで休んでください。ベッドに、横になってくれてもいいです。それから、服が汚れているようなので、着替えを用意しました。研修生用の制服ですが、ここにいる間だけでも、着てください」
ベッドの上に、ユウヤの着ている制服と色違いの服がおかれている。
「ユウヤはどうして、ぼくたちに親切なんだ?」
春馬が、不思議そうに聞いた。
「……それは、下心があるからですよ」
「下心?」
「それは、いいでしょう。……それより、夕食まで休んでいてください。それから、未奈はとなりの部屋にいます」
ユウヤは、そう言うと出ていった。
下心とは、なんだろう?
春馬はベッドに座って、手足をのばした。
今日は、ずっと緊張していた。
デスクにおかれた時計に目をやると、午後4時をすぎている。
今朝、起きたのは何時だったかな?
ゲームの案内人のぺ・天使に起こされ、いきなり彼女と勝負をすることになった。
そのあと、『絶体絶命ゲーム』をやって、山の中を歩いてⅡ区にやってきた。
ようやく秀介と会うことができたが、まだ、いっしょに帰ろうと言えていない。
秀介は、どうしてⅡ区にいるのだろう?
ここは、なにをやる場所なんだろう?
そんなことを考えると、頭がさえてくる。
「……気持ちが高ぶって、休めないな」
つぶやいた春馬は、気分転換に部屋を出た。
となりの部屋に未奈がいると聞かされたが、彼女は疲れているようだった。
もしかしたら、寝ているかもしれない。
未奈は、休ませておこう。
春馬はベッドにおかれた服に着替えると、部屋を出た。
1人で、長い廊下を歩いていく。
机のならんだ教室のような部屋がある。
さらに歩いていくと、たくさんの本がある図書室、高い天井の体育館、美術室のような部屋、食堂のような部屋、パソコンのおかれた部屋などがある。
「やっぱり、学校みたいだな……」
建物内を歩いていると、ピアノの音が聞こえてくる。
春馬が音のほうに目をむけると、音楽室の前に未奈がいる。
「未奈」と声をかけようとした春馬だが、言葉を飲みこんだ。
未奈は目をつむって、ピアノの音に聴き入っている。
「………………」
春馬は未奈に声をかけずに、部屋にもどった。
急に疲れが出てきて、春馬はベッドに倒れこんだ。
目をつむると、そのまま眠ってしまった。
コンコンコン
ノックの音で、春馬は目を覚ました。
デスクにおかれた時計は、午後6時になっている。
春馬がドアを開けると、ユウヤが立っている。
「食事の用意ができました。そこで、みんなを紹介します」
ユウヤが、やさしい声で言った。
「未奈は、どうしているのかな?」
春馬が、ぼうっとする頭で聞いた。
「彼女は、もう食堂にきていますよ」
ユウヤはそう言うと、春馬を食堂に案内する。
食堂といっても、教室の半分くらいの広さの部屋に、長方形の大きなテーブルがおいてあるだけだ。
そこで、未奈、秀介、七菜、アリス、瀬々兄弟が席についている。
「春馬、遅いよ」
未奈が、いつもの明るい声で言った。
「ごめん。未奈は元気になった?」
春馬は、空いている未奈のとなりの席に座る。
「少し休んだら、頭がすっきりしたわ」
未奈の笑顔に、春馬は安心する。
「今日は、特製カレーだよ」
鏡一がそう言って、皿に盛られたカレーライスをそれぞれの前においていく。
「これって、だれが作ったんだ?」
春馬が、けげんな顔で聞いた。
「ここには、食材が送られてくるだけです。それを、となりにある調理室で自分たちで料理するんです。今日の料理当番は、鏡一でしたね」
ユウヤが言うと、カレーライスを配っていた鏡一が笑顔をむける。
「おれの自己紹介は、さっきしたよね」
鏡一に言われて、春馬と未奈も名乗った。
「みんな、お腹がすいているでしょう。早く食べましょう」
ユウヤが言うと、みんな、静かにカレーライスを食べはじめる。
春馬も、とまどいながらカレーライスを一口食べた。
「お、おいしい……」
春馬が、目を丸くして言った。
空腹だった春馬と未奈は、あっという間にカレーライスを完食した。
食事が終わると、すぐに瀬々兄弟が席を立つ。
「話があるので、残ってください」
ユウヤが、瀬々兄弟をとめた。
「おれはなにも話すことはない。晩成、いくぞ」
大器が、反抗的に言った。
「いや、ダメです。これは、Ⅱ区のリーダーの命令です」
ユウヤが、強い口調で言った。
大器と晩成は、不満そうな顔をしている。
「リーダーに逆らうなら、ここを出て、もとの生活にもどりなさい」
アリスが言うと、大器と晩成は苦々しい顔をして席にもどった。
「春馬と未奈がここにきたのも、なにかの縁でしょう。なので、Ⅱ区のメンバーを紹介します」
ユウヤに言われて、春馬は顔をしかめた。
「ぼくは秀介と話ができれば、ほかの人と話す必要はないんだけど……」
「未奈も同じ意見ですか?」
ユウヤが聞いた。
「……あたしは、ここが、どういうところか知りたいし、みんなのことも聞きたいわ」
未奈の言葉に、春馬は「そうか……」と短く言った。
「せっかく知りあえたんです。みんなの紹介をさせてください」
ユウヤが丁寧にたのむと、春馬はしぶしぶ「……わかった」と答えた。
「それじゃ、七菜から自己紹介するね。名前は、林田七菜。趣味はダンス、特技は歌をうたうこと……」
「七菜、そういう話ではありません」
ユウヤが、七菜の話をさえぎった。
「……それじゃ、なにを話すのよ?」
七菜が、頬を膨らませて聞いた。
「どうしてここにきたのかを話してください」
ユウヤが言うと、七菜がため息をつく。
「……それって、マジなやつ?」
七菜が聞くと、ユウヤが「そうです」と即答した。
「わかった、いいわ。リーダー命令なら、話すしかないわね」
そう言うと、七菜の顔つきが変わった。
「……小学3年のとき、両親が事故で亡くなったわ。そのあと、親戚の家をたらいまわしにされた。七菜は明るい性格だから、どこにいっても大歓迎よ。手荒な大大大歓迎よ。ろくに食事ももらえず、あいつらの気分で、殴る、蹴る、切りつけるよ。体はいつも傷だらけ。それで、『絶体絶命ゲーム』に応募した……」
「そこまででいいでしょう。……次は、瀬々兄弟です」
ユウヤに指名されて、大器はじろりと春馬と未奈をにらんだ。
「それじゃ、おぼっちゃんとおじょうちゃんに、2人の知らない世界を聞かせてやるよ。……おれは、生まれてすぐに親から捨てられたんだ。だから、親の顔は知らねぇ。物心がついたときには、児童養護施設だ。それから、数年後、おれと同じように、親から捨てられた晩成がやってきた。だから、おれたちは実の兄弟じゃねぇ。大器と晩成という名前も、本名じゃねぇ」
大器の話を、晩成は無表情で聞いている。
「おれたち2人は、毎日が地獄だった。先輩やクラスメイトから、凄絶ないじめにあっていた。でも、親のいないおれたちを、助けてくれる人はいねぇ。そんなクソのような世界から逃げだすために、『絶体絶命ゲーム』に応募した……」
「待って。つまり『奈落』のⅡ区のみんなも、Ⅰ区にいた人たちと似たような境遇ということ?」
未奈が質問した。
「ほとんどがそうだけど、例外もいます」
ユウヤはそう言って、鏡一に目をむける。
「おれが話す順番ということだな。……おれは、ほかの者とはちがうんだ。裕福な音楽一家に生まれ、不自由なく育った。ただ、ほかの兄弟たちとちがって、おれだけは音楽の才能がなかったんだ。それで親から愛されず、道を踏みはずした。気がつくと、有名な不良になっていたよ。このまま、悪の道をまっしぐらかと思ったとき、ユウヤがあらわれたんだ」
「ぼくは、偶然知り合った鏡一の才能に惚れこんで、協力をたのんだんです」
ユウヤが言うと、鏡一は照れくさそうな顔で聞く。
「……おれの才能って、音楽の才能じゃないんだろう?」
「ぼくは音楽にはくわしくないから……。人としての才能です」
「音楽の才能もあると思うわ」
未奈が、とうとつに言った。
「ありがとう。未奈は、おれのピアノの音を聴いてくれていたね」
鏡一が笑顔で言った。
「すごくきれいな音色だった。あんなに心が癒されるピアノの音は、はじめて聴いたわ」
未奈の感想に、鏡一は満足そうに微笑む。
「……話が横道にそれてるわ。わたしは自己紹介しなくていい?」
アリスの言葉に、鏡一は顔をしかめる。
「いや、ダメです。アリスも、ここにきた理由を話してください」
ユウヤに言われて、アリスは無表情で話しだす。
「……わたしは、病気で母親が亡くなったあと、5年間、父親の暴力に耐えて暮らしていたわ。そして、ついに我慢の限界をこえて、祖父母の家に逃げた。でも、裁判所の命令で、父親のもとに帰らなければならなくなったの」
「それで『絶体絶命ゲーム』に応募したのか?」
春馬が聞くと、アリスが冷ややかな顔で言う。
「地獄にいくなら、自分で選んだ地獄にいきたいでしょう」
短い沈黙のあと、ユウヤが口を開く。
「最後に、ぼくがここにくることになった話をしましょう」
「ユウヤも、『絶体絶命ゲーム』に応募したの?」
未奈が聞いた。
「そうなんです。……ぼくは親友がいじめにあっているのをとめたことで、自分がいじめのターゲットになってしまったんです。ひどいいじめで、唯一の解決方法は、逃げだすことでした。それで、『絶体絶命ゲーム』に応募したんです」
ユウヤの話を聞いて、未奈が質問する。
「みんな、最初は『奈落』のⅠ区にいたの?」
「鏡一は例外だけど、ほかのものは『奈落』のⅠ区にいました。といっても、最初はⅠ区しかなかったし、春馬たちのいたⅠ区とはちがって、ただの保護施設だったんです」
ユウヤはそこまで言うと、深呼吸してからつづきを話す。
「……それが、ある目的のために、『奈落』はⅠ区からⅢ区にわかれたんです」
「ある目的とは、なんだ?」
春馬が聞くと、ユウヤは口を閉ざした。